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第十二話 導きの涯 (6)

第十二話 導きの涯 (6)







 目を覚ましたリディは、鈍くずきずきと頭を刺す痛みに、身を起こすと同時に呻いた。


(うー…殴られたりしたっけ?)


 昨日の夜、ルイスが協会から出ていったあたりから記憶がない。なんだかアハトと喧嘩っぽいものをした気もするが。

 しかし殴られたにしてはどうも痛みの種類が違う気がする。たんこぶもできていないようだし。

 覚えのないベッドに寝ているのは、おおかたルイスが運んでくれたのだろう。遮光幕(カーテン)を開けると、朝の薄く白っぽい光が途端に部屋を満たす。窓を開けて、ひんやりとした外気を肺いっぱいに吸い込むと、少しばかり頭の鈍痛が引いたように感じた。


「ネーヴェ…はいないか…」


 最近はよくリディの枕元で丸まっていることの多いネーヴェだが、いないということはルイスの枕元にいったか、それかもう起きているであろうルイスに連いていったか。

 なにはともあれ、食べる気はしないにしても朝の紅茶くらい飲もうと、肌着だけを替えて服を着直す。その中途、昨日着替え途中をルイスに見られてしまったことを思い出してぼっと顔を赤らめた。


(ルイスは私が寝てると思ってたんだろうから仕方ないとして…っ、ああ、でもあいつは女の裸なんかいくらでも見たことあるんだろうなぁ)


 いくら恋愛(そっち)方面と縁がないリディとはいえ、18の貴族令嬢ともなればそれなりの知識は持っている。彼女の年くらいならばもう結婚している娘の方が普通な位なのだ。

 そして王子というものがどれだけ、女に困らずよりどりみどりできる立場にあるのかも知っている。昔から身近にひとりいるせいだ。

 あんな馬鹿でも、たくさんの令嬢が今までに粉をかけているのを見てきた。幸か不幸か、あの馬鹿はリディの(クローディアナ)一筋らしいので、少なくともリディの知る限り誘いに応じたのを見たことはないが。


 ルイスはリディの眼から見て、あの馬鹿よりよっぽど好物件だ。頭はいいし、腕は立つし、まともだし、怠惰のたの字もないし、性格もいい。顔も…リディにはよくわからないが、多分いいのだろう。よって、よりどりみどり具合はあの馬鹿より上のはずだ。


(ラウレッタさんみたいな、ナイスバディ見ても全然動揺してなかったもんな…見慣れてんのかな、やっぱ)


 それにくらべ自分はどうだ。女らしいふっくらとした曲線など皆無。胸はないわけではないが、多分そこらへんの十五才に負けている気がする。くびれもない、ただ細っこい貧弱な体型だ。

 なんとなくがっかり落ち込んでから、はてと首を傾げる。


(今まで体型気にしたことあったっけ?…多分ない。じゃあ、なんで今になって?)


 うーん、と頭を捻ってみるものの、ぴんとこない。思考することに関しては諦めの早いリディは、数秒でそれをやめた。


「起きよ」


 手早く着替え、ベッドを適当に調え、荷物を持って部屋を出る。今夜からは宿を自分でとらなければならない。

 静けさが満ちる協会内部を、知らず足音を殺して歩き、昨夜の宴会が行われた広間にさしかかって、リディは目を点にした。


「…なんじゃこりゃ」


 さしずめ屍の山か。広間のあちこちに、仰向けにうつ伏せにと、思い思いの格好で狩人達が転がっている。傍らに酒瓶が転がっているあたり、多数が酔っぱらったそのまま寝落ちたらしい。


「今襲撃されたら終わるな…」

「全くだ」


 すぐ近くから突然応じられ、危うく悲鳴をあげそうになってリディはそれを飲み込んだ。斜め後ろに立っていたのはシスティアだ。気配を全く感じなかった。

 システィアはちらりと広間の惨状を見やってからため息をつき、歩き出しながらちょいちょいと指でリディをこまねいた。


「お前は大丈夫なのか」


 システィアを追って歩くリディに、小さな声でシスティアは訊ねる。


「…何が?」

「体だ。昨日呑んだだろう」

「ああ…頭が痛いのはそのせいか…。私そんなに呑んだんですか?」


 微妙な沈黙が二人の間に落ちる。


「…覚えてないのか」

「?何を?」


 システィアは細くため息をつき、「こんなとこまで似なくとも…」と小さくぼやくと、


「いい。気にするな。その代わりお前は金輪際酒を四杯以上呑むな」


 と言い渡した。リディは訊き返そうとしたが、「なんでもだ」と断言され、不承不承言葉を引っ込める。


「ルイスがどこにいるか知ってます?」

「ああ。街に出ている」

「ありがとう。私も行っていいかな」

「好きにしろ」


 ラウンジを見るも、料理人すらひっくり返っているのだから紅茶すら望めないようだ。街で買い飲みでもするか、とずきずきする頭を抱えてリディはアグライヤの街に繰り出したのだった。





――――――――――――――――――


 朝、といっても早起きの人間から見れば昼に近くも思える時間帯の街を、ルイスはネーヴェを伴って歩いていた。


(竜の脅威が間近な割には…平和、というか…呑気な街だな)


 カルライカのような、ぴりぴりとした緊張感や薄暗い絶望感など殆どない。それはあるいは、狩人協会側の功労かもしれない。


「あの女王様(システィア)がいればなんとかなる、と思う気持ちはわかるけどな」


 ぴゃ、とネーヴェが同意するように鳴いた。

 ルイスは出掛けに言われたことを思い出してため息を吐く。


「二日酔いの薬買ってこい、かよ…ったく、俺は武器探しに来たってのにあの女王様…」


 ぶつぶつは言ってみても、面と向かって逆らう気にはまったくなれない。自分の母親も怖いが、あの女はなにか違う。多分殺気の質。一個師団の長の方が向いてる気がする。


「まぁリディも二日酔いの仲間入りはしてるだろうしな…えーと薬屋、薬屋…」


 街の構造把握もかねてゆっくりと歩いていると、前方からなにやら騒動の気配がした。


「平和でもなかったか?」


 野次馬気分でそのまま進むと、薄い人垣の先で、男数人と女三人が揉めているらしき光景が目に映る。男達の中の一人は見るからに傲慢そうなガタイのいい男で、他の男達もにやにやと笑っている。


「いいから来いっつってんだよ。俺が誰だか知ってンだろうが」


 対して女の方は、


「げ」


 思わず出てしまった本音に、ルイスは空を仰いだ。


「いやですっ…、離してっ!」


 男に腕を捕まれて弱々しくもがいているのは、ルイスとリディが竜から助けた女だ。友人らしき女達は気丈にも追い払おうとしているが、どうも腰が引けている。


(…ふむ?)


 周りの人垣も、居心地悪そうな顔をしているものの、助けに入る人間はいない。それどころか、関わりあいたくないとでもいうように足早に去っていく者もいる。警備隊を呼ぶ気配もない。

 そこでルイスは男をじっと観察してみた。


 周りの人間より上物の服。これみよがしに胸につけられた紋章。その男より前に出ない、腰巾着とでもいうべきような男達。


(ここの街のトップの息子かなんかか)


 把握した。あの性格では相当甘やかされているのだろう。逆らったら権力をいいことに酷い目に遭わされるから、手を出せないということか。


(しかしあの女の子かよ…)


 嫌がっている女性を無理強いしているような場面を見過ごすつもりは、ルイスにはない。が、あの女性というのが問題だ。


 リディでもあるまいし、そこそこ女慣れしている彼は鈍くはない。あの女性が自分に対し向けている視線の意味くらいわかる。そして自分は既に、ルックスに加え、命の危機を救うという最上級のポイントを稼いでしまっている。これに、暴漢の手から助けるというイベントが加わってみよう。結果は子供でもわかる。


(面倒くせ…)


 だがそう言っている場合でもない。大きく息を吐いてから人垣を抜けたルイスは、何やら聞き苦しく喚いている男の膝裏をすこーんと蹴り飛ばした。


「ぶごっ!?」


 聞くに耐えない濁音と共に、男が石畳に引っくり返る。凍りつく空気をよそに、やれやれとルイスは首をふった。


「好きな女は態度と言葉と誠意で落とせ。暴力は魔物以下の手段だぞ」

「な…!?て、てめ…」

「ル、ルイス様!?」


 後者の叫びにルイスはひらひらと手を振って応じるに留める。


「な…なんだてめえ!俺を誰だと」


 石畳に転がった男が、顔を真っ赤にして喚くので、ルイスは遮りがてら答えてやることにした。


「通りすがりの狩人(ハンター)だ。狩人の主義は知ってるな?」


 狩人、という単語に周囲がざわめいた。

 反射的に怒鳴りかけた男も、その意味くらいは知っていたらしい。開かれた口はぱくぱくと空気を噛むしかなくなった。


「念のためいっとくと、狩人協会は『治外法権』。理由もない殺人その他犯罪等を起こさない限り、なにをしようが権力その他に従う必要はない。つまりお前が領主の息子だろうがなんだろうが、権力濫用して俺をしょっぴくことは出来ない。…まぁ、たとえしょっぴかれてもたかが一街程度の戦力なんざ、俺一人でも潰せるけどな」


 面倒臭そうに喋ったルイスに、しかし男の脳神経はなぜかぷちっと切れたようだった。


「な…ナメやがって!おいてめえら、やっちまえ!狩人だとか言いやがって、こいつみてえな細っこい野郎が強いわけねえだろうが!」

「お…おう!」


 口角泡を飛ばして聞き苦しくわめきたてる男に尻を蹴飛ばされ、取り巻きの暴漢達がいっせいにルイスに殴りかかってくる。悲鳴があちこちから聞こえてくるが、ルイスはやれやれと息を吐く。なにかを見つけたネーヴェは、ぴょんと肩から飛び降りて人混みにまぎれてしまった。


「見た目で判断かよ…システィアさんに殺されるタイプだな、こいつら」


 知能レベルの低さに呆れながら、ルイスはまず一人の腕をいなすと、二人目の腕を頭を動かして避けると同時に腹を蹴り飛ばす。後方を巻き込んで男が飛ばされ、空いた空間に踏み込むと、身を沈めてから別の男の顎を下から突き上げた。


「うごっ!」


 一瞬で昏倒したそいつを問答無用で蹴り飛ばし、返す肘を背後に迫っていた男の喉に突き入れる。

 声も出せずに沈んだ男の腕を掴み、ちょうどよろよろと立ち上がった男目掛けて投げ飛ばす。鈍い音と一緒に、一気に二人無力化した。

 と、背後から迫る気配に、無駄な数の多さと呆れながら振り向くべく足を踏み替えた、が。


「がっ!?」


 背後に迫っていた男は、例の領主の息子(?)だった。しかし、さらにその背後から飛んできた脚に頭を強襲され、成す術もなく顔から石畳に突っ込む。

 ほぼ同時に自分の肩を掴んだ手に、ルイスは眉を上げて振り返った。


「二日酔いのわりに早いな、リディ。おはよう」

「おはよ…うう、頭痛い」


 頭を押さえながら、乱入者――リディはルイスから離れ、地面に転がる男達を見下して言った。


「で、なに?こいつら」

「知らないで蹴ったのかよ」

「だって君刺そうとしてたんだよ」


 刺す、という単語に少々驚いて視線を移すと、確かに男はナイフを握っていた。


「綺麗な街だと思ったけど息子の教育がなってねえなこの街の領主」

「うわこれ跡継ぎなの?ないわー」


 ぼやくリディの肩に、戻ってきたネーヴェが飛び乗る。


「どこいってたんだ、ネーヴェ」

「ぴゃ!」


 一声鳴くと、ネーヴェはしきりにリディの髪を引っ張った。なにか言いたいらしい。


「え、なに?どっか行きたいの?」

「ぴゃ!」


 うん!と取れる返事に、リディとルイスは顔を見合わせる。


「…行ってみる?」

「だな」


 そのまま立ち去ろうとした彼らの背に、「あ、あの…」と声がかかった。

 リディは立ち止まり、ルイスは忘れてた、と内心首をかく。振り向けば予想通り、ユーリアとその友人が二人を見上げていた。


「あの、その、助けてくださって…」

「別にいい。当然だろ」


 ユーリアのもじもじした礼を素っ気なく切り、ルイスは歩き出す。

 一方リディはルイスと女を交互に見比べ、はてと首を傾ける。しかし、ふと傍にいた女性の一人が敵意を込めて自分を見ているのに気付き、ぽんと手を打った。それからルイスの背を睨む。


(おモテになることで)


 と、ルイスが振り向いた。


「リディ、なにやってんだ。行くぞ」

「あ、うん」


 ネーヴェにもせっつかれ、リディはその寸前覚えていたもやもやした感情をさっぱり忘れ、ルイスのあとを追ったのだった。









「ネーヴェ、どこまで行くんだ?」


 石畳を、ふたりを先導して歩くネーヴェを追いながら、ルイスは呟いた。既に大通りを外れ、小さくはないが人通りはあまりない通りに入っている。


「ぴゃっ」


 と、ネーヴェが立ち止まり、二人を仰いだ。ついで顔を横の店に向けた辺り、「ここだ」と言っているらしい。ルイスとリディは顔を見合わせ、該当の店に目を向ける。

小さな店だ。古ぼけた建物に、まだ真新しく見える看板がかかっている。鍋に杖――薬屋のマークだ。

 覚えず目的地にたどりつき、ルイスは手を叩いてネーヴェを誉めた。


「偉いぞネーヴェ。助かった」

「ぴゃ」


 誇らしそうに、ネーヴェはルイスの肩に飛び乗る。ルイスはリディに顎をしゃくってみせ、店に繋がる扉を押した。

 ちりん、と涼やかなベルの音が鳴る。


「すみませーん」


 差し込む日の光以外には光源のない店内は雑然としていて、人の気配がない。留守かな、とルイスが首をかいた時、どた、ばた、きゃあ、がしゃ、ぱりん!という騒がしい物音が連続して響いた。

 その合間から聞こえてきた短い悲鳴に、聞き覚えを感じて二人は顔を見合わせる。


「「……」」

「す、すいませ!ただいままいりま…きゃう!」


 壁の陰からオレンジ色の髪が覗いた、と思った瞬間、


 どたん、べしゃ!


 と勢いよく床と仲良くなったそれに、なんともいえない沈黙が漂う。


「う~いたたた…はっ!」


 頭をさすりさすり起き上がった少女は、目の前に佇む二人の男女を見てぱっと顔を輝かせる。


「あなた方はいつぞやの!」

「え、あ、うん…久しぶりだ、ね?アズナ、…だっけ」


 リディは若干引き気味に挨拶した。さっと周囲を見回し問題のありそうな薬瓶が無さそうなのも確かめる。同じ轍は踏みたくない。


「あんた、アーヴァリアンにいなかったか?なんでザイフィリア(ここ)に」


 ルイスの問いかけにアズナは頷く。


「アーヴァリアン、クーデター起こっちゃったじゃないですか?それからどうも空気悪くって。治安悪いわけじゃないんですけど、なんかピリピリしてて、結構身の軽い人間はアーヴァリアン出てるんですっ」

「「……」」


 ルイスとリディは目を見交わして沈黙した。同時に脳裏を過る、銀髪の青年と少年。


「シルグレイ…陛下は、無事か?」


 ルイスのなるべく感情を殺した問いに、やはりアズナはあっさりと頷いた。


「無事ですっ。従弟の…スヴェンさまっていいましたっけ?を財務大臣が人質に取って、財務大臣が政治を動かしてるみたいですけど…お二人とも命に支障がある扱いはされてないみたいですっ」


――人質のくだりは心配だが、無事であるなら一先ず安心だ。ルイスは安堵の息をつき、リディは握っていた拳を開いた。


「…で、あんたはなんでまたここに。竜が出るってのに」

「あはは、この辺の薬草が足りなくなっちゃって。どうも仕入れが悪いと思ったら、竜がいたんですねっ。ここに来るまでに摘んどいてよかったです」


 ふとそのとき、リディは、こめかみをかくアズナの指の内二本の爪が、剥がれているのに気付いた。しかも途中から割れたのではなく、根本から綺麗にだ。


「それ…」


 言いかけたリディの視線に気付いたアズナは、慌てて手を下ろすと、ごめんなさい、と言った。


「見苦しくてすみません。薬の実験してたら溶けちゃって」


 ルイスは素直に呆れたが、リディはそれにしては綺麗に剥がれていたような…と思う。が、頭の鈍痛とネーヴェの鳴き声に引き戻される。


「痛…」

「ああ、そうだった。アズナ、二日酔いの薬はあるか?」

「ありますよっ」

「それを…ざっと三十人分。大丈夫か?」

「ざ、在庫がなくなりそうです…」


 よろめいたリディを支え、訊ねたルイスに返事をし、アズナはぱたぱたと店のどこかに駆けていく。

 ほどなく戻ってきた彼女の手には、大きな紙袋が抱えられていた。


「はい、三十人とちょっと分の二日酔い解消薬ですっ!」

「うわ、よくあったな」


 何軒かはしごすることも覚悟していたルイスは素直に感激し、財布をごそごそと探す。鼻の頭に埃をくっつけたアズナは満面の笑みど応じた。


「在庫いっぱいですっ!もう殆どないので、次はだめですよ。ええと、効き目は飲んでからおよそ十分後です。ちょっと遅いですけど、ぱーっと引きますよ。お酒以外ならなにで飲んでもいいです。お代はこちらにっ」

「ありがとな。はい、これでいいか?」

「毎度あり、です!」


 ルイスは金と引き換えに受け取った紙袋から、一つだけ薬苞をつまみあげるとリディに手渡した。


「ほれ」

「うー、ありがと…」


 粉状のそれを嫌そうに見やりつつ、リディは大人しく懐にしまう。ルイスはふむと思案した。


「俺は少し武器を見回りたいんだけどな…。リディを連れ回すのは悪いし」


 武器、という単語に、ぴくりとアズナの肩が動いたのには、ルイスもリディも気づかなかった。


「…よし、こうしよう。リディ、この店を出てさっきの大通りに戻ったら、赤い屋根の服屋があったの覚えてるか?」

「…多分」

「そこを右に曲がって真っ直ぐ行け。なんつったか、お前の好きな菓子屋…」

「シェクロール!?」

「…がある。そこで紅茶とケーキでも食って、協会に帰れ。ああ、薬もちゃんと飲めよ」

「わかった!」


 顔を輝かせるリディの頭の中には、もうケーキしかないとみた。ルイスはため息をつき、床にちょこなんと降りていたネーヴェに指示する。


「…ネーヴェ、リディ(こいつ)頼む」

「ぴゃ!」


 任せろ、というふうに鳴くネーヴェにふっと笑って、ルイスは紙袋を抱え直した。


「行くか。アズナ、ありがとな」

「いえっ。これからもどうぞご贔屓にっ!」


 元気のよい返事に手を振り、ルイス、リディの順で店を出る。最後に、二人の足元を追っていたネーヴェは、一瞬だけ背後を振り返った。


「……」


 一瞬の、琥珀色の眼と夜明けの色の眼の交錯。かたや微笑み、かたや案じるように瞬く。

 しかしそれはすぐに逸らされあい、チリン、という軽快な鈴の音と共に閉まった扉によって遮断されたのだった。



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