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第二話 陰謀の宴 (6)

第二話 陰謀の宴 (6)






「さて、どうする?」


 狩人だけになった広間で、グリフォンとじりじりと睨み合いをしながらジョンが言う。


「城門に向かいましょう。多分平気だとは思いますが、もしかしたら人間も攻めてくるかもしれませんしね」


 ウリスが後退しながら答えた。彼は治療術士の為、戦闘能力は持たない。

 そしてその台詞にルイスは少し苦笑する。


 なんだ、皆裏の事情を悟っていたらしい。


「黒幕は…」

「私が探す」


 エドガーの言葉を、リディが引き継いだ。ドレスの切り込みから長いナイフを引き抜き、淡々と喋る。


「幾つかアテがある。始末は私に任せて、皆魔物を駆逐して」

「わかった。任せるぜ」


 ヨセフがあっさりと頷いた。リディの身体能力と魔力が対魔物戦で使えないのは痛いが、ルイスもいることだし、何より元凶を絶つのが最優先だ。


「じゃ、さっさとこいつ倒そうぜ」


 彼らに囲まれるグリフォンは、低い唸り声を先程から上げ、威嚇し続けている。鋭い牙を打ち鳴らし、今にも飛びかからんばかりに狩人達を睨んでいる。


 各々武器を構える中、不意のビリッという布を裂く音に、何人かがぎょっとして振り向いた。見れば、リディが躊躇う様子もなくドレスを中程から切り裂き、白い脚を剥き出しにしていた。


「…何してんだ?」


 呆気に取られた風情のジョンに、リディは一言「動きにくいんだよ」と応え、つと目線を上げる。同時に、爪をカチカチとわななかせていたグリフォンが身を低くし、勢い良く跳躍した。


「!リディさん!」


 グリフォンが跳躍した方向正面の少女に、思わずウリスが叫ぶ。剣士と聞いているとはいえ、あんな細腕で、武器はあんなナイフ一本、しかも着飾っている今彼女がたった一人でグリフォンに太刀打ち出来るとは思えなかった。

 が、慌てて聖属性結界を張ろうとする彼を余所に、リディは流れるように足を踏み出した。

 空を跳躍するグリフォンに対し、リディは重心を落として二歩前に進み、次いでタンッと軽く床を蹴る。華奢な靴を物ともせずに迫る躯を、グリフォンは予想だにしなかったのだろう。一瞬動きが鈍った。


 そしてその一瞬は、リディ・レリア相手には致命的だった。

 

 銀色の光が獣の喉元で一閃し、一拍後鮮やかな紅が噴き出した。


「すっげっ…」


 ヨセフが空中での僅か五秒にも満たない攻撃に、畏怖を伴う呟きを漏らした。鮮烈な光景に、知らず血が沸き立つ。あの異形の前に躊躇いなく飛び出し、喉を掻き切るなど、並大抵の事ではない。

 だがリディは着地すると、不満げにナイフの血を払った。


「斬りにくい。仕方ない、一回取りに行くか…」


 その背後に倒れ伏す魔物はびくびくと痙攣し、――走った火の気配にニールとリディは目を見開いた。


「なっ…!」


 獣の体躯が一瞬膨らんだかと思うと、それは刹那、破裂音と共に弾け飛んだ。

 一瞬前にウリスが構築していた結界が、獣を内部から破裂せしめた魔術と、飛び散った血肉から狩人達を守る。しかし、爆散したのはそれだけではなかった。飛散した魔力の臭いに、ジョン以外が顔を歪める。


「誘魔香っ…!」

「くそっ、やられた!」


 これが狙いだったのだ。恐らく敵の魔術士は、この程度の魔物が瞬殺される事は見抜いていたのだろう。だから予め魔物の体内に誘魔香を仕込み、倒されると同時に発動する火の魔術を仕掛けたに違いない。


 魔物一体にまるまる仕込まれた誘魔香の量は、想像を絶する。この分では何体の魔物がおびき寄せられるのか――狩人達の間に、戦慄が走った。が、鋭い声が鞭のようにその場を打つ。


「ぐずぐずしている暇はない。早急に外壁に向かうぞ。リディ、早く行け。黒幕を逃がしては元も子もない」

「――、わかった」


 普段とは打って変わったジョンの冷静な指示に、一瞬躊躇したものの直ぐにリディは頷き、広間を飛び出していく。

 残る狩人達に向け、彼は強い視線を向けた。


「ウリス殿、あんたは狩人協会に行ってくれ。この街にいる狩人をかき集めて欲しい。ヨセフ、ルイスは風魔術で先行しろ。俺とエドガー、あとニールも直ぐに向かうぞ」

「わかった」

「あ、待てよ!」


 立ち直りの早かったルイスが素早く風魔術を編み、広間をあっという間に出て行く。少し遅れてヨセフも続き、ウリスも青ざめた顔ながら走っていった。


「ちょっとじっとしてろよ」

「うわっ!?」


 ジョンは自らも走り出そうとしていたニールを肩に担ぎ上げると、エドガーと視線を一瞬だけ合わせ、駆け出した。






――――――――――――――――――――――――




「レリア殿!」


 仕事にあたって頭に叩き込んだ、城内の最短距離を辿ってリディが階段を駆け上がっていると、不意に声がかかると同時に何かが降ってきた。


「!?」


 反射的に掴み取り、リディは驚く。着替えの間に預けておいた筈の愛剣と、簡素な靴。

 一体誰が、と上を見上げ、彼女は目を丸くした。


「エリオット殿!?」

「早く行ってくれ!すぐに俺と兄上も援護に向かう。貴殿も頼む!」


 階段の先の吹き抜けからの声にリディは即座に頷いて頭を下げると、素早く踵の高い今の靴を脱ぎ捨てて簡素な靴に足を突っ込み、一気に今まで駆け上がってきた階段を飛び降りた。





――――――――――――――――――――――――




「くく…、かかりおったな」


 男は満足げに昏い嗤いを浮かべた。


 その眼に浮かぶのは嘲りと愉悦。単純で愚かな狩人達。街の外に急速に集まりつつある魔物の数は、数える事など考えつきもしない多さだ。いかな者でも、敵う訳がない。

 例えビグナリオン王家が援軍を出そうとも、着く頃には全てが終わっている。


「フフ、陛下は私めの贈り物、喜んで下さるに違いない」


 闇の中で嗤い続ける男の目には、うっすらと狂気すら滲んでいた。





――――――――――――――――――――――――――



「ヘンリー!魔物はどうだ!」


 ルイスは歩哨壁に着地するなり、厳しい顔で外を見据えている男に訊ねた。ヘンリーは僅かに瞠目して振り向いたが、すぐに険しい顔に戻ると唸る。


「とんでもねえ。――見ろ」


 促されてルイスと、そして追いついたヨセフが外を覗き込み――絶句した。

 街の外に蠢く無数の塊。目にしたことないような大群は、全てが忌まわしい形を伴う魔物だ。


「連中、誘魔香をこの近辺にいくつもしかけてやがったらしい。普段ならそんなことすりゃあ狩人の誰かか街の人間が気付いたろうが…この人手だ。かき消されっちまったんだろう」


 ヘンリーが苦々しげに吐き捨てる。予想していた以上に不味い事態だ。


「唯一救いは、この街が森を背にしてるってこった」


 森にも多数の魔物は存在する。しかし森の魔物は縄張り意識が強く、自らの棲まいから離れる事は殆どなく、またたとえ同族の魔物であっても、縄張りに侵入されたならば容赦なく襲い掛かる。つまり、背後の森から襲われる危険は、まずない。

 周囲にアーサー、エリスの姿を認めたヨセフが不審げに訊いた。


「マシューは」

「結界作るって言って街中に向かったぜ。なんでもかなめがあった方が強力だとか」

「――成程」


 大規模結界は、要がないと効果が薄い。勿論要なしでも張れるが、広範囲なだけその場その場にかけられる魔力が少なくなる。その為、何ヶ所かに魔力を通す材質の道具を設置し、薄くなりがちな部分を強化するのだ。

 そんなやりとりをしている内に、マシュー本人が戻ってきた。線の細い顔は険しく、強張って見える。


「皆さん――ウリスさんは」

「狩人を集めに行った。もうしばらくしたら来ると思うけど」

「そうですか。結界を手伝って欲しかったのですが――仕方ありませんね」


 この街を覆う結界を作ろうというならそれは、多大な魔力を必要とする。マシュー一人でやるとなると、要を作ったとはいえ負担はかなりのものになってしまうが、もう時間がない。

 覚悟を決めたマシューが結界を構成しようとした時、あー、という呻きが別の人間が上がった。

 呻き声の主、ルイスは頭をがしがしと掻き毟ると、しょうがない、とぼやいた。


「手伝ってやるよ。貴方一人じゃこの規模の結界は幾らなんでも厳しいだろ」


 胡乱げな視線が彼に集まる。


「何言ってんだ、お前聖属性は…」


 ヨセフの言葉に肩を竦め、ルイスは無言で掌の上にごく小さな聖属性結界を構築した。   

 皆、絶句する。


「――という訳だ。マシュー、作るぞ」


 パン、と軽い音と共に手乗り結界を破砕させ、ルイスはにやりと笑ってみせた。





――――――――――――――――――――――



 街の通りを走っていたリディは、頭上を覆った気配に足を止めないまま顔を上げた。


(聖属性結界…)


 最初はマシューとウリスかと思ったが、慣れた気配を感じ取って顔をしかめる。


「あの馬鹿」


 既に剣も魔術も使える事が露呈している。その上聖属性持ちという事まで明かして、必要以上の注目を浴びる気か。そう毒づきかけたが、すぐに首を振った。


 今は、個人の事情にかかずらっていられる状況ではない。彼はそう判断したからこそ、今結界を張っているのだ。


 そして、自分が今すべき事は一つ。


 角を曲がり、一見何の変哲もない露店で急停止する。

 街中にもたらされた警報で、人っ子一人いない通りでしかし、その露店にだけは人がいた。掛布の奥からゆっくりと顔を出す。


 薄汚れた顔には、金歯が光っていて、ぼさぼさの白髪頭の男は、どう見ても胡散臭い。

 男は、破れたドレス姿のリディに軽く目を見開いたが、すぐに顔をにたりと歪めた。

 その人間に、リディは叩きつける様に言った。


「率直に言う。今すぐ情報を寄越せ。――魔術士は、どこだ」


 不安と恐怖で異様な空気が漂う中で、しかしその男は一切負の感情など見せずに、にやりと笑う。


「いいでやすよ。ただ見たとこアンタは金を持っていないようでやすねィ。代わりに、アンタの情報売らして貰っていいですかィ?」


 リディは痛烈に舌打ちした。全く抜け目の無い奴だ。しかし今、金の持ち合わせも時間もないのは事実。迷ったのは一瞬で、リディは瞬きすると頷いた。


「いいだろう。くれてやる。――どこだ」


その応えに、男は心底嬉しそうに笑った。






『神殿近くの、小さい空き家でさァ。ついでに忠告してさしあげやしょう。かなりの使い手やす。精々お気をつけなさると良い』


 男に貰った情報を咀嚼しながら、リディは飛ぶように駆けた。


(――これが片付いたら、すぐにここを出ないと)


 あの男は、とある情報組織の一員だ。情報組織の中でも裏の世界に通ずるもので、情報が深い分、タチが悪い。遠慮なく彼女の情報を売るだろう。ルイスには悪いが、それ相応の価値はあった。

 若干の後悔を振り切り、彼女は足を止める。


「――ここか」

 

 目を閉じて感覚を研ぎ澄ます。…確かに、魔力の気配が存在している。情報屋の言う通り、かなりの使い手のようだ。感じ取れる魔力の強さが、並ではない。

 リディは己の魔力を整えると、目を開いて空き家に足を踏み入れた。





―――――――――――――――




「これは困りましたねぇ」


 目の前の光景に、しかし全く困った様子もなくのほほんと言ったのは、アイルの狩人協会支部長のシラスである。

 過去、凄腕の魔術士として名を馳せたという彼は、外に広がる魔物の大軍に、驚きはしても畏れを抱いた様子はない。


「支部長、どうすんスか」


 彼の背に、狩人の一人が声をかけた。


 この場に集まった、つまりこの街にいた狩人の数は、リディを含め全部で22名。狩人パーティ数にして、五つだ。本来なら、首都でもない街に五つものパーティがいるのは多い方だ。だがこの状況、千に及ぶ魔物に対しては、余りにも少なく感じられた。


「まぁ、なんとか倒すしかないでしょうねぇ。ワタシも久しぶりに魔術を使います」


 まだ魔物と街の間には少し距離がある。街に来るまでに、少しでも多く数を減らしておきたい。


「んなら、早く…」

「その前に」


 焦れたヘンリーを遮り、感情の読めない目でシラスはルイスを見据えた。


「アナタ、なんのつもりです?精霊に封印などかけて」


 音のない衝撃が狩人達の間に走った。当のルイスは苦虫を噛み潰したような表情でシラスを見返す。

 シラスは長い茶色の髪をくつくつと揺らした。


「ワタシの魔力探知を舐めないで下さいネ?見えなくとも、魔力は解る。アナタのそれが、隣の彼のものより弱いのは、おかしい」


 隣の彼、とはヨセフの事だ。彼の水と風の精霊の内、水は精霊の中でも強い力を持つ、上位精霊である。

 それより弱いのは寧ろ大半の人間にとって当然なのだが、シラスの指摘にヨセフは目を剥いてルイスを見た。


「…わかったよ。別に出し惜しみとかじゃねえよ。こっちにも色々事情があるんだよ」


 諦めてルイスは軽く両手を挙げ、精霊の名を喚んだ。


「アイシィ、ウェーディ、アースエイシア――封印を解いてやる」


 スッ、と彼の横に精霊が顕現したのが魔術士達には解り――そして彼らは戦慄した。

 姿が見えずとも感じる力。自らの精霊が畏れに震える。


「まさか…最上位…?」

 

 漏れた呟きはエリスのもの。ルイスは肩を竦めると、眼下に蠢く魔物達に目を向けた。


「さて、シラスさん。そろそろ始めようか?俺が出したんだから、貴方も出すべきだろう」

「言いますねぇ」

 

 シラスは笑った。同時に、彼の側にもルイスと同等並の精霊が現れる。


「血に誘われてやってきた哀れな魔物達。消えると良い」


 いっそ優しささえ感じる声と共にしかし、突風が空を奔った。瞬時に数十の魔物が吹き飛ぶ。


「さぁ、狩人の皆さん。狩りの時間です」


 振り向いたシラスは、にっこりと笑う。ジョンが頭を掻いて剣を抜いた。


「これだけの数だ。かなりの額が稼げるだろうな。景気良く狩ろうじゃないか」


 彼の台詞に、唖然としていた狩人達に意志が戻る。

 そして各々好戦的な光を目に浮かべ、得物を手に取った。


「さぁ、魔術士共、やりやがれ――!」


 ヘンリーの大喝と共に、魔物達に魔術が雨霰あめあられと降り注いだ。



残酷描写がどこまでを示すのかがいまいちわかりません。でもこの程度な感じで、この作品は戦闘シーンを書いていくかと思います。


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