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第八話 発覚と未来 (8)

第八話 発覚と未来 (8)







 時間軸は少し前に遡り、ようやく侍女の最終チェックのお許しが出たリディは、もうへとへとに疲れたと言っても過言でない状態で、ゼリクと共に部屋を出た。


「よくお似合いですよ、リディ様」

「…どうも」


 リディとて、綺麗だと言われて悪い気はしない。しかし、こんな鬱陶しい支度をする位なら言われなくていい、というのが本心である。

 歩くすがら、すれ違う人々の視線を集めていくのも殆ど気づかず、早く終われ眠いと始まる前からあんまりな呪いを心中で吐いていたリディは、前方に見知った背中を見つけて思わず声を上げた。


「セレナ!」


 振り向いた既知の少女は、リディを見て瞠目した。連れ添っていた騎士はポカーンと口を開けた。


「リ…リディ様!?え!?本物!?」


 彼女達が知るリディは、前髪を陶器細工で留めていることが唯一の洒落っ気という勢いの、狩人の姿だ。合致しなくても無理はなかった。

 もともと整った顔立ちは、繊細な化粧で一層輝きを増し、細い体つきはまっすぐしなやかで美しい。セレナは本気で、なんでこの人いつもあんな格好しているんだろう、勿体ない、と思ってしまった。


「本物だよ、残念ながら…行こう」


 そんなセレナの内心を知りもせず、リディは無念そうに呻いて、セレナの横に並んで歩き出した。自然、並ぶリディとセレナの後ろを、オルディアンの騎士とゼノの騎士が並ぶ形となり、二人共なんともいえない顔で視線を交わす。


 戦争は防がれ、王も替わったとはいえ、つい数ヶ月前までは敵国同士だったのだ。戸惑うのも当たり前である。

 しばらく皆無言のまま歩き、やがて大広間に通じる場所に出る。ここで別れる騎士二人が、それぞれ主に礼を取った。


「では、リディ様」

「セレナ様、お気をつけて」


 去っていく騎士の背を見送ってから、リディが「行こうか」と言うのを、セレナは呼び止める。


「リディ様――もう機会が無さそうなので、この場で失礼いたします。…我が国を滅ぼすべきあなたが、滅ぼすどころか守って頂いたことに、心からの謝辞を。私達ゼノの民、この恩は一生忘れません」


 不意に切り出したセレナに、リディは驚いた目を向けるも、すぐに皮肉気に笑った。


「そんなに礼ばっかり言わなくていいよ。それに忘れないって言ってもね…ゼノ(そっち)は赤が禁色になるほどだろ?その元凶は、私だ。無理だよ。忘れた方がいい」

「いいえ。変えます。私達が変えてみせます」


 だからこそ、断固としたセレナの宣言に、瞠目した。今しっかり自分を見据える少女は、果たしてこんなにも強い眼差しを持っていただろうか?


「私はゼノの女王です。万人が、心置きなく訪れる事が出来る国を作るのが私の仕事です」


 見ていて下さい、とセレナは笑った。


「今はまだ無理でも、いつか必ず。だから――その時は」


 佇む少女を見返して、くっとリディは笑った。しばらく静かに肩を揺らして、参ったよ、と苦笑する。


「わかった。その時は呼んで。――必ず行くよ。今度はありのままの姿で」


 ほっと破顔した少女は、確かに女王に相応しいのだと。


 ある意味、リディはここで初めて実感したのかもしれない。








――――――――――――――――――




「化けたなぁ、リディ」


 近寄ったリディをまず迎えたのはルイスの手と、アルのそんな感想だった。リヒテルジークが顔をひきつらせアルを殴ろうとするより早く、リディはげんなりと肩を落とす。


「化けさせられた、だよ。この白粉がべたべたしてホント嫌…」


 うんざりと恨めしげに、リディはサーレクリフを睨むが輝く笑顔を返されて即座に顔を背けた。セレナが本当に驚きました、と笑う。


「本当にお綺麗なんですから。私なんか歯が立ちません」

「そんなことないよ。明らかにセレナのがお姫様っぽい」

「確かにな。リディは迫力が有りすぎる」

「何を、ルイス殿。そこがいいんじゃないか!我が妹の美しさは――」

「クリフ煩い。…俺達もそろそろバラけよう。注目を集めすぎている」


 ヘンドリックの提案に全員我に返り、さっと周囲を眺めるなり、作り笑いを浮かべると三々五々に散っていった。

 サーレクリフも名残惜しそうにしながら去っていき、後にはルイス、リディ、アル、セレナが残る。


「この面子でいると思い出すな」


 ルイスが三人を見て言うと、リディがにやりと笑った。


「アルもセレナに会うの久しぶりだろ?積もる話あるんじゃないの?」

「なっ…なっ…くもないけど、無くないけど、…」


 瞬時に顔を赤くしてしどろもどろになるアルに、リディは表面の取り繕いの為だけに上品に笑って、ルイスの腕を取った。その動作があまりに自然だった為に、ルイスもアルもセレナも驚く。


「リディ様、本当にご令嬢だったんですね…」


 些か失礼なセレナの言葉に、リディは笑って返した。目が完全に据わっていた。


「クソ兄貴と馬鹿(ヴィンセント)のお陰でね。この程度の演技なら楽勝だよ」


 今の天気(リディ)は、見た目は晴れでも中身は嵐だった。


「……」

「……」

「…後で鍛錬(うさばらし)付き合うから。我慢しろ」

「よろしく」

「…オレも付き合う。パーティー終わったらまた集まろうぜ」

「賛成です」













 エルゼリーヌは絶句していた。他国の王族達と歓談していた第二王子(ルイシアス)が、真っ直ぐに手を取ったあの女は、格好が違いすぎるけれどあの鮮やかな赤い髪は間違いなく――二日前の下郎だった。


 あの時は男だと思い、その日の夜の内に騎士団長に、連れてくるように問い質したのだが、返ってきたのは『そのような者は我が団にはおりません』というものだった。

 そこらにいた騎士を捕まえても、そんな者は知らないというので不審に思っていたが――まさか他国の令嬢だったとは。

 しかも、聞こえ聞いた噂によれば、オルディアンの王女に等しい存在だという。


「なんて、こと…っ!」


 ギリリ、とエルゼリーヌは歯を食い縛った。


 同じ公爵家の人間でも、自分と、王位継承権を持つあの女の間には、歴然たる差がある。いつものように、権力で黙らせることが出来ない相手。しかもあろうことか、ルイシアスが滅多に見せない笑みすら浮かべた。


「ルイシアス殿下、今日ご機嫌良さそうですなあ」

「あのご令嬢とはどんな関係なのだ?」


 そんな周囲の会話にも腹が立つ。自分と同じようにルイシアスを狙っていた女達が、彼があの女と楽しそうに喋るのを見た途端一気に諦めムードに入ったのも気に食わない。


「ふざけないで…」


 第二王子の相手は自分だ。婚約までしていた自分以外、彼の相手など有り得ない。


(あの女…忌々しいですわね。なんとか排除できないものかしら)











「父上遅いな…あらかた招待客は集まったぞ」


 大広間を見渡してルイスが呟いた言葉に、確かに、とリディも同意した。


「私ぎりぎりかなって思ったぐらいだし。…っと」


 危なく誰かにぶつかりそうになり、すんでの所で避ける。ルイスはリディを側に伴ったまま、各国の使者や貴族達と談笑をしているので、おちおち気を抜いていられない。


 が、今のぶつかりかけた貴族に、リディは微かな違和感を抱いた。


(……?なんか、変)


 だがそれも、満を持して現れた、エーデルシアス王、王妃、王太子、そして赤子の王女に向けられたざわめきがどこかにやってしまう。


「やっと来たか」


 隣でルイスがほっと息を吐く。満場の視線を集めている、王の手を取りながら椅子に座った王妃の健在そうな様子に一番ほっとしたのは彼かもしれない。なにしろ戻ってきてからこっち、妹はおろか母にも、自身の忙しさと彼女達への気遣いとで会っていなかったのだ。


「綺麗な人だね…」


 リディは目を丸くしていた。余り人の顔の美醜に拘らない彼女がそう評価することも珍しい。


 王妃は正に、儚げな、という形容がこれほど似合う人はいまい、という風情だった。白金の髪は真っ直ぐで癖が無く、小柄な体は直ぐに折れてしまいそうなほどに薄い。顔は、四人の子がいるとは思えない程少女めいた美貌を有している。

 よくあんな体で子供産めるな、と密かに感嘆していると、リディが何を考えているのか表情から察したらしいルイスが、低い声で囁いた。


「母上の見た目に騙されるな。ああ見えてそこらの騎士は瞬殺するぞ」

「え」


 嘘だろ、とリディはルイスを仰ぐ。が、ルイスはどこまでも真剣だった。


「嘘じゃない。昔は母上に稽古付けて貰ってたんだぜ。騎士さしおいて」

「……」


 無言でリディはぽかんと口を開けた。


(うわ、想像出来ない!あんなナリでうちの母上と同じタイプってそれ…)


 リディが認識を新たにして見つめ直す前で、王が招待客に向けて挨拶し、それに対し各国代表が言祝ぎを述べるという儀礼が始まった。


 広間は一気に人の話声で満たされ、各王族も動き回って互いに挨拶を交わし始める。ルイスもそれは同様で、彼のパートナーを務めるリディも、必然多くの貴族や王族たちと言葉を交わす羽目になった。

 何人かの王族と談笑したところで、一人のエーデルシアスの男性貴族が寄ってきた。五十を過ぎ、皺の入り始めた顔に笑みを浮かべてルイスに恭しくお辞儀をする。


「お久しぶりです、殿下。諸国漫遊をなさっていたと伺いました。いかかでしたか?」


 それに対し、ルイスは完璧な微笑で応じた。


「ありがとう、ミシュレア公。多くのものを見ることが出来たよ。得難い経験だったと思う」

「それは良かった…ところで、そちらのご令嬢は?」


 リディにすら、明らかにそちらが本題とわかる話の運び方で素性を問われ、リディは張りつけた笑みと共に裾をつまんでお辞儀を返した。


「リディエーリア・エルクイーンと申します」

「エルクイーンと申されますと…サーレクリフ殿の?」

「ええ、妹です」


 上滑りするような受け答えに、終始ミシュレア公は品定めの視線を送ると、では、と笑顔のまま二人の前から立ち去った。その彼を数人の貴族が取り囲んだところをみると、情報収集特攻役だったのだろう。


「腹の中で何考えてるかわかんないオヤジだな」


 ミシュレア公が去ったと見るや、笑顔を保ったままにそんな言葉を吐き捨てたリディの頭を苦笑して叩き、ルイスは小さな声でささやく。


「これが社交界だ。仮面を一枚も二枚も被った連中が腹を探り合う、陰険な場所だ」

「兄上の馬鹿…一度参加したら、もう逃げられないってのに…」


 呻いている間にも、また別の男が近づいてきた。その男を視界に入れた途端、リディは本能の部分で姿勢をただした。無意識に顔が強張りそうになるのを、表情筋を最大限動員して抑える。


「これは、シャードプス公」


 心なしか、ルイスの応える声も堅い。そして彼が発した名に、リディは聞き覚えがあった。


(シャードプス…ああ、あの高慢ちきな女の…)


「ご機嫌麗しく、ルイシアス殿下。一年間の諸国漫遊と聞き及びましたが…お元気そうでなによりですな」

「ああ、見聞を広められたのが何より嬉しいな」

「それはそれは…英明な殿下が、さらにすばらしい方になられたということですかな」


 整えられた灰色の髪に、彫りの深い顔立ち。まだ五十代に届いていないだろうと思われる男は、しかし油断も隙もない光を切れ長の瞳に宿して見えて、知らずリディは冷たいものを感じた。そしてつ、とその眼がリディに向けられる。


「して、そちらのご令嬢は?どちらかの王族とお見受けしますが」


 先程の貴族とは格が違う、威厳も覇気も伴う問いに、しかしリディは正面からその瞳を睨み返すことで応えた。


「リディエーリア・リィ・オルディアン・エルクイーンと申します。以後お見知りおきを、シャードプス公」


 正式な名を臆することすらせず名乗り上げたリディを、シャードプス公は黙って睥睨した。数秒の沈黙が流れ、やがてシャードプス公は当たり障りのない笑みを浮かべる。


「こちらこそ、リディエーリア嬢。あなたのような美しいご令嬢は、引く手があまたでございましょうな」


 これに顔を引きつらせ掛けたのは、ルイスの方である。要するにこう言いたいのだ。『お前にはもっと相応しい相手がいるだろう。さっさと殿下から手を引け』と。が、人の裏を読むのを不得手とするリディがそんなことを読めるはずもない。『引く手あまた』の意味をよくわかっていないまま、しかし結果として大いに誤解を招く牽制の言葉を吐いた。


「とんでもありませんわ。私のようなものと仲良くしてくださる殿下のような奇特な方は、滅多にいらっしゃいません」

「……」


 再び重い沈黙が下りる。ルイスが取り成しを入れようかと思ったところで、シャードプス公はいささか強張った笑みを見せた。


「さようですか。では、ごきげんよう」


 去っていくシャードプス公を見送り、リディは首を捻った。


「引く手あまたって…私むしろ友達少ないんだけど」

「お前はそのままでいろ、リディ」


 これはリディの一人勝ちだな、と内心でルイスは大笑いしていた。が、リディは眉をひそめる。


「あの公爵…なんか蛇みたいだ。寒気がする」

「……」

(蛇みたい、か)


 言い得て妙だな――とルイスは頷く。しかし直接リディに応えることはせず、その手を改めて取った。


「さあ、まだまだだ。また来るぞ。今度は女連れ」

「うわ、もう帰りたい」


 嘆きを零しながらも、リディはきちんとルイスに付き合って挨拶をこなしていった。中にはリディに対して遠まわしに辛辣な言葉を投げてくる令嬢もいたが、そのあたりはルイスがフォローした。もっとも、フォローしなくてもさっきのシャードプス公のように、リディだったら躱せたと思わなくもないのだが。


 顔合わせがあらかた片がついたところで、正式なものの終了と同時に、本格的な情報戦もといダンスの時間がやってくる。一曲目さえ終わってしまえば、あとは壁の花を決め込んでも問題はない。

 情報戦は自分には無理、と早々に悟っているリディも、一曲目をルイスと踊ったら、そうするつもりでいた。


 音楽が流れ始め、人々が男女でペアを組んで広間の中央へ向かう。決まった相手がいないものも、同士で組めばあぶれることは殆どない。


 リディもルイスの手を取りながら、ふと周囲を見回した。不意に、少し前にぶつかりそうになった男の様子が気になったのだ。

 それは彼女の凄まじいまでの勘の良さの賜物だったのだが――結論から言えば、少し遅かった。


 一瞬、広間の床の中心部に赤い円線が浮き上がった、と思ったその瞬間。


「…ふはっ、ふははは、はははっ!!やった、やったぞ!貴様らはもう、そこから出られない!!」



 狂ったような哄笑が、大広間に響き渡った。




社交界を本気で書くと終わらなそうなので省きました。…省きすぎた感もありますが。

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