異世界転移?
僕は目を覚ました。木々たちの隙間から流れ込む、温かく優しい光に包まれながら。これほど気持ちがいい目覚め方をしたのは何年ぶりだろうか。僕はここが天国なのだと思った。そして、僕は死んだのだと考えた。
ゆっくりと起き上がる。
不思議と、手足の感覚はある。土の香りも感じる。五感は生きていた。
死んでも五感は残るのか。僕は不思議な感覚に陥った。
僕は森の中をゆっくりと歩いていく。美しい森だ。見たことのない果実がたくさん実っていて、リスのようでリスではない小動物が果実をかじっている。
「…食べてみたい」
自然とそう思った。
気づけば僕は果実に手を伸ばしていた。まるで夕焼けのような赤色をした、少し大きな果実だ。皮はとても薄く、このまま食べられそうなほどだ。
僕は果実をゆっくりと齧った。口内に広がるのは甘さと、さわやかな風味だった。良く熟れている。僕は一心不乱に果実を食べた。
「…ごちそうさまでした。」
果実はあっという間になくなってしまった。一つでもかなりの量があり、お腹がいっぱいになった。
そのまま僕は森を進んでいく。森を出ると、平原に出た。
平原には村のようなものがある。のどかな村で、風車がゆっくりと回っている。
「美しい。」
僕はその光景を見て、とても感動した。
これこそ、僕の見たかった世界だった。これを、なんと表現したらよいだろうか。
次の瞬間、僕はハッとした。もう書きたくなかったはずの物語が、勝手に頭の中に浮かんでしまった。
この美しい世界を、文章に表そうとしてしまった。意図せずに、だ。
それから僕は、森の中で古びた建物を見つけた。石で作られていて、所々が崩れている。
「遺跡…?」
その時、僕は気づいた。ここは天国ではない。五感が生きていて、人が生活している。それだけで、ここが天国ではないと分かった。
僕はそのまま遺跡に入った。遺跡といってもそこまで大きなものではなかった。
遺跡の中には古びた紙が散乱していた。
机らしきものは埃まみれになっていて、本が沢山棚に収納されている。
「なんだこれ…?」
僕は何気なく本を一冊、手に取った。埃を払うと、本の表紙が現れた。しかし、見たことのない文字でまるでわからない。
「ん?地図?」
パラパラとページをめくると、地図が描いてあるページにたどり着いた。そこには複数の大陸が描かれていて、都市だと思われるものの位置が描かれている。
「…まさか」
僕は遺跡の中を見渡した。古ぼけた本の山、埃だらけの机。外には未知の果実、のどかな村。どこかで読んだ物語に出てくる世界に酷く似ている。その瞬間、僕の胸の奥が大きくざわついた。
僕はひょっとして、異世界に来てしまったのではないだろうか。
僕は胸の興奮を抑えながら、遺跡の奥に進んでいく。足取りは軽い。これほどまでに気分が高揚するのは何年ぶりだろうか。スキップをしたくなるほどだ。
遺跡の奥には古びた杖が一本、台座に設置されていた。不思議と、杖は空中に浮遊している。
「…すごい。」
その一言が浮かんだ。いや、その一言しか言えなかった。この古びた杖を見て、僕は感動した。この杖はどのような人物が作り、どのような人物が使用し、どのような歴史を辿ってここに在るのか。
名工と呼ばれるほどの杖職人が作ったのだろうか。使用していたのは賢者と呼ばれる老人だろうか。あぁ、書きたい。この物語を書いてみたい。
「…またか。」
僕はまた、物語を勝手に想像してしまった。この場所に来てから、僕は物語を書きたいと思えるようになった。
同時に、僕の中には躊躇いが生まれた。僕がこの物語を書いたらどうなってしまうだろうか。きっと、汚い物語になってしまうだろう。この場所は、この世界は、僕の汚い物語には一ミリも合わない。この美しい世界を、汚したくはない。
僕は杖を手に取った。僕が杖に触れると、杖は僕の手に吸い付くように落ちた。
杖は木の根をそのまま掘り返したような、ボコボコとした手触りだった。先端には緑色の宝石のようなものが浮いている。きっと、これが浮いている原因なのだろう。
僕が杖を持った途端、杖は弱く緑色に光り始めた。まるで、ホタルの光のような優しく、美しい光だ。僕は思わず、この光に見とれてしまった。




