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紅に咲く ― 鳥籠の姫君と誓いの護衛 ―  作者: ゆき
第八章 紅にとける夢
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あなたを隠す、月の光 前編

「伽耶せんせーい!こっちはー?」

「この字も見てよー!」


青空が広がる中、弾けるような声がいくつも響いていた。


風にゆれる木陰の下。

楽しげに笑い声をあげる子どもたちの輪の中で、伽耶はひとり、穏やかに笑っていた。




はじまりは、ほんの偶然だった。


たまたま暇そうに歩いていた子に声をかけて、ほんの数文字、一緒に書いてみただけ。


それが翌日には、二人に増え、また一人……

いつの間にか評判が広まり、今ではこうして、ちいさな文字教室になっていた。


(今日も、楽しそうですね)


誠はその光景を横目に、鍋をかまどからおろす。

湯をざるに捨て、茹で上がったとうもろこしを大きな皿に載せていく。


「さあ、少し休憩にしましょう」


それが子どもたちの真ん中に置かれた瞬間、

わあっ!と笑顔がはじける。


伽耶は、湯気の立つ黄色い粒を見ながら、誠とそっと顔を見合わせた。


(……あれから、もうどれくらい経っただろう)


王の訃報に国中が喪に服したあの日。

葬儀に参列することも叶わず、あれ以来どことなく元気のない伽耶だったが、こうして子供達に囲まれているうちに、元の笑顔も戻ってきていた。


「そうだ、伽耶せんせー知ってる?隣の村に、明日劇団くるんだって」


「……劇団?」


興味を引かれたように、伽耶が首をかしげる。


誠はぎくりと肩を揺らした。


(もちろん…知っています)


そっと目を伏せる。


その話は、確かに寄り合いで耳にしていた。

劇団が近隣に巡業に来ること。

隣村で明日、一夜限りの舞台が開かれること。


だが――


(伽耶様の耳に入れば、必ず行きたいとおっしゃる)


誠はちらりと横目で伽耶を見る。


(だが、伽耶様は今、潜伏中の身。人が多く集まる場所には……)


しかし。


伽耶の瞳はきらきらと輝き、その顔に"行きたい"と書いてあるかのようだった。


(こうなってしまっては、止められた試しがありませんね…)


誠はゆっくりと、息を吐いた。










風がさぁ、と通り抜け、夜の空を黄色い提灯がゆらゆら、と飾る。


林の真ん中にある広場は、ふだんは子どもたちの遊び場だ。


がらんと静かな場所――そのはずだったのに、今夜はまるで別の世界のよう。


幕屋がいくつも張られ、その中央には小さな舞台。


賑やかな夜店の明かりが灯り、繋がれた馬にはしゃぐ子どもたちの声、そして少し顔の赤い大人たちの上機嫌な笑い声。


村の祭りとも、どこか違う。


けれど、それがまた胸をざわつかせる。


誠は、ゆるやかに歩く伽耶の少しうしろを歩いていた。


黄色い提灯の灯りが、伽耶の髪に淡く映る。

きょろきょろと出店を見回しては、その目をきらきらと輝かせる彼女の横顔に、誠はなにひとつ声をかけられずにいる。


ふと足を止めた伽耶が、くるりと振り返る。


風に揺れた長い髪が、やわらかく弧を描いた。


「ねえ誠、あれ買ってみましょう?」


出店を指差すその顔があまりにも嬉しそうで……


(…可愛い)


頬を少し緩めると、いつもよりすこしだけゆっくりと頷いた。









劇の演目は、ある国の王子と、月から舞い降りた巫女との、ひそやかな恋の物語だった。


静かな笛の音に合わせて、舞台の上では、ふたりが寄り添い、舞い、やがて……


王子が巫女の手を取り、そっと唇を重ね――幕は、しずかに降りた。


やがて演者たち全員が舞台で深々と礼をすると、舞台を囲むように置かれた長椅子に掛けていた観客たちは、一斉に拍手をおくった。


誠は、となりに座る伽耶を、そっと横目に見る。


彼女は少し目を潤ませながら、それはもう無邪気に、笑顔で手を叩いていた。


(……どうして、こうも…)


その言葉は口に出さず、誠はただ、小さく微笑んだ。


やがて、伽耶が気づいたように振り向く。


「素晴らしかったわね」


「……ええ」


二人が微笑みあった、その時だった。


「さて、本日はこんなにも大勢の皆さんにお集まりいただいたのです。折角ですから、特別な催しをいたしましょう」


舞台の上。王子役を務めた男が、朗々と声を響かせる。


彼は、舞台の縁を歩きながら、観客たちを見渡した。


一瞬、伽耶の方でその視線が止まった――ように見えたが、すぐにまた、何事もなかったかのように視線は動いていく。


(……気のせい、かしら)


伽耶が小さく首をかしげるその横で、誠はほんの一瞬、わずかに指を動かした。


「最後の王子と巫女の舞。今宵は、観客の皆様のどなたかに、巫女役をご一緒いただくこととしましょう!」


王子役の男が高らかに宣言すると、女性たちから歓声があがる。なんせ彼は見目もよく、最後には口付けシーンまであるのだ。


「では……ご希望の方、いらっしゃいませんか?」


ぱら、ぱらと手が挙がるなかで、王子役の男は、ぐるりと観客を見回した。


「……では。そちらの方!」


指差されたのは、伽耶だった。


「えっ……?わたし、手は……」


「さあさあ、どうぞ!今夜の姫巫女さまです!」


戸惑う伽耶の元へ、軽やかにやってきた男がその手を取った瞬間――


「この方は……!」


誠が席から立ち上がる。


一歩、前に出ようとした――その時だった。


「わ、せんせーだ!がんばれー!」

「伽耶ちゃんが巫女だってー!」


同じ村から来ていた子どもたちの声が、無邪気に、容赦なく響く。


(これでは……もう止められない)


誠は、眉をひそめながらも――

伽耶が「大丈夫」と口パクで伝えたのを見て、

静かに息を吐いた。


そして、椅子に腰を下ろした。









舞台袖で、伽耶はそっと衣を手に取った。


それは、巫女役が纏っていた白と金の舞衣。

衣服の上から羽織れるようになっており、団員の手を借りて、頭からすぽんと被る。


足首ほどの丈の下衣は、動くたびに裾がゆれ、

くるりと回ると、まるで空気に浮かぶようにふわりと広がった。


(……なんだか、お城で舞をしていた時みたい)


懐かしさと、少しだけくすぐったいような気持ち。

舞の記憶が、胸の奥からやさしく湧き上がってくる。


思わず、伽耶の頬に笑みがこぼれた。


その瞬間。


「参りましょう」


舞台の中央――王子役の男が、やわらかな笑みで手を差し出していた。


伽耶はその手を取り、そっと舞台へと歩み出る。


ぱっ、と観客席から歓声があがる。

村の子供たちの声、大人たちの感嘆の声。


王子役が手を取ったまま言う。


「ご安心を。舞の流れはこちらで誘導いたしますから、身を委ねていただければ――」


「……ええ、大丈夫ですわ」


伽耶は、小さく微笑んだ。


(さっきの舞なら、まだ頭に残っているわ)


背筋を伸ばし、軽くひとつ、頷く。


――舞が始まった。

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