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番外編 過去の記憶 (3) 二人の出逢い 

これにて過去編は終了です。

読んでくださった方はあとがき、並びに活動報告をご覧頂けると幸いです。

番外編 過去の記憶 (3) 二人の出逢い







 オルディアンの西部一帯に広がる豊かな広葉樹林の森、通称リヒトールの森を抜けて更に西、商業の国アルフィーノと国境近い所に、オルディアン第三の都市アリエルは位置している。

 首都リオーラが白亜と清水で形作られる整然とした荘厳な街であるのに対し、アリエルは、あちこちに張り巡らされた水路という点では同じものの、入り組んだ小道とてんでばらばらな色合いの家が並ぶ、雑多な、しかしどこか懐かしい街並みを有している。


「アリエル、か…。話に聞くのみだったけど、良い街だな」


 そこを歩く、フード代わりに布を肩より上に巻きつけたルイスは、眩しげに目を細めた。

 老婆に言われた通りリヒトールを抜け、馬を走らせて二日。辿り着いたこの街で彼を知る者はなく、新鮮な気分だ。


「っと、狩人協会って何処だ…?」


 馬を引いて歩きながら周囲を眺めやったルイスの目に、ある大きめの長屋が留まる。一部に喫茶店を有しているらしいそこは、屋根の下に確かに『狩人協会』と書いてあった。


「あったあった」


 昼時で人気がないそこは、日の光に頼っている為か、少々薄暗い。馬を繋ぎ、中に入ると、やはりそこには殆ど人がいなかった。奥のカウンターに一人と、内部でつながっている喫茶店のテーブルに一人しかいない。

 奥のカウンターに坐す灰色の髪の壮年の男が顔を上げた。


「何だァ、あんた」


 男は胡散臭げにルイスを見やってくる。ルイスは構わず近づき、カウンターの正面に立つと、顔を覆う布を取った。


 布の下から現れた面立ちに、男は息を呑んだ。北方に住む民特有の白く肌理細かい肌に蒼く深い双眸、すっと通った鼻筋は彫りが深く、引き締まった唇と涼やかな目元からは聡明さが滲み出、それらを収めた細面を、女顔負けの絹のように滑らかな黒い髪が緩く結われて彩っている。


 文句の付けようがない美青年だった。


 だが同時に男は、青年の研ぎ澄まされた刃の様な気配も感じ取ったいた。腰に佩かれた長剣といい、佇まいといい、並みの者ではない。


「…狩人登録をしたいんだけど。教えてくれ」


 唇から発された声音も、口調はともかく玲瓏とした美声で、男は感心するより呆れた。ここまで完璧って人間どうなのだろうか。さっきの奴といいこいつといい、綺麗すぎるのもどうかと思う。


「…ああ、してやるよ。だがあんたァ、パーティー組む宛はあるかい?今この街には、他に志望者が…いないんだが」


 いるにはいるが、という言葉を寸での所で男は呑み込んだ。あれは挙げてもしょうがない。が、次なる青年の言葉に男は呆気に取られた。


「必要ない。一人で充分だ」


 その台詞に、喫茶店のテーブルでスパゲティを口に運んでいた人間が、顔を上げた。金色の眼に興味の光が灯る。

 男はそれをちらと見、口元を引き吊らせて言った。


「一人って…あんたァ、わかってんのかい?見たとこ確かに腕ァ立つようだが、一人だけじゃな。…どーしてもってんなら、核一つ取ってきてみろ。まぁ無理だとは思」


 うが、という言葉は、無言で青年が開いた袋から零れ落ちた物に阻まれ消えた。


「な……」

 出てきたのは、多量の茶が混じった白い核と、一つの黄色の核。


「これ全部殺したけど。足りないか?」


 絶句する男に、ルイスは首を傾げる。が、それには唐突に横合いから反応があった。喫茶店に座っていた人間のようだ。


「うわ、すご。君、これ全部一人で殺したの?私以外にそれやる馬鹿がいるとは思わなかったよ」


 横を見て、刹那ルイスは息を呑んだ。小さなハート形の、抜けるような白い顔に、大きめの金色をしたアーモンド形の瞳。個々のパーツが完璧に整っている造形は、勝ち気そうでいて、思慮深さを同居させている。何より鮮烈な印象を残すのは、その赤い髪。襟足でばっさりと切られたらしいそれは、しかし繊細にさらりと風に揺れている。

 一見ただの美少女は、しかし背中に差された二振りの短めのサーベルがそれを否定した。また、魔術師でもあるルイスは、鋭敏に彼女もまた魔術師である事を察する。そしてそれはお互い様であったらしい。少女は軽く眉を上げると、男を振り向いた。


「マスター。こいつ心配ないよ。私と同類。剣士兼魔術士だ」


 店主は絶句した。常識離れその2を同日中に目にした事への驚き或いは絶望のためであった。しばし二人の人間を見比べた後、がっくりと肩を落としてカウンターに身を沈める。


「厄日だ…今日は俺の人生最大の厄日だ…なんで一日に二人も人外をうちから排出しなきゃならんのだ…」

「マスター、排出って文字違うよね。輩出だよね。ていうか承認してよ。私あんまりここに長くいるとヤバいんだけど」

「黙れ。頭が痛くなるわ」


 頭を抱えて呻いた店主は、あ、と手を打った。


「そーだ。お前らコンビ組め。そしたらパーティ承認してやらァ」

「…はあ?」

「はい?」


 思いつきの様に言われた言葉に、少女もルイスも眉を上げた。少女が詰め寄る。


「何だよそれ。私一人でいいって言ったんだけど?」

「問題なんだよ新米のしかもガキが一人ってのは!」

「ガキって何だよ私はもう十七だ!」

「俺も十九なんだけど」

「どっちも充分ガキだ!!」


 店主は二人を怒鳴りつけ、髪を掻き毟る。少女はしばらく膨れっ面をした後、急にルイスを振り向いた。


「君、ちょっと剣の相手してよ。私ちょっと厄介者なんだ、足手纏いだったら願い下げ」


 ルイスは怒るよりも、感心して思わず笑ってしまった。


 ――初めてだ。足手纏いなんて言われたのは。そして、氷の軍神と云われ、畏れられ敬遠されてきた自分に、こうも対等な口を利いた奴は。


 こいつは今まで見てきた女と違う、と鋭敏にルイスは悟る。普通の人間でもない。自分と同種の人間だ。


「いいぜ。俺も厄介なもん抱えてんだ、お前こそ強いんだろうな?」


 少女もまた唇を持ち上げた。金色の瞳が至極楽しそうに細まる。


「上等だ」


 そして完全に置いてけぼりを食らっていた店主は、頭痛に加え胃痛まで覚え始め、カウンターの下で腹を抑えていた。










 場所を移して、人気のない噴水の広場。剣を振り回す充分なスペースがあるのを確認すると、二人は剣を抜いて向かい合った。少し離れた所には、監督役として巻き込まれた店主の姿もある。


「魔術はなしだ。うっかり街を破壊しかねないだろ、君と私じゃ」

「…だな」


 ルイスはにやっと笑った。――今までの会話で解った。魔術に関しては、恐らくこの少女は自分の上を行く。他人の魔力レベルを感じる力は、自分にはない。血が湧く。こいつは、今までで一番、強い。


「え――、じゃあ、始め」


 勘弁してくれという表情丸出しの店主の合図と共に、二人は同時に地を蹴った。


 先手は少女。二刀の内、右手の一本で、掬い上げる様にルイスを切り上げる。その速さに少しヒヤリとしながらも、ルイスは最小限の動きでそれを躱し、長剣を突き出した。

 少女はそれを左手の剣で逸らして勢いを逃がし、手首を返した右手で垂直に薙ぐ。それに対してルイスは身を屈めて脚払いをかけたが、少女は軽く跳躍すると、両手の二振りを重ねてルイスに振り下ろした。


「…やるな」


 真っ向から受け止めて鍔迫り合いをしながら、ルイスは口角を上げる。少女もギリギリと剣を押し、「そっちこそ」と笑った。


 力比べは結果が見えているためか、少女は素早く剣を弾いて、その反動を利用し後方へ一度宙返りをして距離を取った。それを追ってルイスが斬りかかり、応じた少女の銀閃とルイスの刃とが、激しい金属音を立てる。


「…もうやだこいつら…」


 金属音に何事かとギャラリーが集まり始め、ずっと見守らされている店主は天を仰ぐ。


 ぶっちゃけ呆れた。タダモノじゃないとは解っていたが、今の攻防、どちらも相当のものだ。青年が安定した無駄一つない動きをするのに対し、少女は、女である上に二刀流の為に勢いを付けないと力が足りないからか、些か動作に間があるものの、軽業師並の身の軽さでもって軽く補っている。


(こいつら二人だけで、軍一個中隊は軽いな…)


 そんな奴らを排出、否輩出したら協会から何を言われるか。否、悪い事ではないのだが、奇しくも二人とも言っている。「厄介者だから」――と。


 実は店主には、少女の正体にはアタリがついていた。この国で、あの鮮やかな赤毛で、超のつく美少女で、ぶちぎれた戦闘能力を持つと云われれば、自ずと答えは出てくる。青年の方はまだ解らないが、その内情報が入ってくるだろう。どの道貴族だ。もしかしたら、さらに上の。


 そうこうする内、二人の剣戟は苛烈さを増していた。交わされる金属音が、絶え間なく広場に響く。今や数十人に膨れ上がった観衆達は、固唾を呑んでその行方を追っている。


 潮時だな、と店主は思った。


「――止め」


 すっ、と二人の間に入り込んで、腰から抜いた二本のナイフで、双方の刃を受け止める。青年の目も少女の目も、軽く見開かれたのが解ったが、店主は委細構わず淡々と言ってやった。


「もう充分だろ。ほら見ろ、ギャラリーが集まって来ちまったじゃねぇか」


 言われて初めて二人は周りを認識したらしい。呆気に取られて立ち尽くした。観衆はざわざわとしながら三人に注目していた。ありゃ狩人(ハンター)だとか誰だとかなんとかも聞こえてくる。


「で?お二人さん。組むか?」


 店主の問い掛けに、剣を鞘に納めながら二人は顔を見合わせ、二人同時に笑い出した。


「悪かった。君は私より強い。足手纏いは撤回だ」

「こっちこそ。感服したよ」


 笑い合いながら手を差し出して、ガシっと握りあう。


「そういやお前、名前なんていうんだ?」


 思い出して言ったルイスに、少女は悪戯っぽく笑う。


「人に名を訊く時は、まず自分からだろ?」


 ルイスも笑い声を上げた。確かにそうだ。


「俺はルイス…ルイス・キリグ。グリアン出身だ。で、お前は?」


 少女はにこりと笑んだ。その笑みは邪気なく澄んだ笑みで、そんなものを長らく見ていないルイスは一瞬どきりとした。


「私はリディ。リディ・レリア。リリエイヌ出身。宜しく、ルイス」







 こうして後に狩人のヒエラルキーのトップ、『十強』に名を異例の速さで連ねるようになるこれまた異例の二人パーティ、『自由時間フリータイム』は結成されたのだった。










おまけ



「ねぇマスター」

「あぁ?つうか狩人ライセンスもやったんだからとっとと行けよ。何お前らこの一日で超有名人になってんの?」

「こういう協会支部の店長ってさ、一線退いた『十強』が配されてるんだろ?てこたぁあんた、」

「「超強いんだろ?」」


 赤の少女と黒の青年の、無邪気と完璧の双璧構成笑顔は、竜の如く店主を襲った。店主は顔を引き吊らせ、どうにかしてこの状況を逃れれないか視線を走らせる。


 が、結論として。


「相手してよ」


 事情を知らぬものから見れば爽やかな、


「この間の素直に尊敬したんだぜ」


 しかし知る者から見れば酷薄極まりない笑顔が店主に迫る。


「…せんでいいわあああああ!!」


 アリエル一角でその日、轟音と悲鳴と笑い声が聞こえたという話は、あっさりと日々に流された。


これにて第一部(仮)、並びに番外編は終了です。お付き合いくださりありがとうございました。


また、これより少なくとも五カ月、多ければ一年以上更新を停止いたします。詳しくは活動報告をご覧頂けると幸いです。

読んでくださった方、お気に入り登録してくださった方に最大級の感謝を。ありがとうございました。

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