きみのかわいい嘘
夜は静かに更けていた。
囲炉裏の火はぱち、ぱちと優しく燃え、月明かりが障子の隙間から細く差し込んでいる。
そんな、ふたりきりの座敷。
伽耶は正座で両手を膝の上に揃え、背筋を伸ばして座っていた。
そして、少し俯いていたが、やがて真剣な面持ちで口を開いた。
「……誠」
「はい」
「わたし、言わなきゃいけないことが、あるの」
その声音は重く、真剣で、いつもより少しだけ――震えていた。
(......まさか、何かあったのか?)
誠の胸に、かすかな不安が走る。
しかしそれを表に出すことなく、ただ静かに問い返す。
「……なんでしょうか」
伽耶は一度だけ、目を伏せる。
火の揺らめきが、その頬を淡く染めていた。
そして――顔をあげ、まっすぐに誠を見据える。
「...…じつは、わたし…男なの」
「.................」
沈黙。
時が止まったかのようだった。
「................はい?」
伽耶は唇を噛みしめ、肩を小さく震わせていたが――
「……ふふっ」
堪えきれずに笑みがこぼれ、とうとう声を立てて笑い始めた。
「うそです」
誠の眉が、ほんのりぴくりと動いた。
「...........伽耶様」
「は、はいっ?」
「......この心臓の持ち主が、他の者でしたら…今ごろ倒れておりました」
「えっ!ご、ごめんなさい!!」
誠のあまりに真剣な顔に伽耶は姿勢を崩しながら、小さく頭を下げた。
「.....しかも、それを"真剣な顔で”仰るとは」
「だ、だって.....面白いかなって…思って…?」
にこにこと笑みを浮かべて頬に人差し指を当てながら首を傾げる。
(…可愛い)
誠は目を逸らすと、静かに息をつき、湯呑みに口をつける。
「.....これは、罪です」
誠は湯呑みを目の前に置くと、ゆっくりと立ち上がる。
「つ、罪!?」
「打ち首にはいたしませんが.....」
そっと彼女の隣に腰を下ろした。
「罰として…お手を」
「えっ?」
伽耶がきょとんとした次の瞬間、誠の腕がやわらかく伸び、その手をにぎる。
少しだけ迷うように、指がゆっくりと動く――
伽耶の指に触れ、なぞるように重なる。
けれど、そこで止まった。
指を絡める寸前で、誠はそっと指先を引き、ぎゅっと握った。
息を呑む音と共に、伽耶の頬が徐々に赤く染まっていく。誠の顔もまた火に照らされて赤く揺れているが、その顔は真っ直ぐ前を向いたままで、その表情までは伽耶からはわからなかった。
ぱち、と囲炉裏の炭がなる音がやけに大きく響く。心臓がどきどきとうつ。
少しの間、そうしていたが、
誠が静かに笑みを浮かべると、囲炉裏の灯がその瞳をやさしく照らした。
「.....実は、わたしも......ずっと黙っていたことがあります」
「えっ......?」
急に空気が変わった。
伽耶の心臓が、また跳ねる。
「いまだからこそ、打ち明けるべきだと.....思いました」
その静かな口調に、伽耶はごくりと喉を鳴らした。
「……う、うん」
誠は少しだけ視線を落とし、それから――ふと、微笑む。
「......わたし、2年前から一一双子の弟と入れ替わっております」
「..................」
「......」
「へっ…?」
一瞬、伽耶の顔が固まる。まばたきの回数がやたらと増える。
「双子の弟、"陸準”が伽耶様がご存知の誠でして。いま目の前にいるのは.....兄の、陸要です」
伽耶の前で優しく微笑むその顔は、どうみてもいつもみていた誠そのものだ。
「............えっ」
握る手に力が入る。
「すみません。どちらが本物かわからなくなりますよね。わたしも時々混乱します」
「ま、待って待って待って!?ど、どういうこと!?」
一気に表情がぐるぐると変わっていく。
「2年前って.....え、じゃあ、あの誕生日の手紙も、温泉いったのも、舞をほめてくれたのも、“要”だったの……?」
「.....すべて、“要”の判断です」
「"要”って誰なのよーーーーっ!!??」
誠の腕をペしペしと叩く伽耶。
その目にはうっすらと涙がうかんでいる。
「うそでしょ!?ほんとなの!?いや、うそだよね!?わたし、また引っかかった!?ねえ誠、ねええええっ」
「....."要”だとわかっても、まだ "誠”と呼んでくださるのですね」
「もーーーーーっ!!ばかーーっ!!」
今度は両手で誠の胸をばしばし。
涙目で懸命に叩く伽耶の姿が、どうしようもなく愛おしくて――
誠は思わず、笑みを浮かべた。
「誠、もう......罰っ!これは罰です!ぜったい許さない!!」
「おや......?」
誠はわずかに微笑んで、伽耶の両手をそっと包んだ。
「……なら、おあいこですね、伽耶様?」
「………うううううう」
悔しそうに頬を膨らませる伽耶と、静かに目を
細める誠。
ふたりの夜は、火の音だけを残して、やさしく深まっていったーー