1.二度目の人生
「こんなはずじゃなかった」
ぼんやりとした視界、天井には見慣れた模様がある。窓から差し込む光で目が痛い。眩しくて手をかざしたら、やせ細った指が見えた。病のせいで、食事が喉を通らない。日に日に痩せていく。このままでは、医者に言われたとおり、余命数カ月といったところか。エレナは目を閉じた。25年の生涯を思い返す。
ジョン・コリンズに婚約を破棄されてから、転落人生が始まった。ジョンはミラー公爵家の令嬢カーラに求婚し、カーラは申し出を受け入れた。そして、エレナはお払い箱になった。
ベネット伯爵家に生まれ、何不自由ない人生を送っていたエレナ。しかし、順風満帆な人生は長続きしなかった。婚約破棄をきっかけに、ベネット伯爵家は衰退した。衰退する伯爵家、婚約破棄された伯爵令嬢に求婚する物好きは現れなかった。落ちぶれて、流行り病にかかり、未婚のまま、短かった生涯を閉じる。
枕元に置いた万華鏡を手に取った。中には夢の世界が広がる。
「不安なときに眺めると、心が落ち着くよ」隣国の感謝祭で迷子になったエレナに、男の子がくれた。両親とはぐれて不安だったけど、男の子は一緒に探してくれた。心強かった。別れ際に「また会おう」と約束した。
婚約破棄されたとき、家が没落したとき、流行り病にかかったとき、万華鏡を眺めると落ち着いた。エレナをいつも救ってくれた。
あと少しの命。万華鏡をくれた男の子に会うことは叶わない。
――最後に会って、お礼をいいたかった
エレナは目を閉じた。
**
「お嬢様、起きてください。朝です」
目を開けると、天井に見慣れた模様があった。聞き覚えのある声、メイドのパメラだ。給金を払えなくて、5年前に辞めてもらったはずなのに。
「パメラ、どうしてここに?」
「何をおっしゃっているのですか。お嬢様のお世話は私の仕事です。窓を開けます」
パメラがカーテンを開けた。朝陽が窓から差し込む。眩しくて手をかざした。目が痛くない。ふと目をやると、健康的な手が見えた。
「えっ?」
「どうかされましたか?」
振り返ったパメラを見て息を呑んだ。朝陽に照らされた髪が輝いていた。綺麗だ。パメラは35歳のはずなのに、とても見えない。
「いえ、綺麗だと思って。パメラは歳をとらないのですね」
「歳ですか? 私がここで働き始めて3カ月ですよ。さすがに3カ月では、見た目は変わりません」
パメラがベネット伯爵家にきたのはエレナが15歳のとき。何かがおかしい。
エレナはのそのそとベッドから起きて、部屋を歩いた。足取りが軽い。関節が痛くない。鏡の中の血色のよい健康な少女を見つめる。右手を上げると、鏡の少女も右手を上げた。どうやら、あの少女はエレナだ。
「パメラ、今日の予定は何だったかしら?」
「学校です。お嬢様、早く支度をしないと遅れます」
パメラは制服をエレナに渡した。
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