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婚約破棄され、男爵に婚約者を奪い取られたアントニオは実は、妖精のいとし子だった。  作者: 山田 バルス


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第11話 歯車塔の封印、そして試練

◆歯車塔の封印、そして試練◆


 工房での生活にも、少しずつ慣れてきたころだった。


 その日は、朝から雪がちらついていた。王都の空気はひときわ冷たく、街を歩く人々も、肩をすぼめながら急ぎ足だった。


 アントニオは、いつものように北の工房街へと向かっていた。作業着の下には、マルタさんがくれた毛糸のセーターを着ている。それでも顔に触れる風は刺すように冷たい。


 「アント、遅れるなよ!」


 先を歩くゼフが、振り返って声をかけてくる。


 「はい、すみません!」


 慌てて駆け足になると、雪を踏みしめる音がカシャリと響いた。


 今日、彼らが向かっているのは工房ではなかった。


 目的地は、工房街のさらに北端――《歯車塔》と呼ばれる古い施設だ。


 かつては王都でも有名な魔導機械の研究所だったというが、今ではその大半が閉鎖され、限られた人間しか立ち入ることはできない。


 「本当に、ここに入るんですか?」


 「見学だけの予定だったんだがな。今日、偶然“試験用の依頼”が回ってきたらしい。お前も一緒に来いって、工房長が言ってた」


 ゼフはそう言って、鍵のかかった門を開ける。


 「歯車塔には、まだ動いている魔導装置がある。触れちゃいけない封印区域もあるから、くれぐれも注意するんだぞ」


 その言葉に、アントニオは小さく息を呑んだ。


 扉の先に広がっていたのは、まるで別世界だった。


 歯車の回転音が、かすかに響いている。


 壁のあちこちには古びた銅管が這い、天井には無数の歯車が、ゆっくりと回っていた。ところどころに浮遊結晶が配置され、薄明かりのような魔力の光を放っている。


 「……すごい……」


 「初めて見るとな、だいたいみんな固まる。昔はここで、王都中の機械魔導をまかなってたんだとさ」


 塔の中を歩きながら、ゼフは淡々と説明してくれた。


 通された作業室の一角には、すでに何人かの見習いや職人たちが集まっていた。


 その中でひときわ目立っていたのが、一人の少女だった。


 銀灰色の髪を短くまとめ、手際よく機械部品を組み立てている。彼女の周囲だけ、妙に空気が張り詰めていた。


 「あの人……」


 「エミリアだ。工房でも一、二を争う技術者だよ。あんまり他人と話さないが、腕は本物だ」


 ゼフが小声でそう教えてくれる。


 その時、職人の一人が手を挙げて全員を集めた。


 「今日の課題は、《封印歯車》の分解と再組立てだ。魔力の流路を変えずに、構造を読み解くことができれば合格だが……ちょっとでも狂えば、暴走するぞ」


 空気が一変した。


 誰もが真剣な顔つきで、机の上に置かれた黒金の歯車を見つめていた。


 アントニオの前にも、一組の歯車が置かれる。


 見た目は普通の機械に見えるが、近づくと、かすかに魔力の波動が感じられた。まるで呼吸をしているかのように、淡く光っている。


 「魔力……生きてるみたいだ……」


 「そりゃそうさ。“封印歯車”は、呪具の一種でもある。構造を読み違えたら、自分に返ってくるぞ」


 ゼフが真顔で言った。


 アントニオは、工具を手に取り、慎重に分解を始めた。


 わずかでも力加減を誤れば、内部の結晶が割れてしまう。汗が手のひらににじみ、息を殺すように作業を進める。


 「……よし、次の歯車を――」


 そのときだった。


 隣の机から、金属のぶつかる鋭い音が響いた。


 「わっ……!」


 見習いの一人が、力を入れすぎたのか、歯車の中心部にあった封印結晶を弾いてしまったのだ。


 途端に、紫色の魔力が霧のように広がり、空気が一気に凍りついた。


 「逃げろ、魔導暴走だ!!」


 誰かが叫ぶ。


 だが、そのとき――


 「下がってて! あたしがやる!」


 声と同時に、エミリアが素早く前に出て、暴走しかけた装置に小さな工具を差し込んだ。


 「封印制御……式展開! 解除コード、G-TYPE――!」


 まるで呪文のような言葉とともに、彼女の指が迷いなく動く。


 ぱしん――と、何かがはじける音。


 次の瞬間、暴走していた魔力の霧がすうっと収束し、何事もなかったかのように装置が静まった。


 しばらく沈黙が流れた。


 「……すごい……」


 アントニオが呟くと、周囲の職人たちも息を呑んだまま彼女を見つめていた。


 エミリアは軽く息を吐いて、無言で席に戻った。


 その背中は、どこか誇り高く、孤独に見えた。


 アントニオは、そっと再び自分の作業に戻った。


 (自分も、ああなれるだろうか)


 焦りと希望が、胸の中でせめぎ合う。


 けれど――手は、止まらなかった。


 工具を握る手は、確かに自分の意志で動いていた。


 *


 その夜。


 宿へ戻ると、ゼフがぽつりと呟いた。


 「……今日のは、なかなかの試練だったな」


 「はい……でも、不思議と、怖くなかったです」


 アントニオは、そう言って笑った。


 「俺、やっぱり……この道で、生きていきたいと思いました」


 ゼフは、しばらく黙っていたが、やがて満足そうに頷いた。


 「なら、あとは突き進むだけだ」


 アントニオは、窓の外を見上げた。


 王都の夜空には、星がひとつ、やけに明るく光っていた。


 遠くに、まだ届かない夢がある。


 けれど、今日の試練を乗り越えたことで、ほんの少しだけ、その星に近づけたような気がした。

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