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3.伯爵家の没落

 舞踏会までの間、エレナはジョンとの接触を断つことにした。婚約破棄は既定路線。それなら、ベネット伯爵家を守ることに専念したい。


 ジョンはコリンズ侯爵家の三男。家督は長兄が継ぐ。ベネット伯爵家には男の跡取りがいないから、父はコリンズ侯爵にエレナとジョンの婚約を持ち掛けた。


 ミラー公爵家も男の跡取りがいない。ジョンはベネット伯爵家よりも、爵位の高いミラー公爵家の婿養子に入りたい。だから、王立学院でカーラを口説き続けた。

 出世、外見と世間体だけを気にする薄情なジョン。エレナはそんな男と結婚したくない。


 ジョンのことを考えると、自然と眉が吊り上がる。気分を変えるために、ぼんやりと中庭を眺めた。丁寧に刈られた生垣、中央には円形の泉がある。天使の像から流れ落ちる水が、泉に波紋を広げる。


 石壁に囲まれた正門に目を移すと、門から屋敷に歩いてくる男が見えた。停めてある馬車にはミラー公爵家の紋章。ほとんど交流の無いミラー公爵家の従者が、何の要件で父に会いにきたのか。


 ベネット伯爵家の没落が始まったのは、小麦の取引の失敗だった。たしか、仕入先は……ミラー公爵家だ。父はミラー公爵家から相場よりも安く仕入れた小麦を、転売して利益を出そうとした。だが、相場が暴落して大損失を被った。損失が出たのは舞踏会の後だが、仕入契約は舞踏会の前だったのかもしれない。


 小麦の取引を止めさせれば、ベネット伯爵家を守れる。

 ミラー公爵家の従者の目的を確かめるため、エレナは父の執務室に向かった。


「担当者の手違いで、小麦を仕入れ過ぎました。一括で引き取っていただけるのであれば、この値段で売却しても構わないとミラー公爵に言われております」


 中から声が聞こえた。やはり、ミラー公爵の従者は小麦を売りに来ている。


「ほー、相場よりも3割も安く。これはお買い得ですな」

「さすが、ベネット伯爵はお目が高い。今回だけの特別価格です。それでは、この契約書にサインを」


 商談の最中に執務室に入ってはいけない。しかし、この取引をさせるとベネット伯爵家が没落する。エレナはノックをせずに扉を開けると、父に歩み寄った。


「お父様、商談中に失礼いたします。お母様が……」

「エレナ、どうしたのだ? お客様が来ているというのに」

「お母様が……お母様が……」

「妻がどうしたのだ?」


 父が動揺している。商談を中断させるためなら、手段を選んでいられない。父にしがみついて、涙ながらに訴えた。


「お父様、早く来てください!」


 父は使者を一瞥すると、「大変申し訳ないのだが、日を改めて話を伺いたい」と退室した。


 エレナは父の手を引いて廊下を進むと、角を曲がった。執務室から見えないことを確かめると、立ち止まった。


「どうしたのだ?」


 父は落ち着きなくあたりを見回した。きっと、母がこの辺りに倒れていると探している。ベネット伯爵家のためとはいえ、愛妻家の父に申し訳ないことをした。エレナは深く頭を下げた。


「お父様、申し訳ありません。嘘です」

「エレナ、どうしたのだ?」


 頭を上げると、父は引きつった笑みを浮かべた。


「どうしても、あの商談を止める必要がありましたので、嘘を吐きました。お許しください」


 エレナは再び深く頭を下げた。父は腕を組んでじっと黙っている。しばらくすると、父の声がした。


「そこまでして、私に伝えたいことがあったのだな?」

「はい。隣国のファリオ王国で、小麦の価格が大幅に下がっています。予想を遥かに超える収穫量が原因です。そこに目を付けたリシャール辺境伯が、ファリオ王国から小麦を安値で仕入れました。ディロン王国の4割にも満たない価格です。翌月にはディロン王国に大量の小麦が入ってきます。リシャール辺境伯が小麦の販売を開始すれば、価格は半分以下に暴落します」


「それは本当か?」

「ええ、本当です。王立学院にファリオ王国からの留学生がおりまして、彼女から聞きました」


 父は長いため息をついた。ミラー公爵から小麦を買うと、翌月には価格が暴落して大損失を被る。


「大損するのだな。しかし、困ったな」

「何か問題でも?」

「ああ、ミラー公爵家との取引は、コリンズ侯爵からの紹介だ。断るにしても理由が要る」


 予想外の名前が出た。コリンズ侯爵はジョンの父親。ジョンが婿養子としてベネット伯爵家に入る予定であるのに、エレナの父を陥れようとしている。


「気に病む必要はありません。リシャール辺境伯はコリンズ侯爵の義弟です。小麦が暴落することは知っていたのでしょう。この件は、コリンズ侯爵がミラー公爵に取り入るために、お父様に小麦を売ることを提案したのです」


 父は目を丸くした。コリンズ侯爵が息子の婿入りするベネット家を陥れるとは、父は考えていない。


「コリンズ侯爵が……そんなことをするわけが」

「お父様がコリンズ侯爵を信用されているのは承知しております。しかし、コリンズ侯爵はジョンをミラー公爵家に婿入れさせようとしているのです」

「ジョンはエレナの婚約者ではないのか?」


 温厚な父もさすがに語気が強くなった。


「今は私の婚約者です。でも、すぐに私との婚約を破棄して、カーラと婚約するでしょう。ミラー公爵令嬢のカーラはジョンにご執心です。ジョンも伯爵家よりも公爵家に婿入りしたいと考えています」


 父は窓の外を見つめたまま動かない。信頼していたコリンズ侯爵に裏切られて動揺している。


「一月です。取引は一月だけ待ってください。一月待って小麦の価格が下がらなければ、私をこの家から追い出してもらって構いません」

「そこまで言うのなら……一月だけ契約を延ばしてみよう」

「ありがとうございます」


 エレナは頭を深く下げると、自室に戻った。窓から橙色の光がそっと部屋に差し込む。エレナは中庭を見ながら、ゆっくりと深呼吸した。


 これで小麦の取引による損失を防げる。

 舞踏会まであと20日。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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