第十一話 崩壊の鏑矢 (6)
深夜に更新したものと差し替えです。すみません。
第十一話 崩壊の鏑矢 (6)
肌に触れるひんやりとした感触に、リディは瞼を上げた。
「痛…」
関節の痛みを解しながら体を起こせば、そこはさっきと一転、殺風景どころか陰湿な印象しか受け取れない、暗い石壁に包まれた場所だった。
何も敷かれていない、湿りを帯びた土の上に転がされていたようだ。背面を覆うごつごつとした石の壁は、ところどころ緑色の苔がむし、触れば水気を含んでいる。どこからかピチョン、と水滴の滴る微かな音がして、
(湿っぽいわけだ)
と納得した。
「みんなは…」
周りをよくよく見回せば、同じ牢の中にルネとツェツェリアが、反対側の牢にルイスとマルセロ、テディーが転がっていた。斜向かいにジョンとヨセフがいるあたり、ここにいくつかに分散させられて放り込まれたらしい。牢の鉄柵に触れて、リディは顔をしかめた。
(…ご丁寧に魔術無効化までされてるし)
どうするか、と腕を組んだリディに、唐突に聞き慣れない声がかけられた。
「起きたのか?」
前ぶれないそれに仰天して咄嗟に腰に手をやり、当然のように得物を奪われているのに気づいて苦虫を噛み潰し、ついで声の出所を探す。
「こっちだこっち」
もう一度の発声で、ようやくリディは主を見つけた。少し離れた向かい側の牢で、三十前後とおぼしき男がぶらぶらと手を振っている。
「…誰?」
「そりゃこっちもおんなじこと聞きてえな、嬢ちゃん。どうやったらいきなり十人も投獄されんだ」
飄々とした声の調子は軽く、囚人にしては邪気がない。かといって、城の人間にしては品がない。
「…いろいろあってね。ここはイグナディアの王城の地下牢、でいいよね?」
「それ以外になんだっつんだ」
呆れた様子で男は肩を竦めた。
「ったく、王城ってならもっと立派な牢かとも思ったんだがな。山賊の根城と変わりゃしねえ」
「山賊みたいな物言いだね」
「昔の話だ」
(昔は山賊だったのか…)
無言で突っ込んだリディに気づいたのか気づかなかったのか、男はで?と話を換えた。
「どうせまだ喋くる以外にするこたねえんだ。名前と身の上くらい教えちゃくれねえか?俺はゼーテ・エリアソンってんだ」
ん?とリディは首を捻った。なんだか、どこかで聞いたような気がしないでもない名だ。
「ほれ、名乗れよ」
急かされてリディは口を開き、しかし向かいで上がった呻き声にはっとそちらを注視した。
「いっててて…んだあ、ここ?っあマルセロにキリグ!牢かここ?」
「テディー・ピアーズ!起きたの?」
「んあ?ああ、レリアか。みりゃわかんだろーが、つか起きてんの俺らだけ?」
「私達の中ではそうだけど、他に収監されつる人が…」
「テディー・ピアーズってぇいったか今?」
リディの発言を遮って、ゼーテが割って入る。テディーがん?と首を捻る。
「あ?誰だ?」
「だから、先に収監されてた人…」
「『ジィ』の弓士の、か?」
畳み掛けられた問いに、二人の顔つきが変わる。
「おっさん、誰だ?」
いくらトップ10と言えど、リーダーならともかく一構成員の名前まで知っている人間は限られる。
「俺は、」
その時、いささか大きい呻き声が、リディの斜向かいから響いた。
「うういってー…頭ぐらぐらする…つかここドコ…って、あ」
三人目の起床者はまたも盛大に話をぶったぎったが、同時に話を収束させた。彼――ヨセフは軽く頭を振って、鉄柵の仕切りの向こう側にいる男を見つけ、叫んだ。
「あ…?ゼーテ!?あんたなにやってんのこんなとこで」
リディはぽんと手を叩いた。思い出した。
(ゼーテ・エリアソン。『ペンタ』のリーダー!)
ゼーテは目を丸くして言った。
「ヨセフ…?」
その声の大きさに、あちこちの狩人達が頭蓋を刺激されたらしい、随所で呻き声が発生した、が、当人達はお互い唖然としていてそれどころではなかった。
「連絡つかねえと思ったらやっぱこの国にいたのかあんた達。つかなんで捕まってんだ?」
「…そりゃこっちの台詞だ。おいコラ、そっちに転がってる野郎はもしかしなくてもクラウディオとジョンかよ?」
むっくりと端の方で大柄な体が起きる。クラウディオだ。
「…起きた」
そしてもう一人、テディーと同じ牢で男が首をさすりながら文句を言い、
「うるせえよヨセフ、今何時だと思って…ってここドコ!?つかなぜゼーテ!?」
やっぱり叫び、まだ眠っていた人間を容赦なく叩き起こしたのであった。
「…なるほど?今この状況を作り出してるのはエカテリーナって魔族で、てめーらはそれを狩りにきたと。間違いねえか?」
「実に簡潔なまとめをありがとう」
その後数十分かけてこれまでの経緯を説明した一行は、皆いちように状況に溜め息を吐いた。
「っつか、さっきのは何の魔術だ?息苦しいと思ったらすぐオチたんだが」
ジョンの疑問に、ヨセフが多分、と答えた。
「風魔術系で空気の供給を遮断したんじゃないか。所謂窒息だ」
「…それ、危うく死ぬとこじゃねェか」
テディーのツッコミに、全員苦虫を噛み潰したようになった。
「腹立つわネ。余裕綽々で見下されてる感じがして」
ぼやいたのはマルセロで、それは限りなく真実に近いのだろう。
「ていうか、これからどうするのよ?リディ、ルイス」
「…脱獄したいけどどうするかな」
ルイスは牢獄を見渡した。それぞれ頑丈な鉄格子に囲まれている上に、かなり強力な結界で封じられている。
「武器も取られてしまいましたしね。リリア達、大丈夫かな…」
ハワードが心許なさそうに呟いた。常時周囲を警戒する必要のある状況の中で、身の傍に使いなれた武器がないのは辛い。それに置いてきた仲間達が心配だった。
「そのことだけどな」
ゼーテが何か言いかけ、すぐに口をつぐんだ。
「なんだ?」
怪訝そうに疑問の声を上げたヨセフに、しっとツェツィリアが唇に人差し指を当ててみせた。
「誰か来るわ」
静まり返った空間に、コツン、コツンと靴音が反響する。ルイスの肩でネーヴェが唸った。息の詰まる空気の中に現れたのは、誰あろうエカテリーナだった。
「みんな起きたのね。ご機嫌麗しく?」
「最悪だよ」
誰かが罵る前に、リディが吐き捨てた。
「何が目的だよ、君は」
「貴女達を殺すこと」
あっさりと答えたエカテリーナに、一同は一拍おいて目を剥いた。
「…殺したら面白くないとか言ってなかったか、お前」
ルイスが少々呆気に取られた風に訊けば、エカテリーナは不機嫌そうに答えた。
「嘘に決まってるじゃない。あの場で殺そうとしたら、あの忌々しい蜥蜴に邪魔されてたからよ」
「…蜥蜴?」
「そうよ」
エカテリーナはルイスの肩にいるネーヴェを見遣り、鼻で笑った。ネーヴェはますます威嚇して唸り、ルイスはそれを宥めざるをえなくなる。
「なぜ、魔族がこいつらを殺そうとする?」
ジョンの疑問にあっさりとエカテリーナは「邪魔だからよ」と吐き捨てた。
「私達(魔の者)にとって、一番邪魔なのよ、貴方達。私達の太古からの悲願を阻もうとする貴方達が。でもそれすら私達は知らなかった。貴方達という存在を、あの方が洩らすまでは、誰も知らなかったのよ」
「ちょっと、なに言ってんのかが」
「なぜあの方が貴方達を生かしているのか理解出来ないわ。興味がある、なんて…あの方の興味を虫けらごときが奪うなんて、許せないわ!」
まるで支離滅裂になってきた、半ば独り言のような科白が全く理解出来ず、ルイスとリディは固まっていた。
その彼らに、異様に光る翠の眼を向けてエカテリーナは言い放った。
「明日の正午に殺してやるわ。バラバラに切り刻んで、王族や蜥蜴共の前に放り出してやる。それで貴方達の希望は全て消える、始まる前に私達の勝ちは決まるのよ!」
地上でみた余裕たっぷりの仕草など幻だったかのように、エカテリーナは息も荒くそう宣言すると、靴音を鳴らして地下牢から出ていく。その間際、不意に振り返り、ゼーテを見据えて笑った。
「あなたが成功していれば話は違ったかもしれないわね。でも残念、あなたも明日には物言わぬ骸と化すのよ」
響く靴音が遠くなり、完全に消えてもなお。
微妙な静寂が地下牢に下りていた。
「…キリグ、」
「悪い、俺にも全っ然訳がわからない」
「私も。てか、キャラ違くない?」
「…あんた達にわかんないんじゃ、誰にもわかんないわよネ」
うーん、とリディが首を捻る。
「あの方、ってのはセティスゲルダだと思うんだ。でもそれが何の…」
「恋する女の方の暴走にしちゃぁ、なにやら行き過ぎな感もするよなァ」
テディーの言葉に、皆頷いた。それだけにしては、根も謎も深そうだ。
「…というか、それ以前に、俺達どうすんだ?このままじゃ死ぬぜ」
ヨセフがぽつりと言い、ツェツィリアは鉄柵を睨んだ。
「この結界、並みじゃないわ。とてもあたし程度じゃ破れないわよ」
「私だって無理無理」
リディも同意し、力業も駄目だったしなあとルイスがぼやいた。クラウディオが険しい目になった。
「このまま死ぬわけにもいくまい。なにか考えるぞ」
「あ、ちょい待ち」
唐突に、ゼーテが場に似つかわしくない軽い調子で手を上げた。
「あ?」
「ちょいと待ってな。そろそろ来るはずだぜ」
「は?」
一同眉をひそめ、何を言い出すのかとゼーテを見つめる。そのことで落ちた沈黙の中で、不意にリディの耳が何かを捉えた。
「…音?」
全員の視線が今度はリディに集中し、ルネがリディに物問いたげに首を傾げる。リディは黙って、と言ったきり目を閉じ、耳を澄ませる。そのうち、他の狩人達も気付きだした。
ザクザクというリズムを刻む音が、次第に近づいてくる。
「…下から?」
ツェツィリアが呟いた。ゼーテがおう、と笑う。
「来たか、スーザン」
ボコンッ、と牢と牢の間の通路に、人ひとりが通れそうな穴が開いた。次いで、土で汚れた手が生え、すぐに黒っぽく煤けた頭が現れた。煤けた顔の持ち主は恐らく女で、彼女はぐるりと首を回すなり呼ばわった。
「ゼーテ、いる?」
「あァ、サンキュなスーザン、助かるぜ」
「全く、大変だったんだからねぇ、ここまで掘るの」
「悪ィ悪ィ。ここ開けてくれ」
女はぶつくさ文句を言いながら這い上がり、歩きかけてそこで始めて自分を唖然と見つめる一同に気付いた。
「…アレ?なんでジョン達までいるの」
「…諸事情あってな。悪いがスーザン、俺達も助けてくれると嬉しい」
「いいよー」
と言いながら彼女はまずゼーテの牢に近づき、どこからともなく取り出したピンを鍵穴に突っ込み、ものの三秒で解錠した。
「「……」」
「お、鍵は魔術いらねぇのか」
「多分、兵士でも開けられるようにじゃないかなぁ」
スーザンは危なげなく穴を乗り越えると、リディ達の牢に近づき、首を傾げた。
「こっちはどちら様?」
「『ジィ』のツェツィリア・クロノヴァとルネ・フォーレ、『ヘキサ』のリディ・レリアよ」
一拍おいて、スーザンの目が見開かれた。
「『ジィ』?それにあの『ヘキサ』?なんでまたこんなとこに?」
「それは押っつけ説明するからよ、スーザン」
ゼーテも手際よく鍵を解錠しながら言った。
「さっさと全員解放して逃げっぞ」
「りょうかーい」
――数分後、全ての牢は開け放たれた。
「んーと、この中で土属性の魔術使える人いる?」
穴の周りに集まった面々に、スーザンが訊ねた。ルイス、ヨセフ、ルネが手を上げる。
「その中で一番強い人はー?」
無言で全員がルイスに視線を向けた。ルイス自身は肩を竦める。
「穴塞いでけばいいのか?」
「あったまいー、話早くて助かるよ。こんだけ大人数になると、うちは先導しなきゃなんないからさぁ。追っ手が来ないように、なるべく固く塞いじゃって欲し いんだ。…あそうだ、水使える人いる?…え、キミ水も使えるの?でも二属性同時行使は厳しいかなあ…え、できる?…それじゃあ、それでお願いするかなぁ」
かくしてスーザンを先頭に、ぞろぞろと一行が入り込んだ穴は、人ふたりは余裕を持って歩けそうな空間だった。
「これをずっと掘ってきたノ?」
マルセロが呆れ半分、感嘆半分で呟いた。
「そうだよ。さすがに途中で魔力足りなくなるから、余裕を見て一週間くらいで掘ったかなあ。からっけつまで使いきればもっと早く済んだんだけど。て、魔力足りる?黒い髪の子!」
「長さによるな…」
「足りなくなったら私が渡すからいいよ」
最終手段には耳飾りもある。
「オッケ、じゃあ行くよー」
彼女が持ち込んだカンテラにルネが火を灯して、更には後方ではリディも火魔術を使って足元を明るくし、総勢十二名の狩人達はイグナディアの城から脱獄を開始したのだった。
―――――――――――――――――――
数十メートル程トンネルを進んだところで、最後尾を歩くルイスは立ち止まって振り向き、距離を確認するように首を巡らした。つられてネーヴェがふらつくのを苦笑してリディが受けとった。
「アイシィ、アースエイシア」
ルイスの声に精霊達が応え、辺りの水を含んだ壁が隆起する。そして、進んできた道を瞬く間に覆った。
「強度はこんなもんで平気か?」
「充分だろよ」
リディの前に歩いていたゼーテがひきつった声で突っ込んだ。
「噂にゃ聞いてたが、成程ぶっ飛んでやがんなテメエら。坊主、それで魔術士本職じゃねぇんだろ?」
二十歳越えての坊主呼ばわりにルイスは憮然としたが、まあ、と頷く。
「魔術士の自覚はあるけど、剣のが好きだなやっぱり」
「嬢ちゃんも男顔負けなんだろ?」
「ゼーテ、それは火を見るより明らかよ」
ツェツィリアの笑みを含んだ科白に、さよか、とゼーテは鼻白んだ。
「こういう時代にはやっぱ出るもんなんかね。天才って奴ァ」
「こういう時代?」
おおよ、とゼーテは歩きながら嘆いた。
「オレがガキの頃ぁ、こんな魔物やらなんやらたくさんいなかったぜ。近頃じゃ竜の悪竜化まで頻繁に聞くようになった。前なら考えらんねぇぜ」
「わかるワ。最近じゃ協会への魔物退治依頼も増えてるもノ」
マルセロも頷く。そして付け加えた。
「知り合いが言ってたワ。まるで、大陸が闇に取り憑かれたみたいだって」
体内感覚で、半日程歩き続けただろうか。狩人一行は、白んできた夜空の下に戻ってくることが出来た。
「はー、一時は人生終わったかもとか思ったぜェ」
こきこきと首を鳴らすテディーに、クラウディオが僅かに苦笑を滲ませて同意した。
「あとはこれを埋めればいいな」
流石に疲れを見せるルイスは億劫そうに手を動かし、トンネルの出口に積み上げてあった土の山を利用して手早く塞ぎ、仕上げに手近にあった大きな岩を転がして完全に封じた。
「…疲れた」
「魔力いる?」
「…ちょっと待てば、なんとかなる、と思う」
がっくりと地面に座り込むルイスの肩を、リディは気遣うように叩いた。
「スーザン、ここぁどこだ?」
「ウァリエンの北五キロってとこ。てゆーかホントに魔力足りたねキミ、どんなキャパしてんのさ…」
「俺にも、わかんねえ、よ」
五キロの距離を塞ぎ続けるだけの魔力など、以前の自分ならあり得ないと一蹴していた気がする。なにがどうなっているのか。
「ゼーテ!!」
朝靄の向こうから、複数の足音と声が届いた。すぐに、三人の男が現れる。
「おうおめーら、無事だったか」
「ったりめーだ、つか自分の心配しやがれ…って、マジでいやがった!おいガキども!」
男達の後から走ってきたのは、エイト、リリア、カミラ、ユーリス、マシュー、エドガーだった。みんな血相を変えて走り寄り、仲間達に怪我がないかを確かめる。
「よかったっ…!宿をとってたら、急に兵士が来て…。追い払ったけど、ハワードたち帰ってこないし心配で心配で…」
「うん、ごめんね。心配掛けた」
「でも、なんで『ペンタ』と一緒にいるの?」
「ほれ、話は後だ後」
ゼーテはパンパンと手を叩いて注目を集め、スーザンに目を遣る。ジョンが口を開いた。
「で、拠点はどこだ?」
スーザンはん、と頷き更に北を指差した。
「ここから五十キロくらい先にある、カルライカって街」
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「反乱軍?」
馬は五頭しかいなかったため、必然足の弱い魔術士と、その付き添いという形で十人のみが馬に乗り、他は歩いてカルライカを目指しながら、狩人達はゼーテの仲間に現状を聞いていた。
「あぁ。一部の大臣やら領主やら騎士やらが、第三王子だかなんだか担ぎ出してカルライカに集結した」
ルイスとリディは目を見交わした。――ゼノの時と似たような状況になりつつあるのは気のせいか。
「あ?なんで音沙汰ねぇんだよ、それで」
「くだんねぇことにな、バラッバラなんだよ、奴ら」
いわく、集まった人間は向いている方向がバラバラ、更には旗頭である第三王子がやる気皆無、全く集団としての結束を発揮していないらしい。
「多分王宮も大した害なしって判断したんやろな。俺が見ててほんまアホやと思たくらいやから」
「お前にアホと思われるなんぞ末期に違ぇねぇな」
――訂正。ゼノの時より状況は悪いらしい。
その上何気なくゼーテが言った言葉に、全員ぶっ飛んだ。
「で、なんで俺があそこにいたかっつーとだ。暗殺依頼された」
「「暗殺依頼!!??」」
「…馬鹿なのか?アホなのか?」
「どっちもやな」
こともなげに男が答える。いわく、五日ほど前、反乱軍の一部の層から、手っ取り早くクーデターを成立させるために、王と第二王子を殺してほしいと依頼されたらしい。ゼーテは話を聞いた時点で失敗するだろこれと即解ったが、この国に閉じ込められている中、何も出来ないことに鬱屈していたその憂さ晴らしに王城に潜入、そしてエカテリーナにとっ捕まったという顛末らしかった。ちなみに予測していたために、スーザンにはあらかじめ潜入してから三日後に迎えに来るように指示していたそうだ。
憂さ晴らしという理由で王城に乗りこんだゼーテもさることながら、王女を残して王と王子だけを殺してほしいと依頼した人間もどうなのか。そうなれば、王女は報復を理由にいよいよ内戦が始まるということをなぜ考えないのか。大方、政略の道具にでも王城を使う心づもりだったのだろうが…馬鹿だ。
ルイスは遠い目になって呟いた。
「それであの科白か…」
「で、どうすんだテメエらは?」
今度はゼーテがルイス達を振り向いた。一様に、場の視線も彼らに集まる。
「…ぶっちゃけていえば、俺達に国家のごたごたは関係ないんだよな」
「いや、ぶっちゃけなくてもそうでしょう。僕達は狩人ですし」
ハワードの刺を含んだツッコミに頷きつつ、けどな、と頭を掻く。
「依頼内容は実質、魔族の殲滅だ。さっきの通り、あの魔族は国に食い込んでる。元々王族に問題はあるんだろうが、あの魔族がいることで民が疲弊し、蝕まれている状況だ。しかも、放置したら他国に戦争を仕掛けるとまできてる」
クラウディオ、ジョンを始めとする大人組が黙って聞き入り、ヨセフやシルバーダガーは不満を浮かべながら続きを促した。もっとも、ヨセフは貴族嫌いからくるものだろうが。
「国の反乱だかなんだかは、本職に任せればいい。俺はそれを利用しながら、魔族を叩きたい」
「そんな、あんな狂った奴に…」
「ロードル」
反駁しようとしたハワードに、鋭い声が飛んだ。リディだ。
「君、覚悟はあると思ってたけど。私の見込み違いだったかな」
『シルバーダガー』は一斉に刺された顔になった。特にハワードは、見ている方が痛いくらいの顔だ。
きっついわねこの子、とツェツィリアは舌を巻きながら、フォローのようでそうではない言葉をかける。
「怖いし、腰が引けるのはわかるわ。貴方達まだ新人だもの、当然よね。でも、ディオが最初に言ったはずよ?死ぬかもしれないけどそれでも来るかって」
「……」
「貴方達は壁を越えたいと言った、だからここまで来たのだと思ったけど。違うなら、私達が終わらせるまでどこかに隠れていなさい。それも一つの選択よ」
「ツェツィリアさん、それは…」
マシューが仲裁しようとしたが、その前にばっとハワードが頭を下げた。
「すみませんでした」
遅れて、他の『シルバーダガー』のメンバーもばらばらに頭を下げる。
「自分達が言ったことを愚かにも忘れようとしていました。狩人としてあるまじき言動でした。申し訳ありませんでした」
黙って集められる視線の中で、ハワードは謝罪を繰り返した。
「どうか僕達をもう一度加えさせてください。邪魔はしません。お願いします」
どうする、と一同がリディを見遣る。リディはルイスを見、彼が肩を竦めると、リディも肩を竦めた。
「自分の命は自分で守りなよ」
それきり、すたすたと彼らの脇を通り過ぎて、少し先で待っているゼーテ達の方に歩いていったリディを、ルイス、『ノナ』、『ジィ』が追い、最後にクラウディオが淡々と声をかけた。
「あいつらは、お前達の何倍も、ひょっとしたら何十倍も修羅場をくぐっている。追い付きたいのなら、狩人として生きていくなら、怖れを忘れろとは言わん。乗り越えろ。強さを得ることそれは、己に勝つことだ」
言うだけ言ってザクザクとクラウディオが通り過ぎてから、ようやく彼らは顔を上げ、それぞれ決意の表情になると、先を歩く人々の背を追って走り出した。
―――――――――――――――――――――――
二日程、体力と相談しながら歩き続けて、一行はカルライカに到着した。
イグナディアでは三番目に大きいという街は、かつて見たように死骸が転がっているということはなかったものの、人々の表情は暗く、殺伐とした雰囲気が漂っていた。
「ほな、俺らは反乱軍にゼーテが来たゆうてくるわ。あんたらはどないする?俺の名前出せば、宿代わりになっとる屋敷に泊まらせて貰えるで。そん屋敷はこの通りの先や」
『ペンタ』のメンバーのひとり、ラッセル・ドルクの問いかけに、ルイスはすぐに言った。
「俺もその反乱軍のところに連れてってくれないか」
「ああ、いいけど」
「あ、俺も行く」
「…じゃあ俺も行こう」
「僕も行きます」
ジョン、クラウディオ、ハワードが同意し、結局狩人パーティリーダーが皆反乱軍の本部に向かい、他は適当に好きにしろということになった。
「お前は行かなくていいのか?」
ルイスの訊ねに、リディは「うんちょっと」と返してツェツィリアの袖を引っ張った。
「ツェツィリアさん。あの…」
「え?……」
何やらこそこそと囁き交わしたかと思うと、ツェツィリアは満面の笑みになった。
「いいわね!私もどうにかしたいと思ってたのよ」
「は?」
他の狩人達の怪訝な眼差しを余所に、ツェツィリアとリディは頷き合うと、相変わらずの黒ローブのルネを、両脇からがっしりと掴んだ。
「…え?」
「ちょっと街見てくる。後で経過聞かせてね」
「夕方には帰るわ。リリア、カミラ、あんた達もおいで」
話を振られたリリアは瞬き、カミラはにっこり笑った。
「え?」
「喜んで。リリア、行きましょう」
「…なにあれ」
「…さあ」
なにやら楽しそうに商店街の方に歩いていった女性陣を、残された男性陣は半ば呆気に取られて見送った。
女性陣と分かれ、本拠地となっているらしい街一番の屋敷に向かったルイス達は、着くなり元大臣という人間の部屋へ案内された。
喜色を浮かべて彼は手を叩いた。
「なんと、これは有難い!『十強』の方々が四方もいらっしゃるとは…!これほど心強いことはありますまい」
どうやら、一応彼が指揮系統のトップにあたるらしいが、同じ部屋に居合わせた、恐らく騎士と思われる人間は、冷ややかに様子を伺い、文官らしき人間は完全に傍観している。
(成る程、バラバラ…。暗殺依頼したのは騎士かな)
ルイスは内心で溜め息を吐き、それはジョンやクラウディオ、ゼーテにしても同じだったようだ。
「で、具体的な計画は立ってるのか?」
そんなジョンの科白に、目に見えて元大臣は動揺する。いや、とかその、とか口ごもる彼に、ゼーテはやれやれと首を振った。
「話になんねえな。お国のお偉いさんが雁首揃ってなにも決めらんねえとはよ」
明らかな侮蔑混じりのそれに、室内がざわつく。騎士が冷ややかに反論した。
「ことは重大だ。あんた達の行動理由みたいに、単純なものではない。そうそう決められるものではないだろう」
「んだと、」
「ゼーテ」
低く唸って凄もうとしたゼーテをルイスは止める。彼は室内を軽く見回して一人一人の顔を見ると、淡々と言った。
「時間はあるとでも思ってるのか?」
言葉は返されなかったが、空気の揺らぎを感じ取ってルイスは続ける。
「あんた達は、この国の現状をどうにかしようと思って立ち上がったんじゃないのか」
「……」
「それぞれの立ち位置、終わってからの政の体制、始まる前からの権力闘争…それらを今話すことに、価値があるとでも?」
何人かの顔が、気まずげに俯く。ルイスは特に感情をこめずに刺した。
「こうしてる間にも、民は死ぬ」
先程ゼーテに反論した騎士が、恥じ入ったように目を伏せた。
「国とは、民がいて始めて成り立つものだ。お前達は、民の存在しない、空虚な城だけの土地を作りたいのか?――違うだろう。野心ある者も、税を納めてくれる民なしには何も出来ない。それを考えた上で、今自分達が騒いでいることは意味があるのか考えろ」
最早ほぼ全員が消沈して俯いている部屋から踵を返しながら、ふと思いついたようにルイスは付け加えた。
「ゼノは少なくとも、このように無様ではなかったな」
はっ、と人々が顔を上げる。だがその頃にはもう、黒髪の青年の姿は見えなくなっていた。
「お前、ゼノの内乱にも居合わせてたのか?」
廊下を歩いていたルイスに追い付いて、ジョンは訊ねた。
「まあな」
「どんだけトラブルに巻き込まれてだよお前さんらは」
「好きで巻き込まれてる訳じゃねえよ」
肩を竦めたルイスに、しかしよ、とゼーテが言う。
「あんな科白、普通出ねーぜ。出たとしても、例えばジョンなんかが言ったって奴らぁ反発しただけだぜ。あの馬鹿ども一発で納得させるだけと迫力がテメエにはあった。坊主テメエ、なにもんだ?」
ルイスはふっと口の端を緩める。それから後ろの四人を振り返って、綺麗に笑った。
「今は、ただの狩人だよ」
朝になって見直したら、校正前のをあげていたことに気付きました。エピソードも抜けていました…。失礼しました。