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第二話 陰謀の宴 (4)

第二話 陰謀の宴(4)







「…で、どうしたわけ」


 居酒屋を出、しばらくは無言で歩いていたが、居酒屋から十分遠ざかったところでリディが訊いた。

 ルイスが彼女を振り返る。黒い髪は闇に溶け込んでいるが、耳たぶから下がる青玉の耳飾りが灯りを反射して煌めいた。


「君があの程度でキレる訳もないだろ。――何かいたのか?」


 横に並ぶ赤い髪に、ルイスは苦笑する。全く鋭い奴だ。


「…ついさっき、ウェーディが還ってきた。あと、あの店の中から妙な視線を感じた。もしかすると…ホントに厄介かもしれねえぞ」


 リディはすっと目を細める。


 精霊が『還ってきた』ということは、何らかの干渉を受け、その場から消されたという事だ。精霊に死は存在しないから、そういった場合には精霊は自らの主の元に戻ってくる。それに、消すことは容易くなく、それなりの実力者でないと不可能な事象だ。


「…本気でエアハルトを排除したいってこと?」

「ああ。…戦の気がないか、調べてみるか」


 現時点でエアハルト公爵家の援助がなくなれば、ビグナリオンの戦力は大幅に下がる。それで得をするのは、言わずもがな。


「あー、めんどくさい事になったね…」

「仕事だ、諦めろ」


 夜の街を足早に通り過ぎる二人は、口調こそ呑気なものだったが、視線は鋭く尖っていた。




――――――――――――――――――――――――



 翌日から、狩人達は取り決め通り公爵一家にそれぞれ護衛としてつき従った。


 公爵家の騎士達としてはかなり面白くないようだが、公爵自身が雇った者達だ。文句は言えず、かといって不満を吐き出さずにいるのは耐えられず、必然的に殺気のこもった視線が狩人達に向けられる羽目になった。


 が、そこは我が道を行く連中の集まりである狩人。気にも留めずに仕事をこなしていた。……一部を除き。



「まあ、オルディアンは森と水の国と聞き及んでいますが…本当に大きな森なのですね」

「ええ。あれほどの深い森は、感動を通り越して一種の畏れを抱きます」


 ああ、疲れる。


 表面上は隙のない笑顔を浮かべながら、ルイスは内心で毒づいていた。


 目の前には金髪の美しい少女。遠目に見る分には目の保養だが、頬を赤く染めてもじもじと喋りかけられる方としては、ただの厄介である。


 ため息を押し殺して、ルイスは目の前の紅茶を一口飲んだ。



 たった二日の辛抱だし、我慢して部屋の隅でじっと護衛でもしていようと思っていたルイスが、なぜこんな状況に陥っているのか。


 それはもちろん、目の前のご令嬢のせいである。


『大陸中を旅している狩人の方に、この国の外の事をお聴きしたいのです』


 そんな台詞のせいで、ルイスは強制的にレティシアの真向かいに座らされ、大陸の国々の事を喋らされているのである。


「まあ、具体的にどういう森なのかはリディに訊いた方が早いでしょう。あいつはオルディアンの出身ですので」

「まあ、そうなんですか。今度お聴きしてみます。ところで、ルイス様はどちらのご出身なのですか?」


(さくっと流したなこのガキ…)


「俺はエーデルシアスです」

「エーデルシアスの方だったんですか!エーデルシアスのどちらに…?」


 その問いにはルイスは薄く笑って答えなかった。そこまで言う義理はないし、あからさまな好奇心は迷惑なだけだ。


 レティシアは拒絶の空気をしっかり感じ取って、苦しげに眉を寄せ、それからそっとテーブルの上に身を乗り出した。


「ルイス様、あの、私…」

「失礼いたします。レティシア様、エリオット様が――あ」


 花でも軽く飛びかけていた雰囲気にヒビを入れたのは、リディ。開けてから部屋の状況に間の悪さを察したらしく、バツの悪そうな顔になると、半分扉の後ろに隠れた。


「失礼、お邪魔でしたか」


 固まっていたレティシアが、ぱっと顔を赤らめて極端にルイスから身を遠ざける。


「いっ、いえっ、お兄様がなんて!?」

「……明日の夜お召しになるドレスと装飾品の最終確認をされたいと仰られています。お手数ですが、それらをお持ちになってエリオット様のお部屋へいらしていただけませんか」

「わ、わかりましたわ!すぐに参ります!」


 至極焦った様子でバタバタと立ち上がり、隅に控えていたメイド達とともにあれやこれやと持ち始めた少女に小さな笑みを向け、軽くルイスに肩を竦めると部屋の外に出て行った。




――――――――――――――――――――――――――



「エリオットって、センスいいんだな」


 目の前で、ドレスを着たレティシアが装飾品の着脱を繰り返し、髪型の調整を行っているのを壁に寄り掛かって眺めながらルイスは呟いた。


「兄貴ってそういうのやるの好きな人多いよ。迷惑なことに」


 その口調が心底迷惑がっているような口調なので、ルイスはからかうような目をリディに向ける。


「お前も被害者か?」

「レティシアは自分が被害者なんて思ってないだろうけどね」


 にしても、とリディは足を組み換え笑いを混ぜる。


「さっきは悪かったね。良い雰囲気の所を邪魔して」

「お前もういい加減にしろ。むしろ感謝してるぐらいなんだ。騎士連中の殺気が怖いのなんのって」

「それは死活問題だね」

「他人事だと思って…」

「だって他人事だし」


 レティシア付きの騎士達は、主の命令だからこそ何も言わないものの、可愛い可愛いお嬢様が、見目はいいとはいえどことも知れぬ馬の骨に夢中のこの状況に、至極遺憾なご様子である。


 下手な事をすれば命はないぞ、と無言の殺気がルイスを常に襲っていた。


 リディもそれは察していたのだが、滅多にないルイスをからかえるチャンスだ。完全に客観的に楽しんでいた。


「……」


 ふてくされて黙り込んだルイスに、リディは愉快そうな表情のまま、それまでと全く変わらぬ調子で言った。


「戦の火は…イグナディアじゃない。アーヴァリアンだ」

「……!」


 ルイスは思わずリディの方を向きかけた首を根気で抑え、何でもないような雰囲気を作りながら、隣の囁き声に集中する。


「勿論イグナディアも噛んでるみたいだけど。けど今回の件に主だって動いてるのは、アーヴァリアンの宮廷魔術師の一人だ。国自体が絡んでいるかどうかは、ちょっと微妙だけど」

「お前…そんな情報、どこから」


 仕掛けてきた方向まではいい。だが首謀者まで調べてくるとは、並大抵の情報ではない。


「大したことないよ。狩人協会に登録してる情報屋と…あとは私自身の伝手で」


 リディは髪を掻きあげると、鋭い眼をルイスと合わせた。


「ルイス。これ、私達次第で簡単に戦になるよ」


 しかも、大規模の。


 低い声で淡々と言ったリディの眼を、ルイスはしっかりと見返した。


「…このこと、公爵は」

「私からは報告してない。ただ知っててもおかしくはないと思う。下手人はともかく。――ただ、あの二人は何も知らないようだけど」


 リディがルイスから視線を外して、部屋の中央で笑顔を交わしている兄弟に向ける。彼らの笑顔は曇りなく、平和そのものだ。ルイスは瞑目し、仕方ねえな、と呟いた。


「他の連中には知らせるな。下手に広げる訳にはいかない」

「わかってる。公爵には?」

「一応報告しとけ。国境の警備も気を抜かせる訳にはいかねえからな」


 ルイスは虚空を蒼い眼で睨み、断固とした声音で言った。


「――守り切るぞ」





―――――――――――――――――――――――――


 翌、レティシアの御披露目パーティー当日。


「…以上です」


 人払いされた公爵の私室で、リディは自分が掴んだ情報の全てを、ルイスに言われた通りエアハルト公爵に報告していた。

 何故か護衛であるはずのジョンもマシューもいない。不審に思って問いかけたが、公爵は笑って答えなかった。


 しかしその笑みが嘘の様な沈痛な空気が、室内には漂っている。


「……」


 エアハルト公爵は卓に肘を乗せ、掌を組んで顔を俯かせている。


「ご存知でしたか?」

「…いや。また、イグナディアだろうと。まさか二国が共に我が国を…。しかし、アーヴァリアンの女王はそのような御方ではないと思っていたのだが…」


 呟く公爵の声は重い。リディは気にせず、淡々と続けた。


「アーヴァリアンは魔術国家です。そこの宮廷魔術師ともなれば、かなりの実力を有しているかと思われます。ご子息に誘魔香をしこんだ事といい、昨日といい、厄介な相手には違いありません。またそれとは別に、イグナディア側もパーティーには刺客を送り込んできているでしょう。本音を申し上げれば、パーティーの中止をお薦め致しますが…」


「それはできぬ。既に何人もの招待客が今夜の準備をしている。今止めれば、我が家は顰蹙を買い、ひいてはビグナリオン王家の威光にまで影響が及んでしまう」

「…そうですか」


 予想通りの返答に、リディは心の内で小さく溜め息を吐いた。


 単純な安全面から見れば、限りなく愚か。それでも貴族には、特に王族に連なる者には、守らなければならない面子というものがある。


 選択の余地は、最初から無かった。


「…わかりました。では、狩人の内四名程を城門に配置します。残りはパーティー会場の警備を担当します」


 なので、予めジョン、ヘンリーとも話し合っていた事柄を述べる。


 漂っている誘魔の香は、間違いなく魔物を引き寄せている。なんらかの引き金によって、魔物が襲ってくると見て間違いはない。

 だから、ヘンリー、アーサー、エリス、マシューを城門で警戒させ、残りの狩人でパーティーに潜入してくるだろうイグナディアの刺客を排除する。そういう目論見だった。


「ですので騎士の方々と打ち合わせを――」

「いや、待ってくれ」


 事務的に話を進めるリディに、公爵が待ったをかける。怪訝そうに見返したリディは、公爵の目に、打って変わって悪戯っぽい光を認め、嫌な予感が背筋を走る。


 そして悲しきかな、嫌な予感というのは当たるものだ。


「パーティーで護衛に当たる狩人達にも、盛装して頂こう。君は勿論ドレスだ」

「……は!?」

「我が家は、仕えてくれる騎士達にも出会いのチャンスをという方針でね。警護をして貰う傍ら、パーティーを楽しんでも貰うのだよ」


 なんだその方針は!


 危うく叫びそうになりながら、リディは反論を試みる。


「そ、そんな事をすれば警備がザルになるのでは…?」

「安心したまえ、我が騎士達は優秀だ。美しい令嬢に一瞬目を奪われようとも、我が妻や娘から目移りなど決してせん」

「それ…っ」


 ただの親バカじゃないのか――!!というリディの悲痛な叫びは、どこからともなく忍び寄ってきていたメイド達に羽交い締めにされながら、虚しく木霊した。






――――――――――――――――――――――――



――どこかから悲痛な絶叫が聞こえた気がして、ヴィルヘルムは顔を上げた。


「…?」

「どうかしましたか」


 彼の前には、どこか疲れた様子で男が佇んでいる。


 名をヨセフという彼は、ヴィルヘルムとそう年が変わらないが、狩人だ。魔術師一辺倒のヴィルヘルムと違い、どこか隙の無い立ち姿をしている。


 その彼は、つい先程彼のメイド達によって強制的に着替えさせられたせいで、普段からは考えられないような豪奢な服に身を包んでいた。元々が中性的な面立ちのおかげか、なかなかどうして似合っている。軽い感じの貴族にちゃんと見えていた。


「…今、女性の悲鳴が聞こえたような」


 呟けば、ああ…とヨセフが部屋の隅にいたウリスと目を合わせ、がしがしと頭を掻きかけ、それが梳かされているのを思い出してかむず痒そうに手を下ろす。


「俺達の仲間でしょう。俺達と同じ目にあったんだと思いますよ」


 若干、恨めしそうな目でヨセフは彼を見た。ウリスからも似たような視線が送られるが、ヴィルヘルムは苦笑する。


「我慢してくれないかな。君達だけ騎士の格好をしていたら、逆に目立ってしょうがないんだ」

「そりゃ、頭では解ってますけどね…」


 なぜこんな服装を、という思いを隠さない二人に首を竦めつつ、ふと引っかかってヴィルヘルムは問いかける。


「狩人達に、女性などいたかな」


 一昨日の夜はいなかったと思うのだが。昨日も見た記憶はない。


「ああ、ヴィルヘルム殿は会ってないかもしれませんねえ。一昨日は外にいましたし、リディさん」


 のんびりとしたウリスの言葉に、しかしヴィルヘルムは書類を繰っていた手を止める。


「…リディ?」

「ええ、狩人史上異例の二人パーティー『自由時間フリータイム』の片割れですよ。エリオット殿の護衛についてる筈ですけどねえ」


 拉致されたんですかねえ、とにこにこと笑うウリスを余所に、ヴィルヘルムは僅か目を細めて虚空を仰ぐ。


「…どうかしました?」

「…いや」


 脳裏に翻るのは、幼い頃ほんの少しだけ時間を共にした少女。けれどその記憶は色鮮やかに、彼の心に今なお焼き付いている。


(まさか、ね)


 ヴィルヘルムは微かに胸に湧き上がった想いを、首を振って振り払い、自らも盛装をする為に立ち上がった。





――――――――――――――――――――――




「…ほう。やはり決行するのか、エアハルトよ」


 暗い部屋の中で、男は唇を歪めた。覗き込む水盆に、刹那色が閃き、消える。


「狩人など、他愛もない」


 どうやら泳がせてこちらの正体を探るつもりだったらしいが、愚かな事だ。中位程度の精霊で、自分の魔術に敵うものか。


「イグナディアが成功すればよし、しなければ…」


 昏い笑みが浮かぶ。ぞっとするような気配が、周囲に満ちた。


「街ごと、滅びるがよい」






 魔術師が嗤い、貴族が身をひきしめ、狩人が奔走する中で。

 レティシアの御披露目パーティーは始まった。


次が山場になるかと…

貴族の親なんてみんな親ばかです←偏見

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