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第十一話 後日談

第十一話 後日談







 緩やかに空を滑り、そしてあっという間に彼方へと飛翔していく影。

 それらを見送り、風が吹き、たっぷり三分ほどは置いてから、ようやく残された人々はぎこちなく動作を再開した。


「…なんなの、あの子達は本当に」


 ツェツィリアの芒漠とした呻きにも似た声に、ジョンは盛大な溜め息で応じた。


「あいつら自身が溜め込んでる情報だけで、軽く世界がひっくり返りそうだぞ」

「…ピュルマが魔術を使える訳じゃないのかそうか、竜だったのかよこんちくしょう…」


 もっとルイスがぶっ倒れてた時を狙って調べときゃ良かった、と頭を抱えたのはヨセフだ。彼もわりと研究者肌だった。


「成程ー、定員オーバーってああいうことかぁ。確かにいくらなんでも五人は無理そうすね」


 狩人達の傍ら、気抜けした風にクリスが言った。突風に髪を押さえていたマリアは、


「あとでラグさまを問い詰めて吐かせましょうかぁ」


 と物騒な科白を発す。目が笑っていない。

 キースは黙って晴れ渡る、もうなんの影も見えない空を見上げ続けた。


 ――何年も、それこそ十年近く守ってきた。時に叱り、時に慰め、いつの間にか王太子より自分の中で重くなるほど側にいた。

 どこか自分も、そして恐らくクリスもマリアも、彼女を自分達だけの姫と考えていたのだ。


 社交界を嫌い、過去に苦しみ、それゆえ人にその魅力を晒すことなく、狭い箱庭を生きる姫君だと。

 だからそこから飛び出していった少女を、躍起になって追いかけた。温室の中でのみ輝いていた美しい小鳥が、外を知り、その輝きを知らしめるのをさせまいと。


(傲慢だ)


 彼女はマリアの言う通り、もう自分達が守り掌に包んで隔離する存在ではない。自分の道を見つけ、選んだ相手と共に歩んでいく。その道からなるべく障害物を取り除く、それが騎士たる彼らの役割なのだ。


 燻っていた思いが、風に溶けてゆく。


 束の間目を閉じたあと、キースはくるりと、まだ少し呆けているこの国の新たな王に歩み寄り、軽く膝をついた。


「アドニス国王陛下」


 竜など見るのは初めてだったのだろう少年は、呆けた顔をはっと引き戻すと、慌てて居住まいを正して彼を見た。


「いかがしたか、リディの家人殿」


 彼は、リディの正体を知らない。どこかの高位の令嬢だろうと推測している程度だ。


「わが主の主君より、親書を預かっております」

「親書…?」


 顔を不審そうにしかめたアドニスは、受け取った文書を開き、次いで驚愕に口を開けた。


「オッ…!」


 叫びを途中で呑み込んだ判断力は、称賛に値する。訝しげな狩人達にアドニスは首を振り、真剣な眼差しでキースらを見据えた。察したクリス達が、他の者から遮るべく立ち位置をずらす。


「主君からといったな。貴殿は、この文書の意味を?」

「中身が何かは存じ上げません。しかし、かの方は必要のないことをわざわざ文書になさる方ではありません」


 たまに必要なことすら面倒がるものだから、秘書も務めるクローディアナの労苦は計り知れない。


「…承知した。よくはわからんがとりあえず礼を、と伝えてくれ」

「……は」


 何が書いてあったのか非常に気になったが、アドニスはついと踵を返すと、騎士達になにごとか告げて屋敷に戻っていく。騎士の動きが慌ただしくなったことから、恐らくウァリエンに帰還するのだろう。


「…あたし達も、帰りましょうかぁ。オルディアンに」

「そうだな。まったく、あの長い距離を考えると面倒だ」

「あはははは」


 珍しく愚痴るキースに笑い声を立て、三人の騎士は道を下っていった。













「で、結局なにしに来たのかしらネ、あの人達」


 高台から去っていく三人組を見送って、マルセロが呟いた。


「リディ連れ戻しに来て逆にルイスにやりこめられ、手ぶらで帰らざるをえなくなったちょっと可哀想な人達じゃない」


 ツェツィリアがやる気なさげにいった。大体合っているのが怖い。


「ほんとに何者なんだか」

「まぁともかく、任務終了祝いに酒でも呑みに行かねえか」

「ジョン、あなたもクラウディオもまだ病み上がりですよ」


 ジョンの音頭に、マシューが困った顔を向けるも、彼は一蹴した。


「酒は薬だ、いい加減呑まなきゃ俺やってられない。つか呑みゃ治る」

「治りませんよ」

「まぁいいじゃんマシュー、お前が横で管理してやれよ」


 エドガーの無責任な言葉にマシューは半眼を向けたが、諦め大きな溜め息をついた。







―――――――――――――――――――――――――――――――――




「さて、皆はこのあとどこいく?」


 物流が再開し、少しずつ賑わいを見せ始めた街の一角の酒場で、狩人十一名は思い思いに酒をあおっていた。


「んー…どうしようね、エイト」


 度数の低い酒をちびりちびりと舐めつつリリアが、最早たった二人となってしまったパーティメンバーを振り返った。


「あたし達だけじゃ、狩人(ハンター)業は無理よ。リディ達じゃないんだし」

「だよなぁ」


 エイトもそれが解っているらしい、眉をハの字に歪めて唇を突きだした。もうすぐ十八のはずだが、かなり子供っぽく見える。うーんと唸るふたりに、あっさりとツェツィリアが言った。


「あら、じゃあアナタ達アタシ達と一緒に来なさいよ。クラウディオが怪我してる分の戦力が欲しいし」

「えっ…いいんですか!?」


 驚き、ついで遠慮がちにリリアがツェツィリアを見る。ちらりと一瞬だけクラウディオを振り向いた目線の意味を察しつつ、彼女はあえてそれには触れない。


「アナタ達将来有望だもの。ここで摘まれるには惜しいわ。マトモになるまでビシバシ鍛えてあげる。リリアもよ。魔術と武器が両方使えるのって、かなり有利よ?」

「ツェツィーの指導は超スパルタだけどなぁ。まさにオニ」


 ぼそっと呟いたテディーが、次の瞬間呻き声を上げてテーブルに沈む。ツェツィリアの笑顔も上半身の姿勢も全く変わらなかったが、どうやらテディーの足をブーツのヒールで踏んづけたらしい。しかもあの沈み様は多分ピンポイントだ。

 かなり内心戦いたリリアとエイトだったが、真剣な眼を見交わすと同時に立ち上がって頭を下げた。


「…お願いします!」

「カワイイコが増えて嬉しいワ。よろしくネ、リリア、エイト」


 にっこり笑って酒杯を掲げるマルセロの眼に、なぜかエイトの背筋がぞわっとした。


「…マルセロぉ、仲間はご法度だぜ」

「わかってるワヨ、エドガー」


 なにがご法度なのか聞きたくても怖くて聞けない。

 それを気の毒そうな眼で見やったヨセフは、話をすり替えることにした。


「俺達はどうすんだよ、ジョン。次の行き先」

「どこか行きたいとこあるか?あぁ、ザイフィリア、フェルミナ、アーヴァリアンは却下な」

「誰が行くか。そうだな、俺はイェーツがいいな。今の時期、あそこは人少ないからのんびりできそう」

「しばらく騒動には巻き込まれたくないしな。そうするか。エドガー、マシュー?」

「それでいーぞ」

「いいんじゃないでしょうか」

「では…『ノナ』はイェーツか。ルネ、今の十強の分布は」


 クラウディオの訊ねに、ルネは小さく頷いてごそごそ地図を取り出すと、細い指で北部を示した。


「トリル、テトラル、ヘキサ。ザイフィリア。ペンタ。イグナディア」


 今度は東へ。


「ヘプタ、アルフィーノ。オクタ、ゼノ」


 最後に中央、南部。


「ノナ、イェーツ。デカル、ラーシャアルド」

「ふうん…意外にバラけてるわね」


 顎に指を当てるツェツィリアを他所に、エイトが感動の眼をルネに向けた。


「なんでわかんの?超能力?」

「馬鹿だなてめぇ、狩人協会で見てきて覚えてんだよ」

「いや覚えられるのも凄いよ」

「…ただの、特技」


 ルネが照れ臭そうにして身を縮めた。その様子に、


「っかわいい!」


 耐えきれなくなったのかリリアが抱きついた。抱きついたままキラキラした眼で、ツェツィリアを見上げる。


「ツェツィリアさん、あれ!」

「あ。すっかり忘れてたわ!うふふ、じゃあ早速やっちゃいましょうか」

「……え?」

「こらツェツィリア、いったい何を」

「男は黙って待ってなさい!」


 ずるずると引きずられていくルネ、嬉々として引きずっていくツェツィリアとリリア。呆然と見送る男性陣の中で、エイトがぽつりと呟きを溢した。


「なんで狩人って、女の方が怖いんだろ」

「……さぁな」


 強さはともかく、気の強さ・性格のキツさは女性の方が確かに上である。リディなどは典型だ。


「リディ、普通に俺より遥かに強ぇし。ツェツィリアさんは更にその上っすよね。実質最強?」

「…いや、やっぱ最強っていえば、システィアだろ」


 ジョンの科白に、ガタガタガタッ、と幾所からもけたたましい音が上がり、エイトは動転した。見れば皆が皆、顔をひきつらせるわ酒を溢すわ椅子からのけぞるわ硬直するわ、魔族を見てもここまで驚くまいといった風情を呈している。


「…どしたんっすか?」

「ジョジョジョン、その名前不意打ちは心臓に悪いっ」

「悪い、言った俺も背筋が寒い」


 確実に青ざめている一同に、エイトはいよいよ首を傾げた。なんなのだ。


「…いいかエイト、遭遇しないことを祈るけど、最悪の事態を想定して忠告しておく。――システィア・ランデンブルグを見かけたらまず逃げろ、死ぬ気で逃げろ。間違っても戦おうとするな、命あっての物種だぜ」

「…は?」

「ヨセフ、それじゃ説明になってませんよ」


 マシューが溜め息をついて、説明役を代わってくれた。


「システィア・ランデンブルグ。『トリル』のリーダーで双剣使いです。年はツェツィリアと同じ位でしたっけ?…ああ、上ですか。ツェツィリアがいなくてよかった。…見た目はとても美しいですが、間違っても触ろうとしないことです、薔薇の棘では済みません」


 立て板に水。ぽかんとしたままのエイトに、クラウディオがぽつりと言った。


「…システィアは、怖い」

「……!」


 なにより説得力のある人物その一言に、ようやくエイトも青ざめた。


「このメンツでシスティアに勝てんのはクラウディオだけだろな。俺は九一(きゅういち)で負ける」


 十割と言わないのはジョンの意地だろう。


「あいつは男にも女にもこええけど、特に男には容赦ねえ。あいつが狩人初期のころ、見た目に騙されてちょっかいかけた男が、半殺しにされた上、…ちょんぎられたって逸話もあるくれえだ」


 なにが、とは言われずともわかった。ビシッと固まったエイトに、だから、とヨセフは念を押した。


「システィアさんには近づくな。死んでもだ。近づいたら死ぬと思え。わかったな?」

「はい!」


 矛盾してるとのツッコミももはや頭にはあらず、エイトは街で見た兵の真似をして敬礼した。しかしそこで、ふと挙動不審になる。


「どした?」

「いや…あの、ルイス、知らねえっすよね?システィア…さんのコト。でも、今ザイフィリアに彼女いるん…」


 空気が音を立てて凍りついた。一同が、ヤバイ、という顔つきになって目線を交わす。


「…ま、まぁアイツならダイジョブだろ、うん」

「かけちゃいけない相手にちょっかいかける馬鹿じゃ、ないしなアハハハハ」

「あいつならなんとかなるさははは」


 棒読みなのが気の毒すぎる。


 エイトは今頃海の上を飛んでいるであろうルイスを思い、密かに涙した。

 その時、奥の部屋に消えていたツェツィリア達が戻ってきた。


「おまたせ!…あら、なにやってんの皆して」

「いいいやなんでもないワヨツェツィー。それより、何をしに行ってたノ?」

「ふふふ…見て驚きなさい。リリア!」

「はーい!じゃーん!」


 リリアが背から押し出した、一人の少女。長い桃色の髪をゆったりと大きな三つ編みにし、落ち着いた中にも華やかな彩りのあるティアードのスカート。上は柔らかな羊の毛で編まれ、繊細な意匠の模様の大きめのセーター。細い指が先だけ袖から覗き、リリアの腕に縋りついている。

色白の顔は小さな卵形で、瞳は大きい。思わず守ってあげたくなるような可愛らしさだ。

 そこまで思って、皆驚愕した。


「……ルネ!?」

「うっそ、かわいい!」

「あたしとリリアとリディ、それに…カミラと見立てたのよ。可愛いでしょ」


 ルネははにかんでもじもじと顔を赤らめ、それがまた男性陣の庇護欲を誘う。


「…ええ、綺麗ですね…やっぱり女の子はいいですねぇ」

「…マシュー、変態臭い」

「捕まるぞ」

「いい年して危ない台詞言ってんじゃないわよ。あ、いい年だから危なく聞こえるのかしら」

「ええっ!?」


 酒を飲み、騒ぎ。

 狩人達の荒れた日々の束の間の休息の夜は、穏やかに更けていった。


終 わ り ま し た。


今までで最長記録を楽々更新。おかしいな…その割に内容薄い気がするな…すいません…。


さて、少しだけお知らせしてあったかと思いますが、この話を持ちまして五カ月ほど半休止期間をいただきます。読んでくださっている方、楽しみにしてくださっていた方、本当にごめんなさい。詳しくは活動報告にて申し上げたいと思います。


長々とお付き合いありがとうございました!

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