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第八話 発覚と未来 (6)

第八話 発覚と未来(6)








 王女生誕式典を二日後に控え、ルイスの帰還はエーデルシアス貴族並びに諸王族の知るところとなった。諸王族は、すれ違った際に挨拶を交わす程度だが、問題は貴族達だった。


 王位継承者ではないとはいえ、第二王子。その端麗な容姿も相まって、なんとしてでも娘を眼に止まらせたいという貴族達は、早速争いを始めた。要するにルイスのご機嫌取り合戦である。

 しかしルイスは仕事を理由に端から叩き出し、一切取り合おうとはしなかった。

 一年前までは婚約者がいたので、あまり悩まされることはなかったのだが、一年前出奔する際破棄してきた。元々親が酒の席で適当に交わした口約束で、気に入らなかったら破棄していいと言われてきたのもあり、あっさり解消したのだ。婚約者の性格にしてもルイスは嫌っていたのでいい機会だったのだ。――その代わり、今面倒なことになっている訳だが。


 しかし、本当の面倒事はその日の午後だった。


 仕事がひと段落つき、ギルバートに暇か訊ねたところ、余裕で暇だと言う返事が返ってきたため喜び勇んで部屋を出たルイスの顔は、しかし三分後には冷たい無表情と化していた。


「戻ってらしたなら、お声をかけて下されば良かったのに。そうしたら、すぐにでもわたくし、伺いましたわ!」


 だから言わなかったんだよこの(アマ)


 無表情ながら、ルイスの醸す雰囲気は明確で、たまたまその場に居合わせてしまった人々は、いつ彼が爆発しないかハラハラしている。

 それに気づいていないのか、それとも気づいていて無視しているのかはわからないが、どちらにしろルイスの前でにこにこと笑っている若い女に、周囲は呆れと苛立ちと微かな尊敬の眼も向けていた。


「…悪いが、私は鍛錬場に行かなければならない。失礼したいんだが」

「まあ、つれない殿下。せっかく婚約者のわたくしが参りましたのに」


 女の名はエルゼリーヌ・ザクリスカルタ・シャードプス。エーデルシアス筆頭公爵二家の血を継ぐ、この国で直系王族を除けば一番身分の高い女だ。ルイスのはとこにあたる。


「…何度も言ったはずだ。貴女との婚約は解消したと」

「わたくしも何度も申し上げましたわ。解消など、いつでもなかった事に出来ると」


 ――殴りたい。ルイスの心底からのその願望を、周りの目は必死に止めた。いくら王子でもやっていいこと悪いことがある。

 しかしそんな皆の努力を水泡に帰すかのように、なおも甘ったるい声は続く。


「ねえ、ルイシアス様、これから――」

「あ、いたいたルイス。副団長さんが呼んでるよ」


 それを遮ったのは、彼女とは正反対のさっぱりした声だった。反射的にその場の全員がそちらを向き、…ルイスを始め、何人かが目を点にした。


「お前…なにその格好」


 現れた、紛れもないオルディアン公爵令嬢は――何故か騎士見習いの軽装を身に纏っていた。つまりは、身分の低い少年・・の格好を。


「いや、ちょっと騎士団に潜り込んでて…命令で君探してたんだよ。いったいなんだってまだこんな――て、あ」


  前半の台詞ににルイス達は脱力した。リディはと言えば、それまでルイスが壁になってエルゼリーヌが見えていなかった為、近付いて初めて視界に収め、軽く目を見開く。

 エルゼリーヌは突如現れた、親しげな口調の妙な少年(・・)に驚いた様子だったが、すぐに高慢な調子で命令した。


「なんですの、貴方。この方はこの国の最も高貴なお方の一人ですのよ。貴方ごとき騎士団見習いが、そのようなお方にぞんざいな口を、あまつさえ愛称を呼ぶなど、許されるとお思いですの?」


 リディは目を瞬いた。次いでルイスを見上げる。


「…直さなきゃ駄目?」


 ルイスはすり寄るエルゼリーヌから軽く身を避け、リディに歩み寄って首を振った。


「いや、直すな。今更気持ち悪い」

「…そうだね」


 リディは、はははと空笑いして、エルゼリーヌに向き直る。


「だそうですから、ご寛恕を、お嬢様」


 愕然としていたエルゼリーヌは、そのまま軽く頭を下げて、王子と共に立ち去ろうとしていた少年を、慌てと怒りの入り混じった声で呼び止める。


「お待ちなさい!何なのですの。いきなり来ておいて殿下をお連れするなんて。無礼ではありませんの?」


 リディはちらりとルイスを見てから、立ち止まってエルゼリーヌを振り返り、少し冷えた声で言った。


「じゃ、君はご自分の都合ならば、殿下と騎士団副団長の先約を破ってもいいっての?とんだ礼儀知らずなんだね」


 その物言いには周りが青ざめた。ルイスは天を仰いだだけだったが。リディは言いたい事を素直に言い過ぎる。

 エルゼリーヌの白い頬にかっと血が昇った。


「下郎の分際で私にそのような物言い、してもよいと思って!?」

「親の身分を笠に着て威張り散らす女は、見ててうんざりするよ」


 そういうリディはエルゼリーヌより身分が高いのだ、と思ったルイスはなんだかやるせなくなった。が、そうこうする内、憤怒で顔を真っ赤にしたエルゼリーヌが叫ぶ。


「なっ…この無礼者!衛兵、この下郎を…」

「止めろ、エルゼリーヌ。リディ、言い過ぎだ」


 片手でリディを抑え、目線でエルゼリーヌを牽制してルイスは、ため息をついて発言する。


「エルゼリーヌ、私は最初に言った。鍛錬場へ行かなければならないと。聞かなかったのは貴女だ。…リディ、行くぞ」

「そんなっ…ルイシアス様!」


 悲鳴のような呼び掛けを発したエルゼリーヌを故意に無視し、ルイスは歩き出す。リディも少し不満そうにしながらもそれに続き、後にはルイスとエルゼリーヌが分かれた事により時を取り戻した廊下があった。立ち止まっていた人々は歩き出したが、皆一様に気遣わしげな目でエルゼリーヌを見ていく。しかしそれは、負ったかもしれない心の傷の心配ではなく、彼女の次なる行動への恐怖ゆえである。


「…許せませんわ、あの下郎っ…!」


 エーデルシアスの中では筆頭を誇る公爵二家の血を継ぐエルゼリーヌは、幼い頃から蝶よ花よと育てられてきた為、とても高慢な性格の持ち主だった。しかし頭も回る為、猫を被るのも得意であるし、身分が高い為に皆おいそれとは諌言出来ないのを良いことに、自分に都合良く物事を動かすのは日常茶飯事とすら言える。

 そんな彼女に、あのような暴言を吐いた者は過去一人としていない。ルイシアスが自分を庇わずあの者の肩を持ったことも気に食わない。


「見ていらっしゃい」


 吐き捨てるようにその場を去った令嬢を、エーデルシアスの者達は皆おののきながら見送った。












 鍛錬場へ行く道すがら、リディは一歩前を歩くルイスに、「あれ、誰」と不機嫌な声音で訊ねた。


「エルゼリーヌ・ザクリスカルタ・シャードプス。この国で、王族を除けば一番良い血統のサラブレッドだな」


 皮肉を混ぜてルイスは返した。全く、そのせいでこっちは飛んだ迷惑なのだ。


「ザクリスカルタ・シャードプス…ああ、エーデルシアス(ここ)の筆頭公爵二家?」


 意外にもリディの知識にもあったらしい。驚きが顔に出たのだろう、ルイスの顔を見て若干また機嫌を斜めにしたリディはぶつくさと言った。


「今回の式典に出席する人達の顔と名前くらいは覚えろって、クリフ兄が。面倒くさい。名前だけならともかく、顔とか無理だよ」


 ルイスはなんとも言えない曖昧な笑みを浮かべる。通常、外交戦争と化すこういった催し物において、出席者の顔と名前は勿論、ある程度の家系や環境、経歴などを把握しておくことはほぼ当たり前のことだ。ただの貴族達はともかく、各国家の代表者達はそれ位しているだろう。

 まあ、リディの場合はいきなりの参加だし社交経験もないから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。


「それよりリディ、お前騎士団に潜り込んで何してたんだ?」


 切り替わった会話にリディは、別に、と肩を竦める。


「本当に潜り込んだだけ。バレてもマズいし、水汲みと観察だけしてた」


 間違っても公爵令嬢のやることではないが、もう今更だ。


「で?」

「強いね、この国の騎士団は。団長とかはおいといて、下のレベルが高い」


 武力だけで言えば、オルディアンはまずエーデルシアスには敵わないだろう。


「それはどうも」


 軽口を叩き合い、二人が歩いていると。


「リディ…?」


 不意に、横手から唖然とした風な声がかけられた。同時に振り向いて、一人は驚愕、一人は首を傾げる。

 立っていたのは、赤みがかった金髪の、背の高い青年だった。金色の眼が丸くなり、こちらを凝視している。


(確かこの人は…)


 ルイスが確認の為口を開いた傍らから、


「どうして君がここに!?なんで国王自らここに来てんの!?馬鹿!?」


 …擁護しようもない罵詈雑言が投げられた。


「馬鹿!リディ、」


 言いかけて、はたとルイスは言葉を止める。リディのこれは、未知の者に対する態度ではない。むしろ、極近い者に対する――。


「…それはこっちの台詞だぞ、リディ」


 呆れた風に、青年が腕を組んだ。ルイスよりなお上背のある立ち姿は、どこまでも気品があり、かつ威厳に満ちている。


「ゼノでバタスカ暗躍していたお前が――何故こんなところにいるんだ…?」


 三大国家が一、アルフィーノ国王――ヘンドリックは低い声で、その目を眇めた。







「質問してんのはこっちだ、ヘンドリック!確かアンナは身重じゃなかったの!?」


 ルイスが唖然と見守る先で、二人の口論は続いていた。


「阿呆。お前が出奔して何ヶ月経ったと思ってるんだ。もう生まれたぞ」

「本当!?男、女?」

「女の子だ。フィレスっていう」

「――って、そんなちっちゃな子とアンナおいてきた訳!?うわ最悪!世の敵女の敵!」

「…意味がわからん」

「…あのー」


 このへんで口を挟まないと会話がいつまでも終わらないと判断したルイスは、遠慮がちに言った。


「ヘンドリック国王陛下、ですよね?」


 くるりと同じ色(・・・)の眼が同時に向けられ、若干怯むルイスをじっと見てからヘンドリックはふっと表情を緩めた。


「ああ。確かに俺はアルフィーノが国主、ヘンドリックだ。そちらはエーデルシアス第二王子殿…で宜しいか?」

「はい」


 ルイスは微かな緊張を瞳に浮かべながら辞儀をした。五つと変わらないだろう年の男にこれほど気圧されるのは初めてだ。


「ルイシアスと申します。此度はご多忙の中、御自らエーデルシアスにいらしてくださったこと、誠に感謝しております」

「いや、俺も久々に王族(同類)の顔を見たかったからな。それより、そんな畏まらなくていい。大して年も変わらないだろう」


 気さくな声をルイスにかけ、ヘンドリックは一転リディに怪訝そうに問いかける。


「何故ルイシアス殿とお前が共にいる?その格好も…。それ以前にどうしてここに…」

「あーもうわかったから。ルイス、近くに四阿かなんかない?」

「ある。案内する」


 そうこうして、かくかくしかじかリディは事情をヘンドリックに語ったのである。


「…成程。奇縁というか、運命というか」


 話を聞き終えたヘンドリックは、しみじみとした顔でルイスとリディを見やった。


 ルイスが案内した四阿は、数カ所ある庭の内、一番小さいが、穏やかな花や静かな空気を楽しめるところにあった。洗練された装飾の柱や床の造りと静けさで、一種、外界から隔絶されたような雰囲気すら漂い、三人は遠慮はばかりなく会話できた。


「お前とルイス殿が旅か。…間違っても敵に回したくないな」


 その言葉で、ルイスは彼がリディの正体を知っていることに気付く。だがそれを指摘する前に、リディが嫌味を言った。


「君のバカな元臣下は回したよ?忘れた訳じゃないだろ」

「……………………。ルイス殿、その節は大変ご迷惑を」

「え、いえとんでもない!」


 慌てて首を横に振れば、リディが「なんかルイス性格違う…」と呟いたのでお望み通り脛に蹴りを入れてやった。


「痛ったっ!」

「…して、ルイス殿。パーティーにはもしや?」

「…ええ」


 ちら、と笑ったルイスを、ヘンドリックはしげしげと眺め、「やっとか…」と笑んだ。


「ルイス殿。リディを頼む」

「はい」

「……?」


 男二人の通じ合いにリディは一人、脛を抑えながら首を捻るが、彼女にわかる訳もない。


「話では、王女がお生まれになったということですね。おめでとうございました」

「ありがとう。まあ、エーデルシアスからは祝いを貰ったがな。その時来られたのがシージス殿ご本人だったので、俺も参った次第だ」

「……そうですか。それは」

(原因は父上かー!)

「…失礼ですが、ヘンドリック殿はおいくつになられるのですか?」


 ルイスとさほど変わらない風に見えるのに、既に女児がいるという。ならば若顔なのかとも思ったが、彼は実際に、二十四だと答えた。


「お若いですね。なのにもう一国の主で父とは…尊敬するばかりです」


 感嘆を交えるルイスの言葉に、何故かリディは噴き出した。


「…リディ」

「や、だって…。ルイス、こいつが即位したのは二年前で、確かに若いけど、片想い歴は馬鹿みたいに長い…だっ」


 笑いで肩を揺らしながら喋るリディの頭を、ヘンドリックが容赦なく叩いた。


「いたっ!なにすんだよ!」

「それはこっちの台詞だ。何を要らないこと喋ってる」

「要らなくない。君の人柄を知る上で重要だろ。小さな頃からずーっと一人の女の子に恋してて、なのに女の子は全くそんなこと知らなくて、思春期なんか『なんで婚約者作らないの?』とかグサグサ無意識の刃物で刺されまくってその度死ぬ程落ち込んで、やっと告白したらしたで結婚するまでまる三年。でもすぐ妊娠して、甘い蜜月はお預け。笑っちゃうねー…ってちょっと待て落ち着け!無言で精霊喚ぼうとするな!」


 ルイスはどう反応すべきか非常に困った。


(…有能な方なのは本当らしいが。照れ屋なのか)


 リディが聞いたら「甘い!」とでもツッコミそうな結論だったが、ルイスは目の前の喧嘩一歩手前の状況を改善すべく、先程から気になっていたことを訊いた。


「その…リディとヘンドリック殿は、どういう関係なので?」


 二人は動きを止めて、ルイスを見やり、お互い「…話してないの?」と視線を交わした。


「俺はお前が正体バレた時点で知られたものかと」

「そっちこそ当然の事実として流布させてるものかと」

「「……」」


 肩を落としたところを見ると、何やら行き違いがあったらしい。リディはため息をついてやおらルイスに向き直り、言った。


「ルイス。私の家名は?」

「?エルクイーン、だろ」

「ヘンドリック。名乗れ」


 ヘンドリックは逆らわず、少し笑みを浮かべて会釈した。


「改めて名乗ろう。俺はヘンドリック・フィルガ・ロウ・エルクイーン(・・・・・・)・アルフィーノだ」


 ルイスは固まった。エルクイーン、という名が頭の中で木霊する。そんな彼を余所に、やれやれとリディは首を振った。


「私もついに叔母さんかー。…正確には違うか。従兄の娘ってなんていうの」

「さあな。面倒だから叔母でいいだろ」


 そんな会話を余所に、ルイスは頭の中の情報を整理し、結論。


「つまり…ヘンドリック殿は、リディの母方の妹君が母上、ということですか」

「察しがいいな。その通りだ」


 オルディアンは女性にも家督継承権があり、現在のエルクイーン家はその代表例だ。つまり、エルクイーン姓を名乗りながらアルフィーノの王族ということは、エルクイーン家の女性がアルフィーノに嫁いだということで――立派な血縁だ。


「そういう意味では、リディは二重の意味で“リィ”を名乗れるな。俺の従妹で、王弟の娘」

「我ながら複雑だよ」


 現エルクイーン家当主は女性。そこに婿入りしたのが、現オルディアン王の弟。弟にも公爵を名乗る権利があったりするので、この辺りは相当複雑だ。


「誰からも政略に見られる癖に、どいつもこいつも恋愛結婚ってとこが笑えるよ」




 リディ曰わく、リディの母は幼い頃から現オルディアン王弟と仲良しで、結婚は当然と認知される仲だったらしい。その通り結婚したのだが――前々からリディの母の妹に熱烈な求婚をしていた、当時のアルフィーノの王太子(つまりは前国王)が、その隙をついて彼女をほぼ攫う様に娶ったとのことだ。


 本人はそこそこ彼に惹かれていたらしいので問題は無かったが、大変だったのはリディの母である。

 昔から妹を溺愛していたリディの母は、それ以前からの食い違いもあり、彼を目の敵にしていたのだが、その彼に隙を突かれまんまと妹を奪われたのだ。魔物も裸足で逃げ出しただろう凄まじさで怒り狂い、自らアルフィーノに殴り込もうとしたのを、すんでのところでリディの父とその兄が止めた。妹からの手紙も受け、渋々引き下がったものの、今でもアルフィーノ前国王のことを蛇蝎のごとく嫌い抜いているらしい。その代わり、妹の血を継ぐヘンドリックを息子同然に可愛がり、そのお陰で、国を隔てているにも関わらず、リディ達兄姉とヘンドリックは親交が深いのだ。






「…なんというか、まあ…お前の性格、母親譲りなんだな」


 ルイスは散々迷った末、そう言った。ヘンドリックが堪えきれず爆笑し、リディは憮然としながらも否定はしなかった。


 その時、


「ルイス!」


 四阿の外から涼やかな声が響いて、銀髪が頭を覗かせた。見知った顔に、ルイスは驚き、リディは「あ」と声を上げる。


「シルグレイ!」


 ルイスとリディがビグナリオンで出会ったアーヴァリアン王弟、シルグレイ。そういえば参加者名簿にあったな、とヘンドリックは思った。


「帰ってきたと聞いて驚いたぞ。まさか帰るまいと思っていたからな」

「俺も帰ってくる気はなかった」

「ほう、なら何故……、!」


 四阿に足を踏み入れ、そこで初めてシルグレイはヘンドリック、リディの両名を認知したようだ。彼からは、入口側に座っていた二人が見えにくかったのだろう。

 シルグレイはリディを見て驚き、ヘンドリックを見て少し慌てた。急いで姿勢を取り繕い、会釈する。


「これは、失礼を。初めてお目にかかる、私はシルグレイ・アーヴァリアンと申します」

「いや、構わない。私はヘンドリック・アルフィーノだ。よろしく」


 貴族の名前は長い。正式な場で正式な挨拶ならばともかく、その他では名前と家名だけなのが普通だ。まして今この王宮内は王族や著名な貴族ばかり。長たらしく名乗らずとも問題はない。


「して、こちらは…」


 シルグレイは物言いたげにリディを見た。勿論ビグナリオンで出会った少女だとは気付いているが、彼は彼女を元貴族かもしれない狩人だと思っていた。この場に、しかも妙な格好をして存在するのを不思議に思ったのも無理はない。

 それに対し三人は一様に笑い、リディが滑らかに立ち上がって膝を折った。


「私はリディエーリア・エルクイーンと申します。以後お見知りおきを、シルグレイ殿」


 ぽかんとシルグレイの口が開いた。ルイスを見、ヘンドリックを見、最後にリディを見――絶句した。


「にしても、知り合いに会うね」

「ああ。今回のパーティー、知ってるか?ゼノからは――」

「見たって。ラーシャアルド、ビグナリオンからも、ねえ?」

「パーティーが楽しみになるのは生まれて初めてだ」

「おや、ルイス殿もパーティーが嫌いか?」


 シルグレイの目の前で会話が流れていってしばらくして、彼は盛大にため息を吐いた。


「もう、いい…。驚くのは止めにする」

「止めるのか?つまらねえな」

「やかましい」


 面白そうなルイスにぴしゃりと言って、シルグレイはどっかりと四阿の一角に腰を下ろし、ジト目でルイスを見た。


「どうせビグナリオンの事も話したんだろう。…ヘンドリック殿、相席失礼仕る」

「お構いなく」


 余り人目に付かない庭の一角の為、侍女も気付かずお茶もないまま、和やかに会話は交わされていく。本来なら護衛騎士がそれぞれいてもおかしくないのに誰もいないのは、全員が全員捲いたからだった。


「ほう、魔族にねえ…強かったのか?」

「強いなんてもんじゃない。悔しいが歯が立たなかった」

「あれは腹立った」


 主にルイスとリディの旅の話を肴にしていると、さくりと草を踏む音が近づいて、白金色の髪の持ち主がおずおずと顔を出した。


「あ」

「おや、貴女は…」


 リディ、ルイスが目を丸くし、シルグレイが微かに腰を浮かせた。


「あの、失礼します。私、セレナエンデ・ゼノと申します。ヘンドリック様が見えましたので、ご挨拶をと…、!」


 やはり先程と同じように、しかし今度は見えた角度が違ったらしく、彼女はルイスとリディを見つけて息を呑んだ。


「リ、リディ様?それにルイス様も…」


 一瞬呆然として、しかしすぐに気を取り直したリディが笑って席を詰めた。


「久しぶり、セレナ」

「元気そうだな」


 ルイスの挨拶にはっと我に返って、セレナは空けられた席に遠慮がちに座り、まずは懐疑的な視線でルイスを見た。


「ルイス様は、まさか…?」

「そ。エーデルシアス(ここ)の第二王子」

「……!」

 リディの愉快そうな答えに、驚愕の余りセレナは危うく卒倒しそうになった。頭の中であの日々と交わした会話、行動の記憶がよみがえっては流れていく。…多分致命的なことはしていない、はずだ。


 寸前でなんとか自分を取り戻すと、セレナはリディ、ルイス両名、それとヘンドリックに向き直った。


「改めて…あの折は、ありがとうございました。あなた方のお陰でわが国は救われました。この恩は決して忘れません。…三大国家の皆様に借りなど、おこがましいことではありますが」

「俺はルイス・キリグ個人として手を貸した。エーデルシアスは関係ねえよ」

「右に同じ。ヘンドリックはともかく、オルディアンは関係なし。セレナが気にする必要はないよ」

(アルフィーノ)も充分ミスリルを回して貰っている。やったことの借りはもう利息付きで返ってきたぞ」

「ヘンドリックは国境兵をちょっと動かしただけだもんね」

「だけ言うな」


 リディとヘンドリックが言葉のキャッチボールをしている傍ら、シルグレイはセレナに挨拶した。


「初めまして、セレナエンデ女王。聞いていた以上に綺麗な方だ。私はシルグレイ・アーヴァリアン。見知り置きを」

「あ、はい!どうぞよろしく…」


 滑らかにセレナの右手を掬い上げ、その甲に口付けを落としたシルグレイの頭を、ルイスはばしっと叩いた。


「セレナに色目を使うな。セレナはもう予約済みだ」

「よ、よや…」

「予約!言い得て妙!」


 セレナは顔を赤らめて絶句したが、リディは爆笑した。確かにまだ婚約はしてないらしいので、ある意味正しい。


「ほう?貴女を射止めるとは…どんなお方なので?」

「ラーシャアルドの第三王子だ。そのうち来るだろうさ」

「ほう、ヘンドリック殿もご存知で?」

「ああ、ゼノの内乱の折にな。というのも…」


 など、話が盛り上がっている内に、セレナの護衛騎士が気を利かせて侍女を呼び、全く気づいていなかったことで泡を食った彼女達は大慌てで茶会の用意に走った。


 そこまでは良かったのだが、通りがかりにそれを耳にしたサーレクリフが顔を出し、リディが色気どころか女にすら見えない格好をしているのを見て(誰も敢えて突っ込まなかったのだが)、無言で笑みを浮かべると、短く辞去を述べてリディの首根っこを引っ掴んで引きずっていった。


 そのすぐ後、騎士団副団長ギルバートが現れてルイスもげっと青ざめた。そういえば元々はリディが使い走りで呼びに来ていたんだった。あからさまに忘れていた、という顔のルイスにギルバートは表面真っ白中身真っ黒な笑みでにっこりと笑い、やはりルイスも引きずられていった。


 あとに残った三名はお互い顔を見交わし、苦笑しあってお互いが持つ二人との思い出話に花を咲かせたのであった。


今までに登場したメンバーが再登場するこの話。あらかた出ましたが、まだ一人か二人出ます。


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