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第七話 閑話&後日談

今回は一つ一つが短いお話を三本。前半二つは本編に入れられなかった補足です。

第七話 閑話&後日談







●閑話1



 ルイス、リディ、ラグが青竜エマルファの背に乗って飛行していた時のこと。


「ねえ、この竜名前なんてつける?」


 竜の翼がもたらす風圧を、結界でいなすことを覚えたリディが不意にそんな話題を提供した。


「名前?」

「うん。だって呼びにくいだろ、無きゃ」


 確かに、とルイスは頷いた。メルセイエデスのことが気にかかり失念していたが、リディの肩とラグの頭に乗る生き物は、これから自分達と旅を共にするのだ。


 ラグが引き取ることになった、今は真っ白い毛皮のピュルマとなっている子竜が、くわりと欠伸をする。反対にリディの肩に乗る方は、目をぱち、と瞬いて尻尾を振った。前者は「どうでもいいよ」と言いたげで、後者は「名前くれるの?」とでも言いたそうである。


 しばらくの間で解ったが、この竜達は人語を喋ることこそ出来ないが、言っている事はしっかり理解しているようだ。こうして仕草で反応を返す。

 ともかく、兄弟でもかなり性格に違いがあるらしい。というより、ラグの方は早くも主に似た空気が漂っている。ペットは飼い主に似るというが、早すぎやしないか。


「そうだね…じゃあ……」


 わし、と頭の上のピュルマを掴もうとしながらラグは考え、言った。


「じゃ、ウサギ」


 恐ろしい沈黙がエマルファの背の上に降りた。心なしかエマルファの羽ばたきも鈍った気がする。ルイスは今のは冗談なのか本気なのか真剣に悩み、白いピュルマは思わずといった調子でラグの頭からずり落ちかける。リディは額を抑えて嘆息した。


「…まだ治ってないの?その壊滅的ネーミングセンス」


 昔からラグはネーミングセンスが無かった。拾った亀や猫を飼いながら、それらに「苔」「三角」などと名付けた程に。


「…今の本気なのか?」


 ルイスの訊ねに、リディは無言で首肯した。ルイスは半分愕然としながら、ラグに訊いた。


「…なんで竜に『ウサギ』?」

「真っ白くてふわふわだから」

「子供かお前は!」


 ぱしんとラグの額を叩き、リディは彼の後頭部にぶら下がっているピュルマをひょいと抱き上げてラグの頭に戻した。


「…いや、それ置くとこおかしいんじゃ…」

「君の頭程おかしいものはない。君に聞いた私が馬鹿だった」


 ごめんね、という風にピュルマを撫でると、リディの肩のピュルマが彼女の頬に身をこすりつけた。


「甘えてるぞそいつ」


 ルイスが手を伸ばすと、しかしピュルマはひょいとルイスの腕に飛び乗った。そのままてててっと彼の肩に到着する。


「…人懐こいな」


 若干驚くが、そのふわふわの感触にルイスも頬を緩める。なんだかんだ言って、かわいいものは心の癒やしになるのだ。


「で、名前どうする?」

「だからウサ」

「お前黙れ」

「じゃあワタガシ」

「だから却下」

「ならクモ」

「…白ならせめて雪の方を思いつかないわけ!?」


(…若いとはいいものですね)


 ぎゃあぎゃあと大空の下で、果てしなく低レベルの、しかし本人達にしてみれば真剣の、でもやっぱり子供っぽい言い争いが繰り広げられのを聴きながら、エマルファは知らず知らずのうちに笑みをこぼしたのだった。



 結局、二匹の子竜の名前は、ラグが連れて行く方がヴァイス、リディ達が連れて行く方がネーヴェとなった。

 奇天烈なことしか言わないラグを無視し、ルイスとリディで決めた名前を二匹の子竜は素直に受け取り、エマルファも快く賛成した。

 危うく適当な名前を付けられそうになったヴァイスが、それから先ラグの命名行為を禁じる第一人者になったのは言うまでもない。








●閑話2



 ジルフェイを登っている時のことだ。


「あ、リディ」


 休憩をとっていると、思い出した、とラグが手をポンと叩き、懐をごそごそと探って何かを取り出した。


「はい、これ。ルイスも」


 不思議そうな顔で彼を見つめていた二人の掌に落とされたのは、銀色の耳環(ピアス)だった。しかも一つずつ。片方ずつしかない。


「耳環…?なにこれどうしたの」


 小指の爪の先に嵌る程の大きさのそれに、リディが首を傾げた。


「リディはわかるよね。風魔術による通信」

「うん」


 あっさり頷いた少女とは対照的に疑問符を浮かべたのはルイスだ。彼にラグは説明した。


「まだ未発表の通信手段なんだけどね…風精霊を使役する人同士しかできないんだけど、風精霊を送りあって言葉を届けるんだ」

「要するに、遠く離れてても、まるですぐ近くにいるみたいに会話出来るんだよ」


 ルイスは耳を疑った。この大陸において、遠く離れた人と人とを繋ぐ手段は、手紙か狼煙しかない。もしそれが本当なら、歴史に残る発明に間違いない。


「…もっとも、まだ僕とリディとヘ…もう一人しか知らないし、相手の大体の位置がわかってないと駄目なんだけど」

「…三人しか、知らないのか?」

「君入れて四人。この方法は、一歩間違えば怖いことになる。バラす時は大陸全土って三人で決めたんだよ」


 リディはさらりと言った。その意味を、明確にルイスは察する。


 もしこの力が、ある一国のみで伝わったら。その国は、戦になった時に、他とは一線どころか何線も画す情報力と指揮力を持ってしまう。


 ルイスはこの発明をしたのがラグであることに感謝した。欲や栄光に目が眩む者は多い。そしてその結果で命を失う者は、もっと多い。

 それをちゃんと理解し、人の犠牲や争いを防ごうとする(ラグ)が、この力の持ち主で良かった。


「…俺も絶対に言わない。話してくれてありがとう」


 請われる前に自分から誓うと、こっそり息を詰めていたラグとリディはほっとして笑った。


「…で?それがどうかしたの?ラグ」

「ああ、そうそう…この耳環付けるだけで、それが出来るようになるんだ」

「…はい?」


 唖然として、リディとルイスは掌にちょこんと乗る耳環を見下ろした。見る限り、何の変哲もない、銀色の輪だ。


「それミスリル製だから、上手く魔力が溶け合って感じられないみたい…。その中に、僕の風精霊の配下の風精霊が封印してある」

「…はい?」


 なんだか「はい?」しか言ってないなと頭の片隅で思いつつも、リディもルイスも耳環を凝視するのを止められなかった。

 じいっと見つめると、ようやく微かに魔力が揺れているのが感じ取れた。

 魔術師として高位の腕を持つ彼らでさえこれなら、大半はどれだけ視ても気づけないだろう。それくらい微弱にしかわからない。


「多分そのうち召喚でも出来るようになるとは思うんだけど…とりあえずは僕の精霊に頼んでみた」

「頼んでみたって、お前…」

「だから、本来この精霊に契約主はいないんだけど…使用者の魔力を喰う仕組みになってるから。普通に魔術を使うのと同じくらいは魔力消費するよ…」

「お前に常識って、あるのか?」


 最早驚きも呆れに変換され、ルイスが言えば、ラグではなくリディが答えた。


「ない。言っただろ、ラグに常識を求めるな」

「…そうだったな…」


 ルイスはうなだれた。

 ラグは説明を続ける。


「当然だけど…魔術はその耳環を持ってる者同士の間でのみ使える。相手が外してたら無意味だから、肌身離さずつけて。あくまで魔術の一つだから、魔術禁止結界の中では使えないよ」

「わかった」


 ルイスとリディは頷き、リディは耳朶に小さな輪を通した。ルイスは既に耳朶に青玉のピアスもつけているから、少し上に付ける。


「あとリディはこれも」


 そう言いながらラグがリディに渡したのは、小さな紙きれだった。しかし蝋で封がしてあり、何なのかは分からない。


「何これ」


 首を傾げたリディに、ラグは少し笑って説明する。


「必要になる時が来るかはわからないけど…『僕』が必要だと思った時に、それ開けて。ただ一回こっきりだから、よっぽどの時以外開けないでね」

「…よくわかんないんだけど」

「わかんなくていいよ。とりあえず失くさないように持ってて」

「…わかった」


 頷いて、リディは紙を荷物の中にしまった。ラグのもの言いは訳がわからないことが多いが、役に立つこともまた多い。長い付き合い上、よく知っていた。


「じゃあリディ、そのうち耳環の使い方は教えてあげて。僕からの成人祝いはそれ、ルイス」

「…ありがとう。お前が成人した時の祝いに困るな」


 ルイスの冗談混じりの礼に、ラグは大真面目な顔で答えた。


「フェニックスの尾羽」

「……」

「……」


 ちなみにフェニックスとは、秘境に棲み、最も貴重と言われている鳥のことだ。


 凍りつく二人を眺め、ラグは内心で少し笑った。


――だって、小さな頃からずっと僕の大切な人だった()()っていくんだもの。

 これくらいの意地悪くらい、いいよね?








●後日談



「ふー、ただいまー」

「お帰りなさいませ、ラグ様」


 ラグが転移魔術でリオーラの自室に着くと、まるで待っていたかのように執事が姿を現した。否、実際待っていたのだろう。


「アイオン、お茶入れてくれる」

「承知いたしました」


 「ちょっと出かけてくる」と言ったきり何日も家を留守にしたことについても、この執事は何もとがめない。そこがラグは好きだった。執事からしてみれば、彼の主とその幼馴染の少女に仕えて早幾年という具合なので、もはや慣れっこといった風情なのだが。


「ああ、あと肉。小さく切って」

「肉…ですか?」


 意外なものを聞いた、という顔で執事はラグを見た。そして、彼の頭を見て若干眉を上げた。――なんだか、ふわふわ具合が五割増しな気がするのは気のせいだろうか。


「うん。この子に」


 と思ったら、ラグはひょいと己の頭に手を遣り、なんと上半分を持ち上げた。執事は少なからずぎょっとしたのだが、ラグの手に持たれたそれがぴくりと身動きしたことで、ようやくそれが主の頭の一部でないと気づく。


「ラグ様…それは」

「うん、ピュルマ。今回の旅先で預けられたんだ」

「預けられた、ですか」


 うん、とラグは頷いた。その赤い目は、長年仕えている執事から見ても、何を考えているかはわからない。ただ、優しい色を灯しているのだけはわかった。


「お肉、でしたね。すぐお持ちいたします」


 にっこりと微笑んで、老執事は踵を返す。久方ぶりに楽しそうな主を見たことで、彼の表情筋も自然と緩んでいた。

 厨房に肉を切らせ、お茶を手ずから入れ、次いでに菓子も用意して台車に乗せて運んで行くと、ラグは何やら手帳を見ながらぶつぶつと呟いていた。


「お茶をお持ちしましたよ、ラグ様」


 根っからの研究者肌の主は、一度研究に没頭してしまうとなかなかこちらの世界に帰ってこない。なのでまだ集中が浅い内に連れ戻そうと言う老執事の目論見は見事に効を奏した。


「ありがと。ヴァイスの肉も」

「ええ。あとお菓子どうぞ」


 ぴょこぴょこと近寄ってきた白い生き物に肉の乗った皿を出してやり、主が座る椅子の机には紅茶と菓子の皿を乗せる。

 舌鼓を打ちながらそれらに手を伸ばしたラグに、執事はふと思い出して何の気なしに言った。


「そう言えば、隣国エーデルシアスに新たに王女様が誕生されたそうですよ。ひと月後の式典に向けては王太子殿下の代理でサーレクリフ様が発たれたとか」


 ぴたり、とラグの手が止まった。数秒沈黙し、恐々と言った体で執事を見上げる。


「エーデルシアス?クリフが?」

「ええ。まあ、王太子殿下が行かれないのはいつもの事でしょう」

「……」


 無言でラグは頭を抱えた。執事は怪訝な顔でその様子を見やり、首をひねるもののさっぱり原因がわからない。

 ラグはと言えば、あまりといえば余りのタイミングに頭痛を覚えていた。


 あの二人が向かったのはエーデルシアス。

 サーレクリフが向かったのもエーデルシアス。


(…まあ、頑張れ。リディ)


 遠い目になる自分を自覚しながら、ラグは運の悪いとしか言えない幼馴染に向けて、ささやかな祈りを送ったのだった。




サーレクリフが誰かは次の話で。名前だけは既出ですが。

今回の閑話ですが、2の方は結構本編にかかわってきます。


第八話の更新は少し遅れるかもしれません。読んで下さっている方は、お待ちいただけると幸いです。

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