第14話 焔と風、絆は剣より強く
◆焔と風、絆は剣より強く◆
王都の上空に、赤い閃光が走った。
夜空を切り裂いて、巨大な魔力が塔の上に降り注ぐ。
「封印区画・第三層、結界反応ゼロ! 完全に破られました!」
塔の警備兵が叫ぶ。歯車塔の地下――精霊回廊の封印が、誰かにより強制的に開かれてしまったのだ。
ゼフが唸った。
「……やりやがったな、“精霊狩り”ども」
それは数年前、王国中の精霊たちを魔術の材料として拉致・解体していた組織。各地で壊滅したはずだったが、残党がこの王都にも潜んでいたらしい。
「回廊を奪うつもりか……!」
アントニオは、塔の天窓から赤く染まる空を見上げた。
かつて、自分を選んでくれた精霊たち。今、その場所が蹂躙されようとしている。
「……行きます。あの回廊は、俺の“始まりの場所”ですから」
「なら、私も行くわ」
はっきりした声で言ったのは、エミリアだった。
蒼い外套に身を包んだ彼女は、工房の制御魔法士。術式を使って機械や魔導装置を動かす職人であり、アントニオと同期の“仲間”だった。
「……精霊のこと、ずっと他人事だった。でも、あなたが帰ってきた時、あの森の緑がほんの少し戻ってて……なんか、心が動いたのよ。だから今度は、私も手を貸したい」
「ありがとう、エミリア」
「それに、あなた一人でカッコつけさせたくないし」
エミリアは笑った。けれどその目は、真剣だった。
「俺も行くぞ! なあマルタ!」
工具を担いで飛び込んできたのは、鍛冶屋のマルタだった。大柄で力持ち、だが気が優しい青年。背中には巨大な《魔力解放ハンマー》を背負っていた。
「塔の制御盤を奪われたら、街の魔導炉が止まっちまう。そしたら……王都が寒さで凍えちまうんだよ!」
「ありがとう、マルタ。心強い」
こうして、仲間たちは走った。
精霊の力、魔導術式、工房で鍛えた技術――すべてを持ち寄って。
*
塔の最下層、精霊回廊。
そこには、黒いローブの男が立っていた。
顔の下半分を仮面で隠し、赤い目だけが闇に光る。
「……“まなご”か。面倒なものが来たな」
「あなたが、精霊狩りの……!」
「我らは《ノクターン》。“神の声”を再現するため、真なる精霊の力を求めている。小さな命を守ることに囚われるな、“まなご”よ。いずれお前も、我らの糧となる」
その言葉とともに、男の背後から召喚された“影の精霊”が姿を現した。
巨大な狼のような形をした闇の精霊。紫に光る牙をむき出しにしながら、咆哮をあげる。
「アントニオ、あれは……!」
「俺が引きつける! エミリア、装置を守って! マルタは横から援護を!」
「わかった!」
アントニオは駆けた。風の加護が足に宿り、地を滑るように跳躍する。
「《翠風の刃》!」
風が実体を持ち、閃光のように影の精霊へと切りつけた。
だが――
「……効かない!?」
風は霧のように吸われ、影はむしろ膨張していく。
「精霊の力を喰らって、強化されてるんだ!」
ゼフの叫びが上から届く。
「ならば……エミリア、術式変換を頼む! 属性を逆転させる!」
「了解っ!」
エミリアの腕に刻まれた魔導端末が光り出す。
「《風→焔》、変換開始!」
術式が回り、風の精霊の力が炎へと変換されていく。
アントニオの手から、紅蓮の火が立ち上った。
「――焔精霊、頼む!」
その瞬間、彼の背後に、赤い羽を持つ小さな精霊が現れた。
目を閉じると、炎が意志を持ったように周囲を舞う。
「《紅蓮裂風陣》!」
アントニオの一閃とともに、炎が竜巻となって影を吹き飛ばす。
影の精霊が悲鳴をあげ、崩れ落ちた。
「今だ、マルタ!」
「おうともよ!!」
マルタのハンマーが、影の核へと振り下ろされた。
――ドガァアアアンッ!!
爆風が駆け抜け、地鳴りのような轟音が塔を揺らした。
やがて、影は霧散し、男も撤退を余儀なくされた。
*
「……ふぅ。倒した、ね」
エミリアが肩で息をしながら笑う。
アントニオも同じく、額の汗を拭った。
「ありがとう、二人とも。俺一人じゃ……無理だった」
「ばーか、当然でしょ。仲間なんだから」
エミリアの声は、どこまでもまっすぐだった。
――人は一人では強くなれない。けれど、誰かとなら、闇にも立ち向かえる。
心の奥に、そう確かなものが芽生えた気がした。
王都の空が、夜明けに染まり始めていた。
その光の中、アントニオの背に再び――風と焔の精霊が、寄り添っていた。




