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10.決戦の舞踏会

 舞踏会の当日。エレナが会場の入口で待っていると、スミス子爵家の馬車からタキシードを着たヘンリーが降りてきた。ケイトは淡い青のドレスを着用して、護衛として同行している。


 いつもの地味な印象とは違って、華やかなドレス姿のケイト。舞踏会では地味なドレスを着用すると、会場で目立つと考えたのだ。

 それにしても、今日のケイトは綺麗だ。この姿を見た男子生徒は、ケイトをダンスに誘うはず。護衛任務がなければ、素敵な男性と出会えたかもしれない。着飾ったケイトを見ながら、エレナは短いため息をついた。


 ヘンリーはエレナのもとに歩み寄ると、「行きましょうか」と笑顔で手を差し出す。エレナは少し視線を落とし、指先をそっとヘンリーの手に重ねた。

 ヘンリーはエレナと歩幅を合わせ、足元を気遣いながら、ゆっくりと歩く。


「慣れているのね」

「まあね。子供のころから参加させられたから」

「さすが、ステップを踏みながら生まれてきただけのことはある」


 エレナの皮肉に、ヘンリーは笑顔になった。


 ダンスホールの入口でジョンとカーラが談笑していた。カーラはジョンを見つめながら微笑みを浮かべる。自慢ばかりのジョンの話に、笑う箇所があるのだろうか。

 ジョンがエレナに気付いた。婚約破棄の瞬間が近づく。エレナは深呼吸した。


「男連れでダンスか? いい身分だな」


 いつもの気に障る口調。エレナは努めて冷静に、ジョンに会釈する。


「あなたも女連れではないですか?」


 エレナが微笑みを浮かべると、ジョンは「ふんっ」と吐き捨て、カーラとバーカウンターに去っていった。


「ちょっと」


 舞踏会でジョンに婚約破棄されるはずだった。なのに、何かがおかしい。

 舞踏会にヘンリーと来たから? それとも、ミラー公爵家とコリンズ侯爵家の計画を潰したから?


 眉をひそめて黙るエレナに、「そろそろ時間だよ」とヘンリーが手を取った。


**


 ダンスパーティーが始まった。


 エレナとヘンリーは向かい合って立つ。ヴァイオリンの高音に合わせて、ヘンリーの腕がエレナの腰を捉えた。エレナは微笑みながら軽く肩を揺らし、指先でヘンリーの胸元をなぞる。


 曲のテンポが上がった。ダンスに集中するにつれて、フロアの音が消えていく。来場者の話し声が消え、チェロの低音が消え、ヴァイオリンの音色が消えた。エレナとヘンリーだけが、フロアにいるように錯覚する。


 ヘンリーのリードが上手いのか、それともヘンリーとの相性がいいのか。ヘンリーの足運び、視線、呼吸がぴたりとエレナと重なる。ヘンリーのエスコートに合わせて、ターンする。ドレスの裾がくるりと波打ち、二人の距離が離れては、また縮まる。


 周囲の生徒は踊りながらも、知らず知らずのうちに二人を見ていた。エレナとヘンリーは周囲の視線に気づかない。ただ、互いの動き、視線、呼吸を意識していた。


 曲が終わる。エレナとヘンリーは、中央でぴたりと静止した。エレナの額に汗が光り、ヘンリーには笑みが浮かんだ。二人が礼をすると、ダンスホールが拍手で包まれた。その瞬間、


 “パンッ”


 乾いた音がした。無機質な音。銃声だ。とっさにエレナは床にかがみ込んだ。


 銃声はエレナの斜め前から聞こえた。その方向には、マスケット銃を持つ男。エレナは視線を逸らさず、男の動きを追う。すると、タキシード姿の男が数名、銃を持つ男を取り押さえた。スミス子爵家だ。


 撃たれた箇所がないかを確認するため、手早く身体を触った。手に血は付着していない。ドレスも破れていない。ほっと息をついたら、肩にずしりと負荷を感じた。


「ねえ、大丈夫?」


 視線を移すと、ヘンリーの身体が人形のように崩れた。重い音が響く。


「ヘンリー、ヘンリー! しっかりして!」


 エレナはヘンリーを抱きかかえた。ジャケットの下のシャツに、赤が広がる。血だ。シャツにハンカチを当てて止血する。


 下級生なのにエレナを呼び捨てする、生意気なヘンリーが少し苦手だった。

 屋台でブーニュを頬張るヘンリーは、少し可愛かった。

 逃げ込んだ倉庫でヘンリーが話してくれて、心強かった。

 馬車から降りてきたタキシードのヘンリーは、少しかっこよかった。

 ステップを踏みながら生まれてきたヘンリーは、ダンスが上手かった。


 ヘンリーは……ヘンリーは……涙で前が見えない。


「エレナ、大丈夫だよ……致命傷じゃない」


 ヘンリーがエレナの手を握った。弱々しい声。「これのおかげで助かった」と愛想笑いを浮かべた。ヘンリーは手を挙げた。何かを持っている。


「これは?」


 ヘンリーは銃痕が付いたペンダントをエレナに見せた。銃弾がペンダントに当たって致命傷を免れた。


「10年前に、感謝祭で女の子と会った。その女の子が、別れ際にペンダントをくれたんだ」

「その女の子にお礼を言わないとね」


 見覚えのあるペンダント。エレナの頬を涙が伝う。


「そうだね。その女の子と、また会おうって約束した。だから会いに来た」


 ロケットペンダントを開いた。中には両親と幼いエレナがいた。


「約束、守ってくれたんだ」

「まあね。次は君の番だよ。僕がディロン王国に来たら、君が案内してくれるんだろ?」


 ヘンリーは照れたように鼻の頭をこすった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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