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第十話 後日談

第十話 後日談







 エーデルシアス王都、グリアン。国の象徴ともいえる、その堅固かつ美麗な意匠の城の一室で、王太子シルファーレイ・エーデルシアスはいつものように書類仕事をしていた。無心に字を追っていた眼がふと止まり、机横の水盆に移る。水盆は淡い光を帯び、水面が揺らめく。程なくして、眠たげな声が聞こえた。


『レイ~』

「…あなたですか」


 シルファーレイは溜め息をつき、椅子を動かして水盆を覗き込む。そこには、旧知の仲である隣国の王太子の顔が映っていた。

 話の内容は言われずとも解っていたので、シルファーレイは単刀直入に切り込む。


「そちらのあの宣言から言って、リディエーリア姫から報告が?」

『ご明察。多分そっちと同じくらいだと思うよ。でもきっと、書いたのはルイス君だね。エリアの字じゃなかったから』

「…そうですか。今回の件…例のことだと思いますか?」

『だろうねえ』


 ヴィンセントは薄く微笑む。


『ガルイード、だっけ?僕の記憶が正しければ、相当有能な奴だったはずだ。奴が有能じゃなきゃクリスティアーナが取り立てるはずがない。そしてその本質に――クリスティアーナは気付けなかった。彼女は負けたんだ』

「同感です」


 沈黙が部屋に落ちる。しばらく考えを巡らせていたシルファーレイは、ひとつ息をついてペンを取った。


「そちらの軍の再編と各地の強化は?」

『抜かりないよ。…あー、魔騎士団はちょっと欠けてるけど』

「…前々から思っていたんですが、国家機密を簡単僕に漏らすのはいかがなものかと…って、欠けてる?」

『そーなんだよ~。ちょっと聴いてくれない?』


 


 以下、ヴィンセントの回想による。





――――――――――――――――――――――――――――




「なんですって…?」


 わなわなと目の前で震える三人の騎士に、ヴィンセントは気の毒そうな目を向けた。


「だから、入れ違い。リディ、五日前までここにいたんだよ。そうだね、二ヶ月くらいはいたかな?でもそのあと隣国の王子様と一緒にどろん」

「お、うじ…?」

「あれ、聞いてない?エーデルシアス第二王子、ルイシアス殿下。『氷の軍神』だよ」


 沈黙を挟んでの反応は、三者三様だった。


「やりましたわねリディ様!嫁の貰い手が出来ましたわ!!」


 三人組の紅一点、マリアは目を輝かせて叫び、


「おと…こ?マジで?あの姫様に?え?節穴?」


 呆然としたまま自分が何を言っているが気づかずに暴言を発したのはボケ担当クリス、


「明日の天気は槍ですかね」


 彼らのリーダーのキースは真顔でそう言ってのけた。ヴィンセントは堪えきれず爆笑する。


「君らっ…エリアが聞いたら殺されるよっ…」


 しばらく笑いにのたうってから、彼は滲んだ涙を拭き拭き今更な質問をした。


「ていうか、君らなんで帰ってくるまでこんなにかかったのかい?死んだかと思ってた」

「ひどっ!」

「いつものことですよぅ。迷ったんです。キースの方向音痴のせいで。ジルフェイにリディ様が向かったって情報自体仕入れが遅かったんですけどー。おまけに着いたら着いたでもうオルディアンに戻られたっていうし。散々ですよぅ」

「貴様ら人を方向音痴というなら自分で道を探せ!!」

「…よく生き延びたねえ…主に」


 ジルフェイ山地自体踏破するのは相当苦難だが、さらに迷ったとなると生き延びたのは奇跡に近い。…まあ、普通の人間なら、だが。


「食糧面で」

「ホントですよ!マリアと野宿の苦しさったら…!こいつ一回狩った猪五分の四一人で食ったんすよ!有り得ねえ!」

「クリス、慎め。殿下の前だ」

「今更だよ、キース。いやはや、ホントに大食らいたね、マリアは」

「誉めてもなにも出ませんよぅ」


 別に誉めたつもりはなかったが、いちいち気にしていたら王太子は務まらない。


 笑いながら、そろそろかなーとヴィンセントが思ったちょうどその時、冷たくすら聞こえる声音がほのぼのした空気を斬って捨てる。


「殿下。世間話はそのへんになさってください」


 そんな軌道修正をかけたのは勿論キース。銀縁の眼鏡(伊達)をくいっと上げて、詰問する。


「リディ様はどこに行かれたんですか?」


 ヴィンセントは淡く微笑う。


「今回は僕は追えと言うつもりはないよ。――それを知った上で、訊いてどうするの?」

「決まっています。――追います」


 毅然と言い切ったキースの姿に、マリアとクリスも自然と背筋を伸ばして王太子に向き直った。コントはここまでのようだ。


「我々はリディ様の護衛騎士です。守るべき主を欠いて、騎士を名乗ることは出来ますまい」

「忘れているようだけど、キース。君達は、僕が『彼女』を監視する為にエリア付きにしたんだよ?本来なら君達は、オルディアンのトップエリートにして最終戦力、魔騎士団に所属しているはずだ。つまり、主は僕だよ?」


 マリアとクリスの顔が強ばる。それは確かな真実で、でも今となっては事実ではない。キースは躊躇いもなく言い切った。


「かつてはそうでした。今は違います」

「……」

「貴方がお仕えすべき王であることは間違いありません。しかし、我らの主はもうリディ様です。剣は主の元に在ってこそ剣です」

「そのために魔騎士団を追放されてもかい?」

「ええ。リディ様は我らを解雇なさったりはなさらないでしょうから。もし貴方が我々を手打ちにしようとなされば、リディ様は貴方に炎を向けるでしょう」

「…随分な自信だ」


 言いながら、ヴィンセントはあながち間違いではないとわかっていた。常日頃自らの護衛騎士を鬱陶しがるような様でいて、その実リディは彼らにとても信を置いている。リディが彼らを信頼し、彼らがリディに心からの忠誠を誓うようになる年月は、確かに流れた。十中八九、キースの言う通りになるはずだ。

 ヴィンセントはちらっとキース以外の二人に眼を移した。――彼らもまた、キースと同様に迷いのない眼をしていた。


「わかった。僕の敗けだよ」


 軽く手を上げて降参の意を示し、ヴィンセントは続ける。


「行き先はイグナディアだ」


 三人が息を呑む。かの国の情況は、多かれ少なかれ耳にしているのだろう。


「でも君達は多分――て、あれ」


 ヴィンセントの言葉を待たず、三人の騎士は身を翻していた。扉の前で一旦立ち止まり、振り返る。


「着いたら知らせます」


 もはや無礼も何もあったものではない。


 短く言って一礼し、そのまま彼らは出ていった。あとにはぽかんとなったヴィンセントのみが残ったのである。





―――――――――――――――――――――――――



『ってワケでー。僕の貴重な戦力はエリアに持ってかれたの』

「……。そうですか」


 いつしか止まっていた手からペンを離し、シルファーレイはこめかみを掻いた。


「行ったところで入国出来ないでしょうに」

『だよねえ。そう思って国境の街に速馬は送ったんだけど…まあ、なるようになるよ、きっと。――ザイフィリアの方の件もね』


 ふわあ、とひとつ大きな欠伸をして、ヴィンセントは手を振った。


『それじゃ、僕も会議あるから失礼するよ。…身の回りには気を付けてね』


 最後に素っ気なく言って、ヴィンセントの写し身は水面の揺らめきと共に消える。

 来た時と同じように、唐突に静けさの戻った部屋で、シルファーレイは一人苦笑した。


「…わざわざ長話をせずとも、貴方の言いたいことくらいわかってましたよ」


 クリスティアーナの死。それが彼にとって、自分にとってと同じように、衝撃だったのは想像に難くない。


「…世界と弟の行く末を見届ける前に、死ぬわけにはいきませんからね」


 低く呟いてから、別の書類を手にとって眉根を寄せたシルファーレイは、「エドワード!」と一つの名前を呼んだ。すぐに扉が開かれる。入ってきたのは、まだ若い、実直そうな面立ちをした、少年といってもいい年頃の騎士だった。


「お呼びになりましたか、シルファーレイ殿下」

「ええ。一つ頼みたいことがあるのですが、聞いてくれますか」

「殿下の仰せであれば、いかようにも」

「――ザイフィリアとフェルミナの国境の町、アグライヤに行ってください」


 エドワードの眼が軽く見開かれた。それから小首を傾げて聞いてくる。


「任務内容をお伺いしても?」

「詳細はこっちに」

「は。……って、えええええええええええ!?」


 手渡された資料を眺めて、エドワードは叫んだ。シルファーレイはこの騎士のこの素直さを気に入っている。


「シッ、シルファーレイ殿下、これっ」

「ええ。間諜も半信半疑で報告してきたのですが…本人のようです」


 楽しそうに笑うシルファーレイの顔を見て、エドワードはしみじみと呟いた。


「…まさかこの目でお目にかかれる日が来るとは思ってませんでした、僕」

「なかば生ける伝説のような人間ですからね。ですが今、彼が必要だ」


 トーンが変わったのに耳ざとく気づいて、エドワードは姿勢を正した。鳶色の眼が鋭く細まる。


「――では、僕の任務は、この方の強制送還ということですか」

「君は察しが良くて助かります。ですが彼も敏い。下手な手を打てば逃げられるでしょう」


 片手の指でトントンと机を叩きながら、シルファーレイは続けた。


「ひと月もすれば、ルイシアスもそちらに行くはずです。君の表向きの任務は、彼の補助ということにしましょう」

「補助、ですか?」

「……。今アグライヤ周辺では、悪竜が集団発生しています」

「…マジですか」

「マジです」

「…うーわー」


 天井を仰いだ少年に、シルファーレイは苦笑を向ける。


「パリス・ダールトンをつけましょう。彼には適当に言い含めます。どうせルイシアスに手ひどく追い返されるでしょうから、そののち本任務の説明を彼にして、手筈を整えてください」

「……あいつですか」

「あの者だからこそ、ルイシアスの眼も誤魔化せるというものです」


 あからさまに嫌そうな顔をしたエドワードをなだめ、シルファーレイは改めて言った。


「では頼みますよ、エドワード。その持てる力全てを持って、任務に当たるように」

「――了解いたしました。ではこれより、準備に向かいます」


 ビッと敬礼して、エドワードは部屋を出て行った。

 あとにはシルファーレイと、しんとした沈黙のみが残る。


「……」


 束の間、ついと上げた視線で虚空を睨み。

 シルファーレイは再び、書類の山に埋もれていった。


これにて第十話は終了です。もうずいぶん前に思える三人組のようやくの再登場でした笑

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