5.憂鬱だねぇ
「ん……? ん!? 今何時!?……あれ?」
「やぁ、おはよう」
寝ぼけながら、勢いよく上半身を起こした玲香は真横のパイプ椅子に座り、にこやかに挨拶をする女性を視認した後硬直した。
黒に近いグレーの髪を肩付近で流した髪型、紫色の瞳に優しそうなほんわかとした表情、そして黒のスーツに白のブラウス、紛れもなく普段から先生と呼び慕う女性の上司、椎名であった。
『え? なんで? なんで椎名先生いるの? え? え? どこ!? というか! もしかして、何時間も拘束させてしまった……?』
「ももも、申し訳ありません! あの、あの! 椎名先生に多大なご迷惑を!?」
「大丈夫! 大丈夫だから迷惑かかってないからまだ寝てなさい」
上半身を起こしてから土下座する勢いの玲香を椎名は慌てて止めてから再度ベッドにそのまま寝かす。
「玲香君の魔法はほんの数分間発動するだけで精神力をかなり酷使する。それなのに10分以上も酷使したんだ、気絶するのも無理はないよ。……君は良くやったよ」
「……申し訳ありません」
俯く部下の頭を撫でながらも疑問が残っていた。それは玲香に持たせている3級探索者、初心者ダンジョンを突破した探索者に渡すことになっている探索専用マルチ端末機、通称雑ハス君に残っていた記録が原因であった。
『深層に入って暫くしてからーー玲香君が振り向いてから不自然に途切れている。こんなこと初めてだねぇ』
「あ、そうだ。ちょっと聞きたいことあるんだけど良いかい?」
「え? あ、はい! なんでも聞いて下さい! なんでも答えますよ!」
「わぁ…急に元気になったねぇ……。まぁ、些細なことだから肩の力抜いて答えてね? ……あの写真いっぱいの部屋に入ってからのこと覚えてたりするかい?」
「え…? そりゃあもうバッチリと……あれ? あの部屋に入ってドン引きして…それから……。ごめんなさい、椎名先生! お、覚えてないみたいです……」
「大丈夫大丈夫! 問題ないさ! あれだけの情報があれば大収穫だよ! これでおじいちゃん達も安眠できるよぉ! 本当に玲香君には助けられてばっかりだよ」
フンスフンスと張り切って答え様とするが、徐々に青ざめる部下を宥めながらも内心『案の定記憶を消されてるねぇ、記憶の改竄ではなく、消去? んーまあ、敵意はなさそう、というかあってほしくないねぇ』と、ため息を吐きながら思案していた。
「だから玲香君の仕事は無事に終わってるから問題なし! とりあえずここまでくれば第一関門も突破まじかだよ。だから、玲香君は暫く休んでなさい!」
「……はい」
「じゃあ、私はそろそろおいとましようかね。またくるねぇーぐっない!」
微笑みながら部下の頭を撫でた後立ち上がり、出入り口扉まで移動し医務室を後にする。
ーー後はあの子、カナタ君がくるだけだねぇ……。
****
本部とやらに到着した。
交通機関使うより、魔力使って肉体強化して走った方が早かったのはびっくりしたよ。
ビルからビルへビュンビュン飛び移るの楽しいね。
「おい、そこの下等生物。俺を応接室とやらに連れて行け。
後、俺の裸体を見た奴と指示したやつ両者連れてこい」
「◼️◼️◼️、◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!?」
「ぐちゃぐちゃうるさ……。早くしてくれない? うぉっ!? 野蛮!」
なんか出入り口付近にいたやつに気さくに声を掛けたら急に襲いかかって来たから腹パンしてやったら膝から崩れ落ちやがった。
「あ、受付の奴に声かければ良いのか」
仕事増やしやがって、配慮しろや。
しょうがないから出入り口の自動ドアから入り、受付の女に声を掛ける。
「おいそこの下等生物。応接室に連れーー」
「緑川蛍様ですねー? お待ちしておりました、ご案内いたしますねぇ〜」
「おん? ん? お前なに?」
目の前にそいつは現れた。歩いて来るわけでもなく、突然瞬間移動するみたいに。ご苦労!! なんかこいつの声ノイズかからないし、なんだ?
歩を進めてエレベーターのボタンを押す姿を背後から一瞥しながら考える。
つーか、最後の質問無視されてね? そういうの失礼って言うんだぞ?
腹立つなぁ。
試練を終えて以来、こいつらに対する嫌悪感が溢れてくる。が、今は我慢だ。とりあえず魔道具を貰ってからだ。
「………」
「……緑川蛍様…いや、もう良いか。蛍君は君はー」
「あ、その名で呼ばないで、虫唾が走るから。後、そういうの向こうで話そうか、めんどくさいし」
「おぉう……、さっきから随分と荒れているねぇ。ごめんねぇ?……気をつけ」
「黙れと言った」
エレベーターに乗り、目的の階数で降りてから後ろから着いていき目的である場所、本部の応接室とやらに到着した。
「とりあえず入ろうか」
扉を静かに開けてから近くに鎮座してあるソファに俺が座り、次に俺の正面に女が座る。
「……」
「まずは確認したいことがあるんだけど良いかい?」
「……良いよ。 お前に免じて許すよ。でも早くしてね、限界だから」
女はなぜか天井の方を一瞥してから俺に問いかけ、まぁ、どうでも良いかと気にせず俺は頷き答えた。
「じゃあ、単刀直入に言うけど、君の目的は空太郎くんの為に女性になることだね?」
こいつは微笑みながら意図も容易く俺の地雷を的確に踏み抜いた。