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第十話 安寧への撃鉄 (7)

第十話 安寧への撃鉄 (7)






 その後二回戦の四試合が終わり、三回戦――予選決勝が始まる頃には空は赤みを帯びはじめていた。


「あ。決まった」


 リディの視線の先で、明るい茶髪の男の剣が相手――灰色の髪の男の盾を掻い潜り、その胸に吸い込まれた。実際にはその寸前で結界が効果を発揮し、灰色の髪の男は大した怪我は負っていないはずだが、勿論戦闘不能の判定が下される。

 二人の剣士の他に立っている者はなく、必然勝負の決着と同義となり、


『勝者、ラファエル・エルナデス!』


 司会者の叫び、観客の歓声がわっと上がった。リディ達の横を魔術士達が走っていき、倒れた者達に駆け寄る。五分後にはフィールドには誰もいなくなり、次なる試合への期待が観衆の間で高まっていく中、司会者が朗々と呼ばわった。


『では三回戦第二試合――『アインス・ザレッタ』対『スヴェン・アイヒホルン』』


 控室にいたルイスら三人は一瞬目を見交わすと、フィールドに出ていく。途端、歓声が耳を突き刺した。


「どうにかなんないのかな、これ…」


 リディが再び呻きながらも、反対側を見やる。反対側の控室からは黒ずくめの女性三人が姿を現していた。


『ご存知の方も多いかと思いますが、このザレッタ三姉妹は狩人の頂点のひとつ、『オクタ』でもあります!これまでの試合でも見せた、圧倒的な速度とコンビネーションと攻撃力は、再び我々を魅せてくれるのか!』


 ルイスはちらりと貴賓席を見上げた。クリスティアーナ、シルグレイの両名共がこちらを見下ろしている。ルイスは小さく口の端を吊り上げ、手の甲を彼らに見せるように僅かに上げた。


『対するは、未だ十四歳の神童スヴェン・アイヒホルンを軸とする謎の若者達!二試合を経てただ者ではないことは充分に証明されましたが、果たして『オクタ』を相手にどうやって戦うのか!』

「相変わらず負けると決めてかかってんなあのクソ司会者…」


 チッとリディが舌打ちする。スヴェンは従姉達を見つけて一気に感じた口の中の渇きをルイスの水魔術で解消しようかどうかわりと真剣に悩んでいた。


「お互い、健闘。」


 そっくりな女性三人の内、真ん中に立つ人がそう言って微かに会釈した。ルイスが軽くそれに応じ、リディとスヴェンと目線で意志を交換し後ろに下がる。

 その彼を庇うようにリディ、スヴェンが位置取り、それぞれ剣を抜く。リディは相変わらず一本だけだ。


「ツヴァイ、ドライ。いつもの通り。」


 『オクタ』も均等――扇状に散開する。準備が整ったと見た司会者が、声を張り上げた。


『勝者は本選!では、開始!』


 その瞬間、『オクタ』三人の内二人が掻き消えた。


「……っ!」


 否――正しくは『掻き消えて見えた』。凄まじい速さで間合いを詰め迫る短剣を、しかししっかりとその目で捉えたリディとスヴェンは怯まず迎え撃つ。キン、と高い金属音が木霊した。


「「…やる。」」


 女性達の言葉を信じればツヴァイとドライが同時に呟き、同調した動きで連撃を仕掛ける。スヴェンは目を細め、その一つ一つを丁寧に弾き返した。――が次の瞬間翻った相手の繊手から飛んだ銀色の針に頬を掠られる。


(!暗器っ…)


 けれどわじわとした痛みを無視し、スヴェンは思い切り右足を跳ね上げる。微かな手応えと共に、ドライが飛び離れた。


「……」

「……」


 共に無言で睨み合う。他の四人のことを意識から追い出し、スヴェンは目の前の敵だけ見据えて突進した。


(圧倒的なコンビネーションが持ち味…なら、)


 力を込めて剣を一閃する。ドライは空中に跳躍して避け、更に空から降らせてきた暗器を転がって避ける。


(簡単な話――三人を固まらせなければいい!)








 リディは横目でスヴェンの方を確認し、ふっと笑った。やはり子供は柔軟だ。昨日教えたことがしっかり身についている。


「余所見、禁止。」


 ツヴァイ(?)が短剣を喉めがけて振るってくる。リディはそれを一歩後退して避け、左手の五指を揃えて突き出した。危うく顔に突き刺さるそれを、ツヴァイがギリギリで避ける。


「油断、大敵。」


 ふっと背後から影が差し、アインスの短剣が迫る。しかしそれを、突如発生した突風が防いだ。


「俺を忘れるなよ?」


 不敵に笑うルイスが、中位に封印した精霊に指示を下し、『オクタ』のコンビネーションを阻害する。外套の下の剣を抜きたいところだが、それは諦める。


「あなた、邪魔。」


 苛立ったようにアインスが飛ばしてきた針をひょいと避け、ルイスは苦笑する。


「邪魔してなんぼなんでね」

「余所見駄目ってさっきそっちが言ってなかった?」


 リディが挑発的に言って、ふっとアインスの懐に入り込み、腹部に肘打ちを放った。


「ぐっ…!」

「アインス!」


 アインスが吹っ飛ぶ。叫んだツヴァイはそれを追った。


「三人コンビネーションって言うけどさ」


 それを見送り、リディとルイスは揃って片頬を上げた。


「こっちだって伊達にパーティ組んでないんだぜ。本気出さずに勝てると思うなよ、『三位一体(トリニティ)』」

「……!」

「ドライ!戻って。」

「スヴェン!」


 双方の声に、未だ剣戟を繰り広げていた二人はお互いの武器を弾き、それぞれの仲間のもとに後退する。少し息を弾ませているスヴェンに、リディが短く大丈夫?と訊ねた。


「…大丈夫。まだ、これからだよね」

「うん。次からは多分本気で来るよ」


 視線の先で何事か囁きあっていた『オクタ』がリディ達に向き直る。


「正直、舐めていた。」


 一人――もう誰だか解らない――が言った。


「認める。お前達は、強い。」

「だから、本気でいく」


 淡々と繋がる三つの声。リディ達も応じて身構え――次の瞬間、目を見開いた。


「うわっ!?」


 横合いから強い衝撃を食らい、スヴェンが吹っ飛ぶ。


「っ!」


 左右同時に柴電一閃仕掛けられた攻撃を、すんでの所でリディは防いだ。反射的にルイスが剣を抜きかけたのを視線で抑え、右手で握った剣を振って思い切り弾き返す。しかし次の瞬間背筋をぞっと襲った寒気に、脊髄反射のレベルで外套の下に隠していたもう一振りのサーベルを抜いて背後に振った。ガチッ、と硬い感触をに顔を歪め、瞬時に身を地に伏せて二つの短剣をやり過ごし――完全にはやり過ごせず右肩と左頬に傷を食らった――倒立の要領で二人を狙う。それを避けられた隙をついて、連続でバク転し、ルイスの前まで飛びずさった。


「大丈夫か」


 観客席からの「二刀流!?」だの「今まで本気じゃなかったってことか!?馬鹿な!」「ホントにナニモノ!?」とかいう声を無視し、ルイスがリディに声をかける。

 リディはこめかみを伝って唇まで降りてきた汗を舐め、唇を歪めた。


「三対一どころか、二対一でも私じゃキツい。今のでやられてても全然おかしくなかった。…『三位一体(トリニティ)』の名前は伊達じゃない」

「そうか。スヴェン!一旦戻れ!」


 張り上げられた声に、フィールド上で九十度程移動した場所で転がっていたスヴェンがむくりと身を起こし、猛然と走り出した。


「させない。」


 『オクタ』の内二人が跳躍し、一体どこに仕込んでいるのかという量の暗器をスヴェン目掛けて擲つ。


「俺がそれを防げないわけないだろッ!」


 ルイスが素早くウェーディを喚び、大量の暗器を吹き飛ばす。リディも牽制でナイフを投げ、その隙にスヴェンは二人の足元に転がり込んだ。


「怪我はないか」

「大、丈夫。すみません」

「気にするな。正直俺も舐めてた」

「さて、どうしようね」


 一人『オクタ』から視線を外さず、リディが言った。頬から首に伝った血を、無造作に拭う。


「一対一ならともかく、三人まとめてこられちゃ私達三人で迎え撃っても無理だろ。なんとか分断しないと」

「そうだな」


ルイスは数秒、思索を巡らせ――よし、と頷いた。

「二人共、いいか――」









 何やら作戦会議をしているらしい少年達を見て、『オクタ』は薄く笑った。恐らくこちらをどうにか分断してコンビネーションを崩そうというのだろうが、そんなあからさまな弱点をこちらが改善していないとでも思うのだろうか。だいたい、よしんば分断されたとしても、あの黒髪の少年にあたれば二人がかりで負ける可能性もなくはないが、銀髪の少年にはサシで負ける気もしない。

 魔術士など懐に入れば一発だし、最後に黒髪の少年に三人でかかれば問題ない。


 そんな思考を共有していると、相手に動きがあった。――やはり、剣士の二人が飛び出してくる。


「ツヴァイ、ドライは黒髪。銀髪は私がいく。」

「「了解。」」


 フィールドの丁度中央で五人が激突する。アインスは銀髪の少年と刃を交え、その少年の強張った顔にくすりと笑った。…それが、いけなかったのかもしれない。


 ドッ、と隣から鈍い音がして、思わずそちらに目を向け――驚愕した。


 黒髪の少年が、ツヴァイに蹴り飛ばされてこちらに吹っ飛んできていた。その向こうで、ツヴァイとドライも唖然としている。多分牽制のつもりだったのだろう。…なのに彼が吹っ飛んでくる、それはつまり。


「今頃気づいても、遅いよ」


 銀髪が微かに笑う。次の瞬間、アインスの躰は鈍い衝撃と共に黒髪に巻き込まれ、フィールドの東側に吹っ飛んだ。


「スヴェン!」

「はい!アーシェッ…!」


 ゴゴゴゴゴ、という地鳴りが辺りを震わせる。俄に闘技場中が騒然とする中、フィールドの中央に馬鹿高い壁がせり上がる。


「なっ…!」


 咄嗟にツヴァイが動こうとする時には、土の壁は到底人には飛び越えられない高さまで到達していた。

 壁より東側で、起き上がった黒髪――リディは、敢えてまともに攻撃を受けたせいで痛む腹を抑えながらも、アインスに向かってにやっと笑った。

 壁より西側で、壁を作ったスヴェンを後方に下がらせたルイスが、ゆっくりと自らの方に向き直る二人に向けて不敵に笑った。


「「さあ、さっさとケリをつけようか」」







――――――――――――――――――




「隣、失礼する」


 ルイス達と『オクタ』の試合を、わくわくしながら観客席の最後列で観戦していたジョンは、出し抜けに横合いからかけられた声の主に目を向け――ぎょっと目を見開いた。


「デ、ディオさんっ!?」


 それでも周りの注意を惹かないように小声に抑えたのは流石といえる。クラウディオは軽く会釈し、ジョンの隣に腰を下ろす。


「どうかしたんですか?俺に何か用でも?」


 内心なにを吹っ掛けられるのかびくびくさていたジョンは(何しろ同じ『十強』と言っても格が違う)、強面に戦闘中のような鋭い光が灯っているのを見、眉をひそめた。


「ジョン。お前、あいつらの知り合いか」


 あいつら?と、クラウディオの視線を追ってたどり着いた人物に、この状況じゃそりゃそうかと一人苦笑いして、何でもない風に頷いた。


「ええ。前一緒に仕事しましてね」

「何者だ。狩人か?」

「ええ。最初見た時は呆れたもんです」


 視線の先で、姉妹の攻撃を上手く利用して一人を巻き込み黒髪の少年が吹っ飛んでいった。あれが実は少女だと知ったら、この会場はどんな反応を示すのだろうか。


「…ただ者ではないだろう」


 遠回しな探りに、ジョンはしかし苦笑するだけに留めた。勝手にバラしたと知れたら何をされるかわからない。むろん自分が。

 そのとき一際大きなざわめきが起こり、ジョンとクラウディオは同時にフィールドを見、前者はひゅうと口笛を吹き、後者は瞠目した。


「おお。ついに抜いたか」


 今まで魔術士役に徹していた金髪の青年。彼が、銀髪の少年と役割を交換したかのごとく外套の下から長剣を抜き放った。


「ディオさん。よく見てるといいですよ」


 ジョンは唇を持ち上げる。


「あの中じゃあいつが一番、強いんですから」

「は……?」


 クラウディオが眉を寄せた、その後ろから。


「その話、詳しく聞かせてもらえますか…?」


 どす黒く染まって響いた低い声に、一拍後、それぞれ《十強》のリーダーを務める二人の男は恐怖にひきつった面持ちでもって振り返った。







―――――――――――――――――――




「多分このまま出し惜しみしてたら負けると思う」


 数分前――作戦を伝えながらルイスは言った。


「あの三人相手にお前ら二人は正直荷が重い。だから悪いがスヴェン、お前は魔術使ってくれ」

「はい」


 迷わずスヴェンは頷いた。自分では彼女達に対抗出来ないのは明白だ。


「まずスヴェン、リディで突っ込む。多分スヴェンに一人、リディに二人で来る。攻めずに防戦に徹して、機を見てリディ、スヴェンと戦ってる奴に向けて飛ばされろ。で巻き込んで引き離せ」

「…それ、つまり攻撃食らえってこと?」

「そ。ま、腹あたりが妥当だな。腹筋で踏ん張れ」

「簡単に言うね…まあ、やるしかないか」


 そうして彼らの作戦は成功し――今に至る。



「あの子、剣も使えたの。」


 向かい合う女の訊ねにリディは肩を竦めた。

 リディから見て左手は馬鹿高い壁がそびえ立ち、向こう側の様子は一切窺えない。コンビネーション分断は上手く行った。


「どっちかっていうと剣のが本業。あいつは強いよ?」

「…あなたも、強い。」

「それはどうも。まあ日も暮れてきてるし、後続の為にもさっさと終わらせようか」


 しゅっと逆手に持っていた剣を回転させ、片方を正眼に、片方を躰の横に構える。『オクタ』の一人も、短剣を構えた。


「……っ!」


 数秒にらみ合い、ほぼ同時に地面を蹴る。キィン、と甲高い金属音が木霊した。


「っ、く」


 『オクタ』の裏拳が肩を捉え、リディは顔を歪める。

 

 速さは『オクタ』に分がある。リディも速度と手数重視のタイプだが、特化した彼女程ではない。

 ただリディには、“王族”であるがゆえの身体能力と、速度で勝る自分の技量の上をいくルイスの戦い方を見てきた経験があった。

 首の皮を掠め、脇腹を掠る刃を無視し、身を屈めて間合いを詰める。左肩から突っ込むようにして仕掛け、力を込めて左の剣を振り抜いた。


「っつ!」


 剣先は『オクタ』の籠手を擦り、彼女は痛みに顔をしかめた。


(あの細い躰で、この力っ…!)


 いつもならそのまま第二撃に移る所を身を引いて、リディは瞬間飛んできた針をさっとかわした。そして足元を一瞥し、にやっと笑う。


「使わせてもらうよ!」


 リディが足元から引き抜いたそれに、アインスはぎょっとする。それは先程からの攻防であちこちに突き刺さっている、彼女達の暗器。


「やっ!」


 鋭い気合いと共に擲たれる銀の針。それは初心者とは思えない速さと正確さで飛来し、驚愕した為に反応の遅れたアインスは紙一重で転がってそれを避ける。そして素早く起き上がった彼女の視界に、黒髪の少年はいなかった。


「なっ、どこにっ…」


 前は勿論左右にも後ろにもいない。狼狽した彼女の耳に、「ここだよ」という軽快な声音が届いた――上から。

 上方――アインスの真上から、黒髪の少年が落ちてくる。否、跳躍を終えて向かってくる。


「ありがとう、楽しかったよ」


 幼さの少し残る顔でにこりと笑い、少年は咄嗟にアインスが構えた短剣ごと、アインスに剣を振り下ろした。








 一方――。


「ま、こんなもんだろ」


 ルイスは肩に剣を担ぎ、息を吐いた。左手は途中で攻撃を食らった為にぶらりと下がっているが、細かな傷を除けばそれ以外はほぼ無傷に近い。

 左右少し離れた所には『オクタ』の二人が倒れている。


(す…凄い…)


 それら一部始終を目に収めたスヴェンは、ごくりと唾を呑んだ。鍛錬の時などから強いのはわかってはいたが――。


 リディが相手の力を利用する柔の剣だとするなら、ルイスは剛の剣だ。かといって力任せな訳ではなく、相手の剣筋の先の先まで読む思考力と冷静さ、それを踏まえた最適な道を見つける早さ。何より、単に力任せにせずとも、もともと充分の力強さ。氷のように鋭く在りながら、岩のように重い。そんな剣だ。


 ツヴァイ、ドライの神速のコンビネーション攻撃を落ち着いて捌き、強打によって作った隙を突いて迎撃。リディはどちらかというと攻撃特化タイプだが、ルイスは違う。守りにも攻めにも強い。でなければ、あの凄まじい応酬を防ぎきった上での反撃など、出来はしない。


「スヴェン、壁戻していいぞ」

「あ、うん」


 はっと我に返り、慌てて土精霊に命じて壁を崩させる。みるみる内に視界が晴れ、その向こうからリディの姿が見えた。


「怪我ないー?」


 手を振ってやってきたリディは、真っ先にそう言った。ルイスがひらひらと手を振る。


「ま、打撲と擦り傷程度だな。そっちは?」

「私もそんな感じ。あでもちょっと脇腹痛いかも…。さて…」


 揃って観客席を見上げる。今や怒号の飛んでいるそれは、多分『オクタ』に賭けていた人数を物語っている。ジョンの高笑いが目に浮かぶようだ。


『しょ、勝者スヴェン・アイヒホルン!い、いったい…』


 司会者も困惑を隠しきれない。


 狩人最高戦力がひとつ、『オクタ』が名も知れぬ若造に敗れたのだ。この場の誰もが予想し得なかった事態に動転するなという方が無理だろう。


「…うーん、やり過ぎたか」


 しまった、と剣を納めたルイスが頭をかく。つい熱くなってしまったが…自分達の目的は、違う場所にあったのではなかったか。


「ここまで来たらいっそバラした方がいい気もするんだけど」


 耳を塞ぎながらリディが言った。下手に痛い腹を探られては困るのだ。


 このまま控室に下がるのもどうかと思い、どうするか、と考えあぐねていた時。


「ルイス・キリグ!リディ・レリア!君達は何をやっているんですか!?」


 数千の観衆の喧騒を貫き、一つの凛とした声が場を打った。


「げ。名前…」


 リディが顔をひきつらせるのを余所に、ルイスは声の主を探す。程なく、観客席の最上階に男――何故か項垂れているジョンとクラウディオを従えている――が仁王立ちしていた。黒髪を七三分けにし、眼鏡をかけた上にシワひとつなさそうな礼服を着て、パッと見城の文官のようだ。が、その印象は本人が否定した。


「わたしはハイレイン狩人協会支部長、ジークリード・クラインです!そこの現『ヘキサ』、旧『自由時間(フリータイム)』、ルイス・キリグとリディ・レリア!君達は三ヶ月の間報告をすっぽかした挙句、何故そんなところにいるんですか!」


 あ、終わった。


 ルイスとリディは同時に思った。どうしようか悩む必要などなかったのだ。ここまで徹底的に暴露された上で取り繕うことなど不可能だ。


 勇気ある司会者が、怒り心頭といったご様子のジークリードに恐る恐る声をかけた。


『あ、あの、ハイレイン狩人協会支部長殿…その、彼らが『ヘキサ』というのは…』

「部外者は黙っていなさい!」

『はいいいっ!』


 が、凄まじい一喝に悲鳴をあげてすっこんだ。…あの剣幕相手だ、無理もない。観衆も一様にビビっていた。


 だがこの状況、試合の進行に多大な悪影響となっていることは間違いない。まだ二試合残っている訳だし、せめて場を変えなければならない。

 そんなルイスの焦りに助け船を出したのはシルグレイだった。


「ジークリード、ここではなんだから場所を替えてくれ。次の試合が出来ん。一室用意するから話はそこで」

「…そうですね。わたしとしたことが頭に血が昇っていたようです。…そこの三人、聞いていましたね?さっさと部屋にくるように」

「…了解」

「…スヴェンもかよ。…ごめんスヴェン」

「いい、ですよ。僕も今は貴方達のパーティ、ですから」


 ルイスら三人は満場の視線を浴びながら、控室の方に戻っていく。その頃になってようやく治療術士達がフィールドに入り、『オクタ』に駆け寄ったことで、試合は終わりを迎えた。

 こうして三回戦第二試合は、波乱の内に幕を下ろしたのだった。




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