第十一話 崩壊の鏑矢 (9)
第十一話 崩壊の鏑矢 (9)
夕方、ルイスとユーリスが屋敷に帰ると、既にジョン、クラウディオ、ゼーテ、スーザン、ヨセフ、マシュー、リディ、ハワード、ツェツィリアが集まって、なにやら真剣な顔で相談していた。
「なんか進展あったか?」
外套を脱ぎながらルイスが訊ねれば、ジョンの首肯が返ってくる。
「ウァリエンのスパイからも連絡があった。五日後、国軍が攻めてくる」
一瞬、沈黙が落ちた。ルイスはただ、「そうか」と頷いた。
「で、作戦は立ったんだろうな?」
「…お陰様でな。今話そうとしてたとこだ」
じとっとしたジョンの目線をかわし、ルイスはリディの隣に腰を下ろす。狩人達が囲むテーブルの上には、ここ一帯の地図が広げられている。
そこに書き込まれた印群を見、ルイスは口角を上げる。――期待しておいて正解だった。
その表情を横目で見ていたゼーテが大きく舌打ちした。
「…一瞬で理解しやがった野郎はおいといて、説明始めんぜ。他のメンツには各パーティできっちり伝えろよ」
「わかりました」
「じゃいくぞ。まず――」
ゆるりとした緊迫感が沈殿しはじめた空気の中、夜は更けていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――
四日後。戦を目前に控える中、リディとルネとルイス、ヨセフ、スーザンは、猛吹雪の中、カルライカ南の凍りついた湖、リッジ湖の湖畔に立っていた。
カルライカに向かった時と変わらず、分厚く張った氷の上に、それまた分厚く雪が積もっているそこは、一見湖とは判別できない。
「これ、地面と変わんねーぞ」
ヨセフが軽くその場で跳ねて、感触を確かめる。スーザンはそだねえと頷く。
「この雪じゃねえ。リディちゃんだいじょぶ?」
「平気だよ」
結界を張って冷たい雪を防ぐリディは平然と答え、懐から取り出した小さな石を指で弄んだ。ルネはそれを見ると、ふわりと浮き上がって彼方を見やる。同時に彼女の周りに、炎の結界が展開した。
「さて、さっさと始めようぜ」
ルイスも同様に石を取り出して、リディがルネ以外の三人に個別に炎の結界を張る。
「じゃ、きっちり三百秒後。外すなよ――三、二、一、――ゼロ!」
ルイスの科白が終わると同時、ルネを除いた四人は一斉に駆け出した。
「軍編はどうだ、マシュー」
一方カルライカ、翌日の戦闘に向けてほとんどの人間が出払う中、王子アドニスは、たまたま廊下で出くわした狩人に声をかけた。マシューは振り返り様礼をとり、微笑む。
「順調ですよ。騎士団の方々が統率していらっしゃいますから、混乱も少ないようです。もともと五日前の時点で最低限の準備は終わっていたようですし」
「ならいいんだ。大臣達は、僕にあまり宮廷の混迷を見せたくないようだからな」
わからぬわけがないだろうに、と溜め息をつく少年を、束の間マシューは同情を持って見下ろした。
(年端もいかぬ内から、聡明であれ、大人であれと求められるのが王族ならば、これほど難儀な身分はありませんね…)
その上この少年は、様々な義務の代わりに得られるはずの恩恵を得ていない。
「そういえば、あの者はどうしている?」
沈みかけた思考を呼び戻され、マシューは瞬きをした。
「あの者、とは?」
アドニスはしばし沈黙し、ゆっくりと単語を引き出す。
「…『ヘキサ』だったか。黒髪の若い男だ」
「ああ…彼ならば今、作戦の要を作りに出かけていますよ」
「…そうか。では、手間をかけるが、今夜夕食の後、西の四阿に来てほしいと伝えてくれるか」
「承りました。必ずお伝えしましょう」
「助かる。ああ、それと――」
軽く謝意を示して歩き出したアドニスは数歩で立ち止まると、マシューの眼を見据えた。
「皆、死ぬなよ。――他国の下らない争いに巻き込まれた挙句命を落とすくらいなら、その前に逃げろ。この国のことは、この国の民が片をつけるべきだからな」
確かな威を伴った薄氷の瞳に、マシューは息を呑む。
――王族とは、皆こうなのか。ほんの五日前までは、現状に倦み、ただ子供らしい苛立ちを見せていたのに。自覚と、義務とが生まれるだけで――。
「ではな」
背筋をしゃんと伸ばして今度こそ去っていく少年を、マシューは黙って見送ったのだった。
――――――――――――――――――――――――――
翌、早朝――。
武器以外は万全の装備を調えた狩人達は、白んだ空の下、カルライカの城壁に集まり始めていた。
街の外、眼前には軍が列を作り、ざわざわとした雑音を生み出している。
それらを眺めて、歩いていたツェツィリアは細く息をついた。――何度見ても、戦の風景はよいものではない。これから故郷を蹂躙するというのでは、尚更――。
「……」
ぽん、と彼女の頭に、武骨な大きな手が乗った。クラウディオが、彼女を見ぬままわしゃわしゃと髪をかき回す。
「…ちょっと、ディオ」
髪が乱れるわ、と訴えれば、彼はあっさりと手を離した。彼女を振り向かない横顔は、いつもと変わらず揺るぎない。
「……フッ」
ざわついていた心が、いつの間にか凪いでいる。視界がクリアになる。
(そう――私は狩人。『十強』の一員)
やるべきことを、なすのみ。
城門をくぐった彼女の眼は、ただ白い空を見据えていた。
明け始めた白い空。しかしその色彩はここ数日より明るく、重苦しく国を鎖していた雪は、それまでが嘘のように、止んでいる。
「…魔力の流れが止まってるさ」
スーザンが地面に触れながら呟いた。
「その意は?」
「国全体に生気を奪い、結界維持の為に魔術環に流してた魔力を全部回収、こっから南東三キロのとこに一極集中。…本気だねぇ、あの魔族サン」
「だから雪も止んだんか」
「そ。戦闘面では有難いんだけど…」
「前段階が面倒だな」
「…ま、あのガキどもがなんとかすんだろ」
ゼーテが頭の後ろで手を組んで、大あくびをかます。剣士の男がにやりと笑った。
「ゼーテにしちゃぁ随分入れこんでんなぁ。気に入ったんか?」
ゼーテは答えず、鼻を鳴らすに留めた。スーザンが明るく言う。
「あたしたちは魔族担当じゃないじゃないさ。魔族はあっちに任して、こっちもやることやろうよ」
「そやな」
「だな」
「やるだけやろうや」
背後の仲間達の会話を聞きながら、ゼーテは軽い郷愁を思い出す。
――いつの頃からか、人をも手にかけるのを躊躇わなくなった。狩人になる前から――大人になる前から。
ふっと息を溢して、止めていた歩みを再開する。…そんな郷愁に、今更意味はない。魔族討伐を掲げてこの国に特攻してきた狩人達一人ひとりの顔を思い出す。
(俺達は必ず生き残る。そっちも死ぬんじゃねえぞ――)
「すげえ不安。なにこのちゃちな剣」
城門前に座り込んだジョンは、手にした剣に嘆いていた。彼の没収された愛剣の代わりは、余りにも貧弱に見えた。
「折れたらどうしよ」
「そのためにマルセロさんと私が武器運んでるんじゃないですか」
苦笑したのはマシューだ。一般的な治療術士として、戦闘能力を持たない彼は、武器の補充と結界維持担当を仰せつかっている。治療は、マルセロの方が身動きが取れ、大雑把と引き換えに速度が早いため、彼が担当する。他、カミラも基本結界維持だ。
「ヨセフー、なにそんな難しい顔してんだ?」
エドガーの問いかけに、ややあってヨセフは先のスーザンと同じことを述べる。エドガーは肩を竦めた。
「んなこと言っても、やるっきゃねーよ。対抗出来んの俺達しかいねーし」
「…そうなんだけど、な」
どうにも嫌な予感がするのだ。国中に充満していた吐き気を催す黒い魔力がなくなり、少しだけ鋭敏さを取り戻した感覚が、…警報を鳴らしている。鳴らしているのに、それが何かがわからない。
だがそれらをヨセフは呑み込んだ。
やるしかない。それだけは確かなのだ。
「始まるぞ」
彼らがリーダーの声を受けて、大きく深呼吸してヨセフは立ち上がった。
「なんかウソみてーだなぁ。俺達がこんな、国の戦に関わるなんてさぁ」
エイトはずらりと整列した軍を眺めて、隣に立つリリアに声をかけた。だが、いっこうに反応がないのを訝しく思って、身を屈めて小柄な彼女の顔を覗き込む。
「リリア?」
はっと前を食い入るように見ていたリリアの亜麻色の眼が我に返ったように瞬き、ついでごく至近距離に映った顔に、半ば条件反射でアッパーを入れた。
「ぐっふぅ!!」
腕力のない少女からとはいえ、急所をつく攻撃にエイトは否応なく顎を押さえて蹲る。
「り、リリアひどいぞ…」
「そんな近くにいるのが悪いのよ」
「俺のせいかよ!?俺はお前がぼーっとしてたから…って、そういやなんでぼーっとしてたんだ?」
リリアはひゅっと息を呑み、数秒迷った後、なんか、と呟くように言った。
「なんか、変じゃない?ハワードとカミラとユーリス」
「ヘン?」
先程のリリアの視線の方向には、確かに彼らの仲間である若者達が佇んでいる。別になんの差異もないように見え――しかし、微かなものが引っかかった。
「ヘンよ。口数も少ないし、雰囲気怖いし、それに…」
言いかけて、リリアは言葉を呑み込んだ。
「それに、なんだよ?」
「…いい。アンタにいってもわかんないわ」
「なんだよそれ!?俺がバカってことか!?」
「そっちにいっちゃうあたりがバカたる所以よね」
「がーっ!!」
喚くエイトを余所に、リリアはハワードをじっと見つめた。なにか言葉を交わしていた彼は、最後にこの場に現れた『ヘキサ』の二人を見るなり、足早にそちらへ向かっていく。
(なにも、ないわよね、ハワード…?)
「リディさん」
集合場所に着くなり声をかけられ、リディは少し驚いた。声をかけてきたのはハワードだった。
「なに?」
「これ」
礼儀としてか少し距離を取って眺めてくるルイスを横目に、リディは促されて指貫きの手袋に覆われた掌を差し出す。そこに、鈍い銀色を示す首飾りが落とされた。
「…なに」
「差し上げます。それ、スーザンさんに教わって、防御魔術を織ってみたんです。ユーリスに魔力借りて」
「なら、自分で持っといたら?君魔術に対する防御策もってないだろ」
聞き耳を立てていたテディーは、あまりといえばあまりの鈍さに肩を落とした。いくらなんでも酷すぎる。
だが、ハワードは微笑んだ。
「僕は補助ですが、貴女は直接魔族と対峙するんでしょう。ならば、必要性が誰にあるかは、自明ではないですか」
リディはふむと考えた。確かに一理ある。まあ別に、受け取ってはいけない理由もない。
「じゃ、貰うよ。君も気をつけて」
「ええ」
ハワードに背を向け、首に鎖をかけた瞬間、――ほんの一瞬肌が総毛立った感覚を覚えたが、他人の魔力だからかな、と気にも留めなかった。
「ルイス、クラウディオとツェツィリアまだ?…ってどしたの」
「……」
ルイスは不機嫌そうな顔で、ハワードの後頭部を睨み付けていた。
「ねえってば」
「…別に」
ふいとルイスは顔を背けると、立ち上がったジョン達の方に歩いていく。残されてたリディは不可解ここに極めりといった表情で立ち尽くす。
「…なんだっての?」
「オレはお前の鈍さがなんだっての?だぜ、リディ・レリア」
すり抜け様テディーが肩を叩いていき、マルセロも意味深な笑みを残していく。ルネが無言でリディの袖を引いた。
「……なんなんだよ」
リディは首を傾げながらも、ひとところに集まる狩人達に合流すべく、ルネと一緒に歩いていった。
「…揃ったな」
集った狩人達ひとりひとりの顔を見渡し、ジョンは口火を切った。
「――予定通りに行けば二刻後、開始だ。でも予定ってのは崩れるもんだから、ズレが生じるのは覚悟しといてくれ」
各々が了承の反応を見せるのに頷きを返し、彼はルイスを見る。
「わかってると思うが、一番危険な役回りはお前らだ。――任せるぞ」
「誰に言ってる」
不敵にルイスは笑って、ヨセフ、ルネ、テディー――最後にリディに視線を移した。
「やるべきことはもうやってある。あとは手筈通りに進めるだけだ。…全員、調整は済んでるか?」
「当然だ」
「……」
「大丈夫」
それぞれ肯定を返してきた三人に頷いて、ルイスはジョンに言った。
「オーケーだ」
「…よし。じゃ、最後にひとつ」
彼は順繰りに狩人達の眼を見ていき、あらゆる何かを込めたような低音で、言った。
「――死ぬなよ!」
一瞬の沈黙の後、切れのよい応答が一斉に響き、それに地を蹴る音、馬に跨って疾駆し始める音が続いて、16人の狩人達は己の役割を果たすべく駆けていった。
―――――――――――――――――――――
――イグナディア国軍。
副司令官を任じられたエイブラハム・ジードスは難しい顔で、立ち込める霧の中、前方を進軍する自軍を眺めていた。
「ジードス様」
「なんだ」
「もう間もなく、リッジ湖に着きます。湖を超え次第三隊に分かれ、天幕を張りますので、総司令官と共にご待機をお願いいたします」
「わかった」
総司令官は、今は軍の先頭を歩いている。自軍の士気を高めるためだとかなんとか言っていたが、エイブラハムは彼が単に威を見せつけたいのだと知っていた。
(…全く)
国王も、なにを考えているのか。
ここから先の街に潜伏しているという、第三王子を核とした逆軍の兵力は、今進軍している彼らの三分の一に満たない。しかも、相手は寄せ集めで、統率もなにもあったものではないという。
しかも、だ。
エイブラハムはちらりと上空を見上げた。
辛うじて視認できる高度に浮く、異形の影。常ならば即時戦闘態勢並びに殲滅作戦に至る相手であるはずの魔物が、悠々と自軍と共に飛んでいる。
小規模ながら、常人でもそれとわかる禍々しい気を振り撒いて飛行する魔物達のうち、一体の背には、更に忌避すべき存在――魔族が乗っている。なんでも、カルライカの狩人を屠るためらしい。
エイブラハムはかの魔族を数度、城内で見かけたことがあった。正に人外の美貌を見せつけて歩くその姿に、エイブラハムは惚けるより先にぞっとしたのを覚えている。まるであれは、蜜の代わりに毒を滴らせる、忌まわしい食虫花だ、と。
王が恐怖政治を敷いているのは今に始まったことではないが、あの魔族が現れてから三ヶ月は、箍が外れたようですらあった。王は、ワンマンではあるが馬鹿ではない。かつてなら、二国同時に攻め込んだ上更にその先まで侵攻、など狂気じみたことは言わなかったはずだ。
(あの魔族の目的は、なんなのだ)
この国のため、ではない。絶対にない。しかしならば、他国から隔離するような結界を敷いてまで、協力をする――?
答の出ない問いに、エイブラハムが眉間に皺を寄せた時だった。傍をゆく魔術士が声をかけてきた。
「間もなくリッジ湖にさしかかります。罠の可能性もありますので、結界を張りますが、ジードス様もご油断なきよう」
つまり先頭は既に、この広大なリッジ湖を半ば以上横断していることだろう。
「――うむ」
エイブラハムは拡散する思考を振り払い、馬上から前方を見据えた。
――と。
「――む」
「霧が晴れた…?」
視界を覆っていた白。ただでさえ凍りつくような寒さの中なのに、さらにひんやりとした感覚を伴って辺りに立ち込めていたそれが、急に退いたことにエイブラハムは眉を寄せた。
「霧が斯様にすぐに晴れるものか?」
ざわざわと軍全体からもざわめきが生じ、それを叱る声もどこか浮わついている。魔術士が呟いた。
「…不審ですね。しかし、罠と考えるには、規模が広すぎ…」
しかし、その言葉は、途中でビシビシという異様な音に遮られる。
エイブラハムは剣に手をかけて辺りを見回し、直後はっとしたように馬の足元を凝視した。
足元の、固く分厚い筈の氷に亀裂が走っていく。同時に気付いた魔術士が呻くような声を漏らした。
「ま、まさか…」
次の瞬間、轟音と共に、湖に張った氷が割れ砕けた。
―――――――――――――――――――――――
「お見事、テディー」
「…簡単に言うなっつーの」
湖の中央部の上空に、彼らは立っていた。眼下の霧はすっかり晴れ、氷の割れた湖は、阿鼻叫喚の様相を呈している。
「ヨセフ、リディ、温度は」
「平気。風邪は引くかもだけど、泳げさえすれば死なないだろ」
彼らの計画はこうだった。
まず昨日、分厚く氷の張った湖全体に、魔力だけで魔術環を描く。数ヶ所に要を設置し、特定の手順を踏まなければ壊れないようにした。
そして今日、五千近くの兵騎馬が氷上を進軍するという、超規模の負荷が氷にかかった時を狙い、仕組んだ魔術環を発動。狩人の中でも上位に位置する四名の魔術士と核の力によってもたらされた膨大な魔力、そしてテディーによって、とどめともいえる中央の要への射撃が行われ、呆気なく氷は砕けたのだ。
また、湖の温度も同時に上昇させてある。せいぜい、夏の湖くらいの温度にはなっているはずだから、武器鎧を諦めさえすれば、湖の多い国の兵士のこと。反乱軍の兵達も、一定の時間を置いて救助に回る予定であるし、助かるだろう。
(それでも百単位で死ぬだろうけど、な)
当初反乱軍の騎士をはじめ、リディや『ジィ』といった面々は、そんな面倒な救命措置を取らず、まとめて殺してしまえばいいと主張した。それを止めたのはアドニスや文官達だ。
今は敵とはいえ、自国の兵である。それを失ってしまうには余りに数が多すぎる。生温いと言われるのを覚悟してそう主張したアドニスに、騎士団は黙って引き下がり、リディ達も肩を竦めて引いた。
「ルイス!」
その時、回想していたルイスの耳に、リディの鋭い警告の声が届いた。
声と同時に反転したルイスは抜いた剣で、飛来した魔力の塊を弾く。
嘲り声が響く。
「よく逃げずに来たわね」
「どこに逃げる理由があるのかお聞かせ願いたいね」
ルイスの隣ですらりと剣を抜いたリディは、眼前の、空を飛ぶ魔物の背に立つエカテリーナに切っ先を向けた。随伴する三体の魔物が、毒々しい体表を見せつけるように威嚇してくる。
「…人間ごときが、私に勝てるとでも?」
「それがオレ達の仕事なんでね」
ゆらりと大気が動く。四人分の魔力と、人ならざるものが発する邪悪な力が空中でぶつかり合った。ルネがテディーの腕を掴んだ。
エカテリーナが怒りて歪んだ笑みを浮かべ、掌に怖毛をもたらす程の魔力が凝縮する。
「…いい度胸に敬意を表してすぐには殺さないであげるわ。精神が狂うほど苦しんで絶望して後悔しながら逝きなさい!!」
怒声と共に、一直線に打ち出された闇魔力。ルイスが聖魔力を纏わせた剣でそれを叩ききると同時に、ヨセフ放った水の塊を一瞬でリディが炎で蒸発させ、更に雷魔術を打ち込む。
盛大な爆発音と同時に、爆煙が立ち上って視界を覆う。ルイスが叫んだ。
「行くぞ!」
狩人達が空を蹴る。唯一風魔力を持たないテディーは、ルネとの長年のチームワークで身を翻していた。
背を向けた煙の中からどす黒く染まった声が追いかけてくる。
「…逃げるつもり?逃がすものですか!」
それを横目で振り返り、足を緩めずヨセフは小声で傍らの二人に言った。
「リディ、ルイス、予定通り迎撃は任せるからな」
同じく速度は緩めぬまま、二人の若者は不敵に笑う。
「任された。道間違うなよ、ヨセフ」
大空を、再度爆発音が揺るがした。
「そろそろかしらね」
クラウディオ、ハワードと共に木の陰に身を潜めているツェツィリアは、中天を見上げて呟いた。
戦闘開始から凡そ二刻。予定通りなら、そろそろこちらに仲間達が魔族を引きずって現れるはずだ。
「……」
クラウディオは無言でひたすらじっとしている。姿は見えないが他の狩人達も同様にしているはずだ。その時、
「……。――!」
はっとツェツィリアは目を見開いた。伝わる波動。魔力持ちにしかわからぬ巨大な振動が、肌の産毛を総毛立たせた。
「ディオ、ハワード」
「……」
クラウディオからは無言の頷き、背後のハワードからは剣を鞘から抜く音が返ってくる。
「移動が始まったわ。あと五分…」
「なら、こちらもそろそろ始めましょうか」
虚空に響いた、空間に不釣り合いな楽しそうな声。
それに一瞬思考を止め、ばっと振り返ったツェツィリアの眼が映したのは、鈍く輝きながら降り下ろされる、鉛色の切っ先だった。
用兵に問題点が山積してるのは自覚してますが、どうかお見逃しを…。
怪しさを指摘されてた彼らについての詳しくは次回。
次話はなるべく早く更新しますね。