第四話 若き軍師、立つ
それからの誠は、まさに取り憑かれたようだった。
賊に襲われた村からの報告書、周辺の地形図、実際に戦った兵士の証言。
目を通しては、書き留め、また次の資料を広げる。
食事も睡眠も、誰かの声すらも耳に入らなかった。
ただ、蝋燭の火だけが、夜の帳の中で静かに揺れていた。
(なにかが、あるはずだ……)
眉を寄せ、幾度も紙に線を引き、手で覆い、頭を抱える。
それでも、視線だけは決して資料から離れなかった。
そして、それは、ふとした瞬間だった。
ある報告書の一節に、誠の手が止まる。
その文字を目で追ううちに、何かが、繋がった。
「…………やはり、これしかない……!」
ぽつりと、誠が呟く。
次の瞬間、彼の目には、迷いも疲れもなかった。
そこにあるのは、確かな決意の光。
蝋燭の炎が、彼の瞳にゆらりと映り込んでいた。
ざわ……ざわ……
騒然とした空気のなか、軍部の大会議室には景仁、烈翔、総雅、華蘭をはじめとする名だたる面々が顔を揃えていた。
それもそのはず。
国境沿いに砦を築いた賊による被害が甚大となり、もはや看過できない状況に陥っていたのだ。
本日は、その対策を巡る緊急会議であった。末席には、焉明と誠の姿もある。
「だから言ったであろう、その策は前回も検討したはずだ!だが、あの賊どもの矢に手も足も出んかったのだ!」
「ありゃ、周辺国が裏から支援してるに違いない…」
「そんな証拠のない話をしてどうする!いま必要なのは対策だ!」
重臣たちの声が飛び交い、会議は異例の熱を帯びていた。
「……落ち着け」
景仁が低く声をかける。
「賊が暴れ出してから、もう随分経つ。だが……ここまで手を打てぬとは、な」
景仁は重く息を吐き、眉間に皺を寄せた。
問題の賊は、山間の川沿いにある見晴らしのよい原に建つ、かつての廃城を根城としていた。
見通しが良く、地の利もあるその場所に陣を敷かれてしまった今、下手に攻め入れば味方の損害は避けられない。
「お手上げってやつだな……」
烈翔が肩をすくめて苦笑すると、途端に会議の空気が静まり返った。
そのとき。
「――お許しいただけるなら、僭越ながら進言いたします」
凛とした、澄んだ声が広間に響いた。
突然立ち上がった若き軍師の姿に、その場がぴりつく。
「……誰だ、あれは」
「随分と若いな……」
「名簿に、名はあったか?」
ざわつく中でも、誠は少しもひるまず、まっすぐ景仁を見据えて口を開いた。
「賊が拠点としたあの城は、一見守りが堅牢なように見えて、“水”に対しては無防備です」
部屋の視線が、一斉に彼に集まる。
「上流に仮堰を築き、水を溜める。時を見計らって一気に放てば、奴らの退路は断たれ、内部は混乱に陥るはず。
その隙を突いて、我が軍が三方から攻め込めば……犠牲を最小限に抑え、制圧は可能かと存じます」
景仁は「ふむ」と顎に手をあて、しばし思案する。
「……だが、そんなことをすれば、周辺の村への被害は免れまい」
「日が落ち、賊どもが廃城へ帰ったのを見計らい、軍を出して村人を避難させます。
被害が想定される村は二つ、住民はおよそ七十名。
我が軍の馬車と荷車を用いれば、避難は不可能ではありません」
誠は迷いなく答える。まるで、すでにその問いが来ると知っていたかのように。
「では、水は?川を堰き止めたとしても、廃城を潰せるほどの水量が溜まるとは限らん」
「彼の地は南方にあり、もともと雨量の多い地域です。現在は雨季。三、四日はかかるでしょうが、十分な水量は得られるはずです」
誠は手元の地図を示し、指を滑らせながら続ける。
「加えて、堰き止めた水に廃材や資材を混ぜ込めば、水勢とともに建物の基礎を破壊する効果も見込めます。
搬入には遠回りの経路を取りますが、こちらの経路ならば物資の確保は可能です」
そこまで聞き、もはや誰ひとりとして反論できる者はいなかった。
しばしの沈黙ののち……
「……決まりだな」
景仁の低く響く声が広間に落ちる。
「軍は烈翔、お前が率いよ。
陸誠。お前は策を指揮せよ。よいな?」
「――はっ!」
誠は姿勢を正し、力強く頷いた。




