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第十二話 導きの涯 (8)

第十二話 導きの涯 (8)








 狩人協会。そこにラウレッタに連れられて戻ったリディがまず受けたのは、狩人達の胡乱気な視線だった。


「…なに」

「…てめぇ、マジで覚えてないのかよ?昨日のテンマツ」


 絡んだアハトに、リディは嫌そうな眼を向ける。たった二日で、この男とは反りが合わないと本能が告げていた。


「知らないよ。君が絡んできたとこまでは覚えてるけど」

「…てめえなぁ…」

「懲りて二度と呑ませないでくださいね、アハトさん」


 ぼす、とリディの頭に手が置かれた。帰ってきたルイスだった。


「お帰り。て言っても私も今帰ってきたとこだけど」

「ただいま。その顔だと、薬は効いたみたいだな」


 リディの頬にかかった髪を指で退けて様子を見、ルイスは手に持っていた紙袋を近くのテーブルに置いて、中身をばらまく。転がりでた薬苞を、アハトを素通りしてアベラルドに投げる。アハトに二日酔いした様子がなかったからである。


「効果は十分後だそうだ。三十人分ある。在庫はもうあまりないそうだが」


 青ざめた顔で机に伏していた狩人達の手が次々と伸び、薬苞は残り数個を残して綺麗に消える。

 それらを見回してから、システィアが言った。支部長は不在らしい。


「全員いるな?よし。話を始めたいところだが、五分やろう。その間にルイス・キリグ。武器のことについて言い忘れていた」


 ルイスは口をへの字に曲げたが、何も言い返さなかった。本当に忘れていたのか故意なのかは知らないが、訊いたところで鼻で笑われるだけだろう。


「見てきたならわかると思うが、この街の工房は今、急ピッチで武器の鋳造を行っている。材質は勿論、このあたりで採れる最高級のミスリルだ。ここに集うほぼ全員分のな」


 全員分、という台詞にリディとルイスは目を見開く。最高級のミスリル――その価値は言わずとしれている。生半可な額では手に入らない。


「気づかなかったか?ここにいるのは、全員が『トップハンター』に括られる者達だ。そうでない者は、早い内にこの街を去り――もしくは死んだのだがな。知っての通り、普通の武器では竜に傷を負わせることもままならん。そこで、ミスリル材質の武器を持たない者達の為に依頼した。私やアハトなどは元々持っているから問題はないが」


 ルイスは集う者達を見渡す。――ここのところ、十強だの魔族だのとばかり関わっていたから感覚がずれていたが、言われてみれば確かに皆、一癖も二癖も有りそうな者達だ。


「武器の鋳造が全て終わるまでは、本格的な作戦が出来なかった。それもそろそろ終わる。だが、お前の剣は見たところ、特注品(オーダーメイド)――しかも最高級のミスリルを最上級の鍛冶師が打ったものだろう。恐らく、その腕に並ぶ持ち主はこの街にはいまい」

「……」


 ルイスは無言で顎を引いた。街の工房は忙しそうで、注文できそうな雰囲気では確かになさそうだったが――それ以前に、彼が満足行くものを作ってくれそうな所がなかったのは確かだった。


「お前に伝言だ」

「は?」


 システィアはビッと紙切れをルイスに突き出す。ルイスは反射で受け取り、リディはそれを横から覗き込む。


「『武器買うのちょっと待ってて、二週間くらい。O.E』……は?」

「朝方、狩人協会の郵便受けに入っていた。差出人に心当たりは?」

「いや…」

「O.Eって名前?これ」

「だろうけど。誰だよ」


 ためつすがめつ紙切れをひっくり返してみても、なにも見当たらない。

 首をひねる二人を見、システィアは軽く息を吐いた。


「まあいい。二週間経てば明らかにもなるだろう。…さて」


 薄氷の瞳が酔っ払い共を睥睨した。


「五分経った。いいな」

「ちょと待ってシスティア、まだ三分ちょっ…」


 『トリル』メンバーが一人、オリヴァーが上げた声は、しかし直ぐ様飛んできたナイフによって絶たれる。


「私が時間の無駄が嫌いなのはオリヴァー、貴様も知っているだろう」

「…はい…」


 間一髪、木のコップで凶刃を防いだオリヴァーは為す術なくこくこくと頷いた。


「では始める。――まず、生息が確認されている竜の個体数。――エッラ」

「はい。正確とまでは言いきれませんが、高い確率で三十ニ体と見られます。位は――」

「あ、ちょっと待ってくれ」


 ルイスが手を挙げた。


「俺達がここに来るまでに、一体死んでると思うぜ。逃げる途中、核を見た」


 ざわ、と場が動き、リディは横目でルイスを見た。ルイスのこっそりした目配せを受け、納得する。


(…あのガキが話すなっていったからか)


「核だけだったのか?」

「ああ。逃げるのに必死すぎて回収出来なかったが。青紫…だったか?リディ」

「多分。低位かな?」


 ふと、ルイスは頭の隅に何かが引っかかった。しかしそれを釣り上げる前に、システィアの声が思索を断ち切る。


「ならば三十一体だな。エッラ、続けろ」

「ぁ、はい。位としては、低位から中位です。高位がいないのは幸いですが。確認されている限り、中位十二、低位ニ十…あ、十九ですね」

「知っての通り、竜一体につき通常二パーティ以上が基本だ。だがここに集うのは総員四十二名。皆トップハンターとはいえ、厳しいのは皆わかっている筈だ」


 重い沈黙が部屋を包む。単純計算で、六十パーティは欲しい所なのだ。しかし、人数すらそれに及ばない。困難さは明白だった。

 元々の狩人の数自体、決して多くないのだ。入れ替わりが激しく、持続が短い。つまり熟練者は極少ない。この場にこれだけのトップハンターが集まれたのは僥倖とすらいえる。


「ミスリル武器を作っているとは言っても、そこの黒髪のように、消耗すれば折れてしまうのも解っている。そこで当然のように選択される魔術だが――今この場にいる魔術士の数は?レッタ」

「あなたや私みたいに、武器本位で魔術も使う面子を含めても――十五名。竜一体に一人もいないわ。物量作戦は不可能ね」

「という訳だ。そこの二人パーティの馬鹿げた魔力量を鑑みても、やはり足りないだろうな」


 馬鹿げた言われた二人組は微妙な顔つきで沈黙を守り(否定出来なくなっているので)、カインズが呟いた。


「つまり、全体的に足りないのは火力――ですか。『ジィ』のルネみたいなタイプが欲しかったですね…」

「ルネはまた特殊だけど、あの子は魔力はそこの二人より少ないわ」


 アニタにばっさりと切られ、カインズは天井を仰ぐ。誰もが迷路のような手段探しに憂鬱になった時、ふとリディが立ち位置を隅に下げた。


「?リディ?」

「いや、ちょっと」


 さりげなく人の視界から外れた隅で、ごそごそとウエストポーチを探っていたリディは、しばらくして小さな紙を探り当てた。


「なんだそれ」

「覚えてない?耳環と一緒にあいつに貰ったやつだよ」

「あ」


 そういえば、とルイスは手を打つ。


『僕の力が必要だと思ったとき、開けて』――確か彼はそんなことを言っていた。


「ルネのこと聞いたら思い出してさ。何が仕掛けられてるかはわかんないけど、試してみる価値はあるだろ」

「え、ちょ、まさかおまえここで開け――」


 攻撃魔術だったらどうすんだ!?というルイスの制止は最後まで聞かれることなく、赤い蝋の封は威勢よく破られた。


「…なにこれ」


 リディが呟く。ネーヴェが鳴いた。あーあ、とでも言いたげである。


「魔術陣?」


 紙に描かれたインクの魔術陣に、魔力の光が走ったのはそれと同時だった。


「え――」

「げ――」


 カッ、と紙が強く光った次の瞬間、頭上から現れた物体に、ルイスとリディ、ついでにネーヴェは床に潰された。


「ぐぇっ」

「いっ」

「きゅっ」


「なんだ!?」


 どた、がた、ごっ!という実に煩い効果音を伴って潰れた二人に、当然のことながら場の注目と警戒が一気に集まった。

 リディが呻いて頭を擦る。背に何かが乗っていて重い。


「うー、痛い…くっそなんだよこれ…ラグのやつ」

「ごめんね、着地位置の調整が出来てなかったみたいだ」

「なんか凄い魔術でも書いてあるかと思ったのに」

「それをなんでここで開けようとするかな…」

「だっていきなり竜の前で開くの怖い、し…」


 とんとんと会話をしてから、リディはハッと我に返った。なにこの既視感(デジャヴ)

 ぱかっとルイスの口が開いていた。鏡餅状態から抜け出して尻餅をついていた彼は、信じられないものを見る眼で()を指差した。


「「ラグ!?」」

「久しぶり…ルイス、リディ」


 リディの背からよっこらせ、と立ち上がり、白髪の少年は柔和な笑みを浮かべる。ひょこ、と襟口からネーヴェによく似たピュルマ――ヴァイスが顔を出す。


「また面白いことになってるんだ…?今度はいったいなにが」


 ラグのわくわくした声は、しかし絶対零度の声によって断ち切られた。


「何がどうなってるのか、まずはそっちに説明してもらおうか」

「…え」


 振り返ったラグ。あとから彼が述べるには、吹雪を背負った女王様がいた、とのことだ。








 三十分後。


「で?その少年はルネと同系統の特殊人物であり、お前達以上のキチガイじみた魔力を持つ、と」

「だいたいそんなとこです…」


 正座していたラグ、ルイス、リディはびくびくと答えた。なぜ正座なのかといえば、そうせざるをえない雰囲気だったからである。ネーヴェとヴァイスは部屋の隅でぴゃあぴゃあとなにやら鳴き合っている。

 システィアは今やもう何のインクも残っていない紙切れを眺め、ため息をつく。


「転移魔術、か。そういうものが開発されつつあるとは聞いていたが。生きて眼にするとはな」

「いやシスティア、俺存在も知らない」


 アハトが果敢に突っ込むも見事にスルーされる。


「本当に、何から何まで常識破りだな、お前達は」

「…はい…」


 返す言葉もない。


「だが、確かに強力な戦力になる」


 システィアは頷くと、一同を見渡した。


「作戦を組み立て直す。各パーティ、参謀担当が残れ。他は各自、警備や鍛練に戻れ」


 アイサー、と適当な返事があちこちから上がり、狩人達ががたがたと席を立つ。あっという間に人がいなくなったホールで、苦笑したラウレッタが三人の肩を叩き、椅子に座らせ直した。


「さてと、だ。ラグ、と言ったか。なにができる?」


 頬杖をついたシスティアがずばっと訊ねた。


「ええと…具体的には、なにをお望みでしょうか…?」

「そうだな。例えば、複数箇所への多人数の転移。竜の鱗を破れる攻撃魔術などか」

「どちらも可能です」


 即座にラグは応じた。


「ただ前者は…事前に転移先へ魔術陣を描いておくことが必須なので…不意打ちなどを考えておられるなら厳しいかと思います…。後者に関しては、やってみなければわかりませんが、僕だけでなくルイス、リディでも可能でしょう」

「成程。多属性結界は?」

「使えます。しかし、街にはすでに充分強力な聖属性結界が張られているのでは…?」

「いや、いい。よくわかった」


 システィアは頷いて、狩人のひとりを振り返る。確かここの狩人協会の支部長補佐だ。


「ディロ。どうだ」

「そうですね。竜の感知範囲ぎりぎりに魔術陣を用いた転移を行えるなら、それだけでもだいぶ余地があります。誘きだし作戦もリスクが一つ二つ減りそうかと」

「同感だわ」


 アニタが頷き、羨望の色も込めた自然でラグを見た。


「貴方一人で状況がひっくり返る。自信が木っ端微塵だわ」


 ラグは淡く苦笑した。


「別に、そういいものでもないですよ…ね、リディ、ルイス」


 二人は黙って肩を竦めた。

 漂った、怪訝そうな空気を、ラグは自ら絶った。


「あと、竜ですけど…。“逆鱗”の場所って、皆さんご存知だったりします…?」


 その場に集った狩人達が一斉に呆れた顔になった。ひとりが馬鹿にした風に言う。


「知ってたら狩人パーティが、竜一体相手に簡単に三つ四つ壊滅するかよ」


 竜の“逆鱗”。文字通り、竜の持つ最大の弱点であり、最も硬いが、それを砕きさえすれば、竜の強靭な生命すらあっさりと絶てる――と言われている。

 だがその位置は明らかでなく、そもそも個体ごとに同位置なのかどうかすらわからない。極稀に、物量作戦を挑んだ狩人パーティが、それらしいものに攻撃のどれかがあたり、竜を狩ることに成功した、という報告もあるが、ほぼなきに等しい。

 そんなこんなで、狩人達は半ば“逆鱗”の存在をないものとして扱っている。


 ――が。


「右翼の付け根五十センチ周囲。大体それ位ですよ」


 事もなげにラグが発した台詞に、協会内部から一度一切の音が消えた。リディの呆れた声だけが響く。


「それあの子に教えて貰ったの」

「うんそう。嫌がったのを強引に、だけどね…」

「うわひでえ」


 ルイスが片手で片耳を塞ぐと同時、幾重にも折り重なった「「はあ!?」」という叫びが部屋をつんざいた。


「なんでどうしてそんなの知ってるの!?数千年の先人の探求をなんでそんなあっさり――ていうか本当なのそれ!?」


 代表してアニタが喚いた。きーんと耳鳴りまで起こしていたラグは涙目ながら、ふるふる首をふる。


「情報源はいえないです。でも、確かです」

「どれくらいの攻撃をすれば砕けるんですか?」


 比較的冷静なカインズが訊いた。


「んー…そこまではわかりません。ただ、やはり滅多な攻撃では砕けないでしょう。ミスリル武器の使用を仮定しても…相当な威力の魔術と物理の同調攻撃(シンクロアタック)が複数回、必要かと」

「魔術単体などでは駄目ということか」


 システィアの言葉にラグは頷いた。


「“逆鱗”は強力な魔術耐性と物理耐性をもっています。同時に二種類を当てなければ、どちらかに弾かれるのが落ちかと…。弾かれない魔術が撃てるのは、ここにいる中では僕…もしくは、完全にタイミングを合わせたルイスとリディなら、可能かもしれません」


 確証はありませんが、と言い添えて、付け加える。


「剣単体でも…力が強くて精密な打撃が出来る人なら、可能かも…しれません。けれど…剣の方に限界がくるとも、予想されます」

「では、作戦が始まったら、試行錯誤してみればいいんじゃないですか、システィア」

「そうだな。こちらで少し人員選抜をして試すか」


 カインズの提案にシスティアは同意して、三人を振り向いた。


「今のを踏まえていくつか変更はするが、大まかな作戦を伝えておく」


 自然、空気が引き締まった。ルイス達の背が伸びる。


「狩人達の武器が半数以上揃い次第開始だ。予測では明日からだ。基本姿勢(スタイル)は誘きだし。一、二体を群れから引き離し、そこで一気に片をつける」

「単純明快に聞こえるが、そもそも一、二体だけを引き離すことが可能なのか?」


 ルイスの質問には、ディロが答えた。


「ここ一ヶ月の偵察の結果、群れの中でも哨戒役とでも呼ぶべき竜がいることがわかっています。多くの竜が群れている場所から、半径凡そ二キロ程の所まで円を描いた範囲を回っているようです」


 あの女性(ユーリア)はそれに引っかかったのか、とルイスは納得する。


「狩人の中でも足に自信があるもの。それを囮に群れの警戒範囲から引き離す。言ってしまえばそれだけよ」


 その「だけ」がどれほど大変なのかは、言われずとも全員解っていた。リディが息を吐く。


「私はその囮役の頭数に入れといてもらう感じかな。万が一失敗しても、一人なら逃れる手段はあるし。だけど精密な一点攻撃となると、…雷はあんまり自信ないなあ」


 彼女は魔術制御もかなりのレベルだが、基本が圧倒的な炎による圧殺攻撃だ。特に炎ならば威力、範囲、形状まで自由自在だが、雷はそこまでの熟練度がなかった。そして今必要とされるのは、魔力の収束だ。


「俺はどっちでもいい」


 一方ルイスの水はリディにとっての炎と同義である。文系肌のラグは身を縮めた。


「僕は走るのはちょっと」

「安心しろ。魔術士に囮役はやらせない。――最初は重要だから、私がやるつもりだ」


 システィアが淡々と告げ、一同を見渡した。


「明日昼、初回を仕掛けよう。人選はアニタ、お前に任せる。私と『ヘキサ』三名は必須だ」

「了解しました」


 ぴ、とアニタが指を揃えて敬礼の真似事をし、他の狩人達も思い思いに唱和したのだった。


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