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第十話 安寧への撃鉄 (3)

第十話 安寧への撃鉄 (3)







「…で、『考え』って…これ?」


 数刻後、アーヴァリアン王城の鍛練場に訪れたリディは、視界に映ったそれに胡乱気な目を向けた。ルイスは頭を掻いて異を唱える。


「…これ、はないだろリディ。王家ゆかりの人間に。悪いな、こいつ口悪いんだ」

「……いいえ」


 二人の前に立った少年――クリスティアーナ曰くの『考え』は、無表情にそう答えた。


 少年の名は、スヴェン・ロウ・アーヴァリアン・アイヒホルン。クリスティアーナ・シルグレイ姉弟の従弟にあたる。


(で、この年でこの国トップレベルの実力者――か)


 クリスティアーナ曰わく。


 この無表情な少年は幼い頃から、その突出した魔力と武術の才で、所謂神童と讃えられてきた。事実その才はぐんぐん伸び、今となっては武術で敵う者は騎士団幹部並み、魔術では宮廷魔術士の中でも上位のものしかいないらしい。

 また彼はシルグレイ達の従弟と言っても先先代の王――つまりシルグレイの祖父が持っていた数多くの側室のうち、末席に位置していた女性の孫であり、王族としての地位は酷く低い。そんな彼が天才であることが他の王位継承権持ちには気に入らず、数え切れない程の嫌がらせを受けてきたらしい。

そしてその彼を見込んだ女王とその王弟が、彼を手ずから可愛がり始めたのもそれを助長させる結果となった。

 シルグレイ達が幾ら目を光らせようと、それをすり抜ける嫌がらせなど貴族の十八番である。スヴェンは虐めを受け続け、どんどん性格は内向きになっていった。

 そうして今、十四の年を数える頃には、彼は無口・無表情・無愛想のマイナス方向に三拍子揃った少年になってしまった、というわけである。


「今更だけど、君はいいいわけ?シルグレイのお墨付きとはいえ、所詮は得体の知れない狩人なんかと一緒に武術大会に出ることになっちゃって」

「…別に」


 シルグレイより色素の薄い銀髪は前髪が長く目にかかり、スヴェンの表情をよりいっそう解りづらく、ハッキリ言えば暗くしている。

 だがその声音から、どうでもいい、寧ろ面倒くさい――といった感情を読み取って、リディは軽く眉を上げルイスを仰ぐ。その視線を受け、ルイスは軽く周囲を見渡した。

 鍛練場に騎士やら兵士やらがいるのは当たり前だが、そこここから視線が集中しているのは気のせいではない。それに、明らかに戦闘職ではない人間達が、物陰から様子を伺っているのも簡単にわかった。

 だがスヴェンからは緊張も苛立ちも感じない。在るのは空虚な諦感だ。


(同年代で自分の相手を出来る者がもういないということへのつまらなさ、妬みに対する気疲れと、下らない権力欲へのとうに限界を通り越した嫌気から――ってとこか。まあ、珍しい例ではないな)


 大陸の長い歴史の中で、スヴェンのような子供は決して少なくない。その中には騎士団長や宰相といった国の実力者になった者もいれば――歴史の闇に消された者もいる。…クリスティアーナ達は、この子供を後者にしたくないのだろう。

 何より少しだけ、この子供は昔の自分に似ている。


「スヴェン、だったな」


 思索を終え、ルイスはスヴェンに話しかけた。色味のない菫の瞳がルイスを見上げてくる。彼はにやりと笑って言った。


「一つ、賭けをしよう」

「……?」


 スヴェンは眉を寄せる。リディは取りあえず話の行く先を伺うことにしたが、すぐに出てきた自分の名前に片眉を上げた。


「今からこいつ――リディと戦え。もしお前が勝ったら、武術大会に出る必要はない。だがお前が負けたら、武術大会に出るのは勿論、しばらく俺達と一緒に行動してもらう。武術大会だけじゃない――日常生活もだ」

「…それをすることに、何の意味が?」


 スヴェンは眉を寄せたまま訊ねた。対照的に、リディは成程ね――と口角を上げる。まあ確かに、それか一番手っ取り早い。

 たが、ルイスはくくっと笑った。


「お前、自分がこんなちんくしゃに負けるわけないって思ってるだろ」

「ちんく…」


 唖然とリディが絶句し、スヴェンは何も言わずにルイスを見つめ返す。


「ま、物は試しでやってみな。ちなみにそいつ女だけど、男だと思ってやっても足りねえからな」


 軽く手を振ってその場から数歩下がったルイスの耳に、「嘘!?」「あれ女?」「どう見ても美少年じゃない!」 という囁きが届く。爆笑したいのを堪え、ルイスは腕を組んで、向かい合う二人を見守ることにした。


「…女性、なんですか?」


 不審そうに自分を見上げてくるスヴェンに、リディは肩を竦めてみせた。まだ成長期前なのかスヴェンの背はリディより小さい。


「詐欺だとか間違ってるとかよく言われるけどね。ま、一応。でも騎士道精神を私相手に出すのは馬鹿げてる。相手は選びなよ」

「……」


 馬鹿げた、と彼女はいうが、普通のまともな男なら出して当然だ。


「じゃあさくっとやろうか。どこからでもどうぞ?」


 軽い笑みを浮かべ、リディはスヴェンから少し距離を取ってから、双剣を抜刀する。スヴェンは一瞬間を置き、それから腰の剣を抜いた。

 磨きあげられた銀色の刃。まともに当たればどちらもただではすまない、そんな刃を互いに構えあい、出方を窺う。張り詰めた空気が辺り一帯を満たし、いつの間にか他の騎士達が響かせていた剣戟音も鳴り止み、痛いほどの静けさが下りていた。


 スヴェンは眉をひそめ、僅かに剣先を右に向けた。流石に、向き合えばわかる。…この女、半端ではない。だが、負ける気もない。

 悠然と、しかし隙無く立ち続ける姿を睨み、スヴェンは唐突に地を蹴った。鍛え上げた脚力で瞬間的にリディの間合いに踏み込む。この彼の初速についてこられる者は、シルグレイと騎士団団長・副団長を除けば存在しない。

 その懐を切り上げるように手首を返し――だが、固い感触にあっさり阻まれ瞠目した。


「ふうん。ま、アルよりは上、って感じかな」


 峰とはいえ、明らかに必殺の勢いを伴った斬撃をいともたやすく止めてみせたリディは、小首を傾げるようにして呟いた。


「……っ」

「どうしたの?まさかこれで終わり?」


 揶揄するように唇を吊り上げた少女に思わずかっとなり、スヴェンは剣を弾くと共に、猛烈な勢いでもって打ちかかった。


「そうこなくっちゃねー」


 対するリディは浮かべた笑みを消すこと無く、淡々とスヴェンの攻撃を捌いていく。はたから見れば防戦一方に思えるかもしれないが、当人達にしてみれば、リディが自分から攻撃には回らず、スヴェンの力を見ているのだということは火を見るより明らかだった。


「…のっ」


 少女の右手を強引に外に逸らし、その間隙をついて鋭い突きを繰り出すも、それはまた、左手の剣の平で受け止められる。こちらは両手向こうは片手、しかも態勢の有利もあるにも関わらず、その刃はびくともしない。スヴェンの背に汗が流れた。試合前の、青年の言葉を思い出す。


『男だと思ってやっても足りねえからな』


 ――その通りだ。この女、並の男より余程力が強い。そして、まだ成長期を終えていない自分よりも。

 フェイントをかけても、瞬時に反応される。ステップも追い付けない。


 騎士団長か、それ以上の実力者。それを肌で感じて、スヴェンは知らない内に表情を浮かべていた。好戦的な、弾んだ笑みを。

 それを視界に収めて、リディは目元を緩める。さて、と踵に力を込めた。


「…いい顔、出来るじゃん。でも」


 甘いね。


 その言葉と同時に、初めてリディが返す刃で突きを放った。唐突な攻勢にスヴェンは驚くも、そこは流石と言うべきか、すぐに態勢を立て直して迫る剣先を弾く。だが、リディの持ち味はその手数だ。


「……っ!?」

「反応速度も悪くない。でも君、自分より速い相手と試合したことないだろ?」


 左右の剣から矢継ぎ早に繰り出される斬撃。右手の剣を弾いたと思えば、左手の剣が下段から蛇のように突き上げてくる。反撃などする暇もない。防御するので精一杯だ。


「あと一番大きいのは、実践経験のなさ」


 合わさった刃が唐突に引かれる。たたらを踏みそうになって慌てて堪えたスヴェンの頭上に、白銀の刃が翳される。それをスヴェンは前に転がることで回避しようとした、が。


「――っぐぅ!?」

「だからこういう、変則的な攻撃に対応できない」


 回避しようと丸めた頭が、突き出されていたリディの膝と激突した。顔面に激しい衝撃を受け、星が散る。スヴェンが反動で後ろにひっくり返り、仰向けに地面に倒れ込んだところで、彼の首の横に細いサーベルが突き立った。

 弾んだ呼吸で揺れる視界に、サーベルの柄を握った黒い短髪の少年――ではなかった、少女が映る。彼女はにっこりと笑った。


「はい、おしまい。精進しなよ」


 わっ、とざわめきが飛び交う。その中でリディは何を気にした風もなく剣を鞘に収め、スヴェンに手を貸して立たせた。


「お疲れ。なかなかやるな、スヴェン」


 近づいてきたルイスが言った。リディも頷いて、


「私が十四の頃より強いよ。ていうか、旅に出る前だったら下手すると負けてたかもしれないね」


 笑って評価する。それからふと訊いた。


「スヴェン、魔術属性、なに?」

「…、風と土、です」


 息を整え、スヴェンは答えた。今更だが、リディに大した息の乱れはない。体力からして違うのか。


「武術大会って、魔術使用可?」

「団体戦は確か良かったはずだぜ。だよなスヴェン?」

「…大丈夫だと思います。役割分けてエントリーしてるチーム、多いし」

「役割ね。ま、二日あるし適当に考えるか」


 そう呟きを落として、リディは急に振り向いた。ルイスは元よりその方向を向いている。


 立っていたのは三十を幾らか越したくらいの年齢と思われる男。短い茶色の髪に精悍な顔つきをしている。服装は簡易で、いかにも鍛練着といった風だが、その腰から下がる長剣の柄に豪華にあしらわれた紋章は、彼が騎士団長であることを示していた。

 スヴェンがその名を呼ぶ。


「グナイゼナウ」

「お見それしましたよ、スヴェン様。少し見ない間にまた強くなられましたな」

「…負けたけど」

「それはまた違う話です」


 男はスヴェンの頭をわしわしと撫でると、様子を見守っていたリディとルイスの方に向き直った。そのうち、ルイスを認めた暗緑色の眼がふと和らぐ。


「…お久しぶりですな、『ルイス様』。いやはや、これは陛下に言われなければ気づきそうにない。その髪はどうなさったのか」

「ま、色々あってちょっとな。それにしても随分と昇進したな、グナイゼナウ『団長』?」


 含み笑いを浮かべ合う二人に、リディが「あれ、知り合い?」と目を丸めた。それを受け、男は右手を左胸に当て、軽く彼女に向かって会釈する。


「ディートリヒ・エメリッヒ・グナイゼナウと申す者です。先程の剣技、お見事でした」

「リディ・レリア。お褒めに預かり光栄だよ」

「グナイゼナウとは、魔術の修行でここに来てた時、剣でよく手合わせしてたんだよ」


 軽い説明を添えたルイスに、リディは揶揄するように首を傾げる。


「じゃ、『君』を知ってるわけだ」


 微妙に君、の部分を強調したリディに、ルイスは少し渋い顔になった。


「…そういうことになるな」

「ご安心を。他言無用とのことですし…元より、この髪色では誰も気付きますまい」

「成程。ならこの変色も結果オーライだったね。アズナに感謝しなくちゃ」


 笑い混じりの会話をする三人に、スヴェンはついていけず頭を捻ったが、口を挟もうとは思わなかった。元より好奇心を余り持ち合わせているタイプではない。

 だがルイスはその状況に気付いて、早々と話を切り上げた。積もる話は個人的にでもできる。

「まあともかく。スヴェン、賭けは俺の勝ちだ。約束、覚えてるな?」

「……はい」


 正直、乗ると言った覚えはないが、リディと試合をしてしまった時点で了承したも同然だったな、とスヴェンはあっさり諦める。そしてそれだけでなく、スヴェンは自らも認識していないどこかで、わくわくした気持ちを覚えていた。この二人と一緒にいれば、失くした何かを、知らない何かを得られるような気がして。

 ルイスとリディは一瞬互いの顔を見交わすと、高らかに笑ってスヴェンの両隣に回りその肩に腕を回した。


「!?」


 びっくりして固まるスヴェンを他所に、ルイスが景気よく拳を上げる。


「そんじゃ早速夕飯でもに食いに行くとするか!」

「賛成ー。て言ってもルイス、君殆ど動いてないよね」

「いいだろ、減ったもんは減ったんだ。さあスヴェン、行くぞ」

「!?ちょっ…」

「待ったなし。グナイゼナウ、後の諸々のフォローは頼む」

「承りました」


 鍛練場中のこれでもかという視線を全く気にせず、寧ろスヴェンに刺さろうとするそれを端から弾き返して去っていく三人組に、グナイゼナウは笑みを隠しきれなかった。


 グナイゼナウが半ば年の離れた弟のように感じているスヴェン。彼が周囲に心を閉ざしていくのを歯痒く思っていたのはクリスティアーナ達だけではない。


「頼みます、ルイシアス殿下、リディ殿」


 他の誰にも聞かれないようにひっそりと呟き、グナイゼナウは未だ散らぬ群衆を散らすべく、声を張り上げた。




話が進まない…だからこの章は長いのか…すみません…

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