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第二話 陰謀の宴 (1)

第二話 陰謀の宴 (1)






 大陸西部沿岸に位置する国、ビグナリオンの中部に位置する城下町、アイル。ビグナリオン国内で首都の次に活気溢れるこの街は、いつにもまして騒がしかった。――というのも。


『さあさあ、大食い選手権もいよいよ大詰め!!並み居る猛者達もそろそろ手が止まってくる頃!!優勝するのは誰だ――!?』


 街の一角に設置されたステージと、その上のテーブル。テーブルの上には山と肉が積まれている。テーブルの前には幾人もの男達がずらりと並んでいて、彼らはいちように必死の形相で肉を口に詰め込んで行っている。


 その醜悪ともいえる光景のうちの一か所を見つめ、赤い髪の少女――リディ・レリアはげんなりとため息を吐いた。


「理解できない…」


 なぜあんな量の肉が、あの、男としては細めの体に次々と吸い込まれていくのか。周りの見るからに大食漢といった連中はともかく、質量保存法則的にどう考えてもおかしい。しかも周りの大食漢連中がだんだんと苦しそうになってペースが落ちていく中で、どうしてなおも平然と食べ続けているのか。


「気持ち悪…」


 リディは半ば化け物を見るような目で、チームパートナーであり、現在進行形でステージ上で肉を底なしに食べ続けている青年、ルイス・キリグを見遣った。









 イェーツ北部を出て、ルイスとリディは一路国境を越えてビグナリオンにやって来ていた。

 途中遭遇した魔物をなぎ倒して核を狩りつつ、そろそろ手持ちの資金が切れるかなという頃合いに辿り着いたのがこの町だ。

 まずは狩り溜めた核を換金しようと狩人協会を探している途中でぶち当たったのがこの催しである。自他共に認める超大食らいのルイスは一も二もなく参加し、適当につまみを買おうと思いつつ観戦していたリディはしかし、男達が暴飲暴食とばかりに肉を口に放り込んでいく光景にすっかり食欲を失って、こうして顔をしかめながら眺めている。



「あの兄ちゃん、すげー…」


 隣の男から感嘆の声が上がる。視線の先は勿論というかなんというかルイスである。それ以前に参加している中に、『兄ちゃん』と評せる年齢と容貌の人間はルイスぐらいしかいない。


(凄い!?どこが!?気持ち悪いだけだろ!!)


 内心でリディは凄まじい勢いで毒づいていたのだが、そうこうする内にステージ上で、何かが倒れる派手な音がした。


『あ――っと!前回大会優勝、デイビッドが倒れたぁ――!!ということで今回の優勝は、初参加飛び入りの、ルイス・キリグだぁ――!!』


 わああああ、と周囲から歓声が響く。主催者が高々と差し上げた手に引っ張られて立っているルイスは、未だもぐもぐと肉を咀嚼している。


 優勝者が細身の美青年であることに場、主に女性陣が色めき立つが、当のルイスは頓着せずに賞金を受け取ると、ようやく肉を呑みこんですたすたとリディに歩み寄ってきた。女性陣は皆むっと、男性陣は興味津々でリディに視線を向け、一様に絶句する。


 ――それもそうだろう。目を瞠るような美少女が、ひどく嫌悪に満ちた表情で腕を組んで立っているのだから。


 その少女が漂わせる雰囲気にただならぬものを感じて、物見高き観衆達は、そそくさとその場を後にしていく。

 が、やっぱりルイスは気にせず賞金の袋を振って、にっと笑って見せる。


「金、卸さなくて済みそうだぜ」

「……」


 リディはルイスを、お前を見てるとこっちが吐きそうだ、という目でありありと見てから、逸らす。


 が、ふとその目が細まった。同時にルイスもピクリと反応し、剣の柄に手を遣る。


「ルイス・キリグにリディ・レリアか?」


 ルイスの背後からにゅっと現れた男を、二人は感情を消した目で見遣った。喧噪のなかとはいえ、自分達が気配に直前まで気付けなかった。――徒者ではない。


 そんな二人の警戒心に気づいて、男は苦笑して胸元から小さな銀のプレートを提げたチェーンを取り出した。――狩人である事の証明書、狩人証である。


「そう警戒しないでくれ。俺はジョン・イーデル。マリナリオ出身の狩人ハンターだ。あんた達に伝言を持ってきた」






―――――――――――――――――――




「しっかし、よく食べんなあ、あんた。その細っこい体のどこに入んだ?」


 場所を移して、アイルの狩人協会近くの喫茶店。半ば呆れ、半ば感心したような口調でジョンが言った。ルイスが即答し、リディが吐き捨てる。


「胃だろ」

「考えない方がいい。見てると気分悪くなるよ」


 あれだけ食べたというのにまだケーキをつまむルイスに、リディは最早目を向けることすらやめていた。


「……。聞いたぜ。あんた達、竜を狩ったんだってな」


 微妙な面持ちになったジョンは、話題の転換を選んだ。


「ああ。死ぬかと思った」


 さらりとリディは答えて、コーヒーを口に運ぶ。

 実際、あの時の怪我は今までで一番ヤバい部類だった。一歩間違えたら本当に死んでいただろう。


「俺も結構な修羅場はくぐってきたつもりだったが、あそこまで必死に魔術に集中したのは久々だ」


 ルイスも口許のチョコレートクリームを拭って同意した。そして無断でリディのコーヒーに手を伸ばし、一口飲む。そして咽せた。


「あっま!!リディ、お前なんてもん飲んでんだよ!?砂糖何個入れた!?」


 涙目のルイスに対し、リディはきょとんとした顔で答えた。


「八個」

「それもうコーヒーじゃねえよ!よくこんなもん飲めんな!?気持ち悪くならないのか!?」

「はぁ!?私に言わせればそんだけ食って吐かない君の方が異常だよ!大体人のもの勝手に飲むなよ!行儀悪い!」

「お前相手に礼儀もクソもあるか!お前糖尿病になるぞ!?糖尿病って死ぬんだからな!?」

「君が高血圧で死ぬ方が先だ!」


「あーもういいから。落ち着け、な?お二人さん、周り見てみ」


 ヒートアップしていく言い争いを、若干引き気味にジョンが止めた。双方見目が至極良いために、元々店内の視線を集めてはいたのだが、今の騒ぎで完全に集中している。


 しかし二人はどうでも良さげに鼻を鳴らした。


「こいつのためだ。このままじゃ遠からず死ぬ」

「私も常々一言言ってやりたかったんだ。ちょうどいい機会なんだよ、邪魔しないで」

「いいから聞け。――仕事の話がしたい」


 その一言で、すっと二人は表情を鎮めた。僅かな静止の後、姿勢を改めてジョンに向き直る。


「堅くならないでくれ。大したものじゃない。――あんたら、この街の領主の名前、知ってっか?」

「エアハルト公爵だろ」


 迷わず言ったリディに、少しルイスは眉を上げた。ビグナリオン第二の都市とはいえ、治める者まで知っている者は珍しい。ジョンは頷いた。


「その公爵の娘がな、今度十三歳になるんで、三日後にお披露目パーティを開くんだとさ。――だが、ここで問題がひとつ」


 くいとジョンは指を立てた。


「エアハルトは、ここビグナリオンの中でも有数の大貴族だ。隣のイグナディアとの戦でもかなりの軍事的貢献をしてる。当主も、その息子達もかなりの辣腕なんだそうだ」


 ここまで来ると、大体の展開が読めてくる。だが二人はジョンに先を続けさせた。


「言ってみりゃ、イグナディアにとっちゃ目の上のたんこぶみたいなもんだ。実際のところ、かなり刺客を送りこまれてるらしい。そこに今回のパーティだ」


 絶好のシチュエーションだろ?とジョンは唇を持ち上げる。


「んなもん開くなよ、って話だが、大事な娘の社交界デビューだ。ちょうど戦もない今、やらない訳にはいかねえんだろ。そこでエアハルト公爵は、狩人協会に少しの間の護衛の派遣を依頼してきた」


「で?俺達にそれをやれってのか?」


 ルイスが露骨に顔をしかめる。ジョンは「話が早いな」と苦笑して、


「先方のご希望がな、『きちんと腕が立つと判っている者を十名程』ってのなんだ。ぶっちゃけそう都合良くはこの街に揃っちゃいない。他の街にも通達は出してっけど、上の奴らほど貴族嫌いの奴多いからな…、多分来ないと見ていいだろう」

「だろうな」


 ルイスとリディも頷いた。貴族と言うのは総じて気位が高い。狩人などは野蛮な庶民がするものだ、と蔑んでいる人間も少なくない。勿論全てがそうという訳ではないが、相対的に見た結果、狩人はそういった理由で貴族を嫌う傾向にある。


「私だって嫌だよ、そんな仕事」

「俺も遠慮する」


 きっぱりと言い切った二人に、ジョンは深々とため息を吐いた。


「…そう言うと思った。でもな、先方は五百エル出すって言ってんだが?」

「…五百エル?三日間で?」

「いや、一日でだ」


 ルイスとリディは軽く眼を瞠った。普通の民衆の一日の平均的賃金が凡そ百エル程であることを考えると、破格の値と言っていい。まあ仕事仲介料として狩人協会に百エル程取られるだろうが、それでも十分と言える。


 狩人協会は、核の売買と共に、こうした仕事の依頼を受け、狩人達に依頼を仲介するということも行っている。いわば仕事ギルドのようなものでもあるのだ。


「…それだけの物件なら、志願者は山といるだろうに」

「言ったろ?『確かに腕が立つ者を』とのご依頼だ。エアハルトは協会のいいお得意先だし、金に釣られた如きの下手な奴は出せねえ。レベル40の核を狩れること、が最低ラインなんだぜ」


 それはまた大層レベルの高いラインだ。だが二人揃って瞑目すると、やはり首を振った。


「悪いけど、断る。金には困ってないし」

「右に同じく。面倒なことは嫌いだからな」

「かー、言うと思った…。そうだよなあ、お前らトップハンターだもんな、金欲しさにやるわきゃねーよなー…」


 ぼやくジョンは、しかしにやりと笑って見せた。その笑みになぜか、ルイス達の背に悪寒が走る。


「が、残念だったな。こりゃ命令(・・)だ」


 武骨な指がぴら、と紙を示す。そこにはこう書いてあった。



『ルイス・キリグ 並びに リディ・レリア 殿


 こたびのエアハルト家の依頼を、狩人協会は勅命として貴殿らに任ずる。可及的速やかにこれを受諾し、エアハルトの城へ赴くこと。


アイル狩人協会支部長 シラス・ダルク』



「……」

「……」


「この街に通じる関所潜った時点で、お前らが入領したことはわかってた。好物件を見逃す訳ないだろ?…従うな?」


 柔らかい口調、しかし有無を言わせぬ調子のそれに、二人は沈黙した。


 狩人協会の勅命。それには狩人協会に所属する以上、絶対に従わなければならない命令だ。従わなければ、否応なく除名処分となり、核で生計を立てる狩人として生きていく術を絶たれる。


 ――否やとは、言えなかった。


「…それだけ大貴族エアハルトは大事ってことか…」


 ため息を吐いて、ルイスは紙を受け取った。さらさらと魔力を込めた指で紙をなぞり、銀色の軌跡で名前を記す。



 通称魔力押印と言われるこの作業は、魔力を指先に灯して紙に刻み込むものだ。魔力は強弱の差はあるものの、万人が等しく持っている上、誰一人として同じ波長の者はいないため、個人の証明方法として一般的に広く使われている。



「面倒だけど、勅令と来たらしょうがないね…」


 リディも嫌そうにしながら同じことをした。紙の下方に光る二列の銀色の文字を満足げに見て、ジョンは立ち上がった。


「よし。俺はこれを協会に持ってくから、お前達は先に城に行ってな。――ああ、衣食住は提供してくれっから、安心しろよ」


 じゃあまた後でな、と手を振ってジョンは去って行った。


 ルイスとリディは顔を見合わせ――そろって重いため息を吐いた。


第二話。

気づいたらお気に入り登録してくださっている方がいらっしゃいました。ありがとうございます。これからもお暇つぶし代わりに読んでくださるとうれしいです。

あと気が向いた方がいらっしゃいましたら、文章評価などをしてくださると励みになります。駄文を少しでも改善するために頑張ります。

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