第二話 陰謀の宴 (3)
第二話 陰謀の宴 (3)
その夜、今回集められた十一人の狩人達は、特別に公爵家の面々と食事を共にすることになった。二名を除き、礼儀も何もあったものではないと家臣は反対したが、断行したあたり、当主一家の人柄が見える。
「よ、お二人さん。おお、着替えたらますます別嬪じゃねえか」
食卓に案内される際に合流したジョンが、二人を見て大げさに仰け反る。
彼も当然今回の参加メンバーで、しかも一パーティのトップだという。彼のパーティ四人と、もう一つ五人パーティ、そしてルイスとリディの二人がこの任務の構成メンバーだ。
大げさな口調の割に割合本気での褒め言葉は、しかし無情に一蹴された。
「男に別嬪言うな。気持ち悪い」
「君も同じ服だろ。ていうか、それに何か意味があるわけ?」
「……」
同じ服を着ていても、気品とか輝きとかそういうものが違うんだよと言おうと思ったジョンだったが、二人の余りの無関心さになんだか一気に脱力して、ただ肩を落として食卓を囲む広間に足を踏み入れた。
どうやら待ち人は彼ら三人だったようで、視線が一斉に三人に向く。軽く会釈をして謝罪の意を告げ、ルイス達はそれぞれ空いた席に座った。
上座に公爵一家の四人、一つは空席――おそらく長男ヴィルヘルムの席だろう――、下座に狩人と思しき人間達が座っている。狩人はリディ以外の全員が男だが、中にはまだ十三、四に見える子供もいる。
三人が席に着いたのを確認して、エアハルト公爵はにこやかに杯を上げた。
「諸君、こたびは私の無茶な要請に応じてくれて感謝する。謝礼は知っての通り弾むから、しっかり働いてくれたまえ」
笑い混じりの台詞に、狩人達は皆豪快に笑って杯を持ち上げる。見るからに子供の狩人やレティシアの杯の中身は、どうやらジュースのようだったが。
「では、乾杯」
軽く杯を振ってから、公爵がそれを飲み干す。唱和して皆、それに倣った。そのまま食事に移ろうとした面々を、しかし公爵は手を上げて抑えた。
「乾杯をしたのに悪いとは思うが、食事の前に一つ狩人諸君で自己紹介をしたらどうだね? お互い名前も知らぬままでは不便だろう。麗しい華もいることだし」
冗談めかした言葉に、しかしリディは顔をしかめる。女扱いは嫌いなのだ。目敏くそれに気付いたジョンが、慌てたように声を上げた。
「そーですね。じゃ自己紹介と行きましょうか。俺はジョン・イーデル。剣士だ。狩人パーティ“ライジング”のリーダーをやってる」
面々が軽く目で頷いた後、彼の右隣に座っていた男が立ち上がった。
「私はマシュー・アストンといいます。“ライジング”の治療術士を担当しています」
長い銀髪に細い体つきは、いかにも医療系らしい雰囲気を醸し出している。マシューに続き、その隣の金髪に浅黒い肌の、ルイスとそう年の変わらなそうな青年が立つ。
「俺はヨセフ・フィッシャー。同じく“ライジング”の攻撃系魔術士やってる」
彼の後には、ジョンの左隣に座っていた、ジョンほどではないが筋肉質の男が立った。
「同じく“ライジング”所属の弓士、エドガー・ムーアだ。よろしく」
「次はおれ達だな」
“ライジング”の紹介が終わったと見るや、ごつい体つきの、いかにも戦闘職といった風味の男が代わりに立ちあがった。
「おれはヘンリー・レイン。“ユートピア”のリーダーやってる剣士だ。よろしく頼まあ」
「僕はウリス・ユルスナール。治療術士です」
「アーサー・ヤンソンだ。槍使いだ」
ヘンリーに続いて、優しげな雰囲気の中年の男、それと対照的に武骨で硬質な雰囲気の男が軽く頭を下げる。彼らの後に、十三、四の二人の少年が同時に立ちあがり、片方が元気よく口を開く。
「オレ達は攻撃系魔術士だ!名前はオレがエリスで、こっちがニール。よろしくな!」
「――で、あんた達は?」
ヨセフが残るルイスとリディに視線を向ける。ルイスとリディは一瞬視線を交わすと、同時に立ちあがって名乗った。
「リディ・レリア」
「ルイス・キリグだ」
ぎょっと息を呑む声が二、三上がった。
“ライジング”からも発されたところをみると、ジョンは仲間に話していなかったらしい。エリスとニールが顔を輝かせて身を乗り出す。
「あんた達が“自由時間”!?二人だけで竜を狩ったっていう!?すげ、本物!?」
「こら、エリス、ニール。行儀が悪いですよ」
ウリスのたしなめに、バツが悪そうな顔をして二人は席に座り直した。代わりにヘンリーが面映ゆそうにルイスとリディを眺める。
「ほう、てめえらがあの。本物か?」
ルイスとリディは直接答えず、二人揃ってジョンを見た。追ったヘンリーの目もそちらを向き、視線の一斉射撃を浴びたジョンが、ゲッと呻いてからぼそぼそと答える。
「…本物だよ。魔力押印も確認済みだぜ」
一同が納得したところで、唐突にヨセフがぽんと手を叩いた。
「あー、どっかで見た事あると思ったら、街の大食い大会出てた奴じゃん。あんたあんだけ食って気持ち悪くなんねえの?」
「ならない」
「見てる方が気持ち悪い」
ルイス、リディ両者の答えに数人が笑い、場が一気に和んだ。それを見たエアハルト公爵がにっこり笑って声を上げる。このあたり懐の深さを感じさせる人間だ。
「さて、では食事にするか。思う存分食べてくれたまえ」
威勢のよい食事の挨拶が狩人達から発され、それから普段のこの部屋では考えられないような騒がしさで満たされた。
護衛の騎士の中には眉をひそめる者もいたが、公爵一家は自分達も遠慮なく笑いながら食卓を囲んでいた。
そんな中で他とは一線を画して行儀よく食事を口に運んでいたルイスは、ふと視線を感じて顔を上げた。
するとレティシアと目が合い、驚く前にとりあえず微笑んで見せる。と、レティシアはぼっと音を立てる勢いで頬を染め上げ、慌てて俯いて食事を再開した。
(…あれ)
ぽりぽりと頬を掻いたルイスを、くつくつと笑ってリディが肘で突いた。暇つぶしにいいものを見つけた。
「惚れられたねルイス」
「は?」
「あのお姫様、どう見ても君に気があるよ。どうする?」
「馬鹿も休み休み言え、馬鹿。どうもするわけないだろ」
ルイスは一蹴するが、リディはいい玩具を見つけたとばかりに至極楽しそうな表情を崩さず、しかし所作美しく葡萄酒を口に運ぶ。
「すんごい美少女。生粋のお嬢様そのもの」
その声音にどこか郷愁めいたものを感じてルイスはリディを見やりかけたが、寸前で押しとどめた。
まだ三カ月とはいえ、四六時中共にいればわかる。お互い生まれはそういう所なのだと。
狩人として生きている理由も似たようなものなのだろう。彼らはお互い何となく相手の来歴を察しながらも、訊ねる事は決してしない。そういった事は、自然と暗黙の了解となっていた。
だから、仄めかせるような言動を漏らしても、却って安心できていた。
「それこそ冗談だろ。気位高いお嬢様の相手なんざもうしたくねえよ」
なので鼻で笑ってそう返せば、リディもくすっと笑っておどけて見せる。
「あの子馴染みやすそうだけどなあ」
からかう調子で言ってから、不意につとリディは視線を動かした。その鋭さに、ルイスは表情を改め訊ねる。
「…どうした?」
「…なんか。今一瞬、妙な火の気配がした」
魔術には属性というものが存在する。風、水、火、雷、土の五つだ。この五つの属性のいくつかを、生まれながらに人は有している。
どれが宿っているかはそれこそ人によって違うが、通常、一人につき一つの属性で、たまに二つ持っている者がいる。が、三つの者は限られ、四つは体内バランスが崩壊するためあり得ないとされている。五つはそれこそ論外だ。
しかし魔力は誰もが持っているとはいえ、個人差が激しい。本当に『持っているだけ』の人間もいれば、それを行使できる人間もいる。行使できる人間が魔術士だ。
魔術士の素質を持って生れた人間は、五歳以降で力と属性に応じた精霊と契約する。
精霊とは、大気のどこにでも存在する、魔物などといった存在とは対極に位置する『人ならざるもの』だ。が、彼らを傷つけることはできないし、また人は己が契約した精霊しか視る事が出来ない。この精霊は契約した主の意志と命令と魔力量のコントロールに従って、魔術を発現する。
つまり魔術士が火を放ったように見えても、実際は魔術士に命じられた火の精霊が火を放っているのだ。精霊にも力の強弱があり、契約は個人の魔力量による。
また、この五属性に基づく魔術のほかに、治療魔術というものがある。が、これは完全に生来の素質に因るもので、この世に生まれた際に聖霊に憑かれた者のみが行使することが可能だ。
その為存在は希少で、この魔力を持っている人間は大抵医療関係に従事する。この力は『人ならざるもの』とは対極にある力で、治療の他に、五属性の結界よりも数段強力な結界を張ることが出来る。が、人や善竜は拒む事が出来ない。
そして人は、自分が持つ属性の気配には敏感に反応する。
「…火の気配?」
怪訝そうなルイスにリディは頷く。
「ああ。一瞬で消えたけど…何だったんだ?ちょっと見てくるかな…」
そうリディが立ち上がりかけた時だった。ドンッという衝撃が奔り、上部の壁にある窓が割れ、炎が入り込んできた。
驚愕の声が上がる前に、反射的にリディは叫んだ。
「ウェルエイシア!」
彼女の声に応えて風の膜が広間全体を包み込み、降り注ぐガラスを弾き飛ばして、炎も吹き飛ばす。
次いで外に広がっていると思しき炎を囲い込み、酸素の供給を断った。
「ルイス、水!」
「アイシィ!」
直線的な要請に、ルイスは瞬時に対応して外へ水魔術を放った。一気に沈静化する外の気配に、リディはジョンを振り向いた。
「外見てくる。護衛は任せるよ」
言うなり、風を固めて作った足場を蹴って、割れた窓から外に飛び出して行ったリディを、室内の大半はあっけにとられて見送り、エドガーが「どんな身の軽さしてんだよ…」と呟いた。
「アースエイシア。地盤固めてこい」
おそらくは火の魔法を使った爆発だろうとリディの言動から察して、ルイスは自らの土精霊にそう指示してから、後ろを振り向いた。
「悪いけど誰か外行ってくれ。リディ一人じゃ追手もかけられない」
「あ、じゃあオレら行く!」
「…俺も行こう」
エリスとニールが飛び上がって手を挙げ、アーサーも頷いて開け放たれた扉から出ていく。
ルイスは蒼い眼を細めて、エアハルト公爵に向き直った。
「以前にこういった事は?」
「…流石にないな。地位柄、暗殺者はしょっちゅうだが、こうも派手なものは…」
「そうですか」
特に驚いた風もなくルイスは首肯し、もう一つ、と訊ねる。
「魔術士は雇っていらっしゃらないのですか」
「長男のヴィルヘルムがかなりの魔術士なので、二人しか雇っておらんな。ヴィルは外出中だが、魔術士は城内にいる」
長男、という事はもちろん王家の傍系。ならば強い魔力を持っているのだろう。
元々、この大陸は遥かな昔はただ一つの国によって治められていたという。今この大陸を支配する十三の国の王族は、皆系譜を辿れば、その国に存在した一つの一族に行きつくと言われている。
なんでもその一族は、凄まじい魔力と治療魔力を持つ一族で、それは長い時の流れの中でも失われず、現存する王族達はそれを引き継いで高い魔力を持っているらしい。彼らは高い魔力と、なぜか必然的に受け継がれている治療魔力、そして常人より優れた身体能力を持ち、戦闘に秀でている。
もちろん引き継いでいると言っても完全ではなく、戦闘能力の高い者もいれば、普通の人間かそれ以下の力しか持たない王族もいる。
エアハルト家の長男は、どうやら前者のようだ。
思考を巡らせていたルイスに、ヨセフが声をかけた。
「なあ、今後の為にお互いの属性教えとかねえ?魔術士五人いるから、多分担当分けられるし」
「…そうだな」
少し迷った後、ルイスは頷いた。余り自分達の能力は明かしたくないが、予測していたより事態は深刻らしい。
誰がどういった魔術を使うかを把握してしっかりとローテーションを組まないと、足元をすくわれることになりそうだ。
「俺は水、土、風だ。リディは火、風、雷」
「ふうん、俺は水と風…って、はァ!?」
ふんふんと頷きかけ、ヨセフはぎょっと声を上げた。
「何お前ら、二人とも三属性ずつ持ってんの!?嘘だろ!?」
「嘘じゃねえよ。こんなんで嘘ついてどうすんだよ」
「あり得ねえ!そんで剣も使えるって!?ふざけんなよ!お前ら人じゃねえ。人外生物!!」
「残念ながら紛う事なき人間だ」
「あー、と、エリスが水と風で、ニールが火と雷ですよ」
口論になりかかっている青年二人に、遠慮がちにウリスが口を挟んだ。
「…とりあえず全属性、余裕でいる訳だ」
ジョンが呟く。仮にもここにいるのは、狩人としても並みより上に位置する者達だから、二属性持ちはそこまで驚かない。が、流石に三属性は驚いた。
と、扉の外が俄かに騒がしくなる。
「父上、母上、エリオット、レティシア!」
一人の容姿端麗な青年と、追って二人の魔術士らしき人影が駆け込んでくる。魔術士の方は雇っているという二人だろう。
淡い金髪の青年が長男のヴィルヘルムであると、出で立ちからも台詞からも見て取れた。
「おお、ヴィル。王都はどうだった」
「いつも通りですよ、それより怪我は!?」
「焦るな、何もない。狩人殿達が守ってくれた」
公爵が手ぶりで示したルイス達を、ヴィルヘルムは振り向く。
その瞳に安堵と感謝が一気に灯り、彼は一番近くにいたルイスの手を取って頭を下げた。
「ありがとう。途中で妙な魔物に襲われた時から嫌な予感はしていたけれど…家族を守ってくれて、感謝する」
「…いえ」
家族の無事に落ち着きを取り戻したらしいヴィルヘルムの代わりに、今度は別方向から慌てた声が上がる。
「兄上!今襲われたとおっしゃいましたか!?お怪我は!?」
「ないよ、エリオット。なぎ払ってやったからね」
賑やかな家族だ。ルイスはヴィルヘルムの手をそっと外すと、ジョンとヘンリーの方へ歩み寄った。なるべく軽い調子で声をかける。
「このあと、いいか?」
「いーぜ。酒呑み足んねーからな」
「情報交換と行こうじゃないか」
考えていた事は同じらしく、二人ともすぐに頷いた。と、不意に背から声がかけられる。
「あ、あの、ルイス様…」
様!?と目を見開いて体を反転させると、そこにはレティシアが立っていた。
「助けてくださって、ありがとうございました」
「…いえ。主に俺の相棒がしたことですから。御身がご無事で何よりです」
改まった口調で、騎士のごとく頭を下げたルイスに、レティシアは頬を染め、ジョンとヘンリーは目を丸くしたのち物凄い勢いで顔を背けた。笑っているのだ。
レティシアににこやかな笑みを向ける一方、心の内でジョン達を罵倒しながら、ルイスは公爵一家に向き直る。
「失礼とは存じますが、今後の打ち合わせなどをしたいので、しばらくの間席を外させて頂きたいと思います。結界は張っていきますし、数人は残りますので、ご安心ください。――攻撃系魔術士を呼んでくれ。確かめたい事がある」
後半は肩を震わせまくっている二人に向けて言い、ルイスは踵を返して扉をくぐったところで、ばったりとリディに行きあった。
リディは相当びっくりした様子で壁に張り付いている。もっとも、張り付いている理由はびっくりしたからだけではないようだが。
「――何してんだ、お前」
「え!?なんでもないなんでもない。打ち合わせどこでする?」
焦っているのは丸分かりだが、ルイスは嘆息するだけに留めた。歩き出しながら短く問う。
「――見つからなかったのか?」
真面目な口調にリディも気を取り直して、ルイスに続いて歩きだした。
「ああ。どうも時限式だったみたいだ。痕跡まで吹っ飛んでた」
「お前の後に三人行かせたんだけど、どうした?」
「槍使いは周りを見に行った。双子は火精霊と何か確認してるみたいだよ」
喋っている間に、エリスとニールが廊下の反対側から歩いてきた。難しそうな顔をしていたが、ルイスとリディを目にするなりぱっと顔を輝かせて走り寄ってくる。
「あのさ…」
が、その頭を、ルイスとリディの後ろからぬっと出てきたヘンリーががしっと抱える。
「おうっリーダー!?」
「何すんだー!!」
じたばたと暴れる双子をあっさりと抱え上げ、ヘンリーは豪快に笑った。
「居酒屋行くぞてめえら。おい、後は頼んだぜえウリス」
「了解しました」
ウリスが軽く頭を下げる横を、ジョンとヨセフがやってくる。どうやら“ライジング”も話はまとまったようで、マシューらが広間の入り口で見送っているのが見えた。
「よし、行くか」
ルイスの言葉に頷きを返して、狩人七人は街へと向かった。
―――――――――――――――――――――――――
「術者どれくらいだと思う?」
「中位か高位…じゃないかな。ファイアリィ…僕の火精霊に訊いたら、そんな感じだった」
「同感。時限式に出来ることからして、もしかしたら高位かもね」
ヨセフの問いに、ニール、リディが答えた。
精霊は魔術師の魔力によって強さが異なるが、大雑把に高位、中位、低位と分けられている。
あくまで個人の主観なので、人によって分類はばらばらだが、共通している意見は、世の中の魔術師は中位と低位を使役する者がほぼ同数、高位になるとぐっと数が減る、ということだ。
「誘魔香の匂いもしてたよなー?」
エリスがルイス、リディ、ヨセフに確認するように訊く。三人とも迷わず頷いた。
「あの屋敷全体からも薄く漂ってたけどな。あのヴィルヘルムって奴からが一番濃かったな。今日あいつが襲われたってのはそのせいだろう」
「あんまり濃いとある意味で酔っちまって気付かねーからなあ」
一番至近距離で接したルイスが言えば、ヨセフがうーんと伸びをして頭を掻く。
「…内部犯かなあ?」
「有り得るっちゃ有り得るけど…薄いな。城内は誘魔香の匂いが特別強いって場所はなかったし…魔術士以外にそんな芸当は無理だろう。あの雇われ魔術士はそんなこと出来るレベルじゃなさそうだし」
「そりゃそうだ…つか、公爵に仕える魔術士があの程度って問題じゃねえ?」
「…あのさ、水を差すようで悪ィけど、誘魔香ってナニ?」
考え込む面々に、話についていけていない非魔術士のジョンが口を挟んだ。その横では無言でヘンリーも酒を呑んでいる。顔はさっぱりちんぷんかんぷんといった風情だ。
「あー、文字通り魔物を誘き寄せる香の事だ。人間の血とか薬草で主に作られてる。微量の魔力が込められてるから、俺達魔術士は感じ取れるけど、流石に臭いじゃ人間の鼻くらいでは嗅ぎ取れねえからな。…ヴィルヘルム、あのままじゃ魔物の餌食だぞ」
ルイスの回答に蚊帳の外だった二人が内に入り込めた傍ら、リディがガシガシと自分の前髪を丸める。
「あの人は放っといても心配ない。だけどあの人と接触した家族が心配」
「結界でも張るか?それか封印」
ヨセフの提案を、バッサリとエリスが斬った。
「それじゃ泳がせてる意味ないじゃん」
「…まーな」
どうやら全員誘魔香の存在に気づいていて放置したらしい。人の悪い笑みがそれぞれに浮かぶ。
見ていたヘンリーは、嘆息する。どいつもこいつも、魔術士とやらは性格が悪いようだ。
「魔物相手じゃほとんど騎士連中は役立たずだろうからなァ。分担して護衛すっか」
「それが一番得策だな。じゃあ誰が誰やる?」
ジョンの提案に、リディが真っ先に手を挙げた。
「私はヴィル…ヘルム以外だったら誰でもいい。あの人だけは絶対止めて」
口早に言ったリディを、全員が不審そうな眼で見遣った。ニールが首を傾げて訊ねる。
「…知り合いなの?」
「…いや。ただ私は向こうを知ってるし、向こうも私を知ってる。…これ以上は訊かないでよ」
リディは苛立たしげに喉にジュースを流し込んだ。
最近分かった事だが、どうもリディは酒に弱いらしい。一杯や二杯なら平気のようだが、度数の高いものには手を出さない。自分がザルのルイスにしてみれば、ちょっと人生損している風に見える。
リディの表情に追及をやめ、ジョンは切り替えた。
「わーった。んじゃリディ、お前はエリオット殿だ。一人で平気だな?」
「ああ。ありがとう」
「んじゃ俺とマシューでヴィルヘルムの護衛をしよう」
ジョンが言い終えると、ヘンリーがビールを一気にあおってから言った。
「じゃ、おれとウリスで公爵閣下につくとすっかあ。まァ、つくっつったところで部屋の隅だろうがなァ」
本当の近辺には騎士団が張り付くだろう。雇われ者は、外部から届く殺気にのみ集中すればいい。
「マリーアリア様はヨセフ、お前とエドガーでやれ。いいな?」
「へいへい」
「じゃ、俺は巡回で――」
「いんや、巡回はエリスとニールとアーサーにやらせる。てめえはレティシア嬢ちゃんだ」
「――はあ!?」
あっさりと決定事項のように言われたセリフに、ルイスは思わずヘンリーに食って掛かる。
「なんでだよ!」
その様子にヘンリーは豪快に噴き出し、ジョンはにやにや笑い始め、ヨセフは人の悪そうな笑みを刷き、エリスとニールの双子は疑問符を浮かべ、リディはこらえきれないといったように肩を揺らして笑いだした。
「なんでってそら、アーサーは人付き合い悪ィし、エリスとニールは実力はともかくまだガキだ。礼儀もねーし。その点てめえは礼儀作法完璧だろうが?食事ちゃんと見てたんだぜえ」
「なら女のリディのがいいじゃねえか!俺がエリオット殿下やりゃいいだろ!」
「ちょっと、都合悪い時だけ私を女扱いするなよ」
「バッカてめえ、嬢ちゃんの為に決まってんだろーが」
リディが律儀に反論し、一方ヘンリーは止めとばかりにルイスを指さして大声で笑った。
「指さすな」
「細けえこた気にすんな。てめえもわかってんだろーが、譲ちゃんのお前を見たときのカオ!あれは惚れられてっぜ」
憮然としたルイスに、更にヨセフが追撃をかける。
「ま、観念すれば?精々逆タマでも狙え」
彼と、未だ状況把握が出来ていない双子を除いて全員が笑い転げている状況に、不機嫌面になったルイスはヤケのように酒を干すと、ガタンと立ち上がった。
「やってられるか。帰る」
自分の酒代をテーブルに置いて席を離れるルイスに、リディも肩を竦めて席を立った。
「君が帰るなら私も帰るよ。――じゃ、ローテーションはそういうことで。また明日ね」
愛想良くジョン達に手を振ってから、リディはルイスの隣に並ぶ。ほどなくして二人が店を出て行った後、残った狩人達は額を寄せあった。
「何あいつら、デキてんじゃねえの?」
ヨセフが言えば、ジョンがうーんと頭を抱えた。
「そうだと思ってたんだけどなあ。そんな雰囲気塵ほどもねえな」
「つーかてめえらあの空気でそんな事考えてたのかよ?脳みそ湧いてねえ?」
「ちょ、リーダー!…でもじゃあ、なんでわざわざ二人で旅してる訳?治療術士もいないでさ」
ニールのもっともな疑問に、全員ふむと考え込んだ。
ここにいる者達は、誰も二人が治療魔術をも扱える事を知らない。
とすると結論は出ないのだが、けど、とエリスが別の事を口にした。
「ルイスもリディも、やたらと礼儀作法綺麗だよなあ」
「…だな」
「しかも無理矢理って感じじゃなくて、自然とやってるよね」
「ああ、そりゃお前ら、あいつらは多分」
ジョンはいったん言葉を切る。言っていいのか数瞬迷ったが、まあ世間話の域を超えないし、あの二人とてこれくらい推測されることは予測済みだろう。
「あいつらは多分、貴族出身者だ。何で今狩人なんかやってんのかは知らないがな」
ようやく魔術についての説明を入れられました…。難しい仕組みではないですが。
主人公二人がどれだけ異質かは少し強調できたかと思います。…たぶん。