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Note.2 回顧

Note2 回顧



「どうして家出なんかしたのだろうか・・・・・・」

実家から岐阜に帰った萌美はマンションの七階から見える景色をぼんやり眺め呟いた。家路を急ぐ長良橋での車のライトの帯は一筋の糸のように連なり、その川向うの頂上にはそこだけが浮き上がって見える岐阜城がライトアップされ幻影的な姿を映し出している。長良川手前には旅館街のネオンや旅館の名を屋根に書いた鵜飼い船がきれいに岸に横付けされ出番を待っている。萌美はその風景を何度も見るがいつも新鮮な気持ちになる。

岐阜に帰ってから彩夏はこのリビングに掛けている「ワインと檸檬」の絵について一部始終話を聞きたがった。あの時点ではまだ彩夏は誠や翔太との関係は良好だった。萌美はワイングラスを片手にぼんやりと夜景を眺めながら誠と暮らしていた二十年前から今までの過去のことを考えたくはなかったが、思えば思うほど怒涛のように悔しさと後悔が押し寄せて来る。

「この絵が翔太の家にもあるのよ。同じものを二つ描いたの?」

 萌美は同じ絵が二つあると云う意味がよく分からない。ワイングラスをゆっくり左に回しながらリビングのソファーに座って、壁にかけている「ワインと檸檬」の絵を見て不思議そうに云った彩夏の話を春の風を頬に感じながら見つめ直した。


彩夏が翔太の家を訪れた時だった。その日はいいお天気で春の木洩れ陽がリビングのカーテンの隙間から一枚の油彩を突き刺す様に照らしている。彩夏は少し開けた出窓から爽やかな風を頬に感じながら、その絵を見て戸惑いを隠すことが出来なかったそうだ。

「この油絵は私の家にも掛っているけどどうしてだろう。サインのMも同じだし」

 油絵は静物画で木製のテーブルに転がっているワインのボトルと途中まで飲んでいる瓶が描かれ、グラスに注いだ真っ赤なワインが燃えるように映えている。そしてその傍には白いレースの上に無造作に置かれた黄色い檸檬が一個あって左下に小さくMとサインが描かれている。

「何故彩夏の家に同じのがあるの?」

「それは私が聞きたいわ。この絵が同じものだとすれば作者はママだから」

 翔太はこの絵の作者が彩夏の母親だと云うことを初めて知った。生まれて気がついたらこの場所に掛っていたそうだ。

「彩夏のお母さんは画家なの?」

「そうよ、あと一週間もするとアメリカから帰って来るの。だから私も楽しみにしているの。だってママと会うのは半年ぶりだから」

 彩夏はそう云って栗色の長い髪を右手で掻き上げて笑った。

春の陽光を浴びたリビングはゆったりとして広々とした小奇麗な部屋だった。部屋の隅に大きな犬の置物があって、レースのカーテンが風に吹かれその置物の隣で軽やかに揺れている。誰か練習をしているのか旋律の外れたピアノの音が微かに何度か聞こえて来る。

その時ドアが開いて翔太の母親がコーヒーを持ってきた。

「ママ、この油絵は何処で買ったの?」

「知らないわ。お父さんと一緒になった時にはもう持っていたからお父さんに聞かないと分からないわ、どうしてそんなことを聞くの?何かこの絵が話題になっているの?」

「彩夏のお母さんの絵だって云うのだよ」

「お母さん?名前は何というの?」

「近藤萌美といいます。絵の左側には何時もイニシャルはMと描いているのです」

「近藤萌美さん・・・・・・K大学出身?」

「はい、でもどうして伯母さまが知って見えるのですか?」

「そうね、同じ大学で有名な同級生だったから知っているわよ」

 彩夏はその時明らかに翔太の母親が動揺している様子だったし、早々と部屋を出て行った後姿に妙な不自然さを感じたらしい。

 

夜中の十二時を過ぎたであろうか。萌美はアメリカに行く前に買っておいたフランスのカンタルチーズを取り出してみた。このチーズは最初グレーで黄色になってからオレンジに変化をしていく。そこに赤い斑点が出てくるのだが萌美はこのチーズが好きだ。少し塩分がきついが刺激があってその方が自分には好みのような気がした。

萌美はソファーに腰掛けワインを飲みながら彩夏の話を辿っていた。今まで分からなかった絵の存在が分かったことに一種の驚きよりも怖さを知った。彩夏は春らしい黄色のワンピースを着ていたが、その色彩の中に鮮やかな二匹の蝶が舞っている。

「綺麗な洋服だね」

「本当?このワンピースのデザインはママが作ったの。それをお友達が仕立ててくれたのだって。私のお気に入り」

 そんな他愛無いことを笑いながら話したが、彩夏は話をしながらも壁に掛けられているワインの絵が妙に気になって仕方がなかったと萌美に話した。

翔太からその夜彩夏に連絡があった。

彼は彩夏が帰ったその日早速母と父親にこの絵について話をしたが、誰もその話に本気に取り組まないしどちらかというと避ける感じがしたと云うのだ。

 

アメリカから帰国した翌日、時刻は夕方で萌美は彩夏に声を掛けた。

「やっぱり自分の家はいいわね。学校の方は大丈夫だった?」

「大丈夫よ。お料理も上手になったし掃除洗濯もきちんとやりました」

 そう云って甘えるように彩夏はリビングのソファーに座っている萌美に抱きつき、また萌美も彩夏を優しく抱きしめる。いつもこうして二人は寄り添って生きてきた。彩夏は萌美がいるといつも甘える。そして寝る時もベッドは同じで一緒に寝るのが日常的だった。

「ママ、お風呂入る?ちょうどいいよ」

「そうね、入ろうか。食事は暫く食べていないから大将のお寿司屋さんに行こうか。帰ってからまだ挨拶に行っていないしお土産もあるから」

「それがいいね」

 二人で久しぶりにお風呂に入るといつも子供の様にキャッキャいいながら楽しく過ごすひと時は本当に久しぶりだ。

「ママ、背中流してあげる」

「ありがとう。じゃ後で彩夏のも流してあげる」

 そう言って彩夏は萌美の背中に湯を掛けて背後から手を前に回して抱きついてきた。

「ママの体綺麗ね。いい人が出来たのじゃない?ママ綺麗だから男の人が放って置かないでしょう。私を一人にしないでね」

 萌美は笑いながら

「彩夏こそ綺麗になっていい恋人がいるのじゃない?若い体には勝てないわ」

 そう云って声を立てて笑った。

「そう、先ほど話した彼だけど私付き合っているの。今度ママに紹介するから会ってね」

 そんな他愛無いことを話しながら二人は風呂を出てから自宅の前にある寿司三昧という寿司屋に入った。店はたくさんの客が入って職人の声や客の話声で活気があった。

「先生、お帰りなさい。お疲れ様でした」

「いつも彩夏がお世話になって有難うございます。ご挨拶に来るのが遅くなって申し訳ありません。困ったら大将の処に行きなさいっていつも云っているのですが留守中ご迷惑かけませんでしたか?」

「先生にそう云われると嬉しいですが彩夏ちゃんはしっかり者だから余り心配はいりませんよ。何かあったらすぐ飛んで行きますから。それにお仕事に行ったのにお土産までいただいて申し訳ないです」

「いえ有難うございます。これからもお願いします。今後は腰を落ち着けますので」

 大将は慣れた手付きで萌美の好きな寿司を勝手に握りカウンターに並べた。

彩夏はあの時の油絵のことを再度聞いてきたが、萌美は翔太が父親と彩夏の母親は何らかの繋がりがあるのではないかという言葉が気になっていた。

「この前彼の自宅に遊びに行ったらママの絵があったことを話したでしょ。どうしても同じものの存在が信じられないのだけどそう云うことってあるの?コピーや贋作なら分かるけど油だった」

「彩夏の彼の名前は何というの?」

「青山・・・・・・青山翔太っていうの」

 一瞬萌美は顔が引きつったような気がした。

「その方のお父さんの名前分かる?」

「確か青山誠って言うのではないかな。表札に書いてあったから」

 萌美は忘れていた青山誠の名前を二十年ぶりに聞き軽い眩暈を起こしそうになった。やはり想像した通りだ。萌美にとって忘れようとしても忘れることは出来ない名前だった。   

「今度彼連れておいでよ。会ってあげる」

 口では笑いながら云ったものの心の中では萌美はかなり動揺していた。

 

別れたあの日は雨で確か二月だった。

卒業間近い頃で萌美は卒業作品や色々結婚の準備などをしていた時期だった。友人が作ってくれた白いウェディングドレスが寂しそうな顔をしている。じっと見ていると悲しみよりも腹立たしさが押し寄せ余計悲しくなるので萌美はきちんと畳んだ。誠は確かに私の心を大事にしてくれていたし自分も誠を受け入れていた。だがあの日を境に私たちの人生の歯車は狂ってしまった。

それにしても誠は浮気などする筈はないと思っていたしあの時どうしてもっと違うと云ってくれなかったのだろうか・・・・・・。少しでも後めいた気持ちが自分への裏切りに思ったのだろうか。愛情ってこんなに簡単に壊れるものなのか、それともそれだけのものだったのか、もっと誠を信じるべきだったと萌美は後悔したが、それもかなり無理な萌美の勝手な解釈だった。あの時何故?と言うことは二人の間では黙殺されたと萌美は思い誠の心を待ったが自分のところには帰っては来なかった。それにしても彩夏の恋人が誠の子供だなんて不思議な縁だと恐ろしさを予感した。彩夏は安心したのかベッドでぐっすり眠っている。萌美はなかなか寝付くことができずワインセラーからワインを一本取り出し飲んでみた。


 朝食はコーヒーと食パンと野菜たっぷりのフレンチスープをテーブルに並べた。パジャマ姿の彩夏は「おはよう」と言ってテーブルに腰を下ろした。

「このスープよね。ママの得意なスープ。私も随分挑戦したけどもう一つ何か不足しているの」

「そのうち覚えるよ。ママの味だから」

「トマトの味とセロリ、長ネギ、そして細めのパスタ・・・・・・。美味しいわ」

 スープを彩夏と一緒に飲むのは久しぶりだった。アメリカに半年ほど行っていた所為か一緒に食事するのは随分久しぶりに感じる。アメリカでの仕事は県美術館に壁画を描くために研修期間として半年間行ってくれないかと云う県の依頼で研修として勉強に行き講義やら実験などを模索した。その仕事も一応終わったので職員と一緒に帰国したのだった。       

「彩夏、彼何時連れて来る?ママも準備しないといけないしお家で食事をしようよ。ママが久し振りに手料理でご馳走してあげる」

「分かったわ。連絡とってみるね」

そうして彩夏は赤いバッグを肩に掛けて大学に出かけて行った。萌美はいつものロッキングチェアに腰掛け、揺られながらぼんやりと窓から見える岐阜城を眺めた。

 

三日経った。

彩夏の彼氏だという翔太が家にやってきた。手にはワインを無造作にぶら提げてちょこんと頭を下げた。

 リビングのソファーに二人が座り楽しそうに喋っている。コーヒーをサイフォンで炊いてテーブルに三つ並べた。昔はワインだけでなくコーヒーも誠とは気が合った。モカとキリマンジェロを六対四に混ぜて豆を挽き、焚き上げの時間を通常より少し長めにして苦くするのが好きだった。萌美はわざと今日はそういう風にしてみた。翔太は誠の子供であればその位教えているのではないかと考えた。

「芸術家ってとっても忙しいのですね。世界中を飛び跳ねているみたいで世界全体が近く感じませんか」

 翔太はそんなことを云い、コーヒーを口に含んでちょっと驚いたように萌美の顔を見つめた。

「このコーヒーは僕の家のコーヒーと同じ味がする」

「同じって同じメーカーじゃないの?家ではコーヒー豆を挽いてからミックスしたのを使用しているのよ」

 やはり誠は翔太に教えているのだ。このコーヒーの香りの好みは二人だけの秘密の香りなのだ。その時萌美は誠の子供だと確信した。

「翔太君のお家にもこのリビングに掛けている油絵があるって本当なの?」

「そうなのです。それで彩夏ちゃんと話していたのです」

 萌美はそういう翔太の顔が誠と一緒に住んでいた頃のような錯覚を覚えた。確かに目や口元辺りは何処となく誠に似ている。萌美は学生時代の誠しか知らないのだから今翔太が誠と重なって見えても不思議ではないのだが、その翔太と彩夏が異母姉弟だとすると萌美は胸が詰まり言葉を選んで話そうとするのだが適当な言葉が出てこなかった。

「翔太君のお父さんはどんなお仕事をしているの?」

「父は広告会社に勤めています。その会社は母のお父さんの会社の子会社みたいです」

「翔太君のお母さんの名前何というの?」

恐る恐る聞いてみた。彩夏は二人のやり取りを不安そうな顔つきで見ている。

「大学が同じみたいだから知っているかもしれないですね。母は青山瑞菜といいます。旧姓は佐々木です。佐々木瑞菜っていうのですが知って見えますか?母は知らないと云っていましたが」

 やはりそうかと萌美は思った。しかし、誠は別れてからどうして瑞菜と一緒になったのだろう。あれ程金や権力に対して嫌悪感を持っていた男が小説家を諦めて、一時政治家の秘書になるという話さえあった位なのに瑞菜のような金に不自由しない女性と一緒になることが信じられなかった。瑞菜の家は佐々木組といって建築会社を経営しかなり中部圏では羽振りのいい会社だと聞いていた。誠は金に誘惑されたのだろうか。

「残念だけどお父さんもお母さんもK大学の同じ学生だとは分かったけど、大勢いるし学部も色々あるから二人とも知らないわ」

「彩夏ちゃんのお母さんはワイン通だと云っていましたので一本家から抜いてきました。父もワインが好きなのですよ。毎晩飲んでいます」

「翔太君、今日私の家に来ることをお母さんやお父さんに話しているの?」

「いえ、話していません。でも彩夏ちゃんの家に僕が行ったり彩夏ちゃんが僕の家に来たりということは初めてではないのですよ。何度も両親は会っていますし母も彩夏ちゃんのことをとっても気に入っていてお嫁さんに来て欲しい、なんて冗談とも本気ともとれるような話をよくしています」

「結婚は駄目よ・・・・・・」

 少しきつく興奮気味に云ってしまったので声の大きさに萌美自身が驚いた。二人は顔を見合わせ彩夏が勢い込むように云った。

「ママ、どうして駄目なの?」

「だって二人とも学生でしょう。勉強してそして卒業して社会人になってそれでも結婚したい場合はいいのではない。恋愛と結婚は別よ。勿論子供を産むという事もね」

 精一杯萌美の抵抗であった。彩夏は半分泣きそうな顔をしていたが翔太が彩夏の肩を優しく抱いて何か小声で囁いていた。その声は萌美には聞き取れるほどの声ではなかった。

 萌美は彩夏と翔太の二人に若い頃の誠との姿を重ねて見つめていた。多分に彩夏が自分であるような錯覚さえ感じるのだが、ただ恋愛と結婚は違うのだということを知ってもらいたかったのも事実だった。


食事を終えて彩夏が切り出してきた。

「ねえママ、今夜翔太君家に泊まってもいいでしょう?」

「駄目よ、学生なのだから。変なことになったら大変でしょ?」

 彩夏は今まで萌美がいない時から翔太が時々泊っていたのだと云って認めてもらおうと必死だった。しかし、二人の血が繋がっているという事実が分かった以上認めるわけにはいかなかった。

「彩夏、翔太君も良く聞いてね。二人の将来はどうなるかは分からないし二人ともこの先のことは誰にも分からないと思うの。でも云えることはもう二人は大人だからどういう関係になってしまうか大体の想像はつくよね。仮に行為が事実であったとしても結婚ということではないわけだから結婚と恋愛は違うのよ。やはりきちんと筋道を通してから結婚はした方がいいと思うわ」

「そんなこと古いわ。ママは翔太の何処が気にいらないの?はっきり云ってくれた方が私たちにはいいのよ。それにママ云っておくけど私、彼とは体の関係はあるのよ。ママの留守中に内緒でこうなったことは申し訳ないけど私は翔太君のことが好き。だから結婚を前提に付き合っているの」

「僕からもお願いします」

 翔太は頭を下げてじっと項垂れていた。萌美はこれからの二人がどんな運命を背負っていくのか考えただけでも恐ろしかった。


あの時もそうだった。

誠と一緒に住むようになる時どちらかというと萌美の方が積極的だった。誠は暫く黙って考えていた。

「一緒に住んでSEXの処理だけのためなら僕は嫌だ。僕は萌美のことは好きだけど一緒になる前提であれば構わない。しかし、萌美のような有名人と僕のような男は釣り合わないと思うけど・・・・・・」

 確かにSEXの処理だけのことなら一緒になる必要はない。性の処理と結婚を一緒に考えることは不健康だ。結婚しないことだって選択肢にある。色々な選択肢の中で僕たちは模索すればいいのではないか。単に一緒に住むことはそういうことを理解したうえでなら住みたいとあの時誠は確かに云った。

「じゃあ、誠、結婚して・・・・・・・」

 誠は本当に自分でいいのかと笑った。今や美術界で彗星のように現れた有望新人が自分のようなうだつが上がらなく、未来が分からない男を選択することに後悔しないのかと云った。

「結婚するのが一つの選択肢であるならば一緒に住むのも選択肢の一つには違いないよ」

「僕みたいにまだ将来が何も見えないような男でも本当にいいのか?」

「私、私の絵に涙を流してくれたあなたが好き。理由なんていらない。あなたが私を拒むのであれば別だけど、でも私を本当に理解してくれる誠は私には必要だしこれからも一緒に歩いていきたい」

そう云った会話があってから暫くして二人は一緒に暮らし始めた。今彩夏と翔太を見ているとちょうど萌美と誠が一緒になる前の状況によく似ていた。


 数日後萌美は誠に会おうと思った。久しぶりに見る岐阜の中心街は活気があった。翔太から誠の会社の名前は聞いていた。場所もグーグルマップで調べてある。岐阜市は駅前の神田町通りがビジネス街になっていて誠の会社は駅前の一等地で七階建ビルの一階にあった。萌美は少し店舗の前で軽い目眩を感じたがドアを押した。一階は広々とロビー形式でゆったりとし明るい基調の色を使った部屋だった。萌美は受付で名刺を出して誠に約束を取っていないが会えるかどうか聞いてくれとグリーンの制服を着た受付嬢に話をした。愛想のよさそうな受付嬢は少々お待ち下さいと言って電話で確認をしていた。

「すぐに来るそうですのでどうぞこちらでお待ちください」

 そう云ってテーブルまで案内すると受付嬢は

「あの、近藤萌美さんってあの画家の近藤先生でしょうか?」

「ええ、そうですけど何か?」

 彼女は素っ頓狂な声を出して喜んだ。実は彼女も美術大学を出て岐阜出身の萌美を兼ねてから尊敬していたのだという。萌美は自分のフアンのような受付嬢に「ありがとう」と云って笑顔で返した。

「コーヒーでいいですか?」

「ええ、アメリカンがあればそうしてください」

 そう話をしているところに誠が降りてきた。萌美は立ち上がり軽く会釈をした。誠も当時とは違って随分がっしりとし紺のスーツが似合うビジネスマンという感じだった。

「久し振りですね。有名になって僕となんか会っているとフォーカスされませんか?」

 誠は本気とも冗談ともつかない感じで笑った。

「もう二十年近くになるね。元気そうで良かった。あの時はごめんなさい。私があなたをもっと信じていればあんなことにはならなかったのに、本当にごめんなさい」

「いや、謝らなくてはいけないのは僕の方なのだよ。もう少しあなたの話を聞いてあげればよかった。若かったのだね。二人が大人ならあんなことにはならなかった」

 

暫くの沈黙の後萌美は話を切り出した。

「ところで誠はうちの彩夏と翔太君が結婚を前提に付き合っていることを知っている?」

 萌美はそう云うだけで息が詰まりそうな気がした。

「彩夏ちゃんって萌美の子供なの?知らなかった。何ということなのだ。だけど翔太が彩夏ちゃんと結婚を前提に付き合っていると云うことは知らない。それにしても彩夏ちゃんとは何度か合っているけど萌美の子供だとは驚いたなあ」

誠は萌美が暗い表情で話をするので話題を変えた。

「それで今日はその話なの?」

「ねえ、誠、場所を変更できない?私胸が苦しい。多分泣きだしてしまいそうだから日を変えてもいいから静かな個室のある別の場所にしてもらえない?」

受付の彼女は心配そうにこちらを見ている。早い方がいいだろうからと云って手帳を見て明日にでもしようかというと萌美も都合は大丈夫だということで場所は誠がメモ用紙に素早く書いて説明しそれを手渡した。事務所を出る時萌美は少し体が震えているような気がしたが此処で頑張らないと今までのことが無意味になると唇を噛んだ。


萌美は誠の事務所を出てから帰る途中学生時代に遡っていた。初めて誠と会った時のことを鮮明に思い浮かべていた。それは昨日のことのようで誠に再会したことで気持ちが異常な高揚をしているのが分かった。

その絵は岐阜県白川郷の合掌村の風景画で、単なる風景の絵ではなく抽象的に描いていた。風景画を抽象的に描くという一種無謀にも思える冒険的な絵だ。三階建ての藁葺屋根が彼女の手にかかると大きな縦の線と横の三本線が幾何学的に組み合わされ、ぱっと見たのでは合掌造りとは思えないような感じに仕上げた。彼はそこでじっと佇みその絵を眺めていた。白川村の合掌造りは彼も見に行ったことがあるらしいが、あの三階建ての合掌造りをこのように構成をさせた作品は見たことがないと云った。

その絵は大空の一角に日の出の太陽が昇り始めた感じだろうか激しくペンキを撒き散らしたような情景であった。彼はその絵を見ていると何時しか涙を流していた。どうして涙を流すような事態になったのかは理解が出来ないが多分に白川村に行った時のことを思い出したのだと後に云っていた。

 

その話は毎年十月の中旬に行われる「どぶろく祭」で聞いたそうだ。この祭りでは神社で「試楽祭」や「獅子舞の奉納」が執り行われた後、五色旗を連ねた「ご奉納」の行列が笛や太鼓の音を響かしながら合掌集落の家並みや民家を練り歩く行事なのだが、その後「どぶろく」が観光客にも振舞われることになって彼も飲み白川郷の山の神様に祈願したとのことだ。一瞬その時のことを彼女の絵を見て誠は思い出し立ち竦んでしまった。そうしていると自然と涙が流れてきたらしい。

 今は世界遺産となっているが昔この上流に御母衣ダムが出来ることで激しい反対運動があった。しかし国策としてダムが作られ二百四十戸の合掌造りの建物が湖底に沈んだ。その時大きな桜の木を移設出来ないかと高碕達之助が考え現在の荘川桜になっている。「桜守の詩」の映画は何といっても反対運動と高碕氏とのやり取りは時の事件であった。ダムが出来て桜の移設をした時に歌った歌が

 

故郷は湖底となりつ

 うつし来しこの老櫻 咲けとこしえに

 

こう歌った翌年、桜の花を見ず彼は亡くなり棺には桜の枝が一本納められたという話を誠はこの油絵を見ながら思い浮かべていた。そう思っていると涙が止めどとなく流れて仕方がなかったのだと云った。

「お気にいってくれましたか?」

 慌てて涙を隠して振返ると栗色に染めた髪の長い女子大生が笑顔で立っていた。それが萌美と青山誠との最初の出会いだった。

「この絵は少し変わっているでしょう。あまり評判が良くないの」

 そう云って大きな声で笑った。髪を両手で掻き上げながら自分の苦しみを打ち消すように今度は寂しげな笑顔をふっと見せた。

「この絵を認めてくれたのかどうかは分からないけど関心を持ってくれたのはあなたが初めてなの。でも私この作品自信があるのだけどなあ・・・・・・」

 そう苦笑いしながらその時は雑談を少しして別れた。数日後来賓者に萌美はお礼の白川郷の絵葉書を送ったがその中には誠への葉書もあった。


青山 誠様

先日はお忙しい中私の絵画展を見に来て頂き誠に有難うございました。これを機会に益々精進したいと思いますのでどうか今後とも宜しくお願い申し上げます。

話は変わりますが私の作品を見て涙を流してくれた人はあなたが初めてでした。とっても嬉しいです。青山様は何が悲しかったのかは知りませんが心の中では何か共有しているものがあるのかもしれませんね。有り難うございました。またお会いしたいです。

                               近藤萌美 拝            


 

近藤萌美様

衝撃的な絵を見させていただき有難うございました。絵は正直詳しくありませんのでとてもあなたに意見など出来る立場ではないですが、ただ絵から湧きだすように或いは僕の心を突き刺すように不思議な感情が飛び込んで来たことは事実です。あの白川郷の御母衣ダムの湖底に沈んだ人々の悲しい叫びの声があの時何故かあなたの絵の中から確実に聞こえてきたのです。とても感傷的で新たな新鮮さの発見であり感動的でした。あなたのお名前は以前から知っていましたが初めてお会いでき光栄です。益々のご活躍を期待しております。これを機会に私もまた是非お会いしたいです。

                                青山 誠 拝


 几帳面に誠から返事が葉書で返って来た。萌美は誠が涙を流していたことは知ってはいたがそういう感傷的な姿よりも歴史的で現実的なことを直視する姿が萌美には直感的に気に入ったのだった。正直何と云っても価値観が根っこの部分で同じかもしれないとその時萌美は思った。今やメールやラインで済ますことが多い中、手紙という形式に拘ったのは萌美の方だった。その後二人は自然と一緒に住むようになるのに時間はかからなかった。確かに俗な言葉でいえば気が合った。

だが萌美が誠と別れたのは卒業間近じかのことだった。

お互いが罵倒し罵り合い静寂の後別れた、というよりか誠がその諍いに耐えられず部屋を飛び出したという方が正確だったかもしれない。

 そうすると誠はあれから結婚したのだ。翔太という子供は誠の子供であることには違いないのだから。それにしても何故瑞菜と一緒になったことが納得いかない。神田町の商店街を歩くとこの道路を昔一緒に何度も歩いた頃の雑踏の匂いや色彩まで浮かんできた。そう思い起こすと萌美は立ち止まり街路樹の傍で大きくため息をついた。もう外の景色は薄暮となりネオンや電光掲示板が光り輝き街は夜の活気を取り戻し始めた。車の数もタクシー以外は左程多くはなかったがクラクションの音が連鎖的に聞こえて来た。街の中心部から北に離れ長良橋に近づくと外灯が寂しく灯っているのが萌美の心に余計昔の傷を呼び起こすような気がして怖かった。マンションに帰ると八時を過ぎていた。まだ彩夏は帰ってはいない。萌美は誠と二十年ぶりに会ったことで心が落ち着かなかった。

 

あの日、誠が家に帰ると萌美は黙って一人で電気もつけずベッドに寝転んでいた。具合が悪いのかと最初誠は様子を見て声を掛けてきたが、萌美の異変に気が付き黙っていた。

「おかえり」

 といつもは云うはずが何故かその日に限って萌美は何も云わなかったし、確かにいつもと違う雰囲気だった。

「誠、話があるから座って」

 誠は何のことか分からなかったがテーブルの前に座った。すでに彼女は目に涙を溜めながら話し始めたが誠はその異様な光景に何があったのかよく理解が出来なく戸惑っているようだった。

「どうして他の女と寝たのよ」

「唐突に何の話だよ。俺は誰とも変なことはしていない。卒業したら萌美と結婚するのにどうしてそんなことをするのだよ。誰とも変なことはしていない」

「私、誠が女性を抱いている写真を見たわよ。誰よ・・・・・・」

「萌美、気は確かなのか?誰かに騙されているんじゃないか?俺は潔白だよ」

 誠はそう云ったが萌美はだんだん興奮し頭の髪を掻きむしり大きな声で泣きだしテーブルを何度も両手で叩いた。そして台所から登山用のサバイダルナイフを持ちだし木製のテーブルに思い切り突き刺した。ナイフは部屋のライトに反射し異様に光り窓ガラスに映った。思い切りテーブルに突き刺した勢いで萌美の手はナイフで切れテーブルに血が流れ、手はブルブルと震え体中が硬直しナイフを持つ手が固まり離れなかった。誠はナイフから両手で力を入れて萌美の手を放そうとした。

「これで私を刺し殺して!」

「萌美、何があったのだよ。落ち着け!」

 誠は立ち上がり萌美の肩を押さえようとしたが

「厭!汚い手で触らないで!」

 萌美は絶叫した。

暫くの沈黙の後萌美はそのナイフを引き抜き自分の部屋に閉じ籠り辺り構わずに今まで書いた絵を切り裂いていった。部屋に萌美の手からの鮮血が飛び散った。

「馬鹿!誠の馬鹿!」

「もう終わりよ。私たちは終わったのよ。あなたがそんな汚い性格だということを知らなかった。私はあなたを信じた、ずっと信じてきた。でも何回も写真を見せられたりあなたの行動を耳打ちされたりするといくら信じているといっても変になる。結局誠はその辺の男と同じだった。もう終りよ」

 そう云って萌美は辺り構わずに誠に物を投げた。ナイフを持った彼女は壁に向かって思い切り投げつけ、そしてそれは大きな音を立てて壁に当たり床に鈍い音をして転がった。   

誠は無性に腹が立ったのか萌美の顔を叩いた。わっと彼女は床に顔を埋め

「出て行って!」

「もう私の前には現れないで・・・・・・」

 そう叫んで散乱した部屋の中で萌美は号泣した。誠は何も言わず部屋を飛び出した。

それは年が明け体に突き刺すような肌寒い二月のことだった。


翌日、誠がメモ書きした店で会った。

二人はフランス料理で有名な個室のあるおしゃれな店に入った。会社でよく利用しているらしい。ワインを飲みながらコースを食べ終わる頃萌美は切り出した。

「誠、本当にごめんね。今からいうことはあなたには信じられるかどうか分からないけど本当のことなの・・・・・・。実は彩夏の父親は誠なの」

「えっ、・・・・・・どういうこと?」

 萌美は一部始終を話した。別れる時にはもう彩夏はお腹にいたのだと。年々あなたに似てくるので怖かった。それよりも翔太君が彩夏と交際をして結婚するというものだから私の方も驚いてしまったの。まさかあなたと再会するとは思わなかったし、もう会うことはないだろうと思っていた。多分仕事もお互い所在が分からなければ存在自体分からないから二十年前に引き戻されることはないと考えていたの」

二人は血の繋がっている異母姉弟になるのだとハンカチで目を押さえながら話をした。

誠は萌美の顔を見ながら信じられない様子で狼狽している姿がよく分かった。

「二人を離すのは難しいかもしれない。しかし、萌美もどうして妊娠しているのに僕と別れたのだよ。僕は瑞菜と結婚したけど萌美と別れるまで浮気など一度もしなかった。それを事実だと云ってテーブルにナイフを突き刺し頭ごなしに罵られたものだから僕も手を出してしまった。あの時もう二人は終わりだと思ったし、萌美に確かにそう云われた。もしあの時萌美がお腹に『赤ちゃんが出来た・・・・・・』と云ってくれていれば僕は瑞菜と一緒になることは絶対になかった。あの頃、僕たちは結婚することは既成の事実だったのだから」

云ってくれていればという仮定が一つの事件であり二人の人生を壊した。云わなければ別れる事実に繋がることになるのだろうか。その別れる方を誠は選択したのだ。

誠がそれからのことを話した。

あの後萌美とのマンションを飛び出し雨の街を当てもなく歩いた。バス停の前まで来ると時間通りにバスが来て僕は乗ろうとしたその時だった。

「誠、どうしたの?びしょ濡れじゃない。送るから早く車に乗って」

 瑞菜が車の窓を開けて僕を誘った。バスが目の雨を通過していった。寂しさの余り初めて自棄気味になったが瑞菜の車に乗った僕は楽しそうに話しかける瑞菜の言葉に少し救われた。

「ムシャクシャしているならお酒でも飲む?付き合ってもいいよ」

 そして僕たちは居酒屋に入り何杯飲んだのかわからないほど浴びるように飲んだ。意識が無くなるようになってしまえとそんな気持ちで飲んでいた。自棄になった様子は哀れな気もしたが結果的に瑞菜の云うようになってしまった。

 翌朝僕が気付いた時二人はホテルの一室にいた。僕に覆い被さり瑞菜は眠っている。

「瑞菜ちゃん帰るわ」

「駄目!帰さない」

 そう云って瑞菜はシーツを胸に巻いてベッドに座った。

「私、誠が好き。今までずっと好きだったけど萌美と一緒になることを知っていたから私は我慢をしていた。でも二人が別れたと昨夜聞いた以上私は誠と付き合いをしたいし離れたくない。だから体も許したし、誠も昨夜私を何度も求めた。もうあなたたちは終わったのよ。今から帰っても萌美はあなたを許さない。あの女は異常なほどの潔癖なところがあるし嫉妬深いはず。女同士だからよくわかる」

 将来的に不自由させないし必ず立派な男として支えるから付き合ってくれと懇願した。正直僕は困ったのは事実だった。帰るのならば今しかないと思ったが、現在精神的に不安定な萌美の元に戻るのは余計悲しませ混乱させるかもしれないと思った。反面瑞菜の言葉を振り切って飛び出せばまだ間に合うはずだったが、経緯を考えればこの場は結局瑞菜の云う通りにするしかなかった。結果僕は萌美の元に帰る機会を逃してしまった。

数日後僕は一度家に帰った。そして萌美ともう一度話をしたいと思ったが留守だった。住み慣れた部屋で暫く待っていたが以前と何も変わらず整理整頓されていたがそれが余計悲しさを募った。僕は仕方なく自分の荷物をまとめて部屋を出た。一年程の生活であったが色々な思い出が詰まっている。部屋を出る時萌美の部屋の「ワインと檸檬」の叩き台にしている下絵を持ち出した。持ち出すことで萌美も自分が此処に来たことが分かるだろうと勝手に思った。萌美の部屋に入ると彼女の香りがして寂しさが一層込み上げた。過去に自分の世界を戻すことに抵抗はなかったが萌美が拒むとすればそれは意義深い事実となった。僕は寂しさに押し出されるようにドアを開け外に出た。

 

その話を聞いて萌美はあの時鍵を置いていなかったしメモ書きもなかったから本当に誠が帰って来ないとは思わなかった。何故もう少し待ってくれなかったのか、或いはメールを出すとかラインをするとか手段はいくらでもあったはずだし電話を掛けることもできたはずだが何度電話を掛けても繋がらなかった。誠はそういう選択肢も確かにあったしそうしようとしたが何かあの時の萌美の言葉や行為が心に刺さり実際怖かった。萌美は何度も誠に電話をしたが繋がらなかったのは、あの時瑞菜が携帯の電源を切って隠していたのだと誠は弁解した。しかし、黙っていると事実でないことが事実になってくる。歴史は勝者が作ると云うがそれが嫌だった。誠はそれほど単純な男ではなかったし理性はしっかりしていたので必ず帰って来ると信じていたのだと萌美は話した。

 

誠の話は尚も続いた。

外は春とはいえ肌寒くコートの襟を立てて僕は萌美の絵を小脇に抱えて歩いた。部屋を出てマンションを見上げると、今までの生活が思い出され生暖かい春の風が突き刺すように感じた。ベランダには洗濯物が干され隅には鉢植えの寒椿があって懐かしい生活感があったが、ピンクに咲いた一輪の花を切り捨てるような気で辛かったと云った。

 僕はバス停に佇み携帯を触っている女子大生を見た。萌美かと思って声を出すところであったがそれは他人の空似で女性はみんな萌美に何故か見えた。

 目の前のバスは丁度東西に行く二つのバスが並んで停まっている。その時定刻の時間が来たのか発車のベルの音がして車掌のアナウンスが流れた後バスはそれぞれ左右に離れていった。

「もう僕たちは終わったのだ・・・・・・」

二つのバスが左右に別れると向こう側に新しい景色が見えた。そこに萌美がいるような気がして僕は周りを見渡したが何処にも萌美の姿はなかった。過去の生活は一つの事実として成り立っているがこれからの未来には選択肢は沢山ある。別れることも引き返すことも選択の一部だと僕は考えたが、別れることで二人の生活はそこで終わった。僕は寂しさを振り切るようにジャズを思いきり聞きながら、ヘッドフォンのボリュームを上げその場を逃げるように離れた。


萌美はハンカチで目頭を押さえている。それにしても結婚した相手が瑞菜だなんて酷いと思った。せめて他の女性なら気持ちもまた違っただろうに。

「あなたが瑞菜を抱いている写真を高橋君から見せられたのよ。それ以前から彼は誠と瑞菜が関係していると云っていた。だからこちらも割り切って欲しいと云い寄って来た。勿論付き合う気など更々ないが、どうしても納得がいかず聞き流していたのだけどあの日は虫の居所が悪かったのか切れてしまったの」

続けて萌美は云った。

「事実は事実なのだから誠と瑞菜は関係していることになれば別れるか中絶するかいずれかを選択するしかなかったのよ。しかし私は彩夏を産む選択をしたの。例えあなたがいないとしても彩夏を守ろうとした。心の中では何時か誠は帰ってくると信じた。その時あなたは瑞菜と結婚したという風の便りを友人から聞いて絶望の底に突き落とされたけど私は黙って産むことにした。結婚することと子供を産むことは別のだと考えたの。産むことの選択は私が決める。それが彩夏を産むことであなたに対して正当化できると思ったのよ」

「だけど瑞菜と抱き合ったことなど一度もないし萌美と一緒になってからでも他の女性とも一度もなかった。どうしてそんな写真が出回ったのだろうか」

 誠はひょっとしたら嵌められたのかもしれない。瑞菜と抱き合ったことなど一度もなかった。卒業写真を撮るということで瑞菜が意欲的に抱きついてきたことはある。それはそれで何ということでもなかったのだがひょっとして高橋がその写真を修整して萌美に見せ心を乱させたのならば話の辻褄は合う。誠はあの時に瑞菜の方に向いて肩に手を掛けたことが、推測だが二人に嵌められてしまった既成事実作りだったのかもしれないと呟いた。

「萌美、話は分かったよ。別れるように話をしてみる。ワインを飲もうよ、久しぶりだから乾杯しようか」

「こんな時によくそんな気持ちになれるわね、本気で怒るわよ。あなたも随分変わったのね。瑞菜に随分感化されたのよ。あんな金持ちの馬鹿なお嬢さんが何様気取り。誠も結局はあの女に騙されたのよ。そうよ、私たちはあの女に嵌められたのよ」

萌美が吐き捨てるように云った言葉に、誠は確かに彼女のいう通りのような気がして苦笑した。瑞菜の父親は建築会社を経営して羽振りはよかった。今の広告会社にしても大株主は瑞菜の父親だ。誠は彼女の意のままにこの会社に入ったがこれも彼女の計算だったかもしれない。それにしても瑞菜と高橋の関係は現在どうなのだろうか。萌美は不意にそう思った。

萌美はワインを一気に飲んだ。あまり勢いよく飲んだからか少し咳き込んでしまった。

「大丈夫か?」

「うん」

 萌美は力なく返事をした。そして二人で暮らしていた頃車でドライブをしながら郡上まで遊びに行ったことを思い浮かべていた。

あれはもう六月の終りで郡上踊りの少し前のことだった。まだ梅雨の明けない蒸し暑い日で、ドライブインで弁当を買って一五六号線に沿って郡上城の駐車場に車を止め立ち寄った。六月の郡上は青葉が繁りきれいな水で何となく都会の雑踏から離れた爽やかな気持ちになった。山々の木々は絵を描いたように生き生きしている。

 山之内一豊と千代の物語はあまりにも有名だが二人の銅像の下から見上げてみると想像以上に大きいものだった。それだけ眼下に郡上の街を一望できる高い場所ということなのだろう。この銅像の上に郡上城がある。それはもっとこの街を見下ろすことが出来るのであろう。眼下には街を横切る吉田川がありそこから少し歩いて行くと先ほど行った宗祗水がある。萌美は柄杓で一口口に含むとごくんと飲み干して

「おいしい・・・・・・」

 と子供の様な大きな声を出してもう一口水を飲み笑った。

 彼女は銅像のある公園のペンキの禿げたベンチに腰掛けてスケッチブックを取りだし、手慣れた手付きでベンチから立ち上がり眼下の街並みを書き始めた。誠は鉛筆を滑らかに動かす萌美の姿に暫くは見とれていた。

「ここは郡上一揆があったよね。江戸時代に美濃の国郡上藩で大規模な一揆があった」

「良く知っているね。小説家を止めて社会科の先生になったら?」

そう云って萌美は笑った。

 萌美のデッサンはほとんど描けていた。一本一本の線を丁寧に書いて写実的な絵は久しぶりに見た。画家は失敗した線をも上手く活かす努力をするという話をどこかで聞いたような気がした。誠は絵のことは余りよく分からなかったがそれでも萌美の一番の理解者で必ず意見を求めて来る。

「どう?」

「ここから抽象画になる過程が僕には理解出来ない。次の段階では感性と幾何学的な要素が組み込まれて来るのだろ?」

「感覚的なものだから幾何学的ではないよ。ただ幾何学的な雰囲気はあるよね。フランスに留学して朝から晩まで絵を描いてみたいなあ。誠、フランスに行かない?」

 あの時行こうかっていうと本当にそうなっていたかもしれない。しかし、卒業までまだ一年以上あるし一気にそこまでは無理だとはお互いに理解が出来ていた。

「ああ、誰かいいスポンサーがいないかなあ。卒業ってどんな意味があるのだろう。卒業したからって絵が高く売れるわけでもないし」

笑いながら萌美はスケッチブックを鞄にしまった。


萌美は彩夏にどう話をしようかと切り出す切っ掛けを探していた。旅行をして云う考えもあったが事実は正確に伝える義務があるのだから落ち着いた自分の家で日曜日に話をしようと決意した。

その日は雨だった。

三月の初めは肌寒く話をするのも怖さが募り正直萌美はどう話せばいいのか分からなかった。春らしい真っ赤なジャケットを着た彩夏が部屋に入ってきた。萌美は水道の水をグラスで一気に飲みリビングの椅子に座り彩夏の顔を見た。

「ママ、どうしたの?何かすごく怖い顔をしている。大丈夫?」

彩夏にも萌美の様子が手に取る様に分かるのだろうか。彼女は胸が苦しく胃の痛さを感じながらどうしても話さないといけないのだと自分に言い聞かせ彩夏に話しかけた。

「彩夏、大事なことを今から離すからしっかり聞いて。そしてママを恨んでくれてもいいけど事実だから素直に受け止めて欲しいの。事実を嘘や隠ぺいですり替えるようなことはしたくないのは、それが家族の理解であり優しさというものではないかと思うのよ」

「分かったわ、で、話って何なの?」

「話というのは彩夏のお父さんのことなの」

 一瞬彩夏は「えっ」と声を上げた。

「彩夏のお父さんは実は翔太君のお父さんなの・・・・・・」

 此処まで喋るのにもう萌美は頭がパニックになっていた。そして気を取り直し続けた。

「青山誠というのは彩夏のパパなの。でも大学を卒業する一か月前に、そう二月の終わり頃かな・・・・・・。その日も今日の様に雨が降っていたけど別れることになったのよ」

「なんでそうなるのよ。悪い事なんか何もしていないのに私たちの未来を壊すの?ママ酷い」

「あの時は仕方がなかったのよ。私は新進気鋭の画家だった。だから独り立ちが出来ると思っていたから彼がいなくても生活で自立する自信はあった。あの時もっと彼を信じてあげればよかった。彼とは先日このことで二十年振りに会ったわ。彩夏の出生の秘密は誰にも話してはいないのだから誰も知らない。実家の両親だけは薄々感じていたかも知れないがそれでも喋らなかった。随分母親からは叱られたけど私は云わなかった。そして実家で彩夏を産んだの。父親のいない子を産むのは辛かったわ。何度電話で話をしようかと思ったけど風の便りで誠が結婚すると聞いたので結局誰にも喋らなかった」

彩夏は泣いていた。翔太とは結婚できないと云うことなのだと初めて分かったようだ。二人は姉弟になるという事実は正確であるなら彩夏は萌美自身を否定するかも知れない。彩夏は軽い目眩を起こしリビングのソファーから立ち上がったかと思うと力が一気に抜けたようにその場に倒れてしまった。萌美は救急車を手配し誠の携帯に電話をした。救急車が来る少しの間すごく長い時間のような気がした。誠は自分も今から行くというと萌美は

「来ないで・・・・・・」

と叫んでいた。

救急車に萌美は乗り込んだ。

「先生、彩夏ちゃん何があったのですか?大丈夫ですか?」

 寿司屋の大将が飛び込んできた。

「大丈夫です。病院に連れて行きます。緊急なことがあれば携帯の方に連絡しますのでお願いします」

萌美はそう大将に云ってから救急車に乗り込んだ。精神的な軽いショックだと思うのだが実際のところは分らなかった。彩夏がどの程度自分の父親に対する憧れのようなものを抱いていたのかは知る由もないがそれが自分の恋人の父親であったということはかなりなショックには違いない。

病院ではストレス症の一時的なパニック障害で過呼吸になっていましたから注意して下さいとのことだ。その翌日病院に翔太が訪れ診察が終わると病室に飛び込んできた。萌美は一瞬どうしようかと思ったが彩夏に会わさない理由はないので自然に任せた。

 翔太は萌美に頭を軽く下げてから彩夏に話しかけた。

「どうしてこんなことになったの?」

「私にもよくわからないけど何か恐ろしいことが起こりそうな気がする」

「恐ろしいことって何だろう?」

「私にも分からない・・・・・・」

「怖いわ」

彩夏は翔太が自分の弟なのだと分かった以上自分と結婚するということはもうないだろうと思ったそうだ。自分は我慢が出来ても翔太は出来ないだろうし、その上意外と純粋で生一本なところがあるから心配だった。世の中にはこういう場合どうなるのだろうか。彩夏は優しく云った。その様子は萌美にはもう姉が弟を諭すような風にも聞こえた。

「翔太、私はもう大丈夫だから、二、三日したら退院できるから早めに帰って。私ママと話したいことがあるから」

 翔太にそう云って帰らすことが精一杯だった。彩夏はこの先自分はどんな激流に飲み込まれるのか分からなかったし、得体の知れない状況に自分は巻きこまれている感じがして正直怖いと萌美に告白した。


それから一週間ほどして彩夏は退院した。だがあれ以来萌美に対して喋る口数が非常に少なくなりいつも甘えていた彼女が学校から帰ると部屋に籠りっきりになった。

「彩夏、食事にワイン飲むのを手伝ってくれる?」

 萌美はそう云ってワイングラスをテーブルに並べた。ワインは年代ものでアメリカのカルフォルニアワインを選んでみた。少しだけのチーズと野菜サラダを用意して彩夏を待った。彩夏はピンクの洋服に着替えていた。萌美は赤やピンク、黄色の色が好きなことを彩夏はよく知っていた。

「ママ、私少し痩せたみたい」

「スリムになっていいじゃない。以前より綺麗よ」

萌美は冗談めいて話したつもりだったが彩夏は無表情だった。萌美はグラスにワインを注いだ。

「彩夏来年ぐらい今の美術館に掲示する油彩が完成したらまたアメリカに行こうかと思っているのだけども留学しない?彩夏が一緒だと生活するのが心強いのだけどなあ」

 留学という話に彩夏の目が急に輝いた。しかし、その後驚くようなことを云った。その言葉に萌美は軽い目眩を感じそうになった。

「翔太とアメリカで暮らそうかな」

やはり翔太と離れる気はないようだ。

 あれから翔太と彩夏は会っているのかどうかは分からない。多分病院に見舞いに来ていたから知っているには違いない。

「彩夏、翔太君に話したの?」

「話せないよ、ママ。どうしたらいいのか分からない」

彩夏はそう云ってワインを飲み自分でボトルを取ってグラスに注いだ。その横顔はどこか誠にやはり似ている。親子なのだから似ていても不思議ではないのだが、家族ということではもう二人の世界は別々の世界に住んでいるのだから何の接点もないがそれでも血が繋がっている事実があった。血の関係は切っても切れない紛れもない真実であるということが萌美の心を重くさせた。

その数日後、誠から萌美に電話があった。内容は翔太と彩夏の話や萌美との二十年前に遡った話で内容は凡そこんな話だった。

誠は翔太に話をする前に瑞菜と話をしたいと思ったそうだ。そして翔太がいない時間を見計らって話をしようと考えたが瑞菜は自分の習い事に忙しくほとんど家にはいない。誠の家の建物は高台にあって街が一望できる。その書斎から街の風景をぼんやりと眺めていたが自然と彩夏のことが浮かんできた。涙が頬に流れるのだが不思議と拭う気にはならなかったそうだ。

萌美と誠は俗な言葉で云えば愛し合っていたことは事実だ。いつも遅くまでワインを飲みながら話し込み、話し疲れるとそれぞれに仕事をした。萌美はデッサンに力を入れ誠は誠で自己満足に近い小説(あれが小説と言えるなら)を書いていた。そして後は学校の卒業式を待つだけだった。あの時萌美のお腹には彩夏が存在したのかと思うとどうしてあの時の萌美の気持ちを汲んでやれなかったのかと悔しかったし、何故話してくれなかったのかと疑問に思う。凡そ家族というものはそれ程もろいものでちょっとした環境のせいで気持ちが左右されるようなことが往々にしてあるのだろうか。それにしてもこんな酷いことがあっていいのだろうか。順風満帆にきたのにちょっとしたことから躓いてしまう。家族とはこんなにもろいものだろうか・・・・・・。誠は外の景色を見ながらそう思い、リビングに掲げてある萌美の絵をもう一度見直してみた。この絵は二つあることは粗方想像出来た。当然完成品があるのだから二つの作品があるということは不思議ではない。誠はワインが転がっているその絵を愛おしいと思った。

あの時萌美はどうして「子供が出来た」と言ってくれなかったのだろうか。彼は萌美のことが好きだったがあれ程の侮辱を受けたこともない。プライドが高いというよりかどちらかというと我儘な感じだ。それが若さというお互いを刺激し合っていたことも事実であった。特に萌美はよく画壇で取り上げられ新聞や雑誌に掲載されたが、彼はそんな萌美の記事が嬉しくて新聞記事や雑誌はスクラップにして整理し保存をしていた。そういえばあの時のスクラップはどうなったのだろうか。

ぼんやり一時間ほど過ごしていると瑞菜が帰ってきた。車庫に車を入れる音がする。ともあれ話をしようと誠は思った。

「ただいま。すぐに食事の用意をするね」

「瑞菜少し話があるんだ。とても大事な話なのだけど食事の前にしたいけどいいかな」

 瑞菜は誠の言っている意味が理解できない。彼もそれ以上云っているわけではないので理解が出来なくても不思議はないのだが瑞菜も誠の顔を見て尋常な話ではないと感じたようだ。買い物をした手荷物を食卓のテーブルに置きリビングのソファーに腰掛けた。

「話って何?面倒な話なら別の日にしてくれない。今日は私疲れているのよ」

 彼は構わず話を切り出した。

「実はかなり昔のことだけど近藤萌美という同級生を知っているだろ?翔太から聞いたようだけど彼女の話なのだ」

「萌美がどうしたのよ。私たちと何か関係があるの?あなたが萌美と一緒に暮らしていたのは知っているわ。だけどあなたは彼女に捨てられたじゃないの?私はその時たまたま同級生で知ってはいたけどそれがどうかしたの?」

「高橋を知っているだろ?新聞社に勤めている」

 高橋は萌美に写真を見せた男で誠たちの遊び仲間でもあった。彼は萌美と一緒だったが高橋はどちらかというと瑞菜といることが多かった。

「高橋が萌美に僕が瑞菜を抱いた写真を見せていたのだよ。瑞菜は学生時代僕に抱かれたことはないよな。少なくとも僕が萌美と暮らしている間はなかった。抱いた写真というのはよく考えてみたら卒業が近い時に瑞菜が記念写真を取りたいと言って僕に抱きついてきたよね。あの写真しか記憶はないしそれ以上は自分とはなかったはずなのだ。萌美は高橋にその写真を見せられた。もしかしたらそれを修正したかもしれない。その前から萌美に近づき色々中傷をしていたことは知っている。だけどその写真を悪用するなんて酷すぎると思わないか」

「何の話かと思ったらそんな話なの?馬鹿馬鹿しいわ。もう二十年も昔の話よ。仮にそうだとしたらどうだというの?別れたいというの?相手は今や飛ぶ鳥をも落とす勢いの日本画壇の有名人。そりゃ羨ましいでしょうね。でも私はあなたとは別れないわよ」

 誰もそんなことを云っている理由ではないのだが瑞菜は一人で喋り走り出した。誠は黙って彼女の話を聞いていた。

「私は高橋君がどういうことで萌美に写真を出したのか意味は分からない。しかし、仮にそうだとしても私が仕掛けた理由ではないわ。私は何も知らない。あなたが萌美と喧嘩別れをして飛び込んできたので私は偶然あなたを助けた。ただそれだけよ。勿論あなたのことは好きだったよ。でも私が萌美からあなたを奪ったという事実は大きな間違いだし、逆に私はあなたを助けたと思っている。何なら彼女と会ってもいいし名誉棄損だよ。勝手な想像で云わないで欲しいわ。もともとあの女は生意気な女だったからね」

 そう云って瑞菜はソファーから立ち上がりリビングを離れようとした。誠は彼女の背後から声をかけた。

「翔太が彩夏ちゃんと異母姉弟であってもか?子供たちは結婚を前提に付き合っているというじゃないか」

 彼はかなり語気を荒げて言葉を瑞菜に投げつけた。

「異母姉弟?どうしてそんなことになるのよ。それってあなたと彩夏ちゃんが親子ということなの?」

「そうだ、彩夏は僕が萌美と別れる時にもうすでにお腹にいたのだよ」

「あなたの子供だという証拠はあるの?」

「ない・・・・・・。しかし、分かる」

「あなたあの女に騙されているのよ。ひょっとしたら家の財産目当てじゃない?」

 何無責任ことを言っているのかと思った。これ以上瑞菜を責めても進展しないから誠は証拠を探るために高橋と会うしかないと思った。

誠は同窓会の名簿を検索し高橋の居場所を見つけた。名古屋で新聞の記者をしているようだ。萌美との生活にかなり高橋は首を突っ込んで来たがそれはどうしてなのか、萌美に気が合ったのか・・・・・・。それとも瑞菜に騙されたのか・・・・・・。その辺になると全く想像で誠の心は動揺し、朝一番の電車で名古屋まで行った。誠は高橋と連絡も取らず訪問したので果たして彼が新聞社に勤務をしているのかそれとももう辞めているのかそれさえも分からなかった。電話番号や会社の所属も知らない。知っているのは高橋剛というただそれだけの手掛かりだった。不安と怒りで彼の会社を訪れたが会社はすぐに分かった。どんよりとした薄暗い会社の空気だったが、どことなく爽やかさとは縁のない会社のようで煙草の悪臭が匂う。受付で高橋剛という社員はいるかと聞いたが、受付嬢は人事課の方に問い合わせてくれたが分からないという。仕方がないので帰ろうとすると玄関から入って来る数人の中に偶然にも高橋がいた。

「高橋」

「おお、青山か?」

 互いに声を出し高橋は右手を差し出し握手を求めてきた。用事を済まして来るから前の喫茶で待っていてくれないかということで誠は喫茶で彼を待った。

 喫茶店はかなり狭く軽音楽が流れていたが何という曲かは分からなかった。もともと僕は音楽が特別好きだということではなく関心度も低かった。カラオケで歌うのと違って聞くことになると趣向は全く違ってくる。どちらかというならクラシックの方が好きだ。特にチャイコフスキーやショパンが好きだった。それに反して少し暗く喫茶店の音楽はラテン系のような軽快な音楽だった。誠はコーヒーを飲みながら学生時代瑞菜と高橋、そして自分を含めた三人で卒業写真を撮った時のことを思い起こしていた。

「瑞菜ちゃん、誠に抱き付きなよ」

瑞菜は云われたように思い切り顔を摺り寄せ両手で抱き付いてきた。瑞菜は誠が覆い被さるように彼の頭を抱えて下になるような体制を取った。そこを高橋は数枚連写写真を撮ったことは覚えている。そうするとこれは瑞菜と高橋の連携作戦でそうなったのではないだろうか。瑞菜はどうしてそこまで固執する必要があったのだろう・・・・・・。仮にそうだとしても高橋は答えるだろうか。多分に曖昧な返事をするとは思うが誠はどうしても真実が知りたかった。

高橋が勢い込んで店に入ってきた。馴染みの店のようでウエイトレスに片手をあげていつものやつと云っている。

「それにしても久し振りだなあ。よく俺の会社が分かったものだな。瑞菜ちゃん元気でやっている?」

 早口で高橋は喋った。新聞社の記者らしく皺くちゃなジャンバーを着こみ両手をポケットに突っ込んで話しこんだ。

「彼是二十年振りか?しかし本当によく会社が分かったものだ。何処かで調べたの?」

「ああ、学校の学生部で卒業名簿から調べてもらった。そして自宅の電話番号を聞いて自宅に電話をさせてもらったのだよ。そしたらお母さんが出てきて教えてくれたのだ。以前お前の実家に行ったことがあったからな」

 確かに昔、萌美と瑞菜と四人で遊んだことがあった。高橋の実家は知多半島の先端で名古屋鉄道河和線の最終駅で美浜町を代表する観光化している綺麗な場所だった。海は勿論のこと食事もかなり美味しくなんといってもこの綺麗な半島海岸で遊べることは最高であった。学生時代は何をしても楽しいことには違いがない、仮に苦い思い出であっても時間が美化してくれる。誠は高橋に何気なく話を切り出してみた。

「高橋、実は今日お前を訪ねてきたのは少し気になることがあって聞きに来たのだよ」

「何かあったのか?」

 誠は卒業アルバムを作るといって高橋が写真を取ったことを云った。卒業アルバムに掲載と云うことだったが掲載されず、あの時瑞菜が妙に不自然に自分に抱きついて来た。そしてそれを勧めたのは高橋自身ではなかったのかと誠は話した。

「そんなことを心配していたのか?あれは瑞菜ちゃんに頼まれたのだよ」

 誠はぎょっとした。それはどうしてなのかと問うのが精いっぱいで頭が一瞬のうちに真っ白になった。

「あの時お前は萌美ちゃんと暮らしていただろ?しかし、お前たちは結婚直前で一緒に住んでいたけど別れたよな。もう時効だと思うので話をするが瑞菜ちゃんはずっとお前のことが好きだった。何故なら誠、お前には初めて云うが俺と瑞菜ちゃんは一時付き合っていたことは知っているだろ。しかし、彼女はどうしてもお前のことが忘れられないといって泣くのだよ。それで俺たちは結婚をする気など更々なかったから彼女の云い分を聞いてあげたのだ。そしたら一度でいいから彼の胸に飛び込み抱かれたいと云うことで俺に写真を撮って欲しいと頼み込まれた」

高橋が萌美に対して写真を見せたり、さも事実であったように喋ったりしたことについて彼は知らないと云ったが不自然さをやはり感じた。二人の別れには確実に仕組まれた罠があった。


 誠は電話で一部始終のことを萌美に話した。萌美が電話口で泣いているのが分かった。誠は今からそちらに行ってもいいかと云ったが萌美は今美術館のアトリエで県職員と打ち合わせ中で忙しいけど夕方なら一時間位取れると云うと、誠は萌美の現場まで向かうと伝えて電話を切った。

三月の中旬のことだ。二人はアトリエの中で話をした。誠は正直瑞菜と結婚したのは嵌められたに違いないと云った。確かに生活において何不自由はないがそれは彼女の父親の威光があるのかどうかは分からないが多分に子会社ということだからあるのだろう。給与も過分に頂いているし子供にも恵まれ実際の不自由は何一つなかったが、それは今までのことだった。自分の子供が彩夏と翔太が異母姉弟の関係であったということは誠自身の罪深さが修羅の世界に入って入るのかもしれないと消え入るようなか細い声で話した。

「お茶でも飲みに行こうか」

 萌美はそう云って作業着をテーブルに放り投げバッグを肩に掛けて喫茶店に入った。誠は萌美の後をついていった。

「私このケーキとアメリカンもらうわ」

「僕はアメリカンだけでいいです」

 萌美はモンブランのケーキを食べながら

「その後変わったことはあるの?彩夏を外国に留学させようかと思っているの。出来るだけ二人を引き離したいのよ」

「留学か・・・・・・」

「誠は彩夏とのことを話したの?」

「まだ話をしていない」

 相変わらず優柔不断なのだと萌美は不満そうな顔をして頬を膨らました。彼はまず瑞菜には異母姉弟であること、そして高橋にはどうして萌美にあんな写真を見せたのかということを一つ一つ整理してきたのだと説明した。

「瑞菜は何と云ったの?」

「彩夏が僕の子供かどうか証拠がないといっていた。DNA鑑定をしてもいいけどそんな必要はない。彩夏は確かに僕の子供だと分かる」

「それにしても瑞菜って昔も今も全く変わらないお嬢さんね。どうしてあんな女と一緒になったの。誠らしくないわ」

 確かに萌美の言う通りかもしれないという顔をして誠は話をした。

あの時僕は萌美に罵られ家を飛び出すように出て行き雨の街を彷徨っていた。そこに車で現れたのが瑞菜だった。僕は瑞菜に引きずられるように関係を持った。まさか萌美が子供を宿しているということは知らないものだから自棄になって溺れるように瑞菜の体にのめり込んでいった。関係を早く修復しようと思い部屋に帰ったが萌美は居なかった。

「本当にごめん。あなたには申し訳ないことをしたわ。本当なら私たちはいい夫婦で暮らしていたかもしれないのにね」

「翔太と話をしないといけないのだ。これが大変なのだけど最悪二人がどうしても結婚するというとどうしたらいいだろう」

「戸籍的には問題はないと思うけど、でも姉弟だから事実は歪曲せず事実として知らせるべきではないかしら。子供と云っても成人しているのだからもう分別はつくはずよ」

 二人はその場で別れたがすぐに折り返し誠から電話がかかって来た。会社の仕事もかなり立て込んでいるので翔太と話をするのがかなり遅くなってしまったが今度の日曜日には話をしようと思うと伝えてきた。相変わらず理詰めでゆっくり喋る口調は変わらない。萌美はそれにしても瑞菜と一緒になったことを後悔する誠に腹を立てていた。

街を歩くと少し春めいてきたのかコートを脱いでいる人が目立つ。行き交う中に学生らしい男女の姿をぼんやりと見た。萌美はその二人に遠い二十年前の誠との姿を重ねている自分に、生暖かい風が萌美の髪を易しく撫でていき現実に引き戻された。手を繋いだ学生はブティックの中に消えていった。萌美は誕生日に白いレースのワンピースを誠が買ってくれたことを何故か思い出していた。


萌美が家に帰ると彩夏は翔太と一緒にリビングにいた。

彩夏は何も知らない翔太が可哀想だと思ったが自分ではどうすることも出来ずに心を痛めている様子だった。萌美は二人に「寿司三昧に行っているから後からおいで」と云って出掛けた。いたたまれない気持ちに押し潰されるようになりその場を離れるのが精一杯だった。

「お寿司食べに行こうか。美味しいのよ、大将の握りは最高」

 そう云って彩夏たちは萌美の後を追うように家の前にある寿司三昧に入った。彩夏にしても翔太と二人取り残され気まずい雰囲気を取り払いたかったようだ。

「あれ?もう来たの?」

彩夏は笑いながら萌美の隣に座った。彼女は誠と別れて何故かお酒が欲しくなり寿司三昧で一人飲んでいた。

「翔太君何でも好きなもの食べてね。彩夏も少し痩せたから栄養つけなくちゃ」

萌美は二人の会話を楽しんで聞いていた。大将は笑いながら

「じゃあ彩夏ちゃんの好きなこはだからいこうか。好きなネタ次々言ってね」

カウンターの中から女将さんが上がりを二つカウンターに出してきた。彩夏はこはだが好きだった。やや脂がのっておいしい時期だ。ヤリイカ、マグロ、ズワイ蟹次々に大将は並べていった。最後は巻きだった。何故か巻きには郷愁があっていつもお腹いっぱいになると最後の締めは巻きになるのだ。一般的には満腹感を感じると終わりなのだが彩夏は最後の締めは寿司では巻きだった。この巻きは四国の実家で幼い頃祖母がよく作ってくれたことを思い出すのだがいつも食べないと終わった気がしない。秋祭りには巻き寿司やチラシ寿司を作るのが恒例で、彩夏にすればいつしか故郷の味になっていたのかもしれない。

「彩夏ちゃんはこのお店によく来るの?」

「よく来るのって小さい頃からいつもここで遊んでいたので」

 そう云って彩夏は笑った。小さい頃萌美が絵の創作が忙しくて邪魔になった時いつもここで遊んでいた。大将夫婦には子供がいないので自分の子供のように彩夏を大事にしてくれていた。

「彩夏ちゃんは三歳頃からここで遊んで育った。うちには子供がいなかったものだから彩夏ちゃんが我が家の子供みたいなものだよ。だから結婚式が日本であれアメリカであっても何処へでも行きますよ。ねえ、先生。それにドレスは先生がデザインするだろうから見たいね。きっと彩夏ちゃん綺麗だろうなあ」

大将はそう云って嬉しそうな笑顔を見せた。

「彩夏ちゃん先生から聞いたけど旅行に行くの?」

「はい、一人でのんびりと心の洗濯に旅しようかと思っているの。学校も休んで留学をしようかと思っているのよ」

「本当?」

 翔太は咳き込むように云った。彩夏は翔太には黙っていたようだ。しかし、云えばついてくるというし実際彩夏にしてはもうどうにもならない極限状態だった。昼間学校に行っている時は気が晴れるが一人になると心の傷が癒されない自分を知っているのだった。

「俺も一緒に行くよ」

 翔太は慌てて云った。その様子を萌美は見ていたがやはりこれは引き離すしかない、どうして誠は話さないのだろうかと苛立った。

「彩夏ちゃん寒ブリ食べてみて。隣のお兄さんも一貫食べてみてください」

「凄い、美味しいです」

 J-POPが流れる店内はカウンターが円形に作られ、中で若い職人が三人で握っている。店の真ん中には大きな水槽があって魚が泳いでいた。そしてその上には木札のメニューがいくつも掛けられその隣には本日の特別料金のお勧め品目と朱赤で大きく書かれてある。背後から奥にかけては障子のドアで仕切られそれぞれ個室になっていて好みに合わせて寿司と酒を飲んでいた。個室は六部屋あってその奥の端に厨房室があった。女将さんと仲居さんが二人一生懸命にレジと雑用をこなしている。彩夏も時々手伝ったことがあるが、そうこうしているうちに店が立込みかなり忙しくなって壁を背に立ち並び順番を待つ客の姿が目立ってきた。

「女将さん手伝います」

「いいよ、彩夏ちゃん食べに来たのに」

「ママ、手伝ってから帰るね。翔太こういう事情だから今日はバイね。今から忙しくなるのよ、いつもいたからよく知っているの」

 彩夏は笑いながらそう云うと出来た寿司を慣れた手つきで個室まで素早く運んで行く。萌美と翔太は店を出た。三月とはいえ外は寒かった。

「翔太君コーヒーでも飲んで帰る?」

 萌美はあれからの誠のことが知りたかった。出生の秘密は知らないにしても物心がついてからは覚えているだろうと思った。

 翔太が訊ねた。

「このリビングに掛かっている「ワインと檸檬」の絵はどうして同じ物が二つあるのでしょうか。未だによく分からない。父も伯母さんのことを知らないというし実際の処何か秘密が隠されているような気がするのです」

 萌美は翔太が薄々感づいて来ていることを恐れた。

「多分にその絵には私のサインMが入っていたのでしょう?でもそれって同じ作品かもしれないけど最初の叩き台のものじゃないかなあ。失敗作でよく部室などに捨てていたからその時に拾った作品じゃないかしら。Mのマークは何色だった?」

「確か青色だったと思います」

「じゃあそれは最初の叩き台に描いた絵だよ。私は完成したら赤でMと入れることにしているの。だって赤は萌える色でしょ」

 萌美はそう冗談を云って笑った。確かにデッサンの途中の未完成のものにサインは余り入れないがどうしても欲しいという人にはMとイニシャルを書くにしても青色を使った。完成すれば赤でサインを入れていたことは事実だった。だから多分に誠は部屋を出る時に依頼があった絵を勝手に持ち出していったのだろうと想像できた。彼女は少しずつ誠のことを聞いてみた。

「お父さんは優しいの」

「はい、色々教えてくれます。大学に入る時も勉強を教えてもらったし二十歳になった時はワインで乾杯しました。ひょっとして父を知っているのではないですか?」

 誠は翔太には瑞菜もそうだが自分のことは知らないと云ったと以前翔太から聞いた。だからどう返事をしたらいいのか迷ったがはっきり云った方がいいかと思い話することにした。勿論異母姉弟ということや自分と誠が一緒に住んでいたことは話してはいけないと思ったのでその辺は隠しておいた。

「お父さんが覚えているかどうかは別として彼とは大学時代の遊び仲間だよ。だから同じ油絵を持っていたのかもしれないね」

「父の学生時代ってどうでした?部活は何をしていたのですか?本当のところよく知らないのです」

「彼は凝り性だったからワインやコーヒー豆には詳しかったしよく教えてもらったわ。部活はやってなく小説を書いていた。でもあれから二十年というのは早いね」

 翔太は父親と会ったのかと聞いて来たけど会ってはいないと答えた。瑞菜の件やこれから誠が話をすることが翔太にはきつい感じがしたしこの子も彩夏と姉弟かと思うと妙に親しみを感じた。

「彩夏ちゃんは何処に行くのですか?知っていたら教えてください」

「まだ決めてないと思うけど」

 萌美は確かに彩夏が何処に旅をするのか知らなかったし聞いてはいなかった。ゆっくり二人で話をする機会もなくて彩夏の気持ちを考えたら一緒にいてあげたいと思うのだが美術館の壁画の完成が今年の秋になっているし彼女の心を癒してやる時間がないのがたまらなく苦痛であったことは事実であった。その間美術図鑑の監修や女性週刊誌の記事やインタビューなどが目白押しで徹夜をすることも珍しくはない。そんな中で何もしてやれない自分自身が悔しかった。仕事を少しセーブしようと考えていたが、今の自分は一番人生の中で輝いている時期だと思うのだが仕事と家庭を両立させることは非常に難しく、実家の母に来てもらおうかと考えたりしたが結論は出なかった。どちらにしても家族という問題の中で自分たちの居場所を見つけるしか方法はなかった。


 萌美は誠から経緯を聞いた。

 二日後リビングで誠は話をした。翔太と瑞菜は並んで誠の話を聞こうとしている。翔太は何が始まるのか予想もできない状況で落ち着きがなく両拳を握り膝に乗せていた。「ワインと檸檬」の絵を背中に彼は話を切り出した。

「今から云うことは事実だからしっかり二人とも聞いてくれ」

「止めてよその話は、証拠は何もないのだから翔太に聞かしてはいけないわ。違う話かと思ったけどその話ならこれで終わりにして」

 瑞菜はすごい剣幕で誠に噛みつき今にもテーブルを飛び越えて来そうな雰囲気だった。

「やめて・・・・・・」

 そう云って瑞菜はテーブルを何度も叩いて大声で喚き始めた。翔太はその姿を見て異様な雰囲気を察し怯えていたが、異母姉弟であることを明確に話さないとこれ以上酷くなって仮に彩夏が妊娠でもしたらこんなことでは済まないし取り返しがつかないことになる。時計はもう夜の十時を指していた。

「翔太よく聞いておくれ。実は今付き合っている彩夏ちゃん、近藤彩夏はお前のお姉さんになるのだよ」

「なんで?どういうこと?」

 翔太の顔色は顔面蒼白になり驚きを隠すことはできなかった。瑞菜は大きな叫び声を出して応接の扉を勢いよく開け、逃げるように部屋を飛び出した。隣の部屋から彼女の声を絞り出したような嗚咽が聞こえてくる。

 誠は要領よく話そうと整理した積もりであったがうまく話が出来なかった。

「ママはどう云っているの?」

「ママは証拠がないからと云ってはいるが仮に鑑定をしても結局は同じことだとわかる。それは血が繋がっているからそういう気持ちが分かるのだよ。血縁というものは同じ血が流れているのだから確かに難しいには違いない。翔太には謝らなくてはいけないと思うが彩夏ちゃんは確かにいい子だと思う。家でしか会ってはないし余り話もしてはいないが育ちのいい雰囲気を持った女性のような気がする」

 誠はそこまで喋るともう息が上がったような状態だった。

「では彩夏ちゃんとは結婚できないと云うの?僕らは結婚を約束している」

 翔太はソファーから立ち上がりそう絶叫をして部屋の外に飛び出した。同時に瑞菜が部屋を飛び出し翔太を追いかけた。

「翔太、待って!」

 瑞菜の声を振り切って翔太は街の闇に消えていった。誠は話をしたことで少し気は楽にはなったが、これから予測出来ないことが起こるだろうと不吉な予感がした。

「あなた翔太のことをどうするの?彩夏ちゃんとは結婚しなくてもいいけど何かあったら私あなたを殺すかもしれないわよ。このことは実家の父にも相談します。だからあなたも心を決めて下さい」

「決めてくださいとはどういう意味だ。翔太に何かあれば別れるという意味か?」

 瑞菜は「そうだ」といってリビングを出て自分の部屋に籠ってしまった。家族とは何て脆いものだろう。ピラミッドの様に積み上げてきたものが一つの穴が開くとそこから小さな水が漏れ、何時しか大きな流れになって崩壊に繋がっていく。これが家族という組織であれば単なる形式的な仮面家族で余りにも表と裏が激しすぎる。家庭とはそんな脆いものだろうか。結婚とは人生とは何かと問い詰めると自分の家族においてはもはや崩壊に近い状況のように思える。仮に萌美とあのまま結婚してもこのような結末があっただろうか、少なくとも今回のような事件は起こらなかったに違いない。そう思うと誠は剣を喉元に突きつけられたような恐怖と寂しさが募り何とも言えない気持ちになった。

誠はこの様な経緯を萌美に話した。


その夜遅く萌美は不安な気持ちを抑える事が出来ず誠に電話をした。

「彩夏が黙って家を飛び出したのよ。翔太君は大丈夫?」

「えっ、本当?翔太も飛び出したままだ。例の話をすると何も持たずに外に出たのだよ。瑞菜は追いかけて外に出たがまだ帰ってこない」

 萌美は彩夏と翔太は互いに打ち合わせをして出たのだろうかと思った。しかし、誠に話を今日すると云うことは自分以外誰も知らない。だとすると偶然にも二人は家を飛び出したに違いない、或いは携帯で彩夏を誘ったのかもしれない。萌美は彩夏の部屋を覗いたがお気に入りの赤いバックや携帯はなかった。

「今日瑞菜と翔太君に話をすることを知っているのは私だけだから彩夏と翔太君はこの日を事前に知って打ち合わせをすることはないと思う。単なる偶然に違いないがこんなことまで似てしまうものだろうか。多分に今頃は携帯で連絡はついていると思う」

「これから大変になるなあ」

 誠は電話口でそう云った。

いくら彩夏の携帯に電話をしても電源を切っているしメールで書いて送ってはいるが反応は全くない。LINEを入れても既読にはならなかった。若しあるならば実家の母のところに行くかもしれないので電話を入れておいたがこれも確かなことではなかった。それにしても彩夏は何処に行ったのだろうか。もう時計は十二時を過ぎていた。その上雨が降り始め肌寒い春雨の中で二人はどうしているのかと萌美は思った。バックは持って出ているのでカードと少々の現金は持っているだろうからそちらの方は心配なかった。

彩夏は三人で寿司三昧に出掛けた二日後、行先も告げず家を出てしまった。いくら携帯に電話をしても電源が切られていて話すことが出来なかった。翔太と話し合って合流するということも考えたがその線はかなり薄い気がした。それにしても家を出るなら一言位云っても良さそうなはずなのにと萌美は思った。心当たりは翔太のことしかなかった。

最悪な事態は翔太と合流し何処かに雲隠れしてしまうことだ。あまり所在が長くわからない場合は警察にもお願いしなくてはいけないだろうと萌美は考えた。そして彩夏の未来が又しても不幸を連れてくることに萌美は怯えた。

 結局彩夏も翔太もその夜は帰っては来なかった。


 萌美はその時彩夏は四国にいたことを後で知った。

自分の生い立ちを確認するために母親の実家に向かっていたそうだ。母親の近藤萌美についてもっと知りたかったしそれに母の実家ということで安心できる気がしたらしい。それにしても実家に行くなら連絡ぐらいしてもよさそうなのだが敢えてしなかったのは翔太が追いかけて来るような気がしたのだろうか。どちらにしても所在は分かると思うが一人で母が育った故郷を見てみたいと衝動的に思ったとのことだ。だからまだ母の実家には顔は出してはいない。そのことが余計大きな事件に繋がっていくのだが今はそのことが理解出来なかった。ただ一人になってぼんやりとしてみたかった。修羅の世界に足を踏み込んだ罪を何とかしてみようと彩夏は考えたそうだ。

 母親から彩夏が来ていることを知らされた萌美は急遽実家に帰った。彩夏は今までのことを流れる涙を拭こうともせず萌美に話した。

彩夏は新幹線で岡山の駅で下車し特急に乗り換え高松まで取りあえず行ってみた。一時母は高松の私立高校の美術の非常勤講師をしていた時期がある。そんなことで高松ではうどんの話をたっぷり聞かされた。今は手軽に店で食べたり通販で讃岐うどんを買ったりできるが昔はそうはいかなくてうどんを作るのは女性の花嫁修業の一つとさえ云われていたそうだ。そしてうどんは結婚式にも出されるのだが大皿にうどんを敷き締めてその上に明石で取れた大きな鯛を乗せて小分けして食べるのだ。うどんにネギと生姜を少々入れて生醤油で色が軽くつく位の薄さで食する。これが讃岐うどんの食べ方だとよく云っていたのを覚えている。県外の方はうどんを主食にするが讃岐の方は間食だからおやつはうどんなのだと云っていたのを懐かしく思った。

 彩夏は駅前を少しふらついて駅の構内の立ち食いうどんを食べてから松山行の予讃線に乗り込んだ。特急列車は意外と空いていた。彼女は新居浜駅で降りて各駅停車の列車に乗り換えて隣の無人駅の中萩駅まで行った。その駅まではそんなに時間はかからなかった。駅に降りたのは彩夏一人だった。彼女は誰もいない無人の駅であるホームに降りてそこに母の匂いを嗅いだ。

 暫くホームに佇んで周りを見渡してみると中萩駅は二番ホームまであるが現在では上り下りともホームの一番線で改札口だけになっていて今では寂れた駅になっている。これも民営化になってからのことなのだろうか。ホームの傍らには手入れがされていない萩の木が無造作に密集しているが秋には綺麗な花が咲くのだろう。母もこの花を見て育ったに違いない。改札口を出て駅の外に出るとそこはかなり狭い場所だった。普通駅前には商店街などがあるのだがこの駅前には何もなかった。右手に小さな広場があってそこではよく遊び、朝のラジオ体操はこの駅前の広場に集合したとのことだ。初めて母の生まれた世界に足を踏み入れたことで自分が何か厭なことをみんな忘れ同時に母と同化していくような思いがした。そして駅の入り口にはたくさんの自転車が区画するように並べてあった。隣町の高校や会社に行く人が自転車をきれいに整列し並べている。母も隣町にある西条市の高校に汽車通をしていたと聞いた。

 駅の目の前に大きな鳥居がある。この鳥居は西日本で一番高い山で1982メートルの石鎚山のお山開きの入り口ということで建てられたようだ。石鎚山は霊山として有名でお山開きには特急列車が昔は止まり多くの行者達で賑わったそうだ。この鳥居は曽祖父たちが力になって建て、その証拠を残すために鳥居の柱の下の方に名前を彫り込んでいる。彩夏はその曽祖父の名前を写真に撮って真っ直ぐに歩き始めた。正面を見上げると阿讃山脈が連なり話に聞いていた黒森山が見下ろしていた。母の実家はそこから少し東に行くのだがそうでなく母が幼い頃に病気をした時父親が宗教の世界に入り熱心に願掛けしてくれた護摩堂に行ってみたいと考えていた。その護摩堂は駅から歩いて三十分位のところにあって国道十一号線を越えればすぐに分かった。小さな処ではあるがのぼりの旗が大きく二本立っている。「南無大師遍照金剛」とお大師さんの御宝号が書かれたその旗は風に煽られパタパタと音を立てていたがそれが余計郷愁を煽った。

 護摩堂について彩夏はよく母から聞かされた話を思い出していた。

 三歳の頃幼稚園に入って間もなくのことだった。ブランコから落ちて立ち上がることが何故か出来なくなった。手を添えると立ち上がれるが一人では立ち上がれない日々が数日も続いた。祖母は看護師で非常にそういう意味では敏感で知識もあったのだろう。すぐに危機感をもって医者に走ったそうだ。しかし、原因は不明で病院を紹介してもらって帰って来たそうだ。その紹介された病院は今治市の総合病院であったが三日遅れると体が不自由になっていたとのことだ。あまりの恐ろしさに絶句した祖母はその日のうちに即入院を云われてその通りにしたそうだ。一九八〇年頃まで発生した小児麻痺であった。ポリオウィルスに感染し脊髄にある運動神経が破壊され手足に麻痺がおこる。現在では予防接種のお蔭で発症率は急減しているようだが素早く対応をして難を逃れることができたとのことで祖母の機転で助かったようだが、それでも正座や膝が時々不自由な時を感じることがあるようだ。何といっても小さい頃に脊髄から水を抜いた記憶は忘れることができないと云った。頭が燃えるように熱く水を抜く日が火曜日から水曜日に変わった些細なことすら覚えているそうだ。母が祖母に感謝しながら話をしていたことを思い出した。


 彩夏は護摩堂の前でぼんやりと佇んでいた。実際ここで母の病気を治すために祖父と祖母は祈祷をしてくれていたのだ。彩夏は声を掛けたが誰も出てこないので護摩堂の扉をそっと開けてみた。ギ―と鈍い音がして重い格子の扉は開いたがそこには誰も居ない。春の暖かい陽射しがその暗闇の部屋に碁盤の穴のように通し鋭く射し込む。部屋は狭く線香の匂いが充満し、周りは掛け軸が沢山掲げられ意味が分からない梵字が描かれ、その傍らには鬼の形相をした彫刻の仁王像が何体か立ち睨んでいた。

「誰かな?」

 大玉の数珠を首に掛け白い装束で割腹のいい住職がそこに現れたので彩夏は正直に素性を話した。

「近藤さんのお孫さんか?今岐阜の方に住んでいると聞いたけどお里帰りですか?」

「里帰りということではないのですがここに幼い頃母がよく来たということを聞いていましたので一度見たいと思ってお邪魔したのです」

 そう云うと住職は私に座るように座布団を差し出し彩夏は誘われるままにそこに座って住職の話に耳を傾けた。開かれた扉から爽やかな風が陽だまりの中を駆け抜けた。

護摩堂は暗く何か怖い気がしたが白装束の住職は大きな数珠を首に掛け手には普通の白い数珠を重ねて、ここで印を結んで体を祈ってくれたのだ。印を結ぶとは密教の修法で身・口・意の三蜜で手に印を結び口で真言を唱え心に仏を観想するのだ。臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前の九の文字からなる密教の邪気を払う真言でその意味は「臨め兵、戦うもの、皆陣をはり列をつくって前に在り」ということらしい。掛け声とともに縦四本横五本に切り邪気を払う。印は仏と修行僧を結ぶ印で神聖な力を宿している。この世に存在するもの一切が空である。何もないのにあるように思っているだけで、それをしっかり自覚していれば悩みもなくどんな苦しみからも解放される。何故なら最初から何もないのだからと住職は説明をしてくれた。彩夏は先祖とか仏とかは正直あまりよく分からない気がしたことは事実だった。しかし、九の字に手で印を結ぶ話は聞いたことがある。母はそこまで宗教の世界には入ってはいなかったが祖父母の祈りがどうしても娘を助けようと大師や不動明王に縋ってくれたことに深い感謝を覚えていることは事実だった。護摩を焚き天井まで炎が上り般若心経を唱えるこの護摩堂の話はよく聞かされた。母もまたこの炎の中で何を見何を考えたのだろうかと思ったそうだ。

 正面を見ると弘法大師の掛軸が掛けられ、大日如来や不動明王などの置物があった。その両脇には彫り物の像がいくつも並んで置いてあり、そしてその前に大きなローソクが二本あって四角い囲いがある。そこに願いを書いた護摩木を入れるのだろうか。その護摩木が燃え盛り大きく高く天井まで炎が突き刺す様が彩夏には想像ができた。猛烈な勢いで護摩木が音を立て燃え盛る中で額に汗を流しながら般若心経を一心に唱えながらその炎の中に祖父母は何を見たのだろうか。そして、その傍で三歳の母は何を見、何を思ったのだろうか・・・・・・。彩夏は傍に山積みされた護摩木の中に三人の家族の姿を見たような気がした。不意に祖父母の家に行こうと思った。同時に心配しているだろう母に電話をしておこうと思い、住職にお礼を言って彩夏は祖父母の実家まで歩き萌美に電話をした。

彩夏は一通りの話を萌美にした。

「翔太はどうしている?何か連絡がある?」

「翔太君は父親があなたのことを話したら家を飛び出したそうよ。彼もあなた同様に何処に行ったか分からない。電話はないの?」

 彩夏は誰とも話したくなかったので携帯の電源は切っていたと話した。そうなると翔太が心配だと萌美は思った。

「私、翔太には自分で電話します」

案の定翔太は驚いて場所を聞いてきたので仕方がないので彩夏は場所を教えたという。翔太は彩夏の居場所が分からず家にも帰れずどうしていいのか分からないので友人の家を転々としていたらしい。萌美は誠に実家から電話をした。誠も話した手前責任を感じているし何といっても自分の子供であるのでそちらに向かうとのことだった。


萌美の実家は田舎造りの建物で屋敷の周りは木々で囲まれ田園風景の中にひっそりと建っている。周りの民家と少し離れて建っているのだが不思議と違和感はなかった。寧ろ離れていることで落ち着いた存在感があっていい感じだった。それにしても実家に帰って来たのは何時だったのか思い出せない。それほど永く帰らなかった証拠だ。仕事が忙しいということもあってなかなか実家には帰れなかったが実家に帰るとそれなりに落ち着くことができた。祖母は彩夏を見ると大きく立派になったと云ってぎゅっと抱きしめて喜んでくれた。その傍らで祖父が目を細めて笑顔を見せている。

彩夏はご無沙汰していることや今回の事件など謝って頭を下げた。祖母は彩夏の性格は萌美と同じで無鉄砲なところがあるのだねと云って笑った。みんな心配で彩夏を叱りたいのだが腫れ物に触るように気を使ってくれることが痛いほど分かった。これが家族なのかと萌美は感じた。それだけに心配を掛けたことやこれからのことを思うと不安だった。

翌日萌美は実家に急遽帰って来た理由を新聞社への顔出しやインタビューの依頼を全て電話で断って丁重に謝った。

 萌美は久し振りに自分の部屋を覗いてみた。部屋は北側に窓があってその窓を開けると田園地帯だった。その田園風景の中を横切るようにJR予讃線が走っている。そして田園の奥には裏山が横たわっている。その山の向こう側は瀬戸内海工業地帯となっていた。祖母は綺麗に整理整頓をしてくれていたのか部屋には埃は何もなかった。

「この部屋がママの勉強部屋だったの?」

「随分昔だね。二十年前になるのだから」

 部屋の片隅に色褪せたギターが置いてあった。弦が一本切れている。萌美はそれを抱えて「禁じられた遊び」を弾いた。弦の調整がされていないので音程が奇妙な音になった。それを見て彩夏が楽しそうに笑った。萌美は二十年前の学生時代の女子大生に帰っていた。

一呼吸を置いて萌美は話した。

「連絡はしないといけないよ。みんな心配で探し回ったのだから。大将だって心当たりを電話で色々聞いてくれたり彩夏が何時も行っていた店に車で探しに行ってくれたりで迷惑どれだけ掛けたと思っているの」

 萌美は彩夏の背中を擦りながら言葉を掛けた。二人しかいないということがこれほど辛いものかと尚更感じた。あの後警察に捜査願いを出した。重苦しい雰囲気の中で警察署は嫌だったがあの時はそんなことを云っている状況ではなかった。捜査願いは身分証明書と印鑑、顔写真が主で後は書類に書き込めばいいようになっていた。住所や氏名、顔などの特徴、行方不明になった時の服装や薬物の過去の使用の有無などを聞かれたが問題はなかった。しかし一般家出人と特異家出人によって警察の動きが違うとのことだった。萌美は自殺の恐れがあるから何とか特異家出人にして欲しいと懇願し認定してもらった。多分に萌美が有名人ということも考慮されたのかもしれない。当時の動きを彩夏に話しをすると彼女は瞼に涙を溜めながら一生懸命に堪えているのが分かった。

彩夏はみんなに今までのことを話して謝っていた。寿司三昧の大将には自分で電話をしていた。それがもう大人である自立した考えだと思ったようだ。

「大将、女将さんごめんなさい。みんなに迷惑かけて本当にごめんなさい」

「彩夏ちゃん無事でよかったよ。もしものことがあったらどうしようかと思って本当に女将さんと話していた。今すぐにでもそちらに飛んでいきたいけど先生と無事に会うことが出来たのだから早く帰っておいで。美味しいお寿司ご馳走するから」

 大将が電話の向こう側で泣いているのが彩夏には手に取るように分かった。彩夏は今更ながら自分の周りの人の情に心を動かされたようだ。


―ルポライターの視点NO.3―


 どうしても最初のステージに戻り激しい萌美と彩夏との互いの葛藤を話さなくてはいけなかった。何故僕はこんなに憤りを感じるのだろうか。何か伝えなければいけないが、方法がない。そう思うと理由も無く大声で叫び散らすことしか選択肢はなかった。

二十年前に青山誠と萌美は結婚を前提に住んでいたが友人の裏切りに会い結局一緒になることが出来なかった。二十年後娘の彩夏は青山誠の息子翔太と結婚する意志を持つが、異母兄弟ということが二人を引き離し、僕は此処で彩夏がとった行動が非常に興味深かった。それは彩夏が翔太と異母兄弟だということを知り家出同然に何の連絡もなく飛び出したという事実だ。僕はその彩夏の足取りを検証したが、そこにあるのは単なる宗教の世界と萌美の生まれ育った環境だけが残骸の如く残っていることを確認するだけだった。彼女は僕を含め四国の山村で生まれたが、それにしても萌美は何故二十年もの間誰にも云わず母子家庭で過ごしたのだろう。この事件の焦点がずれてきたのはこの時点からだ。僕はこのことを萌美に「どうして云わなかったのか理由があるだろう」と責めたが彼女は笑うだけだった。彼女の人生には常に「何故?」と云いたくなることが沢山ある。僕はこの萌美のことをライターとして書くことに非常に興味深く書けば書くほど「何故?」という問い掛けになった。

彩夏は異母兄弟だとアメリカから帰国早々萌美から聞きその事実を確かめるために実家に一人傷心の旅を始めた。そこには萌美が戦い生きてきたルーツをその故郷において、彼女の匂いを生い立ちと共に嗅ぐことは出来た。一体、近藤萌美は芸術を選択するのか誠と過ごした過去を取りたいのかよく僕には分からない。仮に両方とも選択したのならそれはそれでもいいが多分に彼女の性格からすれば芸術はそこで終わってしまっただろう。

「不幸だから描けるのよ」そういう哲学を持ちそこが彼女の芸術の原点であるならそれはそれで終わりという合図だったかもしれない。結果論だが近藤萌美は青山誠と別れたことは本意ではなかったと思うが芸術という視点から考えれば至極当然のような気がする。僕は誠と別れたことは運命的に彼女の才能を生かすために神がそうしたのではないだろうかと思った。結論から云えば別れたからいい作品が出来たと思っている一人だ。一緒になれば多分に彼女は才能に埋没してしまっただろう。彼女を支えてきたのは事実娘の彩夏の存在であったことには違いないが、身を粉にして神経を削りながら描き込んできた絵は若い頃に書いた「ワインと檸檬」のようなものとは少々異なる。ともあれこの視点のNO2では事実を知った二人の別れが次の新しい展開に進んでいく。僕は悔しさを押し殺し衝撃的な告白をしていかなくてはならなかった。

          

 


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