5.万華鏡の男の子
エレナは両親とファリオ王国の感謝祭に来ていた。木製の屋台には、甘い匂いの焼き菓子、香ばしいバターのジャガイモ、燻製のソーセージが山のように積まれている。変な仮面、綺麗な小鳥、輝く石、見たことがないものが屋台で売られていた。
初めての異国に浮かれたエレナは、感謝祭に夢中になって両親とはぐれた。広場、屋台の通りを探したけれど、どこにも両親はいない。広場で泣いたエレナに、「どうしたの?」と男の子がやってきた。弾むように話す男の子は、よい身なりをしていた。
「お父様、お母様とはぐれてしまって……」と泣きじゃくるエレナに、男の子は「なーんだ、そんなことか。一緒に探してあげるよ」と手を取った。
エレナと男の子は手をつないで、両親を探した。
どれだけ探しても両親は見つからない。泣きそうなエレナに、男の子は「中を覗いてごらん」と小さな筒を渡した。
筒の中には、キラキラとした赤、黄、青が散らばっていた。夜空の星に色を付けたような、幻想的な世界があった。
「うわぁ、きれい!」
「万華鏡っていうんだ。知ってる?」
エレナは首を横に振った。ディロン王国の玩具店では見たことがない。
「不安なときに眺めると、心が落ち着くよ」
「不安なとき?」
「たとえば、迷子になったとき」
エレナの顔が赤くなる。失言に気付いた男の子は「それ、君にあげるよ」と頭をかいた。
「本当に?」
エレナの目が輝く。男の子は「うん」と小さく頷いた。
感謝祭の屋台は、いろんな食べ物を売っていた。お腹の空いたエレナに、「食べる?」と男の子は屋台の食べ物をくれた。
「お金は?」と心配するエレナに、「後で払うから大丈夫だよ」と男の子は言った。店の人も「いいのよ」と笑顔だった。
それはエレナが初めて食べる物だった。揚げた生地に甘い砂糖がまぶしてある。口に入れると、表面は硬くて、中はもちもちした食感の菓子だった。
「これ何?」
「ブーニュっていうんだ。知らないよね?」
「知らない。でも、おいしい!」
男の子はエレナの機嫌が直ったのが嬉しいのか、「よかった。僕の大好きなお菓子なんだよ」と弾むように言った。
「どこから来たの?」
「ディロン王国よ。知ってる?」
「もちろん。ファリオ王国の隣の国だね」
「行ったことは?」
「ない」
「もったいない。綺麗なところよ」
「いいね。一度行ってみたいな」
「もし、あなたがディロン王国に来たら、私がいっぱい案内してあげる!」
「じゃあ、今日は僕が案内するね」
両親を探しながら、エレナと男の子はいろんな場所を回った。芝居を見たり、射的をしたり、お菓子を食べたり。
「おっと、ごめんよ」
射的をしていたら、隣にいた大人とぶつかった。
「危ない!」
男の子がエレナを引っ張って抱き寄せた。勢いよく引っ張ったから、前に倒れ込んだ。気づいたら、エレナと男の子の唇が重なっていた。
気まずかったけれど、エレナと男の子は両親を探して会場を歩き回った。歩き疲れて噴水の前に座っていたら、「エレナ!」と母の声がした。
母はエレナを抱きしめて「大丈夫だった?」「ケガはない?」「寂しくなかった?」と捲し立てた。こんなに早口で話す母は初めてだった。
「この子が一緒に探してくれたの」と紹介したら、両親は男の子に何度もお礼を言った。
男の子が「よかったね!」と立ち去ろうとする。エレナは首から下げたロケットペンダントを渡した。
「万華鏡のお礼に、あげる。また会いましょう!」
「うん! 絶対に!」
去り際、エレナは男の子に尋ねた。
「私はエレナ。あなたは?」
「僕の名前は……〇?+×¥$……。じゃあね!」
馬車の車輪のきしむ音で、名前が聞き取れなかった。聞き直そうとしたら、男の子は手を振って行ってしまった。
でも、いい。約束したのだから、きっと会える。
**
「お嬢様、起きてください」
パメラの声が聞こえた。薄っすら目を開けると、窓から差し込む細い光が、ゆっくりと部屋を染めていく。
朝だ。二度目の人生が続いていることに、ほっと胸をなでおろす。
「パメラ、おはよう」
サイドテーブルの万華鏡に手を伸ばした。
「いいことがあったのですか?」
パメラは探るように訊いた。
あの夢を見たからだろう。表情に出てしまったことが、恥ずかしい。
「いえ、何でもありません」
そう言いながらも、笑顔が自然にこぼれた。
早く、あの男の子に会いたい。
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