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第八話 発覚と未来 (3)

第八話 発覚と未来(3)






(…何だ…)


 頭の内を引っ掻かれるような不快感を感じて、水泡が水面に浮かぶように、リディの意識は闇から浮上した。

 うっすらと開けた視界に、見た覚えのない豪奢な天井が映り…数瞬目を瞬いてから、リディは飛び起きた。すう、と不快感が消えるが、頭痛がそれに気づくのを邪魔する。


(どこだここ)


 鈍く頭に走る鈍痛は、眠りすぎた時のそれと酷似している。そして思い返せる最後の記憶は――。


「ちっ…」


 頭に蘇った情報に、思わず彼女は舌打ちした。油断はしないと反省した舌の根も乾かぬうちにこのザマか。最悪だ。


 あの人影の片方は、リディにルイスのことを訊ねてきた男だ。あの霧は自分達の視界を奪いかつ不意をつくことが目的だったのだ。見事にはめられた。

 あれから何日経ったのかは知らないが、この痛む頭と怠い体から察するに、薬か何かを嗅がされて連れてこられたのだろう。


 しばらく黙考し、リディは計画を決めた。ここは全く未知の場所だ。この場にルイスがいない以上、合流は難しい。自分の体も本調子ではないし、ここは一旦退こう。

 今の自分の服装は、淑女が纏うような繊細な白い夜着だ。剣も当然取り上げられてるし――って。


「ネーヴェ…」


 あの時、ルイスは白いピュルマを連れていなかった。つまり…シュリアグランデの狩人協会に、荷物と一緒に置き去りだ。


「…殴ろう」


 決めた。絶対に殴る。ここに自分達を拉致してきた奴、必ずボコボコにしてやる。

 そのために、手始めは――。


「お目覚めですか?――ッ!!」


 タイミング良く開いた扉から入ってきた女の首筋を、リディは瞬時に背後に回り込んで問答無用で打った。崩れ落ちる躰を抱き留めて、小声で謝ってから、しかし遠慮なく服を剥ぎ取った。代わりに自分が着ていた夜着を着せてからその侍女のお仕着せを被る。…悲しいかな、胸を中心に全体的に幅が余りまくった。だがそんなことを言っている場合ではない。


「じゃっ、身代わりよろしく!」


 髪色が違うので大した時間稼ぎにはならないが、ないよりマシである。そして悠然と部屋を出て、部屋の前に立っていた兵士に「まだお目覚めにならないようです」と告げ、そのまま立ち去り――角を曲がってから猛然と駆け出した。


 辺りに散らばる気配を集中力を駆使して読み、人と鉢合わさないように小走りで建物を駆ける。が。


「なんつー広さ、なのっ」


 行けども行けども出口が見つからない。窓の外は青い空だ。なんだっていうんだ。

 焦ったのがまずかった。人の気配を紙一重でかわし、角を曲がった所で――


 どん。


 と誰かにぶつかった。


「も、申し訳ありませ…!」


 反射的に腰を低くして謝りながら、リディはちらりと相手を見上げる。そしてげっと顔をひきつらせた。


「…あなたは」


 驚いたように自分を見下ろす男は、間違いようもなく自分達を攫った男だ。核心に触れられる前に、リディは思いっ切りその男の急所を蹴り上げた。


(ザマ見ろ!今はこれ位にしといてやるけどあとで覚悟しろ!)


 三流の悪役のような捨て台詞を脳内で吐くリディの前で、聞くも無惨な呻き声を上げ、男が膝をつく。その脇を走り抜け、ようやく見つけた階段を駆け下り、更に逃亡を図る。しかし、


「そこまでです」


 角を二つ抜けた所で、騎士に取り囲まれた。皆一様に油断なく剣の柄に手をやっている。喋ったのはその中でも目立たない、若い騎士だった。


「いくら逃げ惑おうと、若い娘一人を取り逃がすエーデルシアス王宮ではありません。お諦めなさい」

「…王宮?」


 リディは驚いてオウム返しに言った。


「ここエーデルシアス王宮なの!?」


 一瞬沈黙が降り、再び騎士が口を開く。

「陛下のもとへご案内します。…連れてこい」

「陛下ってちょっ…待って、わっ」


 ご案内しますとか言ったにも関わらず、リディは両腕を取られて連行されていった。

















 連れていかれた、大きな白い石に気が狂いそうなほど繊細な彫刻が施されたの扉の奥は、まさしく金殿玉楼という言葉が相応しい、最高峰の技術のさらにその粋を極めたような部屋だった。

 形質は、どこの王宮の謁見の間にも共通する、広い赤絨毯の一本道の先に玉座があり、壁際に臣下がいるというものでありながら、天井は巧妙に角度を変えた梁の下、陽の光が様々な方向が差し込んでくる。

 細かいところまで美麗な意匠の細工が施され、しかし暑苦しさを感じさせない。

 圧倒的に計算された、人の手による稀なる造型。


「陛下。お連れいたしました」


 玉座から五メートル程離れた段差の下に膝をつかされるのと同時に、両脇を固めていた騎士達が離れていく。その背を一睨みして、リディは迷い無く立ち上がった。


(人を無理やり誘拐した奴に、跪いてなんかやらない)


 壁際に詰める大臣や騎士達から、漣のようなざわめきが走るが、リディは欠片も意に介せず玉座を見据える。そして口を開いた。


「初めまして。御機嫌麗しく、エーデルシアス国王陛下。私は一狩人、リディ・レリアと申します。堅っ苦しい時候の挨拶は抜きにして、わざわざ私をここに呼んだご理由をお聞かせ願えますか?」


 ――皮肉たっぷりに。

















 玉座の主は、人知れず口元を緩めた。


 ――あれ(・・)がずっと行動を伴にしていたという娘は、予想以上に面白い。顔は目を疑う程整っているのに、言動にまるで媚びた所がない。こちらを真正面から睨む心意気も気に入った。


「無礼を許せ、ご客人。私はエーデルシアス国王シージス・アレシウス・ロウ・リゼンシア・エーデルシアスだ。此度は息子が世話をかけたことに礼を言う」


 臣下の声を片手で抑え、玉座の主は名乗る。少女は片眉を上げた。


「…息子?」


 玉座の主は笑みを深める。


「ああ。我が息子――エーデルシアス王位継承第二位、ルイシアス・アレシウス・ロウ・キリグライト・エーデルシアスのことだ」


 少女の瞳が、見開かれた。その唇が、「…ルイス?」と紡ぐ。


「ああ。愛称はルイス。…そなたと約一年、行を供にした相手だ」


 さあ、どう反応するか。


 硬直するか。

 青ざめ、失神するか。

 媚びるか。


 内心を密かに期待で満たして、王は少女の反応を待った。


「ルイスが、」

「ああ」

「エーデルシアス第二王子?」

「ああ」

「てことは…『氷の軍神』?」


 その単語に、王はやはり頷いた。


 『氷の軍神』。幼い時のある一件によって、息子に与えられた名だ。それは尊敬も含みもすれ、大半は畏敬、恐怖、萎縮。息子は昔からそれを疎み、二つ名を嫌っていた。それは、文字通り水魔術――特に氷に関して、彼が異常な程秀でていることを示す。魔力の度合いとしては、かのオルディアンの『烈火の鬼姫』と同等。その名を大陸において、知らない者はいない。ただし『烈火の鬼姫』とは違い、名前も流布しているが。


 その名に対して何を示すか。王の、玉座の間にいる全員の視線の先で、しかし少女は全く予想を裏切る反応を示した。


「成程ね…。納得がいきました」


 あっさりと、そう言っただけで、頭を掻いたのだ。


「…それだけか?」


 思わず、王はそう訊ねてしまった。少女は肩を竦める。


「辻褄が合うんですよ。あの一般には有り得ない魔力も、その中でも特異な水魔術。大事な所で礼儀は正しいし、頭も切れる、回る。国際の駆け引きも出来る。王子だって聞いたら、成程、と思います」


 さらりと述べた少女に、王は二の句が継げない。


 ――そうではなく。いや、間違ってはいないのだが。それに対し思うところはないのか!?


「それでルイス…いえ、ルイシアス殿下は未だ寝込まれていらっしゃるので?」


 少女は全く気にした風も無く、堂々と訊ねた。


「あ、ああ…血を奪われたのであろう?そのせいあってか、一度は覚めたのだがまた眠ってしまった」


 正しくは眠り香との相互作用のせいだが。


 とその時、バタバタという音、「王子!?」「お戻りください!」とかいう悲鳴が遠くから響き、数秒後バンッと玉座の間の扉が勢いよく開け放たれた。


「リディ!!」

「…ルイス?」


 突然の乱入者に満場が呆気に取られている中、ルイスは玉座の前に立つ少女を見、唇を噛むと、足早に少女に近寄ってうなだれた。


「悪い。巻き込んだ」

「や、どーってことないって。それより大丈夫?」

「これだけ寝れば充分だ」


 王以下エーデルシアスの者達は驚きを隠せなかった。彼らの記憶する第二王子は、成長してからはもっぱら、女嫌いで冷静で冷めていて無表情気味の人間だった筈だ。

 が、なんだこの差は。


「ていうかルイス、君『氷の軍神』だったんだ」

「…ああ」


 しかもずばりと言った。それに対しルイスは――なんと苦笑いしたのだ。いつもだったら無表情になっていたのに。


「それってさあ…なんか我ながら、おっそろしー組み合わせで旅してたと思わない?」

「思う。俺他人だったら近寄りたくない」

「だよね。ジョンあたりが知ったらどうなるかなあ」

「失神するんじゃないか」


 和やかに、しかし王宮の人間には訳の分からないことで顔をひきつらせあっている。色々な意味で新鮮だった。


「父上」


 不意に、ルイスが王を振り返った。


「色々と話さねばならないことはありますが…リディはこことは無関係です。軟禁のような真似はせず、素直に市井にお返しください」

「その言い方では私が悪人のようではないか。言われんでも素直に返そう…が、リディと仰ったかな?お嬢さん、ここに滞在されても良いぞ?快適な生活を約束しよう」

「はあ…」


 親子のやり取りを眺め、気の抜けた返事をした少女に、ルイスが何やら耳打ちする。途端に少女の顔がさあっと青ざめた。


「…っ、お気遣いは結構です!ちょっと行かなくてはならないところもありますし、失礼させていただきますっ!」


 凄い慌てようだ。ルイスが「行きたいところ?」と訊ね、少女が「シュリアグランデ!ネーヴェ置いてかれた!」と返す。少女の目的がわかった騎士の一人が声を上げた。


「ああ、それなら心配ございませんよ。殿下の魔力証文を取って訪ねたら、荷物と…白いピュルマを預かりました」

「ネーヴェは俺の部屋にいる」


 頷いたルイスに、少女はほっと息を吐いたが、しかし慌てた様子は消さずに、口早に辞去の言葉を告げる。


「誰か出口まで連れて行ってやれ。荷物…こいつの剣と、俺のじゃない方の袋と、ピュルマだ」


 ルイスの指示に何人かが先だって広間を出て行き、少女はルイスに軽く頭を下げた。


「ありがと。夜には連絡するから」

「ああ。ネーヴェは頼む」

「大丈夫。じゃ」


 最後まで敬意も何も示さず、誰かが二の句を継ぐ前にさっさと身を翻し、出て行こうとした所で――開けっ放しであった広間の扉から、赤みがかった長い金髪を三つ編みにしている青年が姿を見せた。その顔は驚くほど整っていて、文句のつけようもない美男子ぶりだ。


「失礼。どうかなさいましたか?何やら騒がしいように――」

「ああ、済まないサーレクリフ殿。息子が帰ったのでな」

「息子というと――ああ、漫遊に出てらした第二王子殿で?」


 年頃の少女の百人に九十九人は顔を赤らめるであろう、甘いマスクを振りまいて青年は視線を動かし、ルイスに目を留める。


「お初に、ルイシアス殿下。僕はサーレクリフ・ロウ・オルディアン・エルクイーンと申します。オルディアンの王太子ヴィンセント殿下の名代として参りました。どうぞ見知り置きを」

「あ、ああ…こちらこそ」


 キラキラと効果音がしそうな笑みの男に若干引きながら、エルクイーンって確かオルディアンの唯一筆頭公爵家だったよな…と思い返す。そして色々な事情から、そこの家の者達は、直系王族にも等しい王位継承権を持っているのだとも。


「…そちらのお嬢さんは?」


 リディに水を向けられ、はっと我に返ってルイスはリディを見る。果たしてリディは――だらだらと冷や汗を流していた。百人中の一人は彼女だったようだ。


「リディ…?」


 ルイスの呟きを聞き咎めたのは、リディではなくサーレクリフと名乗った男だった。怪訝そうにしてから、まさか、といった顔付きになる。それから脇目も振らず早足で近寄ってきて、後退りしようとしていたリディの腕をひっつかみ、顎をぐいと持ち上げた。


「!何を……」

「リディエーリア…?」


 咄嗟にリディを男から守ろうとしたルイスは、囁くようなその声音に動きを止める。


 リディはと言えば、青を通り越して白くなった顔色で、しかし諦めたように耳を塞いだ。

 その行動に皆が疑問を持つ前に、竜の咆哮もかくやという絶叫が轟いた。


「なぜここいるんだい妹よ――――!!」


 …王城の本宮中に響き渡った絶叫。後に聞けば、その瞬間王宮の樹に止まっていた鳥という鳥が一斉に飛び立ったという。




ということで、二人の素性暴露話でした。お約束といってもいい。


夏休みがもう終ることに危機感を抱いています。やばすぎる…!

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