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第十話 安寧への撃鉄 (1)

第十話 安寧への撃鉄(1)







――思えば最初から、どことなくツイてなかった。



 大陸北西部、イェーツの北に位置する国家、アーヴァリアン。これといった産業は持たないが、かの国の特色は何と言っても魔術だろう。連綿とした歴史の中で、代々の王が魔術の研究に研究を重ね、膨大な実績を積み上げ、秘匿されたものも含めれば他国が束でかかっても叶わない程の成果を挙げてきた。

 首都ハイレインは、魔術による道具を用いた移動方法の短縮化や、文字通りの空中庭園の実現化を始めとした、他国には決して見られぬある意味での先鋭都市として名高く、観光客の足は絶えないし、また治安の良さもあいまって移住を望む者も多い。


 魔術国家アーヴァリアン。専ら、そう呼ばれている。





「人出多っ…」


 アーヴァリアンの首都ハイレインに足を踏み入れたリディの第一声はそれだった。内心別のものを予測していたルイスは苦笑いを浮かべざるを得ない。


「まあ、武術大会中だからな…大陸各地から人が集まってるんだろう」

「にしても多すぎるよ。君の国の先月の式典より多い」


 ぼやいて、リディは乱暴に黒い髪(・・・)をかきあげた。


「全く、早く水を浴びたいのに…これじゃ、宿屋が空いてるかもわからない」

「だな…まあ、アテはあるけど」


 対するルイスは、やはり苦笑したまま街を眺める。金色の髪(・・・・)が昼下がりの光を反射してきらりと輝いた。


 紅と黒。彼らの色彩であったはずのそれが、なぜ黒と金に変じているのか――それを説明するには、二刻程前に時間を巻き戻さなければならない。








――――――――――――――――――――――――――




 およそ、二刻前のこと。


「あれがハイレインかあ」


 リディは午の強い光から手で庇を作って目を庇いながら言った。


「なんか…前衛的だね」


 二人は今、ハイレインの城門へと繋がる街道を歩いていた。聖魔術で護られた、魔に侵されることのない道。側を商人や狩人、武人と思しき人間達が歩いていく。

 普段は街道など丸無視の二人だが、いつもと違い今は馬を連れていない。人目につく恐れのあるところでネーヴェに乗る訳にも行かず、かといって保護されていないところを徒歩で歩くのも骨が折れる。

そこで、ある程度ハイレインに近くなった地点からは街道を使うことにしたのだ。


「まああそこは、魔術を使って街を改造しまくってるからな。浮遊してる家とか道とか、音が鳴りだす噴水とか組み換わる路地とかたくさんあるぜ」

「…それ、もう人間が住む街じゃないよ」

「そんなことないぜ。結構面白いし、慣れれば快適だ。油断は禁物だけどな」


 過去を思い出しながらルイスは笑う。年がまだ一桁だった頃、魔術の研修に行った先で、年の近さからすぐ仲良くなったシルグレイに連れられてよく街を歩き回ったものだ。大体巡って、街を理解したと調子に乗って一人で歩いた結果、路地の奥で迷子になり、二日後に呆れたシルグレイによって救出されたのも今となってはいい思い出だ。


「まあ、あんまりゆっくりしてる暇がないのが残念だけどな」


 そう、彼らがハイレインを訪れるのは観光の為ではない。アーヴァリアンのさらに西――イグナディアに入る為に、シルグレイ、もしくはその姉、アーヴァリアン女王クリスティアーナに断りを入れるためだ。


 本来なら、国に入る為に隣国に挨拶など必要ない。だが、今――


「イグナディアに“入れない”。そのワケを聞かない事には、何も始まらないからね」


 アーヴァリアンの西部の街、ドラジェで聞いた話。曰わく、イグナディアには今不可視の結界が国境全てに渡って張られていて、入国が出来ないということ。また、イグナディア側からの人の出も、全くないこと。


 様々な人間から商人から魔術師から、果ては兵士からも話を聞いた結果、どうやらこれは紛れもない真実らしかった。


――確かに、西の方で変な違和感を感じるし…シルグレイに事情聞いた方が早そうだ。


 そう提案したルイスに、リディは一も二もなく賛成した。そこからだとハイレインは幾らか北東に戻ることになったが、国境まで行ってしまってから戻るよりは当たり前だが近く、また何の情報もなしにイグナディアに乗り込むのは怖いので、最良の判断だと思ったのだ。


「一応冬支度はしてるけど…ちょっとこの気温じゃ、不安だし。今ですら寒いし。服も替えようかな」


 リディは白く染まる呼気を眺め、軽く溜め息をついた。


 二人とも国を出る際、冬に備えた格好では出てきたが、イグナディアは険しい山地と冷たい海に囲まれているという土地柄もあってか、大陸北東部に位置する極寒の地、ザイフィリア、フェルミナに次いで寒いという。ルイスはそこそこ寒さに強い自信があるが、リディは余りなかただ。


「そうしようぜ。俺も替える。これから冬は厳しくなってく時期だしな、備えるに越したことはない。


 それに、アーヴァリアンには魔術付加の機能性が高い装備が揃ってるから、買い換えて損はない」


「成程。ストールはマフラーにでも替えるか。お金ある?」

「装備全部替えられる程はない。ま、卸せばいいだろ」


 そんな会話を交わしながら歩いていた時。


「……!……!」


 後方から、何やら騒音が響いてきた。


「なんだ?」


 二人揃って立ち止まり、振り向く。周りの旅人達も一様に足を止めて振り返っていた。

 徐々に見えてきた砂埃。砂と一緒に悲鳴を上げ近づいてくるそれは、馬だった。


「…ええ!?」

「うわあ!」

「逃げろー!」

「馬が暴走してる!」

「避けろー!」


 阿鼻叫喚の騒ぎは、直ぐにルイス達の周囲を巻き込んだ。周りから泡を食って人々が逃げていく中、ルイスとリディは走ってくるそれを眺め、軽く眉を上げるだけしか反応を示さなかった。


「暴走してるね」

「ああ。ていうかあれ」

「うん。荷車引いてるよね、音的に」

「…そうか。いや、俺が言いたいのは」

「わかってるよ。このままじゃぶつかるってことだろ?」

「…お前、わかってて言ってるな?」

「うん。人が乗ってるよね」


 ――人をおちょくる技能が少しずつ上昇してやがる、こいつ。


 ルイスはひくりと唇を持ち上げてから、首を振って思考を逸らした。


「助けるか?」

「そりゃあね。このまま行ったら城門直撃、被害多数確実」

「だな」


 呑気な会話を交わす間にも馬は驀進してくる。悲鳴と逃亡勧告、騒音が辺りを占める。そのうち暴走馬の首に必死にしがみついている人間の姿もはっきりと認識できる距離になった。


「あ」

「…女の子?ていうか、何あの髪…」


 そう、凄いスピードで爆走している馬の主は、少女だった。年でいえば多分、リディと変わらない。その彼女は、ド派手な橙色の髪を風にぐちゃぐちゃにされ、振り乱されながらはっとこちらを見た。…はっきり言って、あの状況で前を見る余裕があるのは賞賛に値する。


「そこのおっ、ふにゃっ!おふた、りっ!に、に、にっ、逃げてくださああああいっ……!」


 途中で舌を噛みながらの悲鳴。甲高いそれだけでなく、既に遠くに逃げ去った人々からも悲鳴と怒声が飛んでくるが、一向に意に介さず二人は目を見合わせた。


「――どっちやる?」

「俺が結界」

「りょーかい」


 五秒の会話。しかしたった五秒で馬と二人の距離はみるみる縮まり、回避不可能域に達する。馬上の少女、並びに傍観者達が最悪の事態を覚悟したその先で、ルイスとリディの手が、動いた。


「――ウェーディ」

「ウェルエイシア」


 ふわり、と二人の傍らで気配が動く。空気がその色を変える。


「優しく守れ」

「受け止めろ」


 その瞬間、ルイス達の寸前まで迫っていた馬が、何か見えないものにぶつかったように、後方に弾き返された。


「!?っ…きゃあああああっ!」


 馬と荷台ごと吹っ飛ぶ少女。それを柔らかな風が、空中で受け止めた。


「…れ?」


 少女だけではない。馬も、荷車も、その中に積まれていた様々なものも、全て空中に浮かんでいる。それはゆっくりと高度を下げ、静かに地面に下ろした。


「ほら、落ち着け…大丈夫だ」


 ルイスが素早く立ち上がった馬に近づき、穏やかな声音で声をかけながら鼻面を撫でる。リディは肩のネーヴェを撫でながら、少女に視線をやった。


「大丈夫?」


 呆然としていた少女ははっとし――慌てて、荷台を振り返った。


「くくくく薬っ!薬はぶじっ…良かった、無事だあっ!」

「……」


 自分より荷物の心配か、とリディは呆れた。が、薬?と首を傾げる。そういえば、やたらと荷物に瓶が多いようだったが――。


「はっ!私、なんてことをっ!まずは助けてくれた人にお礼を言わなくてはならないとですねっ!」


 少女はがばりと起き上がり、その手になにやら大きめの硝子瓶を抱えたまま、リディと、馬を引いて彼女の側に戻ってきたルイスに駆け寄ろうとして――


「ひうっ!?」


 二人の面前で、小石に躓き――盛大に、コケた。


「え」

「あ」


 呆気に取られる間もなく、顔面から地面に激突した少女の腕から飛んできた瓶が――目を丸くしたままの二人の、咄嗟に上げた腕に当たる。そして当然のごとく砕け散り。


 降りかかる鮮やかな色をした液体。それをルイスもリディも、頭からもろに被る。


「わっ!?」

「いっ…」


 パリーン、ビシャーン、という音が連続して起こった後、数秒の静止をおいてルイスとリディは腕を下ろし、状態を確認しあった。


「リディ、大丈夫か?」

「ああ、へい…」


 き、と続けようとしてルイスを見上げたリディは、かくんと顎を落とした。


「…?どうし、」


 不審を感じてリディを見やったルイスも、彼女を見下ろし唖然と目を見開く。


「「……」」


 双方なにも言えずにいる中、あたたた…とおでこをさすりながら地べたにコケていた少女が身を起こし――はっ!!と何も抱えていない自分の腕を見る。

「わわわっ、薬があ~…って、あああっ!!」


 刹那、ルイス達の姿を認めて愕然とする。数秒の沈黙の後、ルイスを見たままぽーっとなって呟いた。


「カッコいいですー…」


 いい加減ぷちっと来たリディが、少女の頭に掌底を振り下ろしたのは言うまでもない。









 結論から言えば、二人にぶっかけられたのは髪染め薬だった。斑に染まってしまった髪を、道脇で荷台に乗っかり、少女――名をアズナ・シトラスというらしい――に全体的に染めてもらいながら、ルイスが疑問を呈じた。


「でも、被っただけで染まるか?よく知らねえが、髪を染めるにはまず脱色しなくちゃならないんだろう?」

「必ずしもそうじゃないんですー」


 本来はそう使うのであろう、瓶の中身を櫛に馴染ませルイスの髪を梳きつつ、アズナは答えた。


「最近の開発なんで、まだあんまり知られてないんですけど。こうやって薬をかけるだけで染められるものもあるんですよー。いわゆるコーティングって感じかもしれません。つまり、もとの髪の上に薄い膜を張ってるようなもので――この薬なら、一週間くらいで効果が切れてもとの髪の色に戻っちゃいますー」

「この薬ならってことは、時間も調整できるの?」


 先に染め直してもらったリディが、元のルイスに似た色と化した自身の髪を指先でくるくるといじりながら訊いた。


「はいー。一日だけのものから一ヶ月までのものもありますねー。それ以上も別に作れるんですけど、色のおかしいプリンみたいになっちゃうからオススメできないんですー」

「…成程」


 生きている以上、日毎髪は伸びるものだ。一ヶ月ならまだしも――何ヶ月も経てば根元は地毛の色を主張する。根元は黒、下は紅――なんていう、そんな情けない髪は嫌だ。


「――はいっ!出来ましたっ」


 アズナが弾んだ声を出してルイスから離れ、ルイスも荷台から飛び降りた。


「自分じゃ今いちわからないんだが…リディ、どうだ?」

「……」


 無言でリディはルイスを上から下まで眺め、一言。


「キラキラしてる」

「キラッ…」

「キラキラ!その通りに見えますー!」


 アズナも荷台から飛び降りて、上気した顔でリディに並ぶ。


「金髪碧眼で、御伽噺の王子様みたいですー!凄いカッコいいです!」

「……リディ」

「ま、概ねその通りだね」


 確認を取るようなルイスの視線に、リディはあっさりと頷いた。


「なんていうかな――君、元の髪だと、怜悧な感じが強いんだよ。黒と蒼だからかな…冷たいってわけじゃないけど、大袈裟に言えば渋い。でも金髪になると、所謂キラキラ成分――言っちゃえば白馬の王子様的な優しさ甘さが見える」


 リディの評価を、ぽかんとした顔でルイスは聞く。それをちらりと眺めやり、リディは肩を竦めて言った。


「まあ、街じゃ大変だろうね」

「……!!」


 げっ、という表情を隠しもせずに出したルイスの肩を、ネーヴェが慰めるように尻尾で叩いた。


「まあ、何はともあれ大事な商品使わせちゃって悪かったね。安くないだろに」

「あっ、いえ!元より、お二人に助けていただかなければ全滅でしたし…私の方こそ、ごめんなさい」


 深々と頭を下げるアズナの後ろでは、のんびりと馬が街道の草をはんでいる。そもそも――


「なんで、暴れだしたの?」


 アズナは眉をハの字に開いてわかりません、と首を振った。


「こんなことは初めてですー。幾ら私がマヌケでも、一応薬師ですからこの子に異常があればすぐわかりますー。でも、本当にいきなりでした」

「マヌケって自覚はあるんだ…」


 リディは曖昧に頷き、鬱々としているルイスを仰いだ。


「まあいいや。ルイス、行こう。あとちょっとだし」

「…ああ、そうだな」

「あっ、あの本当にありがとうございました!」


 再度頭を下げるアズナに、リディは苦笑して手を振る。


「気にしないで。大したことはしてないし」

「いえっ!こんなにカッコいい男のひとに二人も出会えただけでも、アズナは充分幸せでしたっ!」


 大袈裟な――というか、それ以前に。


男二人(・・・)…?」


 聞き間違ったかと思って聞き返したリディに、アズナは紅潮した笑顔を満面に浮かべて頷いた。


「はいっ!趣は違うけどとっちもすっごい美男子ですよねっ!」


 ぶはっ、とルイスが笑い出した。さっきまでの鬱ぶりはなんだったのだと思うくらいの爆笑っぷりだった。ネーヴェもぷるぷると長い耳を震わせて、ルイスの髪の間に隠れる。アズナは戸惑い顔になる。


「え?ア、アズナなんか変なこと言いました!?」

「…ねえ」


 リディが微妙としか言えない口調で言った。


()――男じゃないんだけど」

「……。えええええええっ!!!!???」






―――――――――――――――――――――――



 その後彼らは街を入った所でアズナと別れ、今は通りを歩いている。


「…ま、それはそれで面白いんだけどね」


 回想を終え、リディはそう言って軽く笑った。


 短い黒髪に、猫のような鋭く、意思のはっきりした瞳。体型はスレンダーで、余分な脂肪は殆どない。元々女性にしては背が高いこともあり、今は少年にしか見えなかった。


「男に見えるなら、いつもは出来ないこと出来そうだし。花街とか行ってみようかなー」

「やめてくれ頼むから」

「ぴゃっ」


 ルイスは即座に切った。ネーヴェも真面目な鳴き声で反対していた。本気で冗談ではない。


「ちぇ、つまんないの。まあ、現実問題そんな暇ないけど。…ああ君、狩人協会どこにあるかわかる?」


 通りすがりの街の女の子を呼び止め、リディはにっこり笑って訊いた。女の子は顔を真っ赤に染め、どもりながら道を教えてくれた。


「ありがとう」


 爽やかに礼を言ってリディはさっさと歩き出す。未だ顔を赤らめている少女に同情的な視線を送ってから、ルイスは呆れ顔で先を行くリディの背に行った。


「女誑かしてどうすんだよ」

「失礼だな、誑かしてなんかないよ。ただ面白いと思うだけ。いつもは君見てぽーっとしてから私を見てむっとする女の子達が、私見てもぽーっとしてるのがさ」


 リディは酷く楽しそうで、ルイスとしてもなんとも言えず口を閉ざした。









 途中何度か逆ナン(?)に遭いながらも、二人は無事狩人協会にたどり着いた――のだが。


「なに、店主留守?」


 扉に貼り付けられた紙を見て、リディは首を傾げた。


「狩人協会の支部店長って、滅多に留守にしないのに。珍しいね」

「えー…武術大会中の為、留守…うわ、タイミング悪いな」

「ていうか武術大会って結局いつまで?」

「ええと、多分今が二日目だから…あと三日の筈だぜ。シルグレイ達も忙しいだろうな…ま、いいだろ別に」


 同じような立場の身としてこういうイベント事に付随する忙しさを解らない筈がないが、ルイスは一言で片付けると陽の傾きを見てからリディを振り返った。


「とりあえず、飯でも食おうぜ。城いくのはそれからでもいいだろ」

「賛成。お腹空いた」

「ぴゃー」


 しかし行った先の食事処で、二人は思わぬ話を聴くことになる。


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