第二話 陰謀の宴 (2)
第二話 陰謀の宴(2)
「では、君達があの新人にしてトップハンターの『自由時間』かね?随分と若いのだな」
行った先の城で、名前を言って狩人証を見せると二人はすんなりと場内に通されたのだが、その先で対面したのは、なんとエアハルト公爵本人だった。
「狩人は若い者の方が多く占めております」
滑らかに膝を折り、ルイスは頭を下げた。リディも黙って跪く。
それらに公爵は少々驚かされた。丁寧な言葉遣いといい所作といい、二人ともかなり洗練され、また慣れたものに見えるのだ。
だがひとまずそれは押しやると、公爵は柔和に微笑んだ。
「そうだな。とりあえずまず部屋に案内させよう。――ルーク、ガディアス」
公爵の声に応えて、壁際に詰めていた騎士達の中から二人の騎士が進みでて、ルイスとリディに歩み寄り、
「っ!」
「!」
次の瞬間、ルイスもリディも剣を抜いていた。一瞬後、金属がかち合う鋭い音が鳴り響く。
二人は突如斬りかかってきた騎士に驚きを示しながらも、騎士達が打ち合わせた剣を外し、再び流れるように振るってきたので、表情を消してそれぞれ剣を振り上げた。
キンッ、と綺麗に重なった二音と共に、二振りの剣が宙を飛ぶ。剣を失って棒立ちになった二人の騎士の眉間に、ルイスもリディも容赦なく刃先を突き付けた。
「――どういうおつもりですか」
リディが横目で公爵を睨む。すると公爵はにっこり笑って、軽く手を叩き始めた。
「お見事。ルークとガディアスを難なく下すとは、トップハンターの名は伊達ではないな」
その様子に少しの間目を瞬かせたものの、顔を見合わせた二人は小さくため息を吐いて剣を引いた。
「試された、って訳ですか…」
視線の先にゆっくりと立ち上がる二人の騎士を据えながらも、剣を澄んだ音を立てて鞘に収める。その顔に怒りの色はなく、淡々としていた。
「おや、何も言わないのかい? 怒るかと思ったが」
「よくあることです。それにこのような高額物件ですから、仕方のない事でしょう」
リディは金色の瞳を細め、騎士から完全に視線を外して公爵に向き直った。
「しかし、このように腕の立つ方々がいらっしゃるのに、その上で狩人をお雇いになるのですか? あまり必要性がないかと存じますが」
ルイスは内心で驚いていた。普段ぞんざいな口調の彼女が、こうも自然に敬語を使えるとは。が、リディも同じことを思っていたのを彼は知らない。
「いや、今度のパーティは規模が大きくてね。城門と関所と城内と手を裂くと、まだ国境に兵を置いているこの状況では人手不足が否めないんだよ。それに、魔術を使えて戦闘慣れしている狩人の実力は、とても魅力的だ」
「…成程」
頷いたリディに、公爵は言った。
「さあ、今度こそ部屋に案内させよう。そこに、この期間中に来てもらう服を用意したから、湯浴みでもして着替えて、また来てほしい。娘に紹介したい」
「承りました」
つまり、そのような薄汚れた格好で城内を歩かせる訳にはいかないということか。
ルイスもリディも内心でどんな格好にさせられるのだろうと想像して呻いたが、口に出すことはせず、一礼して公爵に背を向けた。
二時間程後、再び現れたルイスとリディに、公爵は驚きと感嘆の声を漏らした。
長旅の汚れを綺麗に洗い落し、髪を整え、騎士団の制服に身を包んだ二人は、貴族といっても差支えないほど美麗な姿を呈していた。綺麗な面立ちだとは分かっていたが、いっそ高貴ささえ感じさせる造作に、周りの部下達も驚きを隠せていない。
「――改めまして、自己紹介をさせていただきます。ルイス・キリグと申します。短い期間ではありますが、公爵閣下とご家族の方々を誠心誠意守らせていただきたいと思います」
「同じくリディ・レリアと申します。若輩の為、至らぬ点が多々あるかと存じますが、自らの役目はきちんと果たす所存です。よろしくお願いします」
そうして二人揃って丁寧な挨拶をして流麗な動作で膝をついたのだから、満場が呆気にとられても誰も文句は言えないだろう。
公爵も無論その一人だったが、やがて首を振ると、近くの席に座っていた青年を立たせて言った。
「これは私の次男のエリオットだ。長男のヴィルヘルムは今所用で外に出ているから、あとで紹介しよう。エリオット、マリーとレティのところへ二人を案内してくれ」
「承知いたしました、父上」
エリオットと呼ばれた青年は父親に頭を下げると、二人に笑みを向けた。笑みは秀麗だが、どこか硬質なものを感じさせる。細身の体だが、どうやら武芸向きの者らしい。年は大体ルイスと同じくらいか。
「エリオット・イデル・ロウ・ビグナリオン・エアハルトだ。よろしく」
「よろしくお願いいたします」
気さくな調子に二人も彼に笑い返して、歩きだした彼の後に続いた。
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「いや、驚いた。君達は本当に狩人か? 貴族といっても僕は驚かない」
公爵の妻とその娘のところに案内しつつ、エリオットは同行の二人に水を向ける。が、二人とも苦笑を浮かべるだけで、何も言わなかった。
エリオットは少々つまらなく思いながらも、その足は目的地に着いたことで止まる。
「――さ、ここだ。母と妹はおそらく今、紅茶を飲んでいるはずだ。ああ、母は王族出身だけど、気さくな人だから気にしなくていい」
げっ、と呻いたルイスを見て、エリオットは最後の言葉を付け加えたのだが、あまり二人の顔は晴れなかった。
というより、先程のエリオットの紹介でミドルネームに国名が入っていたことから予想は付いていたが、止めを刺された気分だった。
「母上、エリオットです。最後の狩人をお連れしました」
「どうぞ入ってちょうだい」
柔らかな女性の声。扉の脇に控えていた騎士が扉を開け、エリオットとルイスとリディは中に入った。室内では、エリオットが言った通り二人の人物が紅茶を飲んでいた。
ウェーブがかった金色の髪を長く垂らした、とても美しい女性と、同じ色の、しかし肩までの長さの髪に澄んだ翠色の瞳を持つ、可愛らしい少女。
エリオットが二人に近づく中、ルイスとリディは迷わず少し進んだところで膝をついた。女性が微笑む。
「あなた達が今回の狩人の方々の最後の人達ね。まあ、若いのね」
年に見合わない無邪気な声音だが、これだけの美人だと恐ろしい事に違和感を感じさせない。
「お初にお目にかかります。ルイス・キリグと申します」
「リディ・レリアです。公爵夫人に置かれましては、ご尊顔を拝し光栄です」
二人の言葉遣いは、やはりここでも驚きを呼んだようだ。少しの間があって、公爵夫人が怪訝そうに言葉を発した。
「あの、失礼だけれど…あなた達は狩人なのよね?」
「はい」
「恐れながら」
それ以上の問いは無遠慮だし、何より二人の雰囲気が拒んでいた。それを明敏に察した公爵夫人は、そう、と再び笑った。
「若いのにとてもしっかりした方達ね。…レティ、ご挨拶なさい」
金髪の美少女は、母の言葉にふわりと笑って頷いて、ルイスとリディに軽くお辞儀をした。
「レティシア・リィ・ビグナリオン・エアハルトと言います。どうぞよろしくお願いします」
ルイスもリディも、丁寧に頭を下げた。
「リィ」というのは王族に連なる女性の敬称だ。同じく王族に連なる男性には「ロウ」がつく。王族の範囲に満たされるのは、現王の四親等まで。
この少女の母親、つまり隣の公爵夫人は現王の妹であり、この少女は現王の姪であるから、リィが付くのは当然である。
「私はレティとエリオット、ヴィルヘルムの母のマリーアリア・リィ・マルビレイヌ・エアハルトよ。長い名前は面倒だから、どうぞマリーと呼んでくださいな」
そしてこの場で最も身分の高い女性は、そう柔らかに微笑む。まだあどけなさを残すレティシアも、将来こんな女性になるのだろうかと考えつつ、リディは訊ねた。
「はい、マリー様。――私達は具体的にどのように?」
「パーティの時はまた違うと思うけれど…基本的にはそちらで分担してもらって、騎士団の方々と協力して護衛をお願いすると思うわ。詳しいことは夫が多分話すわ」
「承りました」
ルイスとリディは、話の潮時を悟って立ち上がり、礼をすると踵を返して部屋を出て行った。
結局マリーアリアとレティシアが、一度も彼らの顔をしっかり見なかった事に気付いたのは、彼らが部屋を出て言ってしばらく後の事だった。
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「あー、舌噛むかと思った」
公爵からローテーション表を受け取って、指示された持ち場に回りながらリディがぼやいた。ルイスがくくっと笑う。
「お前があんなお言葉遣いできるとは思わなかった」
「それはお互い様だろ」
「……。――で、お前はどう見る?この気配」
軽口をたたき合ってから、ルイスはそのままの口調でリディに言った。表情を変えず、リディは返す。
もし彼らを見ていた者がいるとしても、話題が不穏なものになったことに気づく者はいないだろう。
「誘魔香だね。微弱だけど。祓っとく?」
「やっぱそうか。…泳がせないか?ちゃんと守りさえすればいいんだから」
リディは横目でルイスを見遣る。ルイスの横顔はどこか楽しそうで、それはリディにも感染った。
「――だね。…どうも他の結界の気配もするし。大丈夫だろ。一応風に見張らせとく?」
「そうだな。――ウェーディ、頼む」
ルイスに応えて風の精霊が舞い上がり、どこかへと消える。それを見送ってから、二人はそれぞれの持ち場へと踵を返した。
貴族はやたら名前が長いです。一般庶民は名前・名字ですが、貴族になると名前・母の実家名・名字になります。王族女性はさらに名前の後にリィ、王族男性は名前の後に王家特有の名前・ロウが付きます。
ほんとは次の話まで含める予定が、長くなりすぎたのでいったん切ります。
あ、あとpvアクセスが来ない間に1000超えてました…。恐縮です。少しの間のお暇つぶしになっていただけていたら幸いです。