第六話 後日談
前半PG-12?
後半、残酷描写あり。
第六話 後日談 ある日ある国の閑話
手元に届いた報告書を見て、男はため息をついた。白味の強い長い金髪が、緩く後頭部で結ばれた髪紐から一房滑り落ち、白皙の頬にさらりとかかる。男の端麗な憂い顔も相まって、それはあたかも一枚の画のようですらあった。
「セレナエンデ王女が即位…か…戦争にならなくてよかったね…」
「そうですね。もしそうなった場合一番苦しむのはあの子ですから」
男の呟きに答えたのは、赤みがかった金髪を無造作に左右で結い、それを首でまとめている女だった。眼鏡の奥に隠された金色の眼は思慮深く、しかし無表情に男の持つ書類を見眇めている。
「それに、ラーシャアルドの王子が婿入りか…まあ、情勢的には妥当なところかな…」
「政略結婚ではないと聞いていますが」
律儀な女の反論に、男はそう、と興味もなさげに書類を机に放った。パサリとめくれて折れかけた白い紙を、女は手にとって直す。
「しかし、セレナエンデ王女殿下はまだ御年十四と聞き及んでいます。そのような幼い身で、王位の簒奪をしてのけた強さは、驚嘆に値すべきと評価しますが」
「そうだね…まあ、裏で手伝った子がいたみたいだけど」
後半の呟きは、小さすぎて女の耳には届かなかった。その為女は無表情の中にも怪訝な色を浮かべたが、男はそれ以上そのことを言及することなく、ふうと細く息を吐き出した。
「そういえば、まだ見つからないのかい?エリアは」
「…ええ、まだ。それにいい加減言い飽きましたがヴィー、その名で呼んでも誰だか分りません」
「君はわかってるからいいでしょ」
男はくすりと笑い、しなやかな両腕を組んで上に差し上げ、猫のように伸びをした。長く座っていたせいで、体のあちこちから変な音がする。偶には体を動かしたいものだ。
「エリアがいないと体が鈍って困るね…。ねえクロナ、ひとつ」
「お断りします。私は武闘派ではありません」
すげない拒絶に、ええー、と男は年に似合わぬ駄々めいた批難を漏らすが、女は直接的にそれに返すことはなく、畳みかけるように言う。
「ちなみにクリフもユーリも家を空けておりますから、そちらも無理です。偶には騎士の鍛錬に参加されてはいかがですか」
「…君は頭が切れすぎるのが癖者だね…」
要求しようと思った事を、口に出す前に却下された男は、半眼になってぼやきを投げるが、女は堪えた風もなく打ち返した。
「それが私の仕事ですが、何か?文句が御有りなのでしたら、今度からお仕事のお手伝いは遠慮させて頂きますが」
「……」
藪を突いて蛇を出してしまった。
「クリフは貴方の代理で出かけましたし、ユーリも似たようなものです。本来なら仕事はもっと多かったはずなのですから、残っているもの位こなしてください」
淡々とした口調に、しかし男はぐうの音も出ない。まあ、だからと言ってそれが心に響くものという訳でもないのだが。
「では、失礼します」
黙り込んだままの男に、女は無表情を崩さぬまま軽く会釈して、踵を返す。
が、その細い腕を、見た目は繊細な、しかし実際は確りと筋肉の付いた男の手が掴む。
「――ヴィー?」
「ねえ、クロナ」
にっこりと、端麗な男の顔が笑む。蒼紫の眼が、濡れた色を伴って女の金の眼と合わさった。
「体を動かすなら、鍛錬じゃなくてもいいだろう……?」
女は眼を瞬き――深く長い溜息をついた。
「それは……命令ですか?」
女の問いに、虚を突かれたような顔をした男は、しかしすぐに艶やかに口元が弧を描く。
「そうだね。――命令だ」
彼女が緩慢に、掴まれていない右手で己の眼鏡を外し、机に置くなり、男の左手が女の項に伸び、引きずり寄せた。ふわりと風が揺れ、開け放たれて昼の陽ざしをさんさんと差し込ませていた遮光幕がゆるりと閉ざされる。
たちまち薄暗くなった室内で、それでも明るい男の金髪に縁取られた顔を零距離で眺めた女は、唇の奥への侵入を許したのを契機に眼を閉じる。
眼を閉じる前に思い出したのは、行方知れずのあの娘。
(…あなたは今、どこにいるの…)
無事だといいのだけれど。
一瞬だけ脳裏を占めた思考は、しかしすぐに目の前の熱に居場所を奪われていった。
――――――――――――――
暗い闇の中を、男が一人、下っていた。
長い年月をかけて掘り下げられた坑道の中に、ひたひたという静かな音だけが響く。時折どこかで地下水が石に跳ねるほかは、何もない。
「……」
長い長い石造りの粗末な階段を下る男の手には、子兎のような大きさの小さな物体がぶら下がっていた。元々は白く柔らかな毛に覆われていたであろうそれは今や見る影もなく、赤い液体や泥に塗れ、ピクリとも動かない。時折思い出したように、階段に赤い滴が滴っている。
やがて地下道の終わりの広い空間に出た男は足を止め、床に描かれた歪な魔術陣の上に立つと、無造作に手に持った物体を放った。
力なく地面に投げ出されたそれは、陣の中央で停止し、微かに震えた。見る間に白い羽毛が失せていき、赤に塗れた紫色に光る鱗に覆われた、蝙蝠のような翼をもつ小さな生き物――竜に変じた。
小さな竜は紫色の眼を上げると、恐怖と怒り、それに憎悪を持って、自分をこの場に連れてきた男を睨み上げた。しかし一切の体の自由も効かない無力な存在に男が何ら興味を示すはずもなく、男は淡々と詠唱を始めた。
禍々しい文言が部屋に満ちていくごとに、魔術陣が不気味に光を増していき、その光で竜の体躯を照らしていく。
竜はシューッと罵るような威嚇音を立ててから、キッと魔術陣を見据える。立ち上がり、逃れようとしても、痛めつけられた体はそれを許さない。
男は眼を細め、詠唱は最後の段階に入っていく。そして、男が振り上げた手の先に、黒い杭が生まれた。
「――穿て」
振り下ろされる手、まっすぐ墜ちてくる杭。それらすべてを、子竜は恐怖に彩られた瞳のまま、ただ見つめるしかなく。
――何かが貫かれる鈍い音と、か細い断末魔の絶叫が、部屋に谺した。
*後半 3/2加筆




