9.婚約解消のために
「ねえ、ケイトから聞いたんだけど、ヘンリーはファリオ王国の王族?」
ベネット伯爵家の応接室で紅茶を飲んでいたヘンリーは「そうだよ。第三王子。驚いた?」と首をすくめた。
「少しね。それにしても、王子には見えないね」
つい口を滑らせてしまい、次の言葉に詰まって口をパクパクさせる。
「よく言われる」
ヘンリーは気にしていない。ヘンリーはファリオ王国の後継者争いを掻い摘んで説明してくれた。
王位を狙う第一王子派と第二王子派が対立しており、両者は拮抗している。第三王子のヘンリーを後継者に推す貴族はおらず、後継者争いとは関係がない。ヘンリーは後継者争いに巻き込まれるのを避けるために、ディロン王国に留学した。
そんな中、先日の暗殺未遂が起こった。これには、ヘンリー自身も困惑しているようだった。エレナは腕を組んでじっと黙っていた。聞けば聞くほど、ヘンリーの命を狙う理由が分からない。
「僕を殺してもメリットがない。それは断言できる!」
「そこは威張って言うところじゃないでしょ」
エレナは可笑しくて吹き出した。ヘンリーもつられて笑う。
料理長が腕を振るった菓子を堪能していると、パメラが「ケイト様がいらっしゃいました」と扉を開けた。
「ヘンリー様……よかった」
ケイトの体が震えている。
「ケイト、いいのよ。私たちは大丈夫だから」
エレナはケイトの震える手を握った。責任感の強いケイトは、抱え込み過ぎる。ベネット家の馬車が襲撃されたと聞いて、自分を責めている。
しばらく手を握っていると、ケイトの震えが収まった。
「襲撃したのはミラー公爵家とコリンズ侯爵家のどちらか。そうなの?」
「わかりません。襲撃した男を捕獲しましたが、尋問しても『酒場で雇われた』の一点張りです。両家の家紋入りの品物はもちろんのこと、証拠になるものは、何も保持していませんでした」
両家の関係者が雇ったことは間違いない。が、証拠がなければ、罪に問えない。
「証拠が出てくれば、婚約解消できるのに」
「婚約解消?」
ヘンリーにはジョンとの婚約を伝えていない。
「私はコリンズ侯爵家の次男のジョンと婚約しているの。コリンズ侯爵家はミラー公爵家に取り入って、ベネット伯爵家を陥れようとした。私としては、一日も早くジョンとの婚約を解消したいのよ」
しかし、前世とは前提が違う。カーラはジョンに気があるようだが、小麦の取引をしていないし、ヘンリーも生きている。コリンズ侯爵が本当にミラー公爵の信頼を得ているのかは、疑問が残る。ジョンとカーラが婚約しないと、エレナはジョンと結婚することになる。それは、何としても回避したい。
前世の舞踏会では、ジョンはカーラとやってきた。ジョンを待っていたエレナは、ダンスホールの入口で婚約解消を伝えられ、一人で屋敷に帰った。
「舞踏会か……どうしようかな」
「舞踏会?」
「来週、王立学院で開催されるダンスパーティーよ」
「行くの?」
「行くよ。ジョンとの婚約を解消するために必要だから」
「舞踏会が婚約解消の舞台なんだ。僕が一緒に行ってあげようか?」
エレナは目を丸くした。ヘンリーの意図がわからない。ヘンリーは命を狙われている。大勢が参加する舞踏会に行くのは危険すぎる。
純粋にエレナを舞踏会に誘っている? そうだとしたら、断るのは申し訳ないし、一人で舞踏会に行くよりも、ヘンリーが一緒に来てくれれば心強い。
「いいけど……危なくないかな?」
「狙われているのだから、どこにいても同じだよ。それに、舞踏会にいけば敵は必ず現れる。絶好の機会だと思わない?」
ヘンリーは舞踏会で敵の証拠をつかむつもりだ。ケイトに視線を移したら、小さく頷いた。スミス子爵家の威信にかけて、必ず犯人を捕まえるつもりだ。
暗殺を阻止したエレナは、単独で舞踏会に参加しても、敵に狙われる。もう、やるしかない。
「わかったわ。ところで、ダンスできるの?」
「当然! 僕はステップを踏みながら生まれてきたんだよ」
ヘンリーは女性をダンスに誘う仕草をした。
舞踏会まであと5日。
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