夢中
水滴が天井を伝って落ちるたび音が鳴る。俺はそれよりもっと大きな音をジャブジャブ鳴らしながら水たまりのトンネルを進んでいく。
先の見えない暗闇の中かろうじて電源の入ったスマートフォンのライトを点ける。
ぼう、と照らされた世界は永遠と勘違いするほど深い闇が続いていた。
その光景にさすがに一歩たじろぎそうになるが、カバンのベルトを握りしめ勇気を振り絞る。
そのまま5分ほど歩いたところ、真っすぐに進んでいたトンネルの左側に枝分かれした小部屋のような場所を見つけた。
もしかしたらトンネル点検用の非常扉とか、梯子とかあるかもしれない。と少々急ぎ足で水をかき分ける。
残念ながら想像していたゴールはなく、そこは吹き抜けになっているよくわからない場所だった。
頭上は太陽の光が差し込んでいる。その光を集めるかのような位置に何も置かれていない祠が何十個も置かれていた。多少不気味である。
ただ、どこをどう見ても行き止まりであったので戻ろうと踵を返す。
その時、あることに気づいた。
祠の中心。取り囲むような祠たちの中の正面を向いた祠。
そこだけ何かが入っている。
俺は好奇心で探ってみることにした。しゃがんで内部を見てみると、そこには割れた鏡が置いてあった。
5枚不均等に割れた鏡は歪に俺の顔を映す。祠は苔まみれだというのにどうしてかこの鏡は美しい。
不思議に思って思わず手に取る。
「――キレイだ。」そう呟いた時、全身を得体のしれない気色悪さが駆け巡る。
鳥肌がいたるところで立ってめまいのような体調不良も起きる。
何度か瞬きをしたり鏡を置いて肌をこする。
たまらず立ち上がっていったん出ようと決める。
何かすごく嫌な感じがする。
体が拒むような……。
後ろを向いた俺は唖然とする。
「……どこ、だよ。ここ……。」
足首まで浸かっていた水は干上がったように消え、朝の光さえ遮っていた暗闇は暖かい燈に照らされていた。
どう見たってさっきのトンネルではない。
慎重に足を進め、先の景色を確認する。
祠からトンネルに戻るとあの燈が幾つも連なった提灯の仕業であるとわかる。
にしても一体どういうことだろう。幻覚?別の出入り口?
それとも――――異世界?
「………………なんで…………。」
声は出ず、とっさに声がした方へ目を向ける。
狐の面。浴衣姿。
俺は完全反射的に祠の方に走って戻る。
変な息が、異様な鼓動の高鳴りが。
「やばい、やばい、やばい、やばい!」
見てしまった。絶対やばい!
ものの数秒で元の位置に戻るも逃げ場はない。
八方塞がり。俺は祠に背を向けて浴衣の人間に相対する。
姿は細身でしゃなりしゃなりと歩いている。
それは不気味で、心なしか気色悪さが増幅した気がする。
嫌な汗が額を伝う。
「お前、ほんとになんなんだよ。」
後ずさりすることしかできず、俺は何かに躓き尻もちをつく。
その拍子で鏡の置いてあった祠がバランスを崩して鏡だけ足元に散らばる。
「……なんで……。」
か細い女の声で俺に問いかける。なんでと言われても分かんない。
陽の明かりが狐面を照らす。目の部分が割れていた。
「――夢の女か……?」銀の鈴が思い浮かぶ。今日もいつも通り見た夢の中。同じように割れた仮面で踊る姿。
そう呟いた瞬間、目の前が割れた。
空間というか世界というか。言葉では表せない不思議な亀裂が、目の前に走る。
女はピクリとも動かず、陽の光で反射している。
俺は土のついた手を伸ばすも、一瞬で亀裂は壊れて、気づけばさっきまでいた真っ暗なトンネルが現れた。
「…………は?」状況を掴めず尻餅をついたまま動けずにいた。
*
あの後、流石にトンネル探索を続ける勇気もなく、元の道から戻ることを決めた。
なんとか木の枝に捕まったり崩れまくる足元に鞭打って落ちてきた崖を上った。
その間にぐしゃぐしゃになった自転車もどうにか回収しようと試みたがどうしようもなく、いったん置いておくことにした。
それより今は学校に連絡しなければ。ここは田舎ということもあって噂や話がすぐにいろんな人に伝わる。
もし、学校をサボったと春ちゃんに知られればもっと機嫌を悪くすることだろう。考えるだけで恐ろしい。
ようやく歩きやすい舗装された道を小走りになりながらスマホに電話がかかってきていることに気づく。
「今は……ちょうど休み時間……。よし。」
俺はためらわず「桜岡 響」に電話を掛ける。何回目かのコールで「なにしてんだよ、マジで。」と呆れた声が聞こえた。
「ごめん。いろいろあってさ、いろいろ。」
いろいろって……ともっと呆れたように言う俺の親友に申し訳なさが生まれる。
「なあ、マジで申し訳ないんだけど。俺が無断欠席してること、どうにか春ちゃんにバレないようにしてほしい。」
「は?は?は?お前、マジに言ってんの???なあ、どんだけそれが難しいことかわかっていってんのか?」
おーっと……。流石の友情パワーでも厳しいものがあるらしい。
少しの沈黙の後、響は「……なんとかしてやる。」とため息混じりに承諾してくれた。
「ほんとに響が親友でよかったー。ありがとう。」
「そのかわり明日は絶対来い。」
「うん。絶対行くよ。」
こういう時、何度も確認せずに電話を切るのは響の性格がよく出ていると思う。
不器用で堅実。それでいて他人のことをよく見ている。俺が行く行く詐欺をするような人間ではないと分かっている。
さ、学校のことはこれでいいとして……。
俺は連絡先をスクロールしてもう1人の知り合いにメッセージを送る。
彼女の性格上、スマホを常に見ているとは思えない。運が良ければ聞けるかな、くらいのニュアンスでスマホを確認する。
なんと俺は運が異常にいいようだ。一瞬で彼女からのメッセージが届く。
『急にごめん。学校サボってる俺がこんなこと聞くのも憚られるけど、絃帆が知ってる一番賢くて、物知りな人って誰?できれば歴史とか、そっち系の人で。』
なかなかに適当で曖昧でフワッとした質問だ。だからこそ彼女、「胡桃 絃帆」はメッセージに気づいたとしてもガン無視をすると思っていた。
「だいぶ意味わからないけど、頭のいい人だったら心当たりある。」
そのメッセージの下には地図の画像に赤丸がついたものが添付されていた。
「ここにいつもいると思う。というか藤谷君、なんでサボったの?」
流石天才少女!天才の知り合いがいたか、と思いながら地図を確認する。
そこは街の東側で、西側に約3年住む俺にとって割と未知の領域ではあった。
というよりも大体の商業施設やサービス系統は海に近く、都市部とも東側よりも離れていない西側に密集してるせいで、行く必要がないのだ。
その地図を見終わると、今すぐにでも出発したかったが、こんな有益な情報をくれた絃帆を無視するのも性格が悪い。
俺は「崖から落ちて、迷子になってた。詳しいことはまた明日話す。色々ありがとう。」
そう簡潔に書くと俺は地図のアプリを開いて湿っぽい正午のアスファルトを歩く。




