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紅に咲く ― 鳥籠の姫君と誓いの護衛 ―  作者: ゆき
最終章 紅に咲く
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第二十五話 震える指先、声にならず

「では――大変名残惜しいですが、最後の一盃と参りましょう。

我が紫国と季国の末永き繁栄を祈って!」


紫国の家臣が盃を掲げ、響く朗笑と共に、宴は華やかに終幕を迎えた。


「紫宸殿、本日は誠に結構なおもてなしを賜り、感謝の極みです。

今後とも両国の良き縁を――」


烈翔は晴れやかな笑顔で言い切ると、紫宸へと片手を差し出した。


「楽しんでいただけたのなら何より。

……明日にはお戻りとか。道中、御無事を」


紫宸もまた、作り物めいた柔らかさでその手を握り返す。


烈翔は隣の伽耶へと向き直り、静かに手を差し出した。

伽耶は一礼し、揺れる簪の音を残して、烈翔と共に広間を後にした。


紫宸は――

その背が完全に遠ざかるまで、笑顔を崩さぬままじっと目を細めていた。


やがて、片手をゆるく持ち上げる。

すぐ傍らに寄ったのは、軍師・凛鷹。


「……消せ。

人の手に渡る花ほど、腹立たしいものはない」


低い声が、杯の底より冷たかった。

凛鷹は一言も答えぬまま、ただひとつ頷いた。








宴の喧騒が遠ざかると、生ぬるい空気だけが一行を包んだ。

伽耶と烈翔は、護衛を伴いながら静かに伽耶の部屋へと戻ってきた。

扉が開くと、中では女官たちが息を潜めて待っていた。


伽耶が一歩、部屋へと入る。

その背を見送っていた烈翔は、小さく息を止めると、拳をぎゅっと握り込んだ。


「……伽耶。少しだけ……いいか。

下がっていてくれ」


護衛も女官も、短く頭を下げると気配を消すように部屋を後にした。

残されたのは、兄と妹、ふたりだけ――。


烈翔は、ゆっくりと息を吐き出すと、そっと伽耶の正面に立ち、膝をついて目線を合わせた。

いつもの威厳を帯びた声が、かすかに震えていた。


「……伽耶。……すまなかった……」


伽耶の睫毛が、かすかに揺れた。

それだけで、何も言わない。


烈翔は、ためらわずにその細い手を両手で包んだ。

自分の手の中に落ちた伽耶の指先は、驚くほど冷たかった。


「……お前に……こんな思いをさせて……兄として情けない……。

けれど……兄が、必ずなんとかする。……だから……もう、心配するな」


弱い言葉だと、誰より自分がわかっている。

それでも、どうしても手だけは離せなかった。


伽耶は、ゆっくりと兄の瞳を見つめた。

その瞳が、一瞬だけ水を湛えたように潤んだ。


けれど――

すぐに伏せられた睫毛が、その奥を隠した。


振り払わない。

でも、握り返しもしない。


烈翔の手の中で、ただ小さく震える冷たい指先だけが――

言葉以上に、伽耶の想いを告げていた。


烈翔は、壊れ物を扱うようにそっとその手を離すと、ゆっくりと立ち上がった。


「……明日はお前が先に帰国するんだったな。……気をつけて、帰るんだぞ」


そう言って、肩をぽんぽんと二度だけ軽く叩いた。

音だけが、妙にあたたかく響いた。


(礼を言われたかった訳じゃない。

――後悔は、ない)


烈翔はそれ以上、何も言わずに背を向けると、静かに部屋を後にした。


伽耶は、離された自分の手を――

しばらくのあいだ、じっと見つめていた。


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