11.そして、前世
ヘンリーの狙撃事件から1週間。
狙撃犯とそれを手引きした者への尋問によって、ミラー公爵家とコリンズ侯爵家の暗殺への関与が明らかになった。ミラー公爵とコリンズ侯爵への尋問は継続中であるが、有罪となることは間違いない。他国の王族を暗殺しようとした罪は重い。協議会の決定により、両家は取り潰しとなるだろう。エレナの父は正式に婚約の解消を申し入れ、コリンズ侯爵はそれを受け入れた。
一方、ファリオ王国の第一王子派と第二王子派による王位継承争いは激しさを増しており、両派閥による争い、事件が多発していた。貴族や平民の中には、両派閥の争いに辟易し、平穏派である第三王子、つまりヘンリーに王位継承を期待する者がでてきた。特に、言動が過激な第二王子派からの離反が目立っている。
第二王子派の有力貴族は、ヘンリーが第三勢力として台頭すると、第二王子の王位継承に支障があると考えた。このため、ディロン王国の有力者であるミラー公爵に、留学中のヘンリーの暗殺を依頼した。これが、ヘンリー暗殺計画の全容である。
ヘンリーとの約束で、ディロン王国を案内することになったエレナ。カフェに入ったヘンリーの目が輝いている。
「フルーツタルトは初めて?」
「初めて。どんな味がするか楽しみだ。そういうエレナも、楽しそうだよ」
「まあね。婚約解消できたし」
ジョンとカーラは王立学院に来ていないし、今後、関わることはないだろう。不幸な前世、ベネット伯爵家が没落したのも、万華鏡をくれたヘンリーを殺したのも、ジョンとカーラが原因だった。
「ねえ、婚約解消した人に、婚約を申し込む人はいるの?」
「あまりいないわね」
婚約解消すると、その当事者は問題があるとみなされる。前世では、婚約破棄の後、エレナに婚約を申し入れる家は出てこなかった。もちろん、ベネット伯爵家が没落したのも、原因の一端である。
「ヘンリーはこれからどうするの?」
「あと20年は父王が健在だろうから、後継者争いはその間続く。ファリオ王国に戻ると、僕はずっと命を狙われる。20年だよ。勘弁してほしい」
ヘンリーはどこを見るでもなく、ぼんやりと前を見ている。このままディロン王国で暮らしたほうが幸せかもしれない。
「私の友人に、婚約解消したディロン王国の伯爵令嬢がいるんだ。紹介しようか?」
「奇遇だね。僕の友人にも、ディロン王国の伯爵令嬢と結婚したい王子がいる。紹介するよ」
ヘンリーが目を細くして、エレナを眺める。エレナは耐え切れずに吹き出した。
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「こんなはずじゃなかった」
男は窓から差し込む光に手をかざした。やせ細った腕。日に日に痩せていく。このままでは、医者の言う通り、残り数カ月といったところか。男は目を閉じた。25年の生涯を思い返す。
エレナ・ベネットとの婚約を解消して、カーラと婚約するはずだった。ミラー公爵に提案した小麦の取引は失敗した。ファリオ王国の第三王子の暗殺にも失敗した。隣国の王族を殺害しようとした罪に問われ、家は爵位を剥奪された。その後は、転落する人生だった。そして、流行り病にかかり、短かった生涯を閉じる。
エレナがいなければ、ファリオ王国の第三王子の暗殺は成功した。小麦の取引もエレナの入れ知恵かもしれない。カーラとの結婚をエレナが邪魔をした。エレナがいなければ……幸せな人生を送れた。エレナがいなければ……
男は静かに目を閉じた。
「ジョン様、起きてください。朝です」
<了>
この物語はこれで終わりです。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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