3.花火のように
よろしくお願いします
「……ぬぃへ……え? どこここ」
なんか起きたら知らないベッドの上にいた。
猪頭の試験を受けてて最後に思いっきりぶん殴ってからの記憶がないんです!
やっべー、試験だか試練だか不合格かな? ま、いっか! なんか本部? に行けば解決するみたいだし!
「……なんで寝巻き? は?」
るんるん気分でベッドから起きた瞬間、違和感に気づいた。
マイベストコスチュームである灰色スウェットではなく、brokenというペイントの黒Tシャツと横に白のラインが入ったショートパンツに変わっていたのである!
そら気づくよ! 足がスースーするんだもん! ふざけんなよ! ……俺の許可なく勝手に着替えさせやがって。
根絶やしにしてやる! もー! 空太郎にしてもらいたかったのにふざけんな!
「とりあえずどうすっ……ん?」
苛立ちながらも、なんかないかなーとキョロキョロと周りを見回すとサイドテーブルになんか分厚い封筒と見慣れないごっついスマホみてーのが置いてあった。
めっちゃ近くにヒント落ちてた。
「お、お金と手紙か? 俺手紙嫌いなんだよな〜」
ベッドに胡座をかきながら封筒の中身を取り出し、封筒はポイで。
1枚の4つ折りにされた手紙と札束。
手紙の内容はなんか試練突破の祝い金の説明と本部に来てね。
後、速攻ぶっ倒れた俺を待機してた救護班の隊員達がここまで運び、風呂やら身支度やらをしたとのことで、女性隊員だから安心してね! 的なことも書かれていたが関係ない。
着替えだけでなく、入浴介助までも? 一体どれだけのものを奪えば気がすむんだ! もはや怒髪天超えて渇いた笑いしか出てこない。
「クソが……」
憎しみのあまり枕に馬乗りになりぶん殴るが勿論気分は晴れなかった。
あ? 手紙? めんどくさいし破り捨てたよ。
というわけで、本部に乗り込んでクレームを言いにいこうね
大丈夫大丈夫! 女性隊員とやらをとっ捕まえて話し合うだけだから!
猪頭との修行中に感情を抑える方法身につけたから! 平気平気!
「行くか、本部とやらに」
場所はこっから二駅くらいだからすぐに着くね。
待ってろよ下等生物共が。
****
カナタが起きる数時間前
ダンジョンを攻略する探索者が所属する組織、ギルド。
そこは多くの組織で構成されており、その一つである救護隊がカナタをここ、探索者のみが使えるホテルへ連れてきた。
「……」
ギルドの職員である市道玲香はソファで両手を額にあて項垂れていた。
救護隊が滞在している間はなるべく感情を抑えていたが、今はそれが静かに、そして微かに漏れ始めていた。
ーーカナタの髪が、瞳が、それを見る度に遥か昔の記憶の断片が嫌でもフラッシュバックする。
悲鳴、恨み言、罵詈雑言。なによりも、その憎悪を物ともしたないあの表情、あの瞳。そこにあったのは『無』次いで『怠い』つまり、奴ら魔人にとってはただの駆除だったのだろう。
ただ邪魔だったから、鬱陶しいから奴等にとってはそれくらいなのだ。
ーー魔人とはそういう奴らだ。世界を破壊して、破壊し尽くして去っていく。
カナタには関係がないことだ。分かってはいる、分かってはいるのだが、憎しみが溢れる。
(駄目だ、抑えろ抑えるんだ、私。今は勤務中、今は勤務中、今は勤務中! この子は関係ない、無関係だ。大丈夫だ私。社会人として公私混同してはならないと、先生が仰っていたじゃないか……深呼吸だ私)
この場での彼女の役目はただ一つ、気持ち良さそうに爆睡している少女の深層心理に魔法で侵入し、心中つまりは心の底の本音を知る為だ。
本来なら出張ってくる必要なんてなかったのに、この子が書いた探索者の志望理由【女の子いっぱいのハーレム作って、タワマンに住むことです】なんてものを上層部の人達が目撃し、本気で捉えてしまったのだ。
『いやぁ、ごめんねぇ? 不安要素少ない方が良いからねぇ……』
なんて苦笑いしながら、戯言を言いやがった上層部の連中の顔面を殴らなかった自分を褒めてやろうと切に思った。
「大丈夫、問題ないわ。私なら大丈夫ーー オルキヌス・オルカ《夢食い》」
そう唱えた瞬間、市道玲香の意識は途絶えた。
****
目が覚めると、六畳一間の部屋に佇んでいた。
白色の壁にフローリングの床、右端に木製のテレビ台とそこに置かれた40インチほどの薄型テレビが鎮座されていた。
『◼️◼️◼️◼️◼️◼️』
『◼️◼️◼️ろよ!』
『◼️◼️みろよ!』
『見てみろよ!』
だったら! 俺の顔くらい見てみろよ! これが俺の顔だ! 俺の表情だ! 俺はお前の顔をいつだって見れるぞ!
ーーノイズから始まり、徐々に声と灰色の映像が色鮮やかに、そして鮮明になっていく、彼の緊張した強張った表情、蝉の鳴き声、2人の影。頬を両手で触れられている感触。
ああ、きっと、この時からが、その全てがあの子の始まり、原点なんだ。
永遠にリピートされている映像を見て、市道玲香はそう確信した。
(まだ、これでは足りない。それに何かわからないけれど、違和感がある)
ローテーブルに置かれた少女と少年の2ショットの写真が収められた藍色の写真立てを手に取りながら、新たに出現した扉を見据える。
(罠? いや、仲間でもいない限り、その線は薄いはず)
市道玲香の魔法オルキヌス・オルカは使用者がこの世界から抜け出すか、第三者が物理的に両者どちらかを起こさない限り、目を覚ますことはなく、この魔法にかかった相手は気付くことはない。
監視員の情報では、空太郎と慕う人間以外に仲間と呼べる人物なんて存在しないと判明している。そして今、周辺には居ない。分かってはいる。
なのに、不安感が拭え切れない。
が、しかし、此処で引く選択肢はない! ここは前進あるのみ!
扉を開け、室内に入った瞬間市道玲香は戦慄する。
ーー安らかに、気持ち良さそうに寝ている空太郎。夕食の好物を頬張りながら上機嫌の空太郎。
ソファに座りながら真剣のあまり、前屈みになりながらゲームをプレイする空太郎。顔が黒塗りにされた母と、父と、姉と妹と、談笑している空太郎。映画館で映画を鑑賞している空太郎。
汗をかきながら腹筋、背筋、スクワット…初歩的な筋トレをしている空太郎。
ジャージ姿でジョギングする空太郎。
ショッピングモールで買い物をしている空太郎。お年玉でお気に入り玩具なのか緊張した面持ちで購入している空太郎。
家族と旅行先でたこ焼きを頬張る空太郎。ブランコに乗り、立ち漕ぎしている空太郎。頭を撫でられ、恥ずかしさのあまり赤面している空太郎。
隙間なく、壁一面に貼られた出逢った頃から今までの空太郎の写真。
「嘘……。なにこれ……、全部あの子が見ている光景? ……待ちなさい、待って、こんなことってっ!!」
監視員だって、常に配備されていたなのだ。どんな些細な情報、違和感、異常その全てを報告する様にと指示を受けている筈だ。
にも関わらず、こんなこと報告になかった。
ーーダンジョンに入る前から、既に魔法を使えていた……?
そんな筈はない。
あの試練が茶番に、なんの意味もない、ただの無意味になる。あの少女が自ら数日間、空太郎と離れるわけがない。
というか、最初から魔法なんて使えてたら監視員は気付かれ、殺害されている筈だ。
「分からない。空太郎君以外の情報が何もない。なんなの? この世界は」
少なくとも、あのハーレム計画は偽りということだけはわかった。
もし、偽りでなかった場合、この世界にも反映され、この部屋の何処かに痕跡として現れる筈だ。
それが何一つない。そもそも空太郎のことしかわからない。
「……もう、戻ろう。大丈夫、職務は真っ当したはーー」
「おねぇさんはだぁれ?」
振り返り、先いた部屋に戻り、抜け出そうとした瞬間、隣に幼い少女がこちらを見つめながら可愛らしく首を傾げていた。
プロローグです