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第12話 そして灯火は続く道を照らす

◆◆そして灯火は続く道を照らす◆


 王都の朝は、前触れもなく雪に包まれた。


 北の工房街の屋根には白い綿が積もり、吐く息は銀の糸のように空へと昇っていく。


 アントニオは、工具箱を抱えながら歯車塔へ向かっていた。今日は定期点検の日。封印装置の安定化作業が任されており、胸が高鳴っていた。


 ふと、塔の前で待っていたゼフが言った。


 「なあ、アント……お前って、昔から変な現象に巻き込まれたりしたか?」


 「……え?」


 突然の問いに、思わず足を止める。


 「いやな。昨日、お前が触れてた魔導装置、普通の奴ならとっくに指を焦がしてるはずだったんだよ。なのに……お前は平気だった」


 アントニオは、数秒黙り込んだ。


 思い返せば、幼い頃から奇妙なことは多かった。真冬でも草花が自分の周りだけ咲き続けたこと。森に入っても獣に襲われなかったこと。火事に遭ったはずなのに、なぜか煙一つ吸わなかった自分――


 (あれって……全部、偶然じゃなかった?)


 「……そういえば、昔。森の中で、誰かに名前を呼ばれた気がします」


 「名前?」


 「見えなかったんです。でも、その声を聞いたときだけ、不思議と温かくて……泣き止んだ母さんが、“精霊様が来たんだ”って言ってた」


 ゼフはそれを聞いて、低く息を吐いた。


 「やっぱりか」


 「やっぱりって……?」


 「アント、お前は“妖精の愛し子”かもしれない」


 「――えっ?」


 ゼフの言葉が、真冬の風よりも冷たく耳に届いた。


 「伝説だけどな。ごく稀に、生まれながらにして妖精たちに見守られ、加護を受ける子がいるっていう。“森に祝福された子”、“命を救う星のかけら”って呼ばれてる」


 「そんなの……おとぎ話じゃ」


 「……なら、なんであの暴走魔力に触れても無事だった? 植物の扱いにもやけに長けてるし、魔導装置への適応力も異常に高い。普通じゃ説明がつかねえよ」


 ゼフはそう言いながら、アントニオの左手首を指差した。


 「見ろ。お前、気づいてるか? その痣」


 手袋を外すと、そこには小さな模様が浮かんでいた。


 淡く緑がかった光の印。葉のようにも、羽のようにも見えるそれは、まるで呼吸をするように脈打っていた。


 「こんな……覚え、ないです」


 「それが“妖精印”だ。精霊と縁ある者にのみ現れる、選ばれし証さ」


 アントニオは言葉を失った。


 まさか、自分がそんな存在だったなんて。


 けれど――心の奥底に、なぜか納得する感覚もあった。


 森で呼ばれた名。命を守られたような感覚。何もかもが今、線でつながった。


 「なあ、アント。いま王都で、《精霊回廊》っていう施設があるの、知ってるか?」


 「精霊回廊?」


 「塔の地下にある。かつて王家が、精霊と契約するために使ってた場所だ。今は封鎖されてるが、あの印があれば入れるかもしれねえ」


 アントニオは、無意識に左手を握った。


 その夜、彼は塔の管理者に案内され、歯車塔の最下層――《精霊回廊》へと足を踏み入れた。


 *


 古びた石壁には、見たこともない言語で魔法陣が刻まれていた。


 中心には、一枚の水晶鏡。そこに、ふわりと光が浮かぶ。


 「……まなごよ。ようやくここまで来たのね」


 その声は、どこか懐かしく、あたたかかった。


 「あなたの命は、私たちが守った。けれど、あなたが望んだから、生きてきた」


 「……あなたは、誰ですか」


 「私は“ヴィネリア”。緑の妖精の長。あなたの誕生の夜、風と水と大地が、あなたを愛すると決めた。だからあなたは“まなご”――この世に降りた希望」


 アントニオの胸が、ゆっくりと熱くなる。


 ずっと忘れていたぬくもりが、心の奥から溢れてきた。


 「あなたには、選べる道がある。人として歩むか、精霊とともに在るか――けれど、どちらを選んでも、もう一人じゃない」


 水晶の中に、トレモン宿の仲間たちの姿が映った。


 ゼフ、マルタ、工房の仲間たち、そしてまだ馴染みきれないけれど確かな絆を感じるエミリア。


 「……俺は、人として生きます。だけど、精霊の力も……俺にできることがあるなら、使いたい。誰かのために」


 そう言った瞬間、水晶がまばゆい光を放った。


 そして、彼の背に――淡い、羽のような光が一瞬、浮かんだ。


 精霊との契約は、静かに、けれど確かに結ばれた。


 *


 地上に戻った彼を、ゼフが待っていた。


 「行ってきたか?」


 アントニオは、ゆっくりとうなずいた。


 「……精霊と、少しだけ話しました」


 「そうか。なら、これからはお前自身の意志で進め」


 その夜、王都の空に、雪が止み、星がひときわ明るく光っていた。


 アントニオの旅は、まだ始まったばかりだ。


 けれどその背には、誰にも見えない――光の羽が、そっと揺れていた。◆


 王都の朝は、前触れもなく雪に包まれた。


 北の工房街の屋根には白い綿が積もり、吐く息は銀の糸のように空へと昇っていく。


 アントニオは、工具箱を抱えながら歯車塔へ向かっていた。今日は定期点検の日。封印装置の安定化作業が任されており、胸が高鳴っていた。


 ふと、塔の前で待っていたゼフが言った。


 「なあ、アント……お前って、昔から変な現象に巻き込まれたりしたか?」


 「……え?」


 突然の問いに、思わず足を止める。


 「いやな。昨日、お前が触れてた魔導装置、普通の奴ならとっくに指を焦がしてるはずだったんだよ。なのに……お前は平気だった」


 アントニオは、数秒黙り込んだ。


 思い返せば、幼い頃から奇妙なことは多かった。真冬でも草花が自分の周りだけ咲き続けたこと。森に入っても獣に襲われなかったこと。火事に遭ったはずなのに、なぜか煙一つ吸わなかった自分――


 (あれって……全部、偶然じゃなかった?)


 「……そういえば、昔。森の中で、誰かに名前を呼ばれた気がします」


 「名前?」


 「見えなかったんです。でも、その声を聞いたときだけ、不思議と温かくて……泣き止んだ母さんが、“精霊様が来たんだ”って言ってた」


 ゼフはそれを聞いて、低く息を吐いた。


 「やっぱりか」


 「やっぱりって……?」


 「アント、お前は“妖精の愛し子”かもしれない」


 「――えっ?」


 ゼフの言葉が、真冬の風よりも冷たく耳に届いた。


 「伝説だけどな。ごく稀に、生まれながらにして妖精たちに見守られ、加護を受ける子がいるっていう。“森に祝福された子”、“命を救う星のかけら”って呼ばれてる」


 「そんなの……おとぎ話じゃ」


 「……なら、なんであの暴走魔力に触れても無事だった? 植物の扱いにもやけに長けてるし、魔導装置への適応力も異常に高い。普通じゃ説明がつかねえよ」


 ゼフはそう言いながら、アントニオの左手首を指差した。


 「見ろ。お前、気づいてるか? その痣」


 手袋を外すと、そこには小さな模様が浮かんでいた。


 淡く緑がかった光の印。葉のようにも、羽のようにも見えるそれは、まるで呼吸をするように脈打っていた。


 「こんな……覚え、ないです」


 「それが“妖精印”だ。精霊と縁ある者にのみ現れる、選ばれし証さ」


 アントニオは言葉を失った。


 まさか、自分がそんな存在だったなんて。


 けれど――心の奥底に、なぜか納得する感覚もあった。


 森で呼ばれた名。命を守られたような感覚。何もかもが今、線でつながった。


 「なあ、アント。いま王都で、《精霊回廊》っていう施設があるの、知ってるか?」


 「精霊回廊?」


 「塔の地下にある。かつて王家が、精霊と契約するために使ってた場所だ。今は封鎖されてるが、あの印があれば入れるかもしれねえ」


 アントニオは、無意識に左手を握った。


 その夜、彼は塔の管理者に案内され、歯車塔の最下層――《精霊回廊》へと足を踏み入れた。


 *


 古びた石壁には、見たこともない言語で魔法陣が刻まれていた。


 中心には、一枚の水晶鏡。そこに、ふわりと光が浮かぶ。


 「……まなごよ。ようやくここまで来たのね」


 その声は、どこか懐かしく、あたたかかった。


 「あなたの命は、私たちが守った。けれど、あなたが望んだから、生きてきた」


 「……あなたは、誰ですか」


 「私は“ヴィネリア”。緑の妖精の長。あなたの誕生の夜、風と水と大地が、あなたを愛すると決めた。だからあなたは“まなご”――この世に降りた希望」


 アントニオの胸が、ゆっくりと熱くなる。


 ずっと忘れていたぬくもりが、心の奥から溢れてきた。


 「あなたには、選べる道がある。人として歩むか、精霊とともに在るか――けれど、どちらを選んでも、もう一人じゃない」


 水晶の中に、トレモン宿の仲間たちの姿が映った。


 ゼフ、マルタ、工房の仲間たち、そしてまだ馴染みきれないけれど確かな絆を感じるエミリア。


 「……俺は、人として生きます。だけど、精霊の力も……俺にできることがあるなら、使いたい。誰かのために」


 そう言った瞬間、水晶がまばゆい光を放った。


 そして、彼の背に――淡い、羽のような光が一瞬、浮かんだ。


 精霊との契約は、静かに、けれど確かに結ばれた。


 *


 地上に戻った彼を、ゼフが待っていた。


 「行ってきたか?」


 アントニオは、ゆっくりとうなずいた。


 「……精霊と、少しだけ話しました」


 「そうか。なら、これからはお前自身の意志で進め」


 その夜、王都の空に、雪が止み、星がひときわ明るく光っていた。


 アントニオの旅は、まだ始まったばかりだ。


 けれどその背には、誰にも見えない――光の羽が、そっと揺れていた。

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