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第十話 安寧への撃鉄 (8)

第十話 安寧への撃鉄 (8)







「ですから、狩人には報告義務があり…!」


 場所は変わって、闘技場内のとある一室。ルイス、リディは床に正座をさせられガミガミと説教を食らっていた。スヴェンはそれをおろおろと見ている。


「ましてや死亡の噂が流れていると知りながら、生存報告もせずに正体を明かさず大会に出るなど、言語道断です!」


 その通りすぎて、リディはともかくルイスも言い返せなかった。


 確かに最初協会を訪れた際彼は留守だったが、日を改めれば会えたはずである。それを怠った手前、反論する術がなかった。


「でもまあ、一先ず報告を聞きましょうか。椅子に座りなさい」


 一通り説教すると、ジークリードはため息をついて三人にそう促した。ルイス達は顔を見合わせ、おずおずと備え付けのソファに腰を下ろした。

 この部屋に案内してくれたスタッフが淹れた、すっかり冷めてしまった紅茶を不味そうに飲みながらジークリードは淡々と言う。


「君達がシュリアグランデの事件を解決したのは知っています。その直後姿が消えたともアリステア殿から聞きました。また、君達の魔力押印を持った人間が荷物を引き取りにきたとも。ですがそこから先約三カ月の間、君達を見た者はいません。何があったのですか」


 ルイスとリディはちらりと互いの目を見交わし、ルイスが口を開いた。


「報告を怠ったことについては謝罪します。しかし、何があったのか――ということに関しては、申し訳ありませんがお話しできません」


 ジークリードの灰色の目が鋭く光る。


「どういうことですか?」

「ご存知かと思いますが、俺達は貴族出身です。そのことで少々ごたごたがあったと申し上げる他ありません」

「…つまり、御貴族様の事情には首を突っ込むなと?」


 冷たい口調に、ルイスは首を振った。


「そういう意味ではありません。ただこの件をお話ししてしまえば俺達以外にも害が及びます。あとは…知ってほしくない、という俺達の個人的な願いです」

「…前半はともかく、後半は身勝手にしか聞こえませんが?」

「そうですね。でも、秘密のひとつやふたつ、誰しも持っているものじゃありませんか?」


 ジークリードは目を眇め、ルイスを突き刺すような目線で見る。ルイスは黙ってそれを見返した。息詰まるような沈黙を、しかし別の声が遮った。


「どうしても納得出来ないなら、アリエルの狩人協会支部長に訊いてみたらいい」

「…は?」


 リディは金色の目で真っ直ぐジークリードを見据えていた。どこまでも強いそれに、ジークリードは少したじろぐ。


「あなたが本当に信用出来る相手なら、マスターは話すよ。あのひとの判断なら私は従う」

「ちょ、リディ…ていうかあのひと、俺達の素性なんて知ってるのか?」


 幾分慌てているルイスに、リディは片目を瞑った。


「前私がアイルで、君すら知らなかった情報を持ってたことがあったろ?」

「あ、ああ」

「あれね、所謂裏社会の情報網使ったんだよ。教えてくれたのが、マスター」

「……」

「あれ以来使わないようにしてるんだけどね。下手に流れても困るしさ」


 裏社会の情報網は、表とは比べ物にならない程広く、細かい。取り扱いには細心の注意が必要だがその分有益なのは確かだ。

 そしてそこなら、彼らふたりの情報があってもおかしくない。

 あのひと本気でナニモノなんだ、いや元『十強』か、とルイスが悶々としていると、向かい側から大きなため息がつかれた。


「…わかりました。これ以上の下手な詮索はしません。少々出過ぎた問いをしたことを謝ります」


 ルイスもリディも、そして半ば以上蚊帳の外に置かれていたスヴェンも目を瞠った。

 ジークリードが眼鏡をを人差し指で押し上げながらだいたい、と愚痴る。


「アリエルのあの方を出されてそれ以上口を出せる者などいますか。たいがい君も人が悪いですね」

「え、あ、はい?ええと、別に私は一番信頼している狩人協会支部長を上げただけで…もしかしてあの人有名なの?」


 これにはジークリードが絶句した。信じられないものを見るような目でリディ達を凝視すると、まさか、と前置いて言った。


「…もしや君達に、あの方は名乗られていないのですか?」

「え?んなバカな。名前くらい…」


 言いかけてリディは言葉をなくした。真ん丸く見開いた目をルイスと交わす。


「…知らないや」

「…知らねえな」


 聞いていたスヴェンはガクッと滑った。


(いいの!?それでいいの狩人って!?)


 一方ジークリードは再び大きなため息をついた。一気に疲労の溜まったような表情で首を振る。


「…そうですか。ではわたしも申し上げません。あの方なりの考えがあって名乗っていないのでしょうから」

「…なんかそれ余計気になるんだけど」

「諦めなさい。…それより、まだ話は終わっていません」


 一息で弛緩しかけた空気を拭い、ジークリードは再び姿勢をただしてルイス達と向かい合う。


「君達の口振りからすると、目立つのにメリットはないのでしょう。では何故、大会に出場しているのです?」


 それに対してルイスが口を開く前に、がちゃりと扉が開いた。


「それに関しては私達がお答えしましょう」


 室内に入ってきたのは、この国の最高権力者の二人だった。ジークリードが目を瞠り、ルイス、リディ、スヴェンがさっと立ち上がって席を譲る。それに軽く微笑んでから、クリスティアーナはジークリードに向かって優雅にお辞儀をした。


「昨日ぶりですね、ジークリード。この度は混乱させてしまって申し訳なく思います」

「いえ、女王陛下」


 ジークリードもすっと立ち上がり、胸に手を当て丁寧に腰を折る。


「ご機嫌麗しく、女王陛下並びに王弟殿下。…単刀直入にお訊きしますが、どういったご関係で?」

「友人兼、依頼人だ」


 シルグレイが答え、空けられたソファまでクリスティアーナをエスコートしてから自身はその斜め後ろに立った。ルイス達三人は既に壁際まで退いている。


「依頼人…ですか」

「ええ。貴方も聞き及んでいることでしょう――イグナディアの現状を」


 ぴくりとジークリードが身じろぎする。スヴェンは少し眉を寄せた。それらを確認しながら、クリスティアーナは続けた。


「かの国とはこの凡そ二月半程、連絡が取れていません。…かの国側から強力な結界が張られているから、というのは既にお伝えしましたわね」

「はい。入ることも出来ず、恐らくは出ることも出来ない――異常なものだと」

「あれは実は、人の手によるものではありません。魔族の手によるものです」


 ジークリードの顔が、驚きと畏れで強張った。数秒のち、自分を落ち着ける為か、敢えて感情を窺わせない声音で訊ねる。


「魔族――とは、なぜ」

「わかりません。ただ約三カ月前、ちょうどイグナディアが閉ざされる少し前、エーデルシアスの式典があったことを覚えていますか」


 無言の首肯に、替わってシルグレイが後を引き継いだ。


「これは箝口令が敷かれているが、…許可もあるし特別にお話しする。その場に、魔族が現れた」

「……!」


 横目でルイスの頷きを得ながら、シルグレイは言葉を慎重に選んで紡ぐ。


「子細は話せん。だが、魔族は数名を殺し、我々に言った。『イグナディアに来い』と」

「……」

「だがその場にいた者達は、殆どが国の大貴族、つまりは重鎮だ。そうそう国を離れられる者はなく――かろうじてこの二人くらいが、身を空けられかつ魔族にも対抗できる実力を持つという条件を満たしていた。…まあ、それまでの実績もあったがな」


 暗にそれまでの狩人生活を示す言葉にジークリードは呆れた。


(つまり先程の『実家のごたごた』はそれですか。そんな高い立場にいる癖になぜ狩人などやっているのでしょう、この二人は)


 一方ルイスとリディは冷や汗ものだった。

 合っているのはそもそも基盤だけだ。色々ツッコミ所がありすぎて笑えない。


「イグナディアが閉ざされて一番被害を受けているのはアーヴァリアンだ。そこで私と姉上はこの二人に依頼して、イグナディアに乗り込ませることにした」

「ですが、たった二人では死にに行くようなものです。ですから私が彼らに大会に出るように指示し、実力者を見定めるように言ったのです」


 スヴェンはそうだったのか…と一人唖然としていた。ルイスやリディが貴族だろうとは所作から解ってはいたが、王族に連なる者だったとは思わなかった。だが、逆説的になるがそれならばあの強さも納得がいく。


「そして、彼らが協力を頼みたいと言ったパーティに、私の方から狩人協会を通じて依頼の形を取るつもりでいました。少々予定が狂いましたが」

「……」


 ジークリードは少しの間考えに耽っていたが、不意にルイスとリディを見た。


「具体的に君達は誰に頼もうと思っているんですか?聞くまでもないかもしれないけれど」

「『ジィ』と『ノナ』、『テトラル』。『オクタ』も考えましたが、彼女達は魔術が使えない。相手に魔術を使わせずに倒すと言っても、それはあくまで人間相手です。人間より遥かに強い魔族や大量の魔物を相手に、魔術師がいないパーティは不適です」

「成程。それだけで相手の危険度がわかりました。…私は魔族というものに遇ったことがありませんので、今ひとつぴんときませんが…そこまで強いのですか?」

「相手は違うけど具体的に言えば、私達二人と『大刀のオーギーン』でかかっていっていいように遊ばれたね」


 淡々とリディが言えば、ジークリードは絶句する。


 現在の『神槍クラウディオ』がそうであるように、『二つ名持ち』は、狩人ヒエラルキーのトップに十強が君臨するのであるとすれば、十強ヒエラルキーのトップに位置している。その中のひとりとこの『ヘキサ』でかかっていって遊ばれた、とは冗談ではないのか。


「残念だけど冗談じゃない。…魔族についてはわかってないことも多いけど、相対した人間から言わせて貰えば――常軌を逸してる。上位竜ですら敵うかどうか。…まあ、魔族の中でも王様みたいだったけどね、あいつ」


 リディの台詞にようやく思考が追いつき、彼は唸った。


「セティスゲルダ、ですか。…式典に現れたのは奴ではないのですか?」

「違います。エカテリーナ、とか名乗っていました」

「…少なくともここ二百年ほどの歴史では初めて聞く名ですね。…わかりました。そのように手配します…と申し上げたいのですが、ひとつ…『テトラル』は既にこの街を去りました」


 少なくない驚きがジークリード以外の五人に下りる。数秒のち、残念、とリディが呟いた。


「じゃあ『オクタ』を…」

「申し訳ありませんが、それも出来ません。…このような大会はともかく、一つの国に『十強』が五つも集まるのは大陸全体から見て危険です」

「五つ?」


 胡乱な声に、ジークリードは頷く。


「あなた方『ヘキサ』、『ノナ』、『ジィ』、『オクタ』。そして二ヶ月半前にイグナディアの国内から本部に報告が届いたきり――『ペンタ』とは連絡が取れません」


 息を呑む音があちこちの喉から発された。敢えて淡々と彼は進める。


「通常『十強』は大陸各地に分散し、一般狩人には手出しできないような事例が出た場合に担う責があります。ですから、このような短い大会期間中はともかく、いつまでかかるかわからない今回の件に半分を配すことは出来ません」


 四つと五つ。数の差は小さいようで大きい。


「しかも今、フェルミナ・ザイフィリア間での戦争が悪化しています。あちら側にも、昨日向かった『テトラル』、及び『トリル』がいます。あちらはあちらで何やら手に負えない事件が起きているそうですが…本部は、これ以上の戦力の一極化を避けたいそうです。何やらきな臭い雰囲気も漂い始めていますし」

「…わかりました」


 応えたのはルイスだった。クリスティアーナ達の視線を受けながら、蒼い目に静けさを浮かべてジークリードを見つめる。


「この大会が終わり次第、俺達は『ジィ』『ノナ』と共にイグナディアに向かい、『ペンタ』と合流して早急に事態の打開に当たります。それでよろしいでしょうか」


 ジークリードは隣の少女とは対照的に感情の読みにくい瞳を見返し、深々と頭を下げた。


「…ええ。頼みます。では陛下、」

「はい。報酬はアーヴァリアン王家が言い値を払いましょう。――スヴェン。貴方はどうしますか?」


 それまでぼんやりと次第を眺めていた少年は、不意の従姉の言葉にびくりと目を見開く。リディが眉を寄せた。


「クリスティアーナ様、それは…」

「今この子は貴方達のパーティの一員なのでしょう?ですから訊いているのです。この国に残るか、それとも死地かもしれぬかの国へ向かうか」

「クリスティアーナ様!」


 非難の籠ったリディの叫びを、しかしクリスティアーナは無視してスヴェンだけを見据え続けた。

 スヴェンは戸惑ったように従姉を見返し、次いで黙って見守る従兄を見、狩人協会の人間を見――最後に少しだけ年上のふたりを見た。


 色の違う二対の瞳。金は従姉への憤りと心配を浮かべ、蒼は黙って静観している。

 スヴェンは束の間、この三日を思い出した。剣の勝負から始まり、寝食から鍛錬、そして試合も全て共に過ごしたこと。そこで得た、温かさ。優しさ。そして――毅さ。

 それに対して自分は何かを返せるのだろうか。


(僕じゃこのふたりの盾にはなれない。僕は、ふたりより弱い。――でも)


 スヴェンはすっとクリスティアーナと目を合わせた。


「――行きます」


(ほんの一瞬くらいの、足止めくらいならなれるから)









―――――――――――――――――――――




「本当に馬鹿!死ぬかもしれないんだよ!なんで来るなんて言った!?」


 あのあと、スヴェンの返答を聞いたクリスティアーナは顔色を変えたリディの抗議を聞かず、一瞬だけ寂しそうに笑うとあっさり頷き、ジークリードに処々の手続きを伝えるとさっさと城に戻ってしまった。…ちなみに、試合自体は二人がジークリードに説教を食らっている間に終わっていたらしい。


 そして今、やはり城に戻ってきたスヴェンは、ルイスと彼とで寝泊まりしている一室で、リディから激しい叱責を浴びていた。


「私達は義務もある『狩人』だ。だけど君は私達の仲間というだけで『狩人』じゃない。だから君が来る必要はない、スヴェン!」


 この三日、ルイスと口喧嘩をすることはあっても怒りなど見せたことのなかった彼女。それが今、真っ正面からスヴェンに叩きつけられている。殺気に似たそれは正直言うと怖かったが、スヴェンはそれを押し流す。


「わかってる。でも、決めたんだ。…アーヴァリアンの、依頼なんだから、アーヴァリアンの人間が、いた方がいい、でしょう」

「そういう問題じゃない!そんなものはどうにでもなる!万が一死んだらどうする気!?あのね…!」

「まあ待て、リディ」


 と、それまで沈黙を守っていたルイスがリディを羽交い締めにした。放せ!と暴れるリディを抑え、ルイスは感情を窺わせない瞳でスヴェンを見下ろした。


「スヴェン。本当に死ぬかもしれないぞ。待っているのは本気の殺し合いだ。その覚悟がお前にあるのか?」


 静かな問いに、スヴェンは微笑する。


 もう決めたのだ。死を恐れ怯えるくらいなら、一矢でも報いて死ぬ、と。


 その微笑に、ルイスは全てを読み取ったらしかった。ため息をつき、苦笑を返す。


「解ったよ。俺はお前の意志を歓迎しよう」

「ルイスっ!」


 途端に非難の声を上げたリディをルイスが宥める前に、スヴェンは小首を傾げて訊ねた。上目遣いの菫色の瞳が、哀しそうな色を帯びる。


「リディは、僕がいると邪魔?」

「……っ!?」


 リディは暴れるのも忘れて絶句、ルイスもぽかーんと顎を落とした。

 ややあってルイスがリディを放し、その場で腹を抱えて爆笑し出す。


「え?」


 スヴェンは何か問題なことを言ったか?と困惑した。単に思ったことを言ったまでなのだが。


「…これはっ…くくっ、将来が楽しみになってきたっ…」


 途切れ途切れに笑いの間から言葉を漏らすルイス。それを苦虫を噛み潰したような目で睨むと、リディは頭をがしがしとかきむしって呻いた。


「~ッ、邪魔な訳ない!くそっ、そんなこと言われたら怒れないだろ、馬鹿!」


 乱暴に言い捨てると、リディは足音も荒く部屋を出ていく。困惑したまま追うべきかと悩んだスヴェンを、未だ笑い止まないルイスが止める。


「いい、ほっとけ…照れてんだよ。しかしお前天然タラシときたか。うん、面白い」


 肩を揺らすルイスと、訳が分からず首を捻るスヴェン。

 武術大会の本選を控えた夜は、静かに更けていった。







――――――――――――――――――――――――




『さあ、皆さんお待ちかね!いよいよ武術大会も最終日!団体戦も本選を迎えました!』


 わああああ、という歓声。耳をつんざくそれに、しかしいい加減慣れたのかリディは反応を示さなかった。ただ腰に下げた剣を確かめ、鬱陶しげに髪を払う。

 正体を隠していたことで一騒動あるかと思っていたが、賭け対象外申請をしていたことで色々手が回ったらしい。野次や罵声は聞こえる限り飛んでこなかった。


『本選第一試合!役者は無名の新人かと思いきや、巷で噂の異例の二人パーティ、『ヘキサ』を従えたアーヴァリアンの神童、スヴェン・アイヒホルン!対しては傭兵の中でもトップクラスと云われ、仕事に失敗したことがないという凄腕、ラファエル・エルナデス!さて、どのような勝負を見せてくれるのか!』


「あんたら『ヘキサ』なんだってな。『オクタ』と相手しなくていいと思ったら序列上がくるとは。ついてないな」


 司会者の声を背景に、明るい茶髪に緑の眼の男はそう言って笑った。


「それは悪かったな。だが譲る気もないぜ」

「別に譲れとは言ってないさ」


 不敵に笑う男。その後ろでは、魔術師らしき男と鎖を腰に下げた男がこちらを黙って観察している。

リディとスヴェンは目を見交わして互いの担当を決めた。

 司会者が観客を煽るのを止め、こちらの動きを伺っているのを悟り、男はルイスに片目を瞑ってみせた。


「そんじゃ、観客待たせんのも悪いしとっとと始めるか?」

「俺に依存はないな」


 二人は腰からそれぞれ得物を手に取る。それを見て、後方にいる計四人も戦闘態勢に入った。


『――はじめっ!』


 高揚からかやたらと大音量の合図と共に、ルイス、ラファエルは地を蹴った。


 中央部で剣がぶつかり合うのを横目に、リディは素早く聖属性結界を構成する。一息で三つを作り上げ、ひとつを自ら、残りの二つを横の少年と金髪の青年向けて放った。

 自分の身が強い結界に覆われるのを感じて、スヴェンもまた地を蹴りつける。ゆったりしたローブを羽織った男目掛けて剣を振りかざし――直後横合いから足を取られて地面に引き倒された。


「っ!?」


 咄嗟に最低限の受け身をとって衝撃を緩和してから痛みを堪え、何が起きたのかを確認する。答えはすぐに出た。


(鎖っ…!)


 右足の茶色のブーツに、鈍い光沢を持つ分銅がついた鎖が巻き付いていた。


「スヴェン!」


 遠くからの警告。はっと顔を上げたスヴェンの目に、大きな火の玉が映った。

 ここで退場か、と彼が歯噛みした時、彼の前に細い躰が飛び出す。

 黒髪が炎に照らされ赤く染まる。そして掲げられた手の寸前で、火球はぴたりと停止した。


「この私相手に火なんて、いい度胸じゃない?」


 少女の目の前で燃え盛る炎。唖然とする周囲を余所にリディは嫣然と笑うと、「フレイア」と己の精霊の名を喚んだ。呼応して火球が小さくなり――だが、その色は赤から青へと変わっていく。

 それにつられるように青ざめた相手の男達目掛けて、にっこり笑みを浮かべたままリディは今や掌大に凝縮された青い玉を打ち出した。


 凄まじい速度で吹っ飛んでいく青い火。それをすんでのところで魔術師と鎖を操る男は避けた。彼らが寸前までいたところに火球は着弾し、轟音と共に大穴を開ける。


「……」

「中位程度の火じゃ私には通用しない。…スヴェン、立てる?」

「え、あ、うん」


 スヴェンは慌てて立ち上がる。右足を捕らえていた鎖はいつの間にか解けていた。


「…冗談きついな、おい。吸収して跳ね返してくるなんて聞いたことないぞ」


 魔術師がひきつった声で言った。リディは首を傾げる。


「そう?別に少なくないと思うけど」

「基準おかしいぞそれ」

「君が弱いんじゃなくて?」

「失礼な!そんなわけないだろう!」

「まあ私もこれできるのは炎だけだけど」


 肩を竦め、リディは剣を構える。スヴェンもその後ろでそれに倣った。


「エザク、防御は任せろ。魔術を攻撃主体にするぞ」


 鎖を回しながら男が魔術師に言い、エザクと呼ばれた魔術師は頷いた。


「――行くぞ!」









「あっちは派手にやってるなあ」

「魔術戦だしな」


 一方、ラファエルとルイスはひたすら打ち合っていた。隣から爆音が聞こえようが悲鳴がしようか、二人の剣は止まらない。それはお互い、自分の仲間を信じているからだ。


「しっかしお前やるなあ。いくつ?」

「二十歳」

「げ。俺より六も年下?負けらんねーなおい」

「体力は俺の方がある。だから負けろ」

「やだ」


 子供のような返事をして、ラファエルは薙ぐと見せ掛けた剣筋を斜めに変えて切り上げる。ルイスは髪数本を犠牲にそれを避け、お返しとばかりに足を跳ね上げた。


「うお、あぶねっ」


 間一髪で避け、転がる男。それは追わず、ルイスは息を整える。


(強い、こいつ…)


 飄々とした、を体現するような戦い方。変幻自在で先が読みにくく速い攻撃は、一瞬でも油断したらやられそうだ。

 ちら、とルイスは斜め背後を見る。リディとスヴェンは攻守を変えながら善戦している。上位程度に封印しているとはいえ、魔術も用いているリディがいるならまず大丈夫だろう。


「問題は、俺か」


 目にかかる、切り忘れて伸びてしまった前髪を払い、数歩離れた位置にいる男を見据える。彼は不敵に笑い、ルイスを見ていた。


「――ま、ここまで来たら負けたくないしな」


 ふっと唇の端を持ち上げ、ルイスは何度目かの攻撃に飛び込んでいった。











「うーん、埒があかない」


 炎と風を操りながらリディがぼやいた。その時は剣で鎖を弾き返していたスヴェンは、振り向かぬまま「なに、が?」と訊ねた。


「お互い決定打がないんだよ。鎖の方は言うに及ばず、あっちの魔術師も専念してからの防御力は感嘆もの…まず破れない。私が全力出したならともかく、そんなことしたら闘技場ごと吹っ飛ぶし」

「……」

「まあ消耗戦になっても魔力量じゃ負ける気しないけど、それも微妙だろ。あの結界どうにかして片つけたい」

「…結界解読、は?」

「あれ一応極秘技術。それに時間もかかるんだよ。その間に魔術食らってやられる。あれ、設置型の結界には使えるけど対個人に使うにはちょっと重い」

「…じゃあ」

「やっぱり力押ししかないよね」


 愉しそうなリディにスヴェンはげんなりした。その間も飛んできた小さな火炎弾を水結界で相殺する。


「…闘技場、吹っ飛ばさないで。修繕費、馬鹿にならない」

「…真面目な意見だね…でも集束させれば多分平気だ」

「…集束?でも、火じゃ…」


 魔術を発現するのは精霊だが、その発現形状、こめる魔力を調整するのは魔術師だ。集束とはそのまま、力を小さく凝縮して威力を尖鋭化させる、言わば槍の穂先を極限まで研ぎ澄ませるような形状指定のことだ。

 しかし火と、もうひとつ風はその性質上、威力は大きいが一ヶ所に集束しにくい。それは先程のリディが打ち返した火球からも解る。どれだけ凝縮しても、やはり火や風は基本周囲に力を分散させながら相手を砕く攻撃方法だ。つまり集束には向いていない。

 細かい調整に向いているのは雷、水である。


 そしてスヴェンはまだ穂の先だけを鋭く研ぎ上げる技術は持っていない。

 どうするつもりか、とリディを見上げれば、彼女は悪戯っぽく片目を瞑った。


「切札っていうのは残しておくものだよ?」











「キリがないな…」


 同じ頃、対峙する魔術師達もリディ達と同じような台詞を吐いていた。こちらは元々攻撃の主体はラファエルで、少年達のように全員が攻守を担当できるわけではない。男は完全に補助だし、魔術師にしても防御の方が得意だ。

 だがあの黒髪にしても、火魔術の威力はいっそ異常だが、他を使ってこないのを見ると一属性なのだろう。そして劣るとはいえこちらも火属性なのだから、致命的なダメージを負うことはない。


「ラファエルが来るまで保たせよう」

「だな」


 金髪の青年と戦う彼らがリーダー。彼が負けるとは二人とも思っていない。そして彼が加わりさえすれば打破できる。

 今勝負がつかないなら拮抗状態を保ち続ければよい――しかしその目論見は、突如浮かび上がった巨大な土塊に遮られた。






「そのまま叩きつけて」

「はい」


 スヴェンの手の動きに沿って、浮遊していた土塊が二人の男目掛けて墜ちる。しかし寸前で強化された結界がそれを砕き、バラバラに砕けた欠片や砂塵がその場の人間達を打ち、視界を塞ぐ。


「あ、危なかった…」


 魔術師は若干青ざめながら結界を見上げ、鎖を扱う男も冷や汗をかいていた。

 この視界ではこちらも向こうも何も出来ない。結界を緩めぬまま、徐々に晴れていった視界に、少年達の姿はなかった。


「なっ!?」


 素早く背中合わせになるも、左右前後に姿はない。だが二人ははっと上を見た。


「いた…!」


 昨日の試合。あの黒髪は、尋常でない跳躍力を発揮して空中から『オクタ』を破ったのだ。今日は銀髪の風魔術を使っているようだが。

 読みがあたり、喜色を浮かべながら魔力を練ろうとした魔術師は、しかし不意に顔をひきつらせた。


「どうした?」


 仲間の声に応えられない。宙に浮かび、こちらを見下ろしている黒髪――その手に集束しているのは、火ではない。


「うそ、だろ…」


 黒の指貫き手袋から覗く白い手に、白い光がまとわりついている。掌でパチパチと音を立てているそれは、――雷。


「おい、結界…!」

「わ、わかってる!」


 魔術師が魔力を追加し、結界強度を上げる。

 同時に掌に魔力を集束させきったリディは、それを地面めがけて打ち出した。


「わああああっ!!」


 上がる轟音。五本に分けられたそれは、魔術師の張った結界を貫いて、二人を取り囲むように地面に穴と焦げ目を作っていた。


「ちょっと痛いけど、悪いね」


 穴の開いた結界が霧散していくのを呆然と見ている敵の魔術師ににっこり笑って手を振り、リディは精霊に最後の命令を下した。


「解放していいよ、サンディルナ」


 ――五つの穴。強烈な雷によって空けられたそこにはまだ、魔力によって留められた雷が残っている。傭兵二人を囲むそれらは、リディの言葉によって解き放たれ――放電した。


「「うぎゃああああああ!!」」


 響き渡る絶叫、静電気を拡大化したような音響。

 それが終わった時には、地面にはぷすぷすと体から煙を上げた男が二人、気絶していた。










 別に行われていた戦闘、その結果にラファエルは一瞬自失した。


「なっ…」

「…派手にやりやがったなアイツ」


 舌打ちしてルイスは剣を振るう。剣先は反応の遅れたラファエルの目尻の下を擦り、彼は悪態をついて後退する。


「お前の仲間二人ともやられたし、降伏する気ないか?」


 ルイスは剣を構えながらそんなことを訊ねた。ラファエルはその間に自分を立て直し、諦観の漂う笑みを浮かべる。


「まさかやられるとは思ってなかった。――だがこうなったら、俺だけでもやられる訳にはいかねーよ」


 リディとスヴェンは地面に降り、自分達が倒した相手の様子を見ている。一瞬こちらを見たリディと目線を交換してから、ルイスは笑みを返し、「そうくると思った」と地面を蹴った。

 薙いだ剣先はかわされ、代わりに地面と水平に剣が振るわれる。ルイスはそれをしゃがみこんで避け、足払いをかけた。が、空ぶった。


「っと!」


 態勢を立て直し、一合、二合と剣戟を重ねる。十数合目で、ラファエルはルイスが肩に振りかぶった剣目掛けて突きを放とうとした。

 剣を落としてしまえばそれまでだ。魔術を使えるのはわかっているが、その前に決めてしまえばいい。

 その目論見を元にルイスの剣の平を正確に捉え――あっさりとそれが吹っ飛んでいったことに驚愕する。


「な――」


 剣を攻撃に合わせて手放したルイスは瞬時に身を丸めると、一瞬たわめた膝のバネを使って思いっきり肩から相手の腹に突進した。


「…いっ」

「がぁっ…!」


 予想以上に固かった腹筋にルイスが顔をしかめ、その場で前のめりになる一方、ラファエルは背中から吹っ飛んでいく。

 それでもなんとか倒れまいと地面につけた足は、だがしかし土ではない感触に滑る。


「え」


 傾く視界に剣を交えていた青年が映る。彼は倒れながらも手を前に突き出し、こちらを見て苦笑していた。

 背中が地面に打ち付けられる。一瞬神経に走った嫌な痛みを堪え、跳ね起きようとしたラファエルに、しかし鼻先に真上から剣が突きつけられた。


「はい。終わりでいい?」


 にっこり笑って自らを見下ろす黒髪の少年――いや、少女にラファエルは大勢を悟り、剣を手放して起こしかけた背中を地面につけ、両手を頭の横に上げた。


「ああ。降参だな」


 一瞬の沈黙、のち大歓声が沸き起こった。





次で終わる、かな…?(汗

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