第18話 マーガレットへの決着
「マーガレットへの決着」
サラゴサ男爵が爵位を剥奪され、王都から追放された知らせは、瞬く間に広まった。
だが、アントニオの心はまだ晴れぬままだった。あの日、麦畑を裏切り、冷笑を浮かべながら男爵の馬車に乗った彼女の言葉が、今も胸に焼き付いている。
――「もう、こんな村に未練なんてないから」
マーガレット。
かつて愛し、婚約まで交わした相手。だが今や、その名は王都の夜会を騒がせる“落ちぶれた元男爵妾”として囁かれていた。
男爵が失脚した今、庇護を失った彼女がどんな運命にあるかは想像に難くなかった。だが、アントニオはそれだけでは終われなかった。
「けじめを、つけに行く」
王都の外れ、貧民街の一角にある小さな安宿。その一室に、彼女はいた。
ドレスの裾はほつれ、化粧も乱れている。だが、彼女はなお虚勢を張るようにアントニオを見た。
「アン……来てくれたの? 私、全部が夢だと思ってた……あなたとまた会えるなんて……」
アントニオは黙って部屋の中央まで歩み寄る。
「夢、か。お前が捨てたものの重さが、ようやく現実になったってことだろ」
マーガレットの顔から笑みが消える。
「……あたしだって、好きだったのよ。本当に。でも、あんな村にいたら、未来なんてないと思ったの。わたしだって……幸せになりたかったのよ」
「だから、誰かを裏切っていい理由にはならない」
アントニオは静かに一枚の布袋を彼女の足元に置いた。
中には、かつて二人で撮った絵画風の肖像と、彼女がアントニオに送った婚約の証の指輪が入っていた。
「これは……」
「過去はもう返せない。だが、過去から逃げ続けている限り、お前はどこに行っても自分を許せないままだ」
マーガレットの肩が震えた。
「……どうすれば……償えるの?」
アントニオは窓の外に視線を投げる。そこには、精霊たちが運んでくれた風が、静かにカーテンを揺らしていた。
「ロサーナに戻れ。そして、あの畑で働け。土に触れ、麦の声を聞き、自分の手で命を育てろ。それが、お前にできる唯一の償いだ」
マーガレットは、声を出さずに泣き始めた。悔いと、安堵と、もう失いたくない何かが混ざった涙だった。
「……ありがとう、アントニオ……」
アントニオはそれには答えず、扉へと向かった。
「俺はもう、お前を憎まない。だが、許すわけでもない。選べ。今度は、自分で」
そして扉が閉まったとき、彼の背には、少しだけ軽さが戻っていた。
麦は知っていた。
裏切られても、それでも陽を浴びて伸びようとする意思を。
アントニオの旅は、終わりではない。
これもまた、新たな一歩にすぎなかった。




