昼の亡者
世界が壊れても、太陽は昇る。
昼に動く亡者たちと、
夜に怯えながら生きる人々。
名もなき一人の“私”が見た、
絶望の中の小さな決意の物語。
叫び声がした。
それは誰かが悲鳴を上げるというよりも、何かが叫び出したという感じだった。
その瞬間、教室の空気が凍りつく。
机を叩く音、誰かが走る音、椅子が倒れる音。
私はただ呆然と立っていた。
そこにいたのは、知っている顔も知らない顔も混ざった――**“学校なのに、学校じゃない”**人たち。
子どもを連れた大人までいて、参観日か学祭か、そんな空気だった。
けれど、次の瞬間にはもう違った。
廊下の向こうから、小走りくらいの速さで迫ってくる何か。
皮膚が焼け爛れ、毛もなく、男か女かも分からない“それ”たちが、足音だけで空気を壊していく。
悲鳴が混ざる。
誰かが転ぶ。
その肩を踏み越えて逃げる誰か。
私は――そのどちらにもなれず、ただ見ていた。
血の匂いが鼻の奥に張りついた頃、やっと足が動いた。
知人の子どもが泣きそうな顔でこちらを見ていたから。
「こっち」と言いながら手を引く。
それだけで、やっと“自分”がこの世界に存在しているような気がした。
街に出れば助かると思っていた。
けれど外は、学校よりずっと騒がしくて、ずっと壊れていた。
倒れた車。
焼けた家。
逃げ惑う人たち。
それでも風は生ぬるくて、陽の光だけはやけに眩しかった。
遠くで、誰かが叫んでいる。
いや、“何か”が笑っていた。
ゴブリンのような小さな化け物が、車をひっくり返して遊んでいる。
牙の生えた巨体が、建物を壊し人をあぶりだしていく。
鳥の翼を持つ人型が、人間を掴んでは空に放り投げる。
――そして地面に落ちる音は、もう聞こえなかった。
私は子どもの手を引いて、影に潜り込む。
震えながら、子どもに覆い被さる。
昼の間だけ、奴らは動く。
夜になれば止まる。
その法則に、どんな意味があるのかはわからない。
けれど、その“夜”だけが私たちに残された唯一の時間だった。
夜になると、生き残った人たちが集まっていた。
みんなで罠を作り、武器を拾い、怪我の手当をし、計画を立てる。
でも朝になると、また誰かがいなくなった。
傷口から感染したり、
泣きながら「もう限界だ」と叫んで外に飛び出していったり。
ゾンビを倒しても、安心なんてなかった。
倒せば倒すほど、奴らは増える。
そして――真似をするようになった。
罠を。
武器を。
戦い方を。
私は眠れなくなった。
だから、もうひとつの隠れ家を作った。
夜のうちにこっそり抜け出して、古い倉庫の中に毛布と缶詰を置いた。
「もしもの時はここに逃げよう」と自分に言い聞かせた。
ーーーそして“その時”は、すぐに来た。
夜、空気がざわめいた。
校舎の壁の向こうで、金属がこすれる音がした。
罠の仕掛けが作動したんだと思った。
でも次の瞬間、それが**“壊された音”**だと気づいた。
悲鳴が混ざる。
誰かが叫ぶ。
そして、また静かになった。
私は息を殺し、影の中で震えていた。
胸の奥が焼けるように痛い。
子どもの泣き声が、どこか遠くから聞こえた。
――助けなきゃ。
けど、足が動かなかった。
怖かった。
この夜が明けたら、また昼が来る。
昼が来たら、あの化け物たちが動き出す。
そう思ったら、息が詰まった。
私は――逃げた。
人のいない廊下を抜けて、外へ。
夜風が肌を切るように冷たかった。
倉庫まで走り、扉を閉め、鍵をかける。
そして、うずくまった。
心臓の音がうるさい。
息ができない。
暗闇の中で、手の震えが止まらなかった。
どれくらい経っただろう。
空が少しずつ白み始めた頃、
静寂の中で、あの子の泣き声が
――もう、聞こえなくなった。
「……これでいいの?」
誰に聞いたわけでもなかった。
倉庫の壁に向かって呟く声は、誰の声でもない気がした。
ーーー怖い。
でも、このままじゃもっと怖い。
私は立ち上がった。
鍵を外し、朝焼けの光を見つめた。
血と煙の匂いの中で、胸の奥にひとつの言葉が浮かぶ。
――あの子だけでも、助けよう。
鉄パイプを握りしめて、私は学校へ向かって歩き出した。
(完)
見ていただいてありがとうございました。
ゾンビが襲ってくる夢を見たんですよね。
あまりにもリアルでした。
いつも覚えてる夢は日記に書出してるんですけど、
このゾンビの夢、実は何回も同じようなもの見てるんです。
で、今回こういう形で表現できたらなって思って。。。
文字をこんなに並べるなんて
小学生の時の読書感想文以来です。
難しかったです。
暖かい目で見てくださったあなた、ありがとうございました。
また似たような夢を見たら、次も書いてみようと思います。
その時は、また読んでもらえたら嬉しいです。
はる




