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第十話 安寧への撃鉄 (6)

第十話 安寧への撃鉄 (6)






「予想以上に弱かったね。口ほどにもないっていうか」


 試合の後昼食を取ってから、三人は観客席に回っていた。先程の試合の経過のせいか、周辺から視線や囁き声が向けられたが、スヴェンも、ルイスやリディもいたって平然としていた。


「いや、実際俺達も強くなってるんだと思うぜ。ま、そうじゃなきゃ困るけど」

「だよね。あれだけ鍛錬重ねて成長ゼロだったら泣けてくる」

「伸び代はお前が一番多いから、スヴェン、鍛錬怠るなよ」

「うん」


 眼下では既に第十三試合が始まっている。初戦は力量差が開いた者同士の戦いが多いようで、割りとあっさりと決着がついていた。


「まあ、そうじゃないと面白くないんだろうね」


 下位で強者同士がぶつかり潰しあった結果、決勝があっさり終了とか失望にも程がある。


「次、誰?」

「さっきの試合の勝者だから――『ロビン・エンデル』だな。確か魔術師もいたはず」


 ふうん、とリディは頷いた。


「じゃ、ルイスも魔術師ってことで」

「…え」

「だって私とスヴェンはさっき剣で戦っちゃったし。次からは相手も舐めてかかってきてはくれないだろうからさ」


 確かに実力差はあったが、対戦相手が完全にこちらを舐めきっていたことと、直前のリディの挑発もあの一瞬の決着には大いに作用しているだろう。

 だが勝ち進んだ以上、次からはそうはいかない。三人全員戦わなければ負ける可能性も高くなるだろう。

 …だが魔術を全く使わずに魔術師と対抗するには、三人とも魔術に慣れすぎている。要するに、魔術には魔術で対抗することが定石であり、剣一本で立ち向かうのは辛いのだ。

 普通の相手ならまだしも、ここは大会――しかも次からは戦いを勝ち抜いた強者同士の争いになる。舐めたら痛い目にあうのは自分達で実証済みだ。

 かといって三人ともが魔術を併用すれば…色々と後が面倒くさい。決勝に上がってしまってからはともかく、出来るだけ穏便に行きたい。


「…わかったよ」


 その辺りを勿論ルイスは理解していたが、剣を振るえないのは残念の一言に尽きる。けれど仕方ない、と了承のため息をついた。


「…あ。『ジィだ』」

「お。…て、試合進行早くないか?」


 いつの間に二試合終わったのか。半ば呆れながらも、三人は会話をやめ眼下に視線を向けた。会場の雰囲気が俄に緊迫感を帯び、満場の視線がフィールドに集まった。







 フィールド上には、『ジィ』の三人――クラウディオ・ガウス、ツェツィリア・クロノヴァ、ルネ・フォーレ…槍士、剣士、魔術師の組み合わせ。対する相手はまだ若い、剣士二人、魔術師の三人組だった。


『第十五試合、『クラウディオ・ガウス』対『ハワード・ロードル』。…ええと、開始』


 司会者の声がしぼんでしまったのも無理はない。ハワード・ロードル組は明らかに駆け出しの狩人で――まあ見かけで判断するのはいけないと第五試合で学んだものの――まず『ジィ』相手に対抗出来るとは思えない。それ以前に、『ジィ』相手にこの大会に集った面子が対抗出来るとも思えないのだが。


「…悪いが、退く気はないぞ」


 クラウディオがぽつりとハワード達に言った。彼なりに場違いだという自覚はあるらしい。

 対して、ハワード達三人は苦笑してみせた。


「わかってますよ。何の理由か知りませんけど、出てきた以上負ける気はないんでしょう」

「…ああ」

「かといって私達もこのまますいません降参ですってのは情けないからヤなのよね。初戦で『ジィ』と当たるほどついてないとは思わなかったけどさー。あーあ、エイトの不幸体質」


 魔術師の少女が言えば、その隣の、背に大剣を帯びた少年が泣きそうな顔で言った。


「俺のせいなの!?そりゃ不幸体質は認めるけどさ!」

「――今回ばかりは不幸とは言わないよ」


 ハワードがすらりと腰から細剣を抜き、腰に下げていた小型の円い盾を構える。優しげな顔に、不敵な笑みが浮かんだ。


「僕達狩人の憧れ――それも『十強』の中でも序列二位の『ジィ』と戦える機会なんて、そうそうない。胸を貸して貰おうじゃないか?」

「…全く」


 肩を竦めた少女が数歩下がり、その際にもう一人の少年の足をげしっと蹴った。


「いった!」

「我らがリーダーがやる気になってるんだからしゃきっとしなさい。行くわよ」


 少女の掌に魔力が集まり始める。エイトという少年も大きく呼吸すると、大剣を背の鞘から抜いて構えた。

 それら一部始終を見守っていた『ジィ』は、内心感じていた優しい感情を敢えてしまいこみ、それぞれ武器を構えた。


「手加減は要りません。こっちは全力で行きます」

「…ああ。来い」

「――では」


 ハワード、エイトは思い切り良く地を蹴った。








――――――――――――――――――――





「…うん、いい試合だったわ」


 第十五試合が終わり、控室にいったツェツィリアは笑った。


「ああ。連携も上手かったし、技術も結構高い。なにより…まだまだ伸びそうだ」


 クラウディオも微かに笑う。


 自分に突進してきたハワードは、彼の突きをクラウディオがかわし、返す刀で片をつけようとした攻撃をかわしてみせた。多少手加減していたにしろ、相応の速度をもった自分の槍を、反射神経と素早い読みで避けてみせ、あまつさえ反撃すらしてきたのだ。そんな技術の持ち主、あの年ではなかなかいない。


 ツェツィリアの方も、身の丈ほどの大剣に振り回されずに扱いこなすエイトに驚嘆した。彼の場合読みはあまり上手くなかったが、それを補う反射神経は見事なものだった。


「……」


 ルネも、自分と相対した少女を思い返す。まだ十代半ばだろうに、その判断力と対応力はかなり高かった。惜しむらくは、魔力量が恐らくではあるが少ないことだ。


「若い世代が育っているのはいいことだわ」


 狩人の現役は、精々四十過ぎが限界だ。中には五十まで前線を突っ走りまくった例外もあるが、普通はそうはいかない。とすれば、平均年齢三十前後の『ジィ』も寿命は長くないだろう。


「若い世代っつーなら、『ヘキサ』が筆頭だと思ってたんだけどなァ」


 割り入った声はテディーのもので、やる気なさげにお疲れ、と拍手した。


 『ヘキサ』――『自由時間(フリータイム)』。途中多少人数の増減を経験したようだが、基本的に男女二人で旅をしている異例のパーティ。剣を使う上魔術も治療術も扱うふざけた連中らしいが――ここ三月弱、ぱったりと足取りが途絶えているらしい。もし本当に命を落としたのであれば、惜しいことだ。


「けどあのコ達。予想以上じゃない」


 テディーと共に入ってきていたマルセロが頬に手を当てて言った。ん、とテディーが頷く。


「まァ相手が油断しまくってたってぇのもあるけどな。にしたって、金髪は攻撃すらしなかった。魔術士か、ルネ?」


 こく、とルネは頷いた。彼からはかなりの力を感じる。ただ――感じている力が限界には思えない。それに…他の二人からも魔力を感じる。

 だがルネは、それを口にしなかった。『ジィ』である自分達が気にするほど重要なことに思えなかったからだ。

 だが、その慢心とも言える考えに直にルネは青ざめることとなる。







――――――――――――――――――――――――



 ルイス達の二試合目はつつがなく終了した。剣士二人、魔術士一人のオーソドックスな編成にルイス達も合わせ、適度な強さを見せつけつつ相手を下し、駒を進める。


「スヴェン、いい経験になるだろ」


 控室で水分を採りながら、リディがスヴェンにいえば、スヴェンは頷いた。


「型が読みにくくて、大変だけど…面白い」

「俺も昔は完全型に嵌まってたからな。あれ、知ってると読みやすいんだよな」


 騎士の使う型は技量が上がれば上がるほど鋭さは増すが、基本から詰んでいける凡用性の高いものでもある。型を極めた者ほど、手を読みやすくなるという難点もあるのだ。騎士にとっては、型にそいつつもどれだけ自分のものにし、相手に読ませないようにするかが技術向上の基本でもある。


「私は母上に教わったからなあ。あんまり型には沿ってない。父上が嘆いてたけど、二刀流だしね」


 リディの剣術は母親から受け継がれたものだ。母親が正当剣術でない理由はよく知らないが、習ったのが凄腕の流れ者からだったからだとか。

 補給を終え、観客席への道を歩く。誰も廊下にはいなかったが、遠くから地響きのような歓声が聞こえる。


「でお前と剣合わせてる内に、自然と型に固執しなくなってたんだよな。やっぱ何事も経験だ」

「狩人や傭兵の中にはもう完全我流の奴とかいるし。わかるだろ?」

「うん。色んなひとがいる」


 観客席につくと、遠くからでも聞こえた歓声が耳を直撃し、思わず顔をしかめ――それからフィールドを見た。

 フィールドに立っているのは三人。全員女だ。揃いの黒ずくめの装備を身にまとい、そっくりの髪型――極め付きは、そっくり同じ顔。彼女達の武器は見る限り腰に佩いた短剣のみで、誰からも魔力を感じない。


「三つ子…?」


 思わず、という感じでリディが呟いた。


 対して、倒れ伏しているのは三人。二人は屈強な体躯を持っている男達であり、一人は魔術士らしき姿をしている。


「あれをあの女達が倒したのか?」


 ルイスが驚きを隠せずに言った。相手には魔術士がいるのに、明らかに近接戦闘タイプの三人組で打ち倒したというのか。


「…何者?」


 応えは三人の背後からもたらされた。


「旧名『トリニティ』、現『オクタ』。俺らと同じ『十強』だ」


 ばっと振り向いたルイス達の目に、ひとりの浅く刈った濃茶の髪の男が映る。一拍のち、ルイスとリディが声を揃えて驚愕した。


「ジョン!?」


 ビグナリオン、ラーシャアルドに続いて三度目の邂逅となる男――『ノナ』のジョン・イーデルは相変わらず裏のない顔でにやっと笑った。


「お久しぶりだな、ルイス、リディ。元気そうじゃねーか」











「しかしどうしたんだその髪。一瞬わかんなかったぜ」


 ジョン、それに合流したエドガーと並んで観客席に座り、ルイス達は久々の再会を祝っていた。眼下では一回戦とは数段違った戦いが繰り広げられ、会話の傍ら五人は観戦している。


「ああ、それは…」


 ざっとルイスが説明すると、ジョンは納得がいったという風に頷く。


「へぇ。相変わらずトラブルメーカーだな」

「いや、あれは巻き込まれただけ…。ていうかジョン、もしかして個人戦に?」

「ああ。まあ本選の一回戦でアハトに負けちまったけどな」


 苦笑するジョンに、しかしやはりこの男は相応の実力者なのだと思い知らされる。団体戦より量も質も高いだろう個人戦で本選に行くのだから。


「そこの坊主が『スヴェン・アイヒホルン』だよな。なんだって団体戦なんか出てんだ?わざわざ神童を引っ張りだして」


 エドガーが身を乗り出してスヴェンを見、首をかしげた。


「まあ、ちょっとね。ジョン、このあと…大会が終わったあと、どこかに行かなきゃならないとかある?」


 お茶を濁し、リディは遠回しに探りを入れた。ジョンはちらっとエドガーと目を見交わし、いや、と首を振る。


「特に決まった予定はない。それがどうかしたか?」

「…そう。わかった」


 質問には答えず、何やら真剣な顔で頷くリディに、これは答える気ナシと見てジョンはひとまず話題を換えた。少し気になっていたことがあった。


「リディ、お前その剣誰に習った?」


 リディはきょとんとした。偶然にもさっきその話題が出たばかりだが、どうかしたのだろうか。


「誰にって…母親にだけど。それがどうかした?」

「いや……」


 ジョンはお茶を濁し、眉間をもんだ。


(リディのお袋さんてことは、とーぜん貴族だろ。…気のせいか…)


 訝しげなリディ達と、彼らがリーダーを見比べ、エドガーが強引に再度話を変えた。


「それはそうと、『ヘキサ』昇格おめでとさん。死亡疑惑は全く信じちゃいなかったけど、顔見たら安心したぜーやっぱ」

「うわ、本当はそれ最初に言うべきだよな」


 ルイスが苦笑する。


「まあ、ちょっとごたごたがあってな。狩人協会に連絡する暇も無かったんだよ」


 それにしてもそれ以上話すつもりはないらしい。どこもかしこも地雷源ばかりな気がして、ジョンは言葉を詰まらせた。

 その時、スヴェンから驚きに満ちた質問が発される。


「ルイスとリディは…『十強』なの?」


 痛い沈黙が下りた。


「…話してなかったのか?」


 とエドガー。


「…うん」


 とリディ。


「忘れてたな」


 とルイス。


 最後のジョンはにんまりと笑ってスヴェンに言った。


「おうよ。こいつらは狩人になって一年で『十強』になった超注目株だぜ?おまけに二人パーティだわ、規格外の能力持ってるわ、この通り美形だわ」

「最後は関係ない」


 律義にリディは反論し、スヴェンに向かって掌を立てて謝った。


「ごめん。実はそうなんだ。まだあんまり実感ないんだけどさ」

「…ううん。…だから二人は、名乗らないようにしてるんだ、ね」


 色々注目の的らしいふたり。しかも何らかの理由で一時行方不明となり、死亡説が流れ…その中で、この大会に出場していると知れたら、大騒ぎになるな違いない。


「そういうこと。あとで適当に狩人協会には報告入れるさ」

「それはそうと。ジョン、さっきの三人組『オクタ』って本当か?」


 皆半ば忘れかけていたことをルイスはきっちり覚えていた。あっさり忘れていたジョンとエドガーがぽんと手を叩く。


「ああ、本当。あっちも異例だから、お前らが知らないのが意外だけどな。――初めてとは言わないが、異例の三つ子姉妹による三人パーティ。全員が近接戦闘タイプで、魔術士治療術士は連れていない。あんまり魔物退治とかはしない、対人戦闘の専門家(スペシャリスト)だ」

「それ傭兵向きじゃない?」


 リディが突っ込む。狩人の基本は魔物を初めとする『人ならざるもの』を狩ることだ。対人戦闘を主にしているなら普通傭兵のはずだ。


「だからそういった意味でも『異例』。何考えて狩人になったのかとか聞くなよ。俺達も知らないんだから。…でも対人戦闘が中心ったって、魔物の上位種も狩れる力は余裕で持ってるからな。強いぞ」

「三つ子ってことは、コンビネーションが厄介なわけか?」


 エドガーが頷く。


「位置の入れ換えを利用した、短剣と暗器を使った速い攻撃が持ち味だ。あのソックリな見た目もあいまって、混乱しちまうらしいぜ」

「暗器、ねぇ。…諜報部隊みたいなもんか」


 後半は誰にも聞こえないように呟き、ルイスはわかった、と頭を下げた。


「情報ありがとな。対策がたてられそうだ」

「情報料頂こうか?」


 ジョンの茶化しに、ルイスははんと鼻で笑う。


「その温まってる懐は誰のお陰だ、ジョン?」

「すいませんでした調子に乗りました許してください」


 掌を返したようにジョンが深々と頭を下げる。首を捻るスヴェンに、リディが苦笑いを浮かべながら説明する。


「こういう大会ってのはさ、多かれ少なかれ賭けの対象になるんだよ。それこそかなりの額のね。で、この男は自分達しか私達の正体知らないのをいいことに、絶賛ボロ儲け中って訳。私達、賭け対象外申請もしたから、大穴もいいとこだろうし。こういうの、勝てば勝つ程割り当て上がるしね」

「やたら詳しいなお前…まさにその通りなんだけどさ」


 賭けやったことあんのか?とエドガーが言えば、リディはにっこり笑った。


「ご想像にお任せするよ」


 ぞっ、と四人の背筋を寒気が駆け抜けた。ルイスは最早諦め顔であった。



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