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第十一話 崩壊の鏑矢 (2)

第十一話 崩壊の鏑矢 (2)







 ――場所は移って、食堂。


「……」


 人数の少なくなった部屋で、クラウディオとジョンは数秒の間顔を見合わせ、何か無言のやり取りを交わす。のち、クラウディオが立ち上がって、「俺達も準備をするぞ」と言って『ジィ』を引き連れ出ていく。元々の半分以下に人数の減った部屋で、さて、とジョンが口を開いた。


「マジなところを話してもらおうか?」


 ヨセフいわく、その瞬間の二人の顔は見物だった。ルイスは苦虫を噛み潰したような、リディは言わんこっちゃない、というような感じだった。そしてお互いの顔を見、


「…なんでそんな分かりやすい顔してんだよ」

「だから私に喋らせない方がいいって言ったんだよ」


 お互いに文句を言った。そのまま嫌そうな顔で黙った二人に、ジョンは追い討ちをかけた。


「リディには確かに喋らせない方が良かったな。ルイスは上手く情報を取捨選択してたが、『魔族に名指しされた貴族』――これ、ルイスの説明と合ってねえ」

「…ゴメンナサイ」


 リディは膨れっ面でネーヴェを抱き締める。ネーヴェは慰めるようにふわふわの尻尾でリディの頬を撫でた。


「…まあ端的に言えば、だ。依頼主なんていない」


 諦めたルイスがさらっと答えを喋る。


「つまり――お前ら自身が名指しされたってことか?」

「まあ、そうだな」

「三ヶ月の音信不通は、お前らの身分によるものか?」

「そうだな」


 ジョンの続けざまの質問にも、殆ど間を空けずにルイスは首肯していく。リディが完全に口をつぐんでいることを鑑みても、話す話さないの境界線は、ルイスの中にきっちりとあるようだ。


「相当の高位貴族ってわけだ?」

「…そうだな」


 しかし今度ばかりは間があった答えることに、理性とは別に葛藤があるのだろう。しかし溜め息をついて、ルイスは続けた。


「自由を許されない程度には高位だ。俺はエーデルシアス内で運悪く見つかって、その結果パーティーにひきずってかれた。リディはその巻き添えを食った。逃げるまでに二ヶ月ちょいかかった」

「リディは巻き添えだけなのか?」

「私の家はルイスの家ほど高位じゃないよ」


 リディが肩を竦める。それに対して鼻を鳴らしたのはヨセフだった。


「何にしてもいいご身分だな。高位の貴族に生まれて、なんの不自由もない衣食住を手に入れていて、わざわざ狩人か?平民馬鹿にしてんのかよ」


 刃のような言葉だった。マシューが咎めるように肩に手をかけたが、ヨセフはそれを振り払い、左手中指に嵌められた装飾つきの銀の指輪をいじりながら、剣呑な眼差しで二人を見据える。


「お前らが貴族なのは知ってた。でもそれは没落したのかとか思ってた。なのになんだ?なにが不満で安定した生活を蹴った?普通の平民が求めても手に入らないものを」


 ジョンは微かに溜め息をつく。…ヨセフは過去の生い立ちもあり、貴族が嫌いだ。だが嫌いの根源には、その富に対する羨望がある。それを認めたくなくて更に憎む、という面もある。

 どうルイスが答えるかと思った矢先、答えたのはルイスではなくリディだった。


「不自由ないっていうけどね」


 金色の眼が危険に煌めく。どこかが逆鱗に触れたのか。


「肉体の自由と精神の自由は違う。貴族がみんなみんな、あのアホみたいな腹の探り合いを好んでいると思ったら大間違いだ。私はあの世界が大嫌いなんだよ」

「それは恵まれてるからこその台詞だ。平民にはそれを感じることすらできない」


 間髪入れないヨセフの反論に若干詰まり、リディは低い声で言った。

…そうだね。なに不自由なく健康に私を育ててくれた環境には感謝してる。私の今の行動が傲慢だってことも。…でもね」


 思わず後退りしたくなるほどの炎が、上げられた彼女の瞳には灯っていた。


「私達には私達なりの苦悩がある。望みがある。嫌悪がある。それを知りもしようとしないで、外面だけ、擦りきれた正論だけ叩き付けられたって、不愉快なだけだ。君に私の何がわかる」


 言い返す余地も、追い詰める隙も幾らでもあった。だが、ヨセフは言葉を飲み込んだ。それこそ、触れれば火傷をしそうな危うさを、彼女から感じたからだった。


「…勝手にしろよ」


 吐き捨てて、彼は身を翻した。通り過ぎざま、エドガーに肩を軽く叩かれる。あからさまな舌打ちをして、ヨセフは部屋に戻った。

 それを確認してから、ジョンは二人に頭を下げた。


「悪いな。…あいつ、貴族のご落胤ってやつなんだ、実は。でも母親ごと捨てられたらしい。貴族嫌いは筋金入りだ」


 リディは軽く目を見開いたが、ルイスはあっさり頷いた。


「だろうな。ていうかそんなの俺達に勝手に喋っていいのか?」

「まあ、隠すことでもねえし…ってなんで驚かねえんだテメーは!?」


 エドガーがツッコミを入れる。確かにルイスの平静さは物申したい、とジョンも思った。


「なんで、って。あいつの指輪、サデリア家の紋章だろ。エーデルシアスの貴族のひとつだ」


 なんでもないように答えたルイスに、リディ以外が唖然とする。ちなみにリディは呆れていた。


「よく覚えるよねそんなの」

「ま、仕事の内だ。…で、あんだけ平民平民連呼すれば、貴族出身て可能性は低い。それであの敵愾心、指輪とくれば答えは決まりだ」


 ジョンは首を振る。もう余り深く考えないほうが良さそうだ。


「さよか…で、続きは?」

「ああ、それでまあ、魔族のご希望に沿うべくイグナディアに向かったんだが、途中で結界の噂を聞いてさ。ハイレインに取って返して王族に状況訊いたわけ。そしたら、行けば多分拓かれるって言われ、でも二人じゃ無謀だから武術大会に参加して仲間見つけろって言われた。で、このザマだ」


 ルイスは天井を仰ぐ。…クリスティアーナの死に様を見なかったのは、ある意味幸運かもしれない。もし目にしていれば、自分はあの会場ごと犯人を潰していたかもしれないから。


「魔族に指名される心当たりはあるんですか?」

「「ある」」


 マシューの問いに対する答えがハモる。


「なんなんだ?」

「んー…物は試しで訊いてみるけどさ、『原初の運命』って言葉の意味、わかる?」

「わからん。なんだそれ」


 ジョン、エドガー、マシューが同時に首を振る。


「私達もわかんないんだけど。魔族がさ、何故か私達をその言葉で呼ぶんだよ。それで、イグナディアに来いって言われたらまあ――行くしかないよね」

「俺達もいい加減、意味を知りたいしな」

「ん。だいたい事情はわかった。この依頼、受けさせてもらうぜ。…ま、断るつもりは最初からなかったしな。友達のよしみだ」


 ジョンの笑顔に、ルイスとリディは異口同音につっこんだ。


「「誰が友達だ」」

「ええ!?ひでえ!」


 大袈裟でなくショックを受けたらしい彼に、しかし二人は照れ臭そうに笑う。


「冗談だよ」

「…ありがとな。頼む」


 ジョン達三人は顔を見合わせ、拳を突き出した。それに二人の拳が合わさる。


「任せとけ」

「私達の手で、解決しましょう」

「魔族なんかぶっ飛ばそうぜ!」


 楽しそうな笑い声を伴って、その夜は更けていった。






―――――――――――――――――――――――



 翌朝。


「僕達も行かせてください」


 ハワード・ロードルは、一同が集まるなり、ルイスとクラウディオに頭を下げた。褐色の瞳は、決意を固めたさっぱりした色をしている。


「…いいのか?死ぬかもしれないぜ」


 敢えてクラウディオの方を見ず、ルイスは言う。ハワードは頷いた。


「僕達は目的のために狩人になりました。でも狩人の現実は厳しい。だからといって、潰れていくのは嫌です。――狩人として(・・・・・)生き残るために、僕達はこの山を越えたい」


 リディは黙って後方から、同年代の五人の顔を観察する。皆、緊張していたりやる気に溢れていたりと違いはあるが、嫌嫌、渋々といった空気はない。大丈夫そうだ、と頷いたリディの横で、ネーヴェはなぜか喉の奥で唸った。探るように横目を向けたが、彼本人もいまいちわからないらしい。きゅう、ともう一度小さく唸ってリディの肩口に引っ込んでしまった。


「…覚悟あるみたいだし。平気じゃない?」


 『シルバーダガー』は弾かれたようにリディを見たが、ルイスはあっさり頷いた。


「そういうことなら頼もう。あ、分前減るけどいいな?」

「構わない」

「別にいいぜー」


 クラウディオは頷き、ジョンはひらひらと手を振った。


「そちらさんは行き先決まったかい?」

「決まった。ゼノに行く。」


 話を振られたアインスは軽く頷いた。


「あそこ、戦争終わったと聞いた。上質のミスリルも出る、と。一度行ってみたかった。」


 ルイスとリディは思わず微笑む。


「…ああ。いい国だ」

「まだ貧しい村は多いけど。将来が楽しみな国だよ」


 ルイスはともかく、リディのその口振りが余りに優しげであることに、皆耳目を奪われる。一方ルイスは彼女の黒髪を無造作にかき混ぜた。


「いつかまた行こうぜ」

「…うん。アル…いや、あいつらの結婚式には少なくとも行かないと」

「何年先の話だ!」

「…お二人さん。話、進めていいかしら?」


 逸れかけた会話に、ツェツィリアが口を挟んだ。二人ははたと我に返り、ルイスがふと真面目な顔になった。


「アインス、ちょっとひとつ頼んでいいか?あ、他のみんなは食べててくれ」


 アインス以外は言われた通りに朝食を食べ始め、アインスは首を傾げた。


「なに?。」

「急いで手紙を書くから、それをゼノのある人に届けてほしい」

「お安い御用。」

「え?なんか書くの?」


 首を傾げたリディに、ルイスは懐から取り出した封筒を渡す。


「それと同じもんを書いてやる」


 手紙を開いて読み進めたリディは、次第にげっという表情になる。読み終えて丁寧に畳んでから、下手な笑顔を浮かべてルイスを見上げた。


「ルイス…」

「わかってるよ、それお前にやるから。俺の分は別にある」

「うわ、気利きすぎ!超ありがとう!」

「はいはい。なんか書くか?」

「書く書く。貸して」


 嬉々として何かをリディは書き込み、ルイスに渡す。他の狩人達がそれとなく見守る横で、ルイスも迷う様子を見せずに文面を書きあげ、綺麗に封をした。


「じゃ、これを――ルドマン・ルーベンス伯爵に」


 聞いていた内数名、各国情勢に明るい面々はぎょっとした。ルドマン・エールヒェン・ルーベンスといえば、新女王セレナエンデの重臣で、内乱の立役者のひとりではなかったか。


「顔、広いんですのね…」


 カミラ・シンフィルドが呟いた。どういう交友関係をしているのか。他のメンツ、特にジョン達は最早諦めていた。











「じゃあ、気をつけて。」

「ああ。そっちもな」


 数刻後、ジフレストの街の出口で、十六人と三人は向き合っていた。一方は南に、一方は西へと向かう。『オクタ』の三人心なしか軽装で荷物も少ないが、他はこれから未知の冬国へと向かう。それぞれ前日までに万全にした装備を身につけ、食糧などもしっかり馬車に詰め込んでいた。ルイスとリディも、ジークリードが放り込んでくれたらしい、ハイレインで購入した真新しい装備になった上、ようやく染め薬の効果が切れたらしく髪色が赤と黒に戻っていた。


「でも、いいのか?。私達が運ぶのでは、鷹文より遥かに遅い。」


 先程、ルイスは書いた二通の手紙を、街の役場に持っていって、高い金を支払って鷹に持たせて飛ばしてもらった。費用は高いが、この大陸では最速の通信手段だ。

 それなのに、あえて一通だけ人の足に任せたことに疑問を浮かべるアインスに、ルイスは肩を竦めた。


「いいんだ。そっちは単なるよしみだからな」

「?」


 理解不能の顔にルイスは応えることなく、ジョンに合図する。彼も心得たもので、それじゃ、と声を張り上げた。


「行くぞ。アインス、ツヴァイ、ドライ、また会おうな」

「…ああ。」

「じゃあね、ツヴァイ」

「…ツェツィリアも、気をつけて。」

「ドライ~、元気でいろよ~」

「……」


 がらがらと音を立てながら遠ざかる二台の幌馬車と、周りを歩く六頭の単騎。それが小さくなり、やがて見えなくなるまでそこに佇んでいた三人の女は、顔を見合わせると、迷いのない足取りで、南への街道を歩き始めたのだった。






―――――――――――――――――――――――――





高価(たか)いだけあって、やっぱり頑丈そうないい馬ね!」


 幌馬車の中から、馬車を引く大きな馬を見下ろしてリリアは満足げに笑った。全体的な体のサイズ自体が大きく、足も太い。走るのは遅いかもしれないが、重い荷物がたくさん積み込まれたこの馬車をぐいぐい引いていることからわかるとおり、力が相当強いのだろう。


「そりゃあ、ルイスさんにいい馬買ってもらっちゃったからね。感謝しないとね」

「そうですわね。わたくし達じゃお金、足りませんでしたものね」


 今この幌の中にいるのは、リリア、カミラ、ユーリスの魔術士三人組だ。手綱を操っているのがエイトで、ハワードは騎馬で周辺にいるはずだ。

 ガタゴトと揺れながら移動していく景色を眩しそうにみていたリリアは、ふいと視界に入った赤い髪の少女を見つけて、ぱっと顔を輝かせ声をかけた。


「ねーねーリディさん!リディさんって、魔術も使えるってホント?」


 赤い髪の少女――リディ・レリアは少し驚いたように彼女を見ると、器用に手綱を繰って彼らに近づき、歩調を馬車に合わせながら頷いた。


「一応ね。魔術付加はあんまり得意じゃないんだけど」

「一応ってレベルじゃないよね。それに魔術付加っていえば、決勝でツェツィリア・クロノヴァが使ってたね。風だった?ああ、でも最後の奴は違ったかな」


 ユーリスが後ろから口を挟んだ。リディは決まり悪そうに頭をかく。


「風が基本だけど、最後に雷使われた…って、見てたんだ?」

「僕とハワードだけ。他は馬鹿だから街巡りしてた。特にエイトとか」

「馬鹿ってなんだよユーリス!」


 騒がしい声が御者台から上がる。よく聞こえたものだ。


「相変わらず自分に関しては地獄耳よね」

「リディさん、おいくつですの?私達とあまり変わらないようにお見受けしますけれど」


 カミラが、風に靡く黒髪を押さえながら問えば、少し考えたあとリディは答えた。


「そういえば、ついこの間十八になった。カミラ達は?」


 リリアは驚いた。もう少し上かと思っていた。だが、言われてみれば顔立ちにはまだ幼さが残っているし、溌剌きっぱりとした言動も、二十代のものではないだろう。

 一方、カミラはにこにこと笑ったまま続けていた。


「同じですわ。リリアさんとエイトさんはひとつ下ですけれど」

「そう。…ねえ、聞いていいかな」


 リディが向けてきた遠慮がちな視線に、三人は首をかしげる。


「君達が命を危険に晒してまで強くなりたい理由って、なに?」


 カミラが虚を突かれたように黙りこんだ。ユーリスも目を丸くして口を閉じている。珍しいな、と思いながら、あたしはね、とリリアは声をあげた。


「あたしはね、孤児院の出なの」


 内容に対してか、リディが軽く眉を寄せたのを見て、リリアは軽く手を振った。


「ザイフィリアとフェルミナの戦争でさ。あたしみたいな子供、結構いるの。でもエーデルシアスが近いおかげで、エーデルシアス側の孤児院に引き取ってもらえたのよ。エイトもおんなじ」


 リリアはくすんだ空を見た。故郷はもうはるか遠くだ。


「エーデルシアスは結構予算割いてくれてはいるんだけど。限界ってあるわよね。あんまり生活は楽じゃなかったわ。それでも一生懸命あたし達を養ってくれた施設のひと達に恩返ししたいって気持ちは、小さいときからあったわ。運良く、あたし達の街には、お金のない子供に気軽に勉強とか剣とか魔術とか教えちゃう変わった軍の隊が赴任してたから、そのひと達に戦うすべを教えてもらったの。それで、狩人になった」


 リディはちらりとどこかに視線を向けた。リリアがその先を突き止める前にリディは彼女に視線を戻し、無言で続きを促す。


「…それで、少しでも多く稼いで、あたし達の孤児院だけじゃなく、同じようなところを支援出来るように。あたしの、強くなりたい理由はそれよ」

「そうなんだ。…つよいね」


 リディは呟いて、視線を落とした。その眼がつらそうに歪んでいるように見えて、リリアは首をかしげる。


「リディはなんで強くなったの?そんなに強くなったのは、どうして?」

「……。贖罪、かな」

「……贖罪?」


 リディは自らの手元を見つめ、緩く息を吐いた。気配が自嘲に染まったのは、決してリリアの気のせいではないだろう。


「私は昔、取り返しのつかないことをした。その時奪ったものに対して、のうのうと生きるのは失礼だと思った」


 淡々と、薄い唇からこぼれおちる言葉の意味は良くわからない。金の眼は伏せられ、横顔からは先程感じた幼さなど、どこかに行ってしまったように思えた。 


「強くなることで、普通の日常を捨てることで――少しでも赦されたかったんだ、多分。馬鹿だよね。それは、逃げでしかなかったってことは、今思えばよくわかる」


 やりきれなそうな笑みを溢すリディを、三人は言葉を飲み込んで見つめた。金の眼には、同年代とは思えぬ影がある。だがそれに気付いたらしいリディは、それをさらりと消して笑った。


「でも、後悔はしてない。強いことで損をした記憶はないし。人生は広がったね。…それに」

「――リディ!」


 その時、遠くからルイス・キリグが彼女の名を呼んだ。なに、とリディが声を張り上げれば、黒髪の青年は手招きをする。


「ちょっと来い!進路の確認する!」

「わかった、今行く!」


 リディは叫び返して、三人に向かって首を傾けた。そこに先程までの暗さはない。


「それに、あいつに会えた」


 絶句する一同に気付いた様子もなく、リディは彼らに挨拶した。


「また喋らせて。同年代の狩人って、あんまりいないから楽しかったよ」

「う、うん…」

「も、もちろんですわ。また」


 馬首を返して去っていくリディを目で追ってから、若い三人は何とも言えない表情で顔を見合わせた。無自覚に垂れ流された関係性に、言葉ではなく、乾いた笑みが漏れた。


「なんつーか…」

「うん」

「ははは…」


 そこに、馬を寄せたハワードが怪訝そうな目を向けた。

 

「…なに笑ってるんだい、みんな」

「いや、あの二人、面白いよねって話」

「……」


 ユーリスの台詞に、ハワードは鳶色の眼を細めて、何事か話し合う馬上の二人を見つめた。

 その瞳によぎったものが何かを知る者は、彼以外にない。







 リディが、リリアとエイトの話だけを耳にし、他の三人の話を聞いていなかったと思いだすのは、ずっとあとになってから――全てが終わってからの事だった。









―――――――――――――――




 ジフレストから、アーヴァリアン西端、つまりイグナディアと国境を接する街、ケイトスに至るまではおよそ三日を要した。雪の舞う中、辿り着いた街は閑散としていて、冬の静けさでは収まらない空しさを感じさせた。


「今日の昼にはイグナディアに入るぞ。出来る限りの食糧の補充しとけ。弓士は矢もな」


 最後の安全な寝床となった宿屋の食堂で、ジョンが一同に告げる。年齢と人望からか、彼はいつの間にかこの連中のリーダーみたいなものをやらされていた。


「ルイス、リディ。結界の解除はお前らに任せるぞ」

「あー了解。まあ、行ってみねえとわかんないけどな」


 軽い口調のルイスの頭を、ぺしりとネーヴェが尻尾で叩く。下手にうろつくと女性陣の餌食になるため、もっぱら最近のネーヴェはルイスの肩に収まっていた。


「ジフレストで各自準備したとは思うが、かなりの寒さが予想される。防寒対策はしっかりな」


 見回した一同がそれぞれ頷いたのを確認し、ジョンは言った。


「最後の安全地帯だ。今の内に覚悟作っとけよ」


 唱和された応答は、既に揺るぎないものだった。





手紙、は十話後日談につながるものです。

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