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第八話 発覚と未来 (7)

第八話 発覚と未来 (7)







 式典前日、街がいよいよお祝いムードで盛り上がる中、王宮内は若干の緊張感に見舞われていた。他国の使者達はともかく、エーデルシアスの者達は大変だ。警備、もてなし、段取り、不測の事態への対処法の確認…などなど、やるべきことはいくらでもある。

 城を空けていた為に、今更そういった仕事に首を突っ込んでも混乱させてはいけないからと、本来余り関わらない予定だったルイスも強制的に駆り出され、直前準備という名の嵐に巻き込まれた。というか、こき使われた。



 一方リディは一夜漬けよろしく参加者の顔と名前を覚えるべく、部屋にこもって、放って置かれてすっかり不機嫌なネーヴェを片手間に構いながら、似顔絵と名前を睨めっこしていた。 

参加者は大貴族以上なので、そこまで人数は多くないし、四分の一は各国王族である。それらの顔はお互いの間では常識だし、身分的に難しいと捉えることでもない。

 がしかし、興味のないことを覚えることが壊滅的に苦手なリディは、結局半数覚えられたかられていないかの境目で終了した。サーレクリフは嘆息したが、まあルイスがともに行動するのであれば問題はないか、と引き下がった。要するに丸投げである。



 その他王族達は皆気ままに過ごしていた。何にせよ、彼らの本懐であるパーティーは夕方からだ。当日は朝から支度だのなんだのに追われるとはいえ、それまでは至って暇だ。国同士交流を深めたり、エーデルシアスの邪魔にならないように城内を散策するのが関の山だった。セレナやヘンドリックはすっかり茶飲み友達と化し、他の王族たちも巻き込んでおしゃべりに興じていたらしい。

 この日の昼、ラーシャアルドからも二人の王子が到着した。出迎えにはルイスが立候補し、彼を見たアルと一悶着あったものの、そこまでの混乱はなく落ち着いた。



 ただし、到着予定であったイグナディアの第一王子が、国が災害に見舞われたとのことで、急遽引き返した。一人の臣下に贈り物やら書状やらを持たせ、とんで帰ったらしい。まだ情報は入ってきていないが、その様子からみて相当酷いようだという報告は来ていた。

 また、年中戦争状態継続中のザイフィリア、フェルミナも臣下を使者を立てるに留めた。それはそこそこいつものことであるので、特に気にせず流された。








――――――――――――――――――――――




 そして、当日。


「うわー…すっごー」


 あてがわれた部屋のバルコニーに出て、リディは思わず口笛を吹いた。


 広いエーデルシアスの首都、グリアンを、今日は見渡す限り人が埋め尽くしている。大通り、小さい通りを問わず露店が所狭しと立ち並び、華やかな色合いに装飾された街は、派手さにおいてファーデリアの花祭すら上回るのではないかと思わせる。


 しかもこれだけの装飾を、全て公費で落としているのだ。各店、酒場なども本日だけはタダ同然であるらしく、そのせいで各地のエーデルシアス国民のみならず、旅人達も数多く訪れているようだった。

 これだけの規模で、誕生を祝うとは。エーデルシアスの国民の、王族への信頼が顕著に顕れている証だ。


「リディエーリア」


 後ろからかかった甘い声に、リディは途端に顔の輝きを一転不機嫌に塗り替え振り向いた。


「いいじゃん、他にやることないし。それともまさか…もうやるとか言わないよね?」


 それに対する返答は、キラッと効果音が付きそうな笑みだった。そこらへんの女ならころっと引っかかりそうだが、妹にとっては気持ち悪い以外の何物でもない。ぞわっと背筋が泡だった。


「そのまさか」

「――ッ!!」


 長い経験上反射的に逃げを打とうとしたリディを、既にその動作を予測していたサーレクリフが羽交い締めにする。そのままばたばたと足掻く体を抱えて部屋に戻った。部屋で、ずらりと待ち構えていた侍女達に、さあっとリディの顔が青ざめた。


「ちょっ、嘘だろ、まだ昼前…!」


 ちなみにパーティーは夕方、日暮時からだ。


 ええ、と侍女の一人が笑う。普段からとても美しい笑みが、今日は二割増だ。なんか張り切っている風に見える。


「ですからまず昼食をお召し上がり頂いて、それからご入浴の後着付けに入りますわ、リディ様。お久しぶりですが、御覚悟なさいませ」


 ぞおっとリディの背を寒気が這い上がる。


(…そういえば、オルディアンにいた頃はこのヒトにドレス着ろって追い回されてたんだっけ…!)


 思い至った所で何をすることも出来ない。

 何の味もしない(ように感じる)昼食を食べ終えたリディは、それまでの人生で間違いなく一番だという苦しみを味わった、と後に親しい人々に語ったという。












 その夜――。盛大に飾り付けられたエーデルシアスの大広間には、招待客達が続々と集まってきていた。


「ルイス!」


 大貴族の一人と言葉を交わしていたルイスは、近寄ってきた少年を笑って振り返った。


「これは着飾ったな、アル」


 今夜のアルは、見慣れていた雑な姿とは違い、立派に王族としての正装に身を包んでいる。暖色系を主とした上着は一目で上物と解る高級な生地だし、控え目ながらも袖飾りやカフスも最高級の宝石だ。髪も前髪がかきあげられた状態で固められ、大きめの琥珀の瞳が一層映えてみえる。いつもは幼い表情のせいか、あまり顔の造詣が日に当たらないが、今日は侍女の苦心のせいか、立派に美少年に見える。


「そういうあんたこそな。貴族的な顔だとは思ってたけど、そのツラにそのカッコじゃ、最早歩く女悩殺器(ホイホイ)だな」


 アルと違って、普段からその美貌に見惚れられがちなルイスは今日は更に迫力があった。


 首の横で銀細工の髪留めに留められた黒い髪は細部まで梳られ、長旅をしていたことなど嘘のような艶を帯びている。瞳の色に合わせた深い蒼を基調とした服装は、たった三日で用意されたとは思えない程手が込んでいた。華美ではないが、着る者を引き立てている。


 アルにわざわざ指摘されなくとも、自分がさっきから数多の女性の熱の籠もった視線を浴びていることに気付いていたルイスは、うんざりと目を伏せた。


「ルイス、それにアルフレイン殿」


 そこへ新たに、シルグレイ、フレデリック、それにアルの兄であるリヒテルジークがやってきた。各々やはり、いるだけで目を惹く華麗な様相を呈している。


 王族達は皆美形が多い。それは彼らの遥かな祖である一族が常軌を逸した美形一族だったからだとかそうでないとか言われているが、結局不明だ。


「女性陣はまだか?」

「まだですよ」


 すいっと自然な足取りで加わったのは、サーレクリフと、ゼノの若い大貴族にしてセレナの臣下、ヒューレット。

 ヒューレットは内乱の折、ルイスも幾度か言葉を交わした覚えがある。確か妻子持ちだった筈だ。


「クリフ、リディもまだ?」

「ええ。昼頃から侍女が張り切ってやってますからね、出来上がりを楽しみにしてて下さい」


 笑顔のクリフの返答に、ルイスとアルは深い同情を覚えた。昼頃というと、もうかれこれ六時間。…哀れ過ぎる。


「セレナ様ももう少しかかりそうでしたので、私は先にご挨拶をと」


 穏やかに言ったヒューレットは、この中にあってはかなり地味に見えてしまうが、朴訥ながらも優しげな顔立ちをしている。温和な好青年、といった感じだ。内乱時からセレナの忠実な臣下だったが、実は、アルが存在せず、ヒューレットに妻子がなければ恐らくセレナの王配だったというのだから、人生とは不思議なものである。


「セレナ様からもお話しになられたとは思いますが…ヘンドリック陛下、ルイシアス殿下。その折は誠にありがとうございました。我が国はこの御恩を一生忘れません」

「俺には無しかよ」


 若干面白そうに言ったアルに、当然、とヒューレットは事も無げに返す。

「貴方は直に我ら(ゼノ)の者になるから良いのです」


 笑い声が弾けた。ひとしきり笑ってから、ルイスもヘンドリックもセレナに言ったようなことを言い、最早目を惹くどころではなくなり始めた集団に、しかしまたしても加わる者がいた。


「ルイス様っ…!」


 幼さが残る可憐な声に振り向けば、大きい翠の瞳を一杯に見開いた金髪の美少女が、ルイスを凝視して立っていた。ルイスは苦笑して、


「お久しぶりです、レティシア殿」


 あの時は雇い主の娘と雇われ者だったのに、今はこちらの方が身分が上だ。正直、まさかこの娘がやって来るとは思っていなかったのだが、ちらりと兄から聞いた話を思い出して、ルイスはくすりと笑って言った。


(エデル)は失礼をしていませんか?」


 途端にレティシアの顔が真っ赤に染まる。え、とかう、とかわたわたとする少女を見て、リヒテルジークがほう、と興味深げに言った。


「ビグナリオンの天使は、エデルフィオ殿を想っているのか。全く、兄弟揃って罪作りだな」

「リヒト兄、エデルフィオって第三王子だったよな?あのルイスにそっくりの。オレと同年代位だっけ」

「…お前は少し敬語を覚えろ」


 この面々の中にあっては仕方ないかもしれないが、遠回しという言葉を知らない弟に、リヒトことリヒテルジークは深々と溜め息をついた。

 その時、広間に微かなざわめきが走り、自然と彼らの自然は入り口に向けられる。


「あれは…」


 リヒテルジークが小さく感嘆の声を上げた。


 入ってきたのは、白に近い真っ直ぐの金髪を、軽く纏めて流し、細身のシンプルな銀のドレスを纏う背の高い女性と、この場の誰より鮮やかな巻き毛の金髪を高く結い上げ、スパンコールの散る紫紺のドレスを見事に着こなした女性だった。

 銀のドレスの女性の方がどこか硬質で清廉な雰囲気を宿すのに対し、紫紺のドレスの女性は、その豊満な肢体のせいか凄まじく妖艶な雰囲気を漂わせている。

 前者は、ビグナリオン第一王女アマーリア。後者はテーリア王妹ローズマリア。アマーリアは次期ビグナリオン女王だ。


「…にしても、いつ見ても…」


 ヘンドリックがぼやく様に言った。


「目の毒だ。保養とも言うが」


 アマーリアはともかく、ローズマリアの体つきは、なんというか素晴らしい。出るところは出、引っ込むところは引っ込んだ躯。特に林檎なんか目でもない大きさの胸は、男女共通の夢だろう。(意味合いは違うにしても。)


「すげー…」


 アルはぽかんと赤面して固まっていた。…まあ、セレナにしてもリディにしても、良くも悪くもまだ少女体型なので仕方ない。十代半ばの男子の性と言えるだろう。


「俺あの女苦手」


 こそこそとルイスの影に隠れたのはシルグレイだ。シルグレイは後腐れのない大人の女性、もしくは清純な女性が好みなのであって、幾ら垂涎の肢体を持っていても、あの気もプライドも高そうな(ローズマリア)は苦手だった。といっても話したことはないのだが。

 ルイスもヒューレットも小さく同意した。二人共想い人がいるところも大きいが、タイプでない、と片付けた所が大きい。あのスタイルは素晴らしいとは思うけれど。

 そのうち、アマーリアとローズマリアは別れ、アマーリアの方がこちらに近寄ってきた。すぐに男達に囲まれたローズマリアと対照的に、近寄ってきた彼女はまず、レティシアを開口一番叱った。


「先に行くなと言っただろう。何故一人で行った?」


 それまでの印象をがらりと変え、目をつり上げて叱る彼女に皆驚く。対するレティシアは、しゅんとうなだれた。


「ごめんなさい…私、あの人苦手で…」


 あの人、とは恐らくローズマリアのことだろう。


「知っている。だが、お前は外国に来るのは初めてだろう。何かがあってからでは遅いんだ。言っただろう、男は皆狼だと。私はヴィルヘルムにお前の事を頼まれているんだ。勝手な行動はするな」


 その場の男性陣は非常に気まずく身を縮ませた。ばしっと否定できるほど、人間出来ていない。


「はい…」


 しおれた花のようになったレティシアに、少し口調を和らげてアマーリアは言った。


「解ればいい。次からは気をつけろ」

「はい」

「良し。…さて」


 アマーリアはくるりとルイス達に向き直った。ルイスは表面上笑顔を取り繕ってアマーリアを迎える。


「紹介が遅れたな。私はアマーリア・ビグナリオンだ。此度は妹君のご誕生、誠に喜ばしく思う。ビグナリオンを代表してお祝い申し上げる」

「丁寧な言葉、有り難く受け取らせて頂きます」


 ルイスの応えにアマーリアは、にっと男性的な笑みを浮かべた。――軍人めいた王女だな、と思う。


(リディと似たような空気を感じる、この王女…)

「兄上…、なんですかーこの集まり」


 不意に呆れた風な声を出し、エデルが近寄ってきた。レティシアににっこりと微笑んでから、一同をぐるりと見回し、低い声でルイスに文句を言う。


(貴族)の相手をしたくないのはわかりますけどー…、だからって王族の輪に逃げないで下さい。妙な派閥に思われますー」

「逃げるも何も、向こうが寄ってきたんだがな…」


 言い訳の裏で、密かにバレたか、と舌を出していたのはお見通しだったらしい。ふんと鼻を鳴らされた。


「それは人望があってよろしいですねー。じゃ、それを国内の掃除に向けてくださいー」


 さらりと恐ろしいことを言うガキだ、とアルとレティシアを除いた王族は心胆を冷やした。間違ってもここで吐く台詞ではない。だがシルグレイだけは、半ば感心したように言った。


「本当に顔だけじゃなくて性格もそっくりだな。笑顔で取り繕える分エデルのが上手か」

「…シルグレイ、お前な…」


 ジト目でシルグレイを睨むと。ほぼ同時に、広間の入口がしんと静まり返ったのを察して、ルイスはそちらを見た。そして、息を呑んだ。


 先程のアマーリアとローズマリアよろしく、二人の女性が連れだって大広間に入ってくるところだ。片方はセレナ。『月の君』とまで称されるその美貌は確かで、少し緊張しているらしい小さな顔はしかし、少女から女性へと移行する境の危うさが、レティシア以上の美少女ぶりを呈している。透き通るような長い銀髪は編み込まれて結われ、薄い青のふわりとしたドレスが華奢な肢体を包んでいる。紗のショールが白い肌を覆う様は、正に神秘的だった。


 が、一同が固まったのは、七割ほど彼女のせいではない。


「ダレ…?」


 わからない否わかりたくない、という体でアルが囁くように言った。


 セレナの隣を毅然とした風に歩く少女は、セレナを「静」と称すなら、正しく「動」の美貌だ。炎のように鮮やかな髪は、多少付け毛でもしたのか長くなり、頭の横で翠の髪飾りに留められて流れている。その髪と同色の目も覚めるような緋色のドレスは、シンプルながら細部のデザインに手がこみ、評論家が見たら絶賛すること安請け合いの出来映えだ。

 細くはないがしなやかな白い腕を包むのは、薄桃色のレースの手袋。細くもか弱さなど微塵も感じさせない立ち姿の中で、左右対称の、猫のような金の瞳だけが憂鬱そうに伏せられている。しかしそれは美貌の更なる味付けになるだけで、なんの損ないにもなっていない。普段より更に白さを増した頬は、いっそ作り物めいてすらいる。耳から下がる銀玉の耳飾りは、灯りを反射してきらきらと輝いていた。


「久しぶりに見たが…やはり美人だな、リディは」

「当然です。僕の妹ですから」


 ヘンドリック、クリフの台詞の横で、シルグレイ並びにリヒテルジークはぽかんと口を開けていた。レティシアはやはり適わない、と唇を噛み、アマーリアは素直に感嘆の息を吐いた。


「初めて見る顔だな。貴殿の妹というのは確かか?サーレクリフ・エルクイーン」

「何を当たり前のことをおっしゃいますか」


 …まあ、サーレクリフが自慢するのも無理はない、とルイスは思った。ビグナリオンでの姿より更に綺麗だ。


 リディは視線を巡らせ、ルイスらを見つけると、セレナに何かしら言って二人でこちらに歩み寄ってくる。


 それを迎えたルイスが、滅多に見せない本物の笑顔だったことが、場に一層の衝撃をもたらしたことは――知る者ぞ知る裏話である。




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