雨の夜の出来事
雨の夜の出来事
最終電車を降りて、駅の西口の下りエスカレーターに乗り傘を広げて外を見つめる。本降りの雨だ。暗い闇の中、外灯に照らされた濡れた路面だけが切り取られたように目に入り、雨樋からはドボドボと水が溢れている。意を決して外に出て住宅街に降りていく階段に足を運んだ。ほんの少し歩いただけで革の靴はびしょびしょだ。天気予報では明け方までは雨は降らないという予報だったが、天気の崩れが早まったようだ。振りだした雨に帰宅を早めたのか、いつもは何人か同じ方向に帰るスーツ姿の人間が今夜は一人も居ない。
ザーザーと降る雨が傘に当たる音だけが耳に響き、初夏の匂いが雨と混じり鼻腔に入ってくる。いつもはプランターの影にいる猫の姿もなく、代わりに何か黒いものがモゾモゾと動いていた。少し心臓の鼓動が早くなり、足を早めて雨の中を歩く。誰も居ない雨の夜の駅の階段。
嫌な事を思い出していた。階段横のコンクリートの壁に雨の夜は人の顔が浮かぶという。その顔と目が合うと持っていかれてしまうという噂。ただの噂だ、そう思っても気になってしまう。
ドクン、ドクン
パシャパシャと水を跳ねながら慎重にコンクリートの階段を降りていく。階段も雨水が滝のように流れていた。時々、何か得体の知れないものが踠きながら流れ落ちていく。
ドクン、ドクン
傘を斜めにしてコンクリートの壁を見ないようにして降りていった。それでも強烈な視線を感じる。何かがこちらを見ているのだ。そして、邪悪なものが蠢く気配もする。気のせいだ。そう思う事にした。
ドクン、ドクン
ふと生暖かい風が吹いて頬を撫でる。傘が風に持っていかれて飛ばされそうになった。その傘に視線を向けた時、思わず壁を見てしまった。そこには……。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン
ザーザーザーザーザーザーザーザー……
翌朝、階段で倒れているスーツ姿の女性が発見された。その顔は何を見たのか恐怖で歪んでいたという……。彼女は全身びっしょりと濡れていた。持っていたと思われる傘は何処にも見当たらなかった……。