#09. かくれんぼなら誰にも負けない自信がある
足を運んだショッピングモールでルルトの服を何着か調達できた。そこまではよかった。
辰樹は眉間にシワを寄せる。
試着室からルルトと一緒に出てきた店員に告げられた一言が、辰樹の頭を悩ませていた。
曰く、当店にはルルトに合うブラジャーがない。
その後、ショッピングモール内に専門店があるのでそちらに行かれるとよろしいかと――と付け足された。
「まいったな……」
「なんか、ごめんな……お金も衣服で相当使ったろうに」
「うぐっ、だ、大丈夫だ! ここで使い切っても、また稼げばいいんだ! 昨日の配信だって、まあいろいろあったけど大盛り上がりだったじゃないか!」
そう、悪魔を討伐した昨日の配信は軽くバズっていた。
倒し損ねたとは言え、悪魔の頭を一撃で吹き飛ばしたルルトは一躍有名人。
それに助けた相手があのスレイヤー。
どうやら新人だったらしく、彼女自身も注目されていたようで、ルルトとセットで『新星イナズマコンビ』などと呼ばれ始めている。
「だからまあ、お金のことは心配するな。俺も配信だけで飯を食ってるわけじゃないし」
「辰樹は他にも仕事をしてるのか?」
「俺なんて底辺もいいとこだからな。他に働き口がないとやってけないんだよ。……ってそんな話は置いといて、早速専門店とやらに顔を出すか」
気まずいとか言っている場合ではないのだ。
配信中、何かの拍子で服がめくれ上がって丸見えにでもなれば……アカウント停止確定だ。
(それに、ちゃんと着けてもらわないとこっちが落ち着かないしな……男の俺にあれは刺激が強すぎる。必要経費だ)
今朝のことを思い出し、そんなことを考えているとモール内の女性下着専門店に辿り着いた。
どこか眩しいその店は、いくら視線を逸らしても可愛らしい下着が視界に入ってきて逃げ場がない。
ここまで来て狼狽えてしまう辰樹だが、ゆっくり呼吸を整える。
「……大丈夫大丈夫。ただの付き添いだ。店員さんだってわかってる。――よし。店員さん、すみません。この子の下着を見繕ってもらいたいのですが……」
「この子……?」
「……ん?」
辰樹はルルトの背中を押そうとして、なぜか空を切った手に違和感を覚える。
見れば、ルルトが居ない。
周囲を見回しても、居ない。
あの目立つツノも、銀髪も、どこにも見当たらない。
「……は、はぐれた!?」
男一人で女性下着専門店に突撃したという羞恥は、押し留める。
今はなにより、探さなくては。
「――ルルトー! どこだー!? 居ないか……仕方ない」
先程の店に戻っても見当たらないとなれば、【記録閲覧】で探すまで。
「……っ、さすがにこれだけ人が多いと、キツいな……!」
視界に映るもの全ての過去の記録を見ることができる辰樹のスキル【記録閲覧】は、道行く人達の過去まで見えてしまう。
何時に起床したとか、朝食は何を食べたとか、何を買いに来たとか、制御してもそれだけ見えてしまう。
床にくっきり残る光の足跡も、何十人もの足跡が重なったりして見分けが付かない。
「くそっ、集中しろ……!」
辰樹はルルトの姿を思い出し、それ以外の情報を遮断する。
「見えた――!」
そうして辰樹は、ようやく絞り込めたルルトの足跡を急いで追いかけた。
■■■
――不思議だ。
と、ルルトはうずくまりながら思う。
ショッピングモールには大勢の人が居て、こうしている今も周りは賑やかだ。
それなのに寂しいと感じてしまう自分の感情に、ルルトは困惑していた。
(これは、疎外感……か? ああ……そうか……あの賑やかな輪の中には、どうやっても入れんものな……)
1000年前にも、似たようなことがあった。
国を上げて開催されたお祭りの賑やかさに惹かれて、遠目でも見たいと思って近寄ってしまった。
結果、近くにドラゴンが現れたと国中が騒ぎ出し、祭りは中止。騎士団は自分を討伐するために向かってくる。
「お前はここに居てはいけない」と言われたような気がして、魔王龍ゼルフルートは祭りを終わらせた罪悪感を抱いたまま逃げ出した。
「寂しいな……辰樹が居ないだけでこんなにも心細くなるとは……」
嫌な記憶が蘇ってきて、ルルトは顔を俯かせる。
一人になると、ぽっかり空いた胸の穴が内側から自分を壊していくように苦しい。
淡紅色の瞳が揺れ、一粒の涙が溢れおちる。
「辰樹…………」
「名前を呼ぶほど寂しがるなら、ちゃんと引っ付いててくれよ」
「ひょわっっ!? あだっっっっ!」
非常階段の踊り場の隅でうずくまっていたルルトは、驚いた拍子に後頭部を壁にぶつけて涙目になる。
その様子に声の主、辰樹は苦笑しながら手を差し伸べた。
「まあ、あんまり動き回らなかったのは正解だな。おかげで探しやすかった」
「たっ、たぁつぅきぃぃ~~っ!」
「ドフッッ!!」
ルルトはカエルのように飛び上がり、辰樹の頭にしがみついた。
今までの寂しさを紛らわせるように、頻りに頭の匂いを嗅いでいる。
顔を胸に埋めた辰樹はルルトをひっぺがそうとするが、テコでも動かなそうな腕力に屈して、とりあえずルルトが落ちないようしゃがみ込んだ。
「ぷはっ……ち、窒息させる気か!」
「死ぬな辰樹ぃぃ~~!!」
「死ぬって! 首を折る気か!?」
美少女に抱きつかれ胸に顔を埋めるという傍から見れば幸せうらやまけしからん状況には、頬を赤らめたいところではあるが……さすがにそんな余裕はなく、辰樹は青ざめた顔でルルトの肩を叩きギブアップ。
ようやく落ち着いて解放された頃には、満身創痍だった。
「次からはもっと加減してくれ……」
「わ、わかった。優しく抱くようにする」
「…………持ってくれよ俺の理性」
兎にも角にも、これでようやく本命の下着を買える。
しかし、ルルトは手を繋ぐどころか腕にしがみつき、辰樹は腕に感じる柔らかな感触にしばらく耐えなければならなかった――。
「――まあ、大きいですね~! では採寸しますので、どうぞ更衣室の方に……」
「よし、行くぞ辰樹!」
「さすがにそれは一人で行ってきて!?」
腕にしがみつくルルトを引き剥がそうとするが、やはりどうやっても離れない。超強力な磁石のようだ。
「また余を一人にするのか……」
しょんぼりとうなだれる姿に、辰樹の良心がズキリと痛む。
単なる迷子が相当効いたらしい。
「いやぁその、ね、男が入るのはちょっとマズいと言いますか……ねぇ店員さん!」
「あ、ごちそうさまです~。では彼氏さんもどうぞ~」
「て、店員さん!!? あと彼氏では……!」
店員に押し込まれ、逃げようにもルルトに掴まれ、為す術が無くなった辰樹は、己の理性と戦い続けた。
最後の方はもう、壁に顔を向けて引っ付いていた。
途中、下着の柄だとか彼氏さんの好みだとかなんとか言う話が聞こえてきたが、キャパを超えた辰樹はまともな返事ができず、結局店員さんのおまかせで数着の上下セットを購入するのだった。




