第2話 マーガレットの独白
◆わたしの幸せは、あの麦畑じゃない◆
――マーガレットの独白
アントニオは、かっこいい男の子だった。
背が高くて、体格もがっしりしてて、日焼けした肌に濃い眉、笑うと目尻にシワができて、それがなんだか優しく見えた。村の女の子たちの中には、「アントニオと結婚するの、うらやましい」なんて言ってくる子もいたくらいだ。
そして、わたしはその彼と、婚約していた。
小さい頃からずっと一緒にいたし、両親も「よく働くいい青年だ」って褒めていたし、村でも評判の農家の跡取りだったから、誰もが「お似合いの二人」って思ってたんだと思う。
……でも、そんなの、わたしにはどうでもよかった。
だって――
わたしは、王都に行きたいの。
ロサーナ村なんて、何もない。麦畑、牛、畑、土の匂い。毎日同じような朝、同じような風景。行事といえば年に一度の収穫祭くらい。着る服も代わり映えしないし、話題も「どこの鶏が卵を産まなくなった」とか「雨が少ない」とか、そんなのばっかり。
アントニオと結婚したら、きっと一生ここで暮らすことになる。朝は早くて、土まみれになって働いて、夕方にはくたくたになって寝る。おしゃれもできず、都会のカフェにも行けず、見たこともないようなドレスも着られない。
そんな人生、わたしには耐えられない!
アントニオが悪いわけじゃない。むしろすごくいい人だ。誠実で、優しくて、働き者で、かっこよくて……正直、見た目だけなら王都の貴族の誰よりもアントニオの方がタイプだったかもしれない。
でも。
将来性がないの。
彼が農業を捨てるわけないし、わたしが都会に出たいって言ってもきっと止める。村での生活を守ろうとするに決まってる。だから、わたしは――アントニオじゃ、だめだった。
そんな時だった。王都から旅してきたサラゴサ男爵様と出会ったのは。
彼は、本当に……眩しかった。白馬に乗って現れる王子様って、こういう人なんだって思った。金の刺繍が入った上着に、薔薇の香水、丁寧で優雅な仕草。わたしの目を見つめて、「君の瞳は、都会の星より輝いている」なんて、さらっと言ってのけるの。
もう、恋に落ちるしかなかった。
アントニオといると、未来が見えすぎて苦しかったけど、男爵様といると、見えない未来が楽しみで仕方なかった。王都の生活。社交界のパーティ。シャンデリアの下でのダンス。カフェでの午後のひととき。美しいドレス、豪華な部屋、そして――わたしの隣にいる男爵様。
きらびやかな夢が、わたしを呼んでいる。
アントニオに婚約破棄を伝えに行ったとき、彼は信じられないって顔をしてた。
「マーガレット……本気なのか?」
「うん、本気。わたし、王都に行くの」
「そいつに騙されてるんだ。貴族が村娘と本気になるわけない」
アントニオの叫びは、優しさから出たものなんだろう。でも、なんだか鼻についた。まるで、わたしが夢を見ちゃいけないって言われてるみたいで。
「わたしはね、農業なんてしたくないの! わたしは、もっと輝きたいの! ドレスを着て、お城の舞踏会に行って、王都の令嬢たちに囲まれて、女王様みたいに笑っていたいのよ!」
言ってる途中で、自分でもわかってた。
アントニオの顔がゆがんでいく。わたしの言葉が、彼を傷つけてることも、わかってた。
でも……でもさ。
わたしの人生は、わたしが決める。
彼が倒されて、麦畑が踏み荒らされて、わたしは一瞬だけ、胸がチクリと痛んだ。
でも、次の瞬間には馬車に乗ってた。
「ふふ、かわいそうだけど……仕方ないわよね。だって、わたしは幸せになるんだもん」
アントニオには悪いけど――あの麦畑に一生縛られるより、わたしは自分の幸せをつかみたい。
……いつか、アントニオも誰かいい人を見つけるはず。素朴な村娘で、畑を一緒に耕してくれるような女の子と。そういうの、似合うもの。
だから、わたしのことなんて、早く忘れて――ね?
あははは!
わたしはマーガレット。ロサーナ村の娘じゃなく、サラゴサ男爵の婚約者として、王都に咲く花になるの。
ドレスも、舞踏会も、甘い口づけも、ぜんぶこれから。
ああ、王都が待っている――