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第六話 陽と月 (2)

第六話 陽と月 (2)







「改めて、本当に申し訳ありませんでした」


 ダリスを出、少女の示す道を来て暫く。とっぷりと日が暮れてしまった為、やむを得ず四人は夜営をしていた。周りは荒野に囲まれ、隠れる所などない為に、ルイスが土属性の結界を張って周りから見えにくくし、その中でリディの火で焚き火をした上温度を調節している。街で買い込んだ食糧は早速役に立ち、四人はある程度とはいえ腹を満たす事が出来た。


「いや、気にすんな!勝手に首突っ込んだのはオレ達だし」


 深く頭を下げた少女に、ぶんぶんとアルが手を振って、なぁ、と連れ二人に同意を求める。ルイスはああ、と笑って頷いたが、リディは見張りと称して、彼らに背を向けて手近な岩に登っていた為、見向きもしなかった。相変わらずフードを被ったままで、殆ど喋らない。


「どうかなさったのでしょうか…?」


 少女が不安そうに言った。ルイスも明らかにおかしいリディの様子に、若干眉を寄せていたが、努めて明るく言った。


「まぁ、あいつのことは気にしないでいい。腹ごなしもしたし。そろそろお互い自己紹介でもしようか」


 お嬢さんの事情も訊きたいしな、と笑えば、少女は居住まいを正した。端正な顔立ちに、鮮やかな威の漂う表情が浮かぶ。


「はい。――私の名は、セレナエンデ・リィ・ネフィルス・ゼノと申します」


 空気が固まった。アルは、耳が今何を訊いたのか頭が理解するのを拒否し、ルイスはあまりといえばあまりの展開に愕然としていた。


 それをちらと見下ろしたリディは、内心でやっぱり、とため息をつく。


(…厄介な事になったな)









 セレナエンデ・リィ・ネフィルス・ゼノ。ゼノの第一王女で、天使のような外見と、澄んだ思考に、何より民を思いやる温かな心、決して自分が出しゃばることなく、静かに民の意見を照らしあげることから、その透明感のある美貌も合わせて、『月の姫君』という異名を持っている。






「私は、ゼノの第一王女なのですが…昨今のゼノの政策に、異を唱えた所、こうして追われたのです」


 自嘲気味に少女は話す。


「私に協力してくれる方々は、既にとある方の城に集まっております。城を抜け出すのは私で最後だったのですが…感づかれて」


 伴の者は皆…、と少女は目を伏せた。ルイスとアルは驚き冷めやらぬまま、あの兵士は王宮のものだったのか…、とうすら寒い思いを走らせる。


「てことは…ゼノ王家を敵に回したのか、俺達は」


 ルイスが小声で言った。少女は悲痛な面持ちで頭を下げる。


「説明出来ぬ状況だったとはいえ、本当にご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした。お許し下さるとは思えませんが、本当に…!」


「いいよ。今更謝られた所で何にもならないだろ」


 上から飛んだ声に、三人が見上げる。リディが振り向かないまま言った。


「それより。君は『なんの』政策に異を唱えたわけ?」


 ルイスがはっとする。どこかピリピリしていた街の空気。少女を出すまいといちはやく固められた外壁。つまりそれは、彼女が外に出て、『なにか』を誰かにもたらしたら困るということ。


 少女は唇を噛んで俯き、絞り出すように言った。


「…我が父、ゼノ王は…」


 リディはフードの下で目を閉じた。


(ああ、そうか)


 また、お前は。


「オルディアンに侵攻をしようとしているのです」












 今から十年前。ゼノはオルディアンに突如戦争を仕掛けた。それまでも同様の事例はあったとはいえ、ここ百年程は音沙汰なく、気が弛んでいた矢先だった。オルディアンは事態への対応が遅れ、ゼノとの国境付近の砦が次から次へと陥とされ、一気にオルディアン国内はパニックに陥ったのだ。


 国力だけでいえばオルディアンの方が上である。しかし奇襲による先制と、ゼノが百年の間に蓄えた軍事力によって、戦況は混迷を期した。もしそのままで行けば、ゼノはオルディアンの国土を幾らか削り取ったかもしれない。事実、ゼノは嬉々としていた。


 けれど。



「十年前、父の思惑は阻まれました」


 セレナエンデ王女は淡々と喋った。アルも、そしてルイスも、固唾を呑んでそれを聞いていた。知識としては、知っている。しかし当事者から聞くのは、また違う。


「私は当時まだ四歳になったばかりで、自分の国が何をしているのか、わかりませんでした。ただ、あの時の事は良く覚えています」


 あの時、王と王妃と、王宮の奥庭で団欒をしていた時。慌ただしい足音や叫び声が響いて、王女の前に兵士が駆け込んできたのだ。顔を白くし、髪は乱れ、唇は震え。その有り様に、その時まで自国の勝利を疑っていなかったゼノ王宮は騒然とした。そして、兵士は引きつれた声で言った。戦の最前線、オルディアンのラスランにいたゼノ兵が、全滅した、と。


「『烈火の鬼姫』」


 王女はその名を口に乗せた。想像していた通りの名に、ルイスが目を細め、アルが唾を呑む。


 そう。十年前のゼノ・オルディアン間の戦争。当初混迷を極めたそれは、その名を持つ少女によって、呆気なく収束したのだ。


「――かの姫は、当時まだ御年七歳だったと聞き及んでいます。しかし、彼女によって父の野望は文字通り、焼き尽くされました。千以上の兵が命を落とし、またその圧倒的な力を見、父の兵達は皆、恐慌状態に陥り、散り散りに逃げ出しました」


 『烈火の鬼姫』はラスランに攻め込もうとしていたゼノ兵達を、ほぼ一人で焼き払ったのだ。死体すら遺さぬ程の紅蓮の炎。その報は瞬く間に各国に伝わり、各国は戦慄した。

 その後『烈火の鬼姫』は正体も名前も明かさず、戦線に出ることはなかった。彼女が表舞台に出たのはただ一度。けれど、それが脅威として浸透するには充分だった。


 ラーシャアルドやエーデルシアスも例外でなく、うっすらとその時の記憶を甦らせて、アルは腕をさすり、ルイスは瞑目した。


「…結果的に、我が国とオルディアンは痛み分けという形になり、戦は終わりました。父の停戦申し入れをオルディアンの王が受諾したのです。オルディアン側は寛容な心で持って物資支援を止めず、アルフィーノにも依頼して我が国のかさんだ戦費の反動を補ってくれました。――しかし、それらは私の父には屈辱でしかなかったようです」


 王女は苦しげに言って、ぎゅっと拳を握る。震える声が言葉を紡いだ。


「――…私は、戦の後の貧困を知っています。幾ら援助をして頂いたとはいえ、奇襲をし、勝てずに逃げた国。元々の貧しさと、その年の不作も相まって、たくさんの民が飢えで死にました」


 戦など、と少女は声を絞り出す。


「戦など、人を苦しませ、奪い、闇を呼ぶだけです!なのに父上は、またそれを繰り返そうとなさっている!私は、それを許せませんでした。だから、父上にお止まり下さるようお願いしたのです。けれど、けれど、父上は」


 王は、戦はするなと懇願する娘に、無情にも言い放ったのだ。政をするのは王である自分。娘のお前になど、関係ない、と。


 更に王はセレナエンデ王女を王宮の奥に幽閉した。王女は必死に、かねてからの賛同者達と連絡を取り、隙を見て逃げ出したのだ。しかし兵士に見つかり、捕らえられかけた所をアル達に助けられたという訳である。


 黙りこくった一同に、でも、どうして?と小さな声が訊ねた。


「賛同者とやらに連絡が取れたなら、オルディアンなりアルフィーノなりにお父上の企みを報せれば良かっただろ。何で、君はそんなに必死になって逃げ出したの?」

「私は、戦は嫌なのです」


 少女はリディを見上げてきっぱりと言った。


「オルディアン、及びアルフィーノに報せれば、国家間の戦は避けられません。父は最早聞く耳を持たないでしょうから…。それならばそれでと戦争に入るでしょう。しかし、奇襲が出来なくなる訳ですから、我が国は今度こそ敗北し、多くの民が犠牲になるでしょう。それほどの国力の差が、我が国とかの国に本来ならばあります。負けて、再び貧困に陥ることぐらい、少し考えればわかります…。私は、それは絶対に嫌なのです」

「でも、じゃあどうするんだ?」


 ルイスが言った。内部からどうにかしようにも、ゼノ王は戦を止めようとはそれこそ絶対にしないだろう。しかし、国の支配者は王で、全てを決めるのは王だ。この辺りが王政の問題点ではあるが…今のところ、この大陸で王政以外の国はない。


「争いは避けられないでしょう。しかし、被害を最小限に抑え、オルディアンへの進軍を止めるには」


 年若い王女は悲痛な顔に、しかし強い決意を浮かべて言った。


「王位を簒奪する他、ありません」





――――――――――――――――――――――――



「陛下」


 玉座の主は、物憂げに顔を上げた。切れ長の目が、壇下の臣下を捉える。


「なんだ」

「ご報告申し上げます。王女殿下が、街から脱出なさいました」

「…そうか」


 玉座の主――現ゼノ国王、ダグラスは、一言そう呟いた。臣下も何も驚きを見せず、「いかがなさいますか」と訊いた。ダグラスは口の端を歪めて嗤った。


「捨て置け。最早あやつには何も出来ぬ。我を、戦を止めることなど、不可能。――と言いたいところだが、小さい芽でも摘んでいた方が賢明であろうな。…魔術士に伝えろ。いかようにでも構わん、奴らの根城を潰せと」

「は。承知いたしました」


 玉座から立ち上がり、王は言った。


「オルディアンにくれぐれも気取られるな。――今度こそ、我々は勝つ」






―――――――――――――――――――――――



 王位の簒奪。それは、つまり。


「あんたは、父親を殺す…と?」


 アルが呆然と少女を見つめた。美しく、まだあどけなさを残す顔は、昏い決意の光を灯している。


 ルイスは何も言わなかった。止めろ、とは言わない。それは寧ろ、最善の方法だからだ。身内の始末は、身内がつけるべき、というのもある。


「…君の父親は、何故そこまでオルディアンと戦争をしたがるのかな」


 リディは空を見上げて言った。焚き火の僅かな光のみの荒野では、宝石箱をぶちまけたような満天の星空がよく見える。


 それに倣って空を見ながら、少女はほろ苦く笑った。


「ゼノは、貧しい。反対にオルディアンは、豊かです。人は、自らのものより優れたものを見ると、欲に溺れて手に入れようと策を弄する。――なまじ、十年前父は、あと一歩の所まで手を掴みかけました。だから、諦められないのでしょう」


 ルイスががしがしと頭を掻いて言った。言いたいことはわかる。わかるが、どうしようもない。


「でも、どうして今更?オルディアンには『烈火の鬼姫』がいる。十年前と同じ結末になるとは思っていないのか?」


 誰にも解らない位小さく、リディの肩が揺れた。気付かず、少女は俯く。


「父は…この十年というもの、軍備だけでなく魔術師育成にも力を注いできました。魔術には魔術で、対抗するつもりなのです。それに加えて、ここしばらく何故か――『烈火の鬼姫』の姿が見当たらないようなのです」


 オルディアンに潜ませた間者の報告によればですが、と少女は言った。


「『烈火の鬼姫』がいない…?」


 アルが呟く。少女は首を振った。


「十年前から、いえ、それよりだいぶ以前から――大変言いにくいことながら、オルディアンの王宮には我が国の密偵がおります。密偵は、一定の期間に必ず王宮を訪れる赤い髪の少女を何度も目撃しています。恐らく彼女が『烈火の鬼姫』でしょう――その訪問が、ここ最近ないようだ、という報告が入っています。……あくまで見当たらない、というだけの話です。私としては、そんなものに頼るべきではないと思います。でも父は、好機と踏んだようなのです」


 呻くように言って、少女は三人を見つめた。


「ですから、私は絶対に父を止めなくてはなりません。助けて頂いた事、本当に感謝しています。ですから、どうぞ早くお逃げ下さい。ここからでしたら、私一人でも充分仲間の元に辿り着けます」


 これはせめてものお礼です、と少女は懐から袋を取り出した。金属音からして、硬貨が詰まっているらしい。


「けれど、この話は決して誰にもお話しにならないで下さい。それだけがお願いです。どうかお早く…」

「馬鹿言うな!」


 アルが怒鳴った。びくりと繊手が竦む。アルは明るい青い眼を少女に合わせて、一言一言発音した。


「自己紹介するぜ。オレの名前は、アル・カーラル」


 唐突な自己紹介に少女の眼がぱちぱちと瞬いた。その彼女に、アルは更に言葉を重ねる。


「こんな大事おおごと、知っときながらほっとけるか!」

「同感だな」


 ルイスも首肯して、おどけた風に笑った。


「戦争になるかならないかっての目の前にして、尻尾丸めて逃げたら男の沽券に関わるからな。協力するぜ、お姫様」


 そうだろ?とルイスが岩の上を見上げれば、再びため息が返ってきた。それを肯定と見なし、ルイスは王女に対し、右手を左胸に宛てて軽くお辞儀をする。


「俺はルイス・キリグ。エーデルシアス出身の狩人だ。で、あっちが」

「リディ・レリア。…オルディアン出身の、狩人だよ」


 リディは口元に手を当てた少女を、初めて真っ直ぐ見据えると、微かに唇を歪めた。



本来ならこの六話、思考渦巻く陰謀劇とかにした方がおもしろいとは思うんですが…この話自体のコンセプトがそれ向きではないのと、私自身にそういった方面の知識も文才もないために、単純なアクションメインの話になるかと。


リディは基本的に六話ではうだうだしている気がします。ていうかルイスとリディはここは影が薄い予定です。

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