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第六話 陽と月 (1)

第六話 陽と月 (1)





 アルフィーノと隣国を遮る山々の、斜面の中腹にある崖。そこから目の前に広がるのは、荒涼とした大地だった。視界に点々と村や街らしきものは映るが、今迄見てきた中でも、圧倒的に緑が少ない景色だ。


「ゼノ…か…」


 リディは小さく呟いて、金の眼を虚空に据えた。



 大国オルディアンと商業国家アルフィーノに挟まれたゼノは、しかしこれといった特色を持たない。豊かな国の間で、しかも山々によって隔絶された地域の為か、大陸の一部であるにも関わらず、単一民族の容色が濃い。それはゼノという国家自体が閉鎖的であり、時折前触れもなくオルディアンに戦をふっかける事から、余り訪れる人がいないからでもある。

 また、ゼノは貧しい。土壌は痩せ、農耕の実りは少なく、国民の生活水準は低い。国家面積は大きいが、大半が荒野や山で占められている。この国境である山を抜けた先も、ゼノの中心部に辿り着くには暫くかかる。この貧しさが、ゼノを軍事国家に押し上げ、閉鎖的にしている要因の内最も大きなものだ。



「オルディアンは、もっと開放すべきなのかな」


 小さくリディが言った。心配そうな口調は、彼女がオルディアン出身だという事から来るのだろう。アルは口を閉ざしたが、ルイスはさぁ、と言った。


「どうだろうな。けどゼノが閉鎖的なのは、今に始まった事じゃないだろう。オルディアンは決して非友好的な態度は取ってねえのに、戦をふっかけんのは決まってゼノだ。気にする事はねえよ」


 驚いたようにリディとアルがルイスを見る。ルイスは黙って肩を竦めた。


「…ルイスって、あったま良いなぁ。オレ、多分習ったけど全く覚えてねーや」

「それマズいだろお前」


 びしっとルイスが突っ込む傍ら、リディは、そうなのかな、と呟いてもう一度大地を見下ろした。

 湧き上がる思いがある。この国に来るのが恐ろしかった。でも、来てみたいという願望も確かにあった。


「…行こう。日が暮れない内に、麓に着きたい」


 踵を返して馬に飛び乗ったリディに、ルイスとアルも続き、三人は麓へと、ゼノの西端へと下りていった。




―――――――――――――――――――――



 アルフィーノとの境から、ゼノの中心部までは三週間程かかった。水場が余りない為、馬に無理をさせず進んだ結果、かなりの時間を使ったのだ。アルフィーノで買い溜めた食糧も、このひと月弱の間にほぼ尽きて、このゼノの首都、ダリスに着いた時にはかなりほっとしたものだ。


「さすがに首都は、それなりの活気があるんだな」


 宿を見つけて馬を預け、この長旅の間に溜まりに溜まった核の換金に、狩人協会と、腹ごなしの食事処を探しに三人は街を歩いていた。


「アルフィーノと比べると、品数は少ないな」


 アルに同意しつつも、ルイスは小さな声で言って、ちらりとリディを見た。


 ゼノに入ってからと言うものの、リディは口数が少なく、また人の目に触れる事を忌避している様だった。その上、アルを女装させる時に使ったカツラを引っ張り出してきて髪を隠した上、フードまで被っている。

 なぜそんな事をするのかと訊けば、リディは小さく苦笑して、


「この国で赤は禁忌なんだよ」


 と言った。


(確かに、林檎か何かでない限り、赤を見ないな)


 ゼノで赤が禁忌の色だという知識はアルは勿論ルイスの中にもなかったが、リディがここまでして隠す以上、そうなのだろうと思う事にした。




 昼食を採り、狩人協会で核を換金し終えると、ほぼ空だった財布はあっと言う間に膨らんだ。


「強ささえありゃ、これ程簡単な仕事はねーよな」


 ずっしりと重くなった財布に、アルが感慨深げに言った。ルイスも頷く。


「商人は魔物に遭わないように街道いかなきゃならないから遠回りしなきゃならないけど、俺達は突っ切れるしな」


 行商をするにあたり、商人にとって欠かせないのが、街道である。


 街道とは、遥か祖先達の頃からこつこつと治療系魔術師、つまり聖属性持ちが、固定結界を張って、魔物を寄せ付けないように保護してある道の事だ。

 しかし何分本数が少なく、主要道路から保護されていく為、遠回りになるものが多く、また混み易い。それでも主要な街には通じているから、大半の旅人はそれを使う。しかし物品の仕入れなどで辺境に出向かねばならない商人達は、狩人に護衛を頼まざるを得ない。狩人なしでそんな所を行こうものなら、待つものは死だけだからだ。


 逆に言えば、魔物を撃退できる程腕に覚えさえあれば、街道を通る必要性はない。街道は混むし、時間もかかる。だから大抵の狩人は街道を使わず、未保護の道路をつっきってゆく。


「…けど、なんか魔物が多い気がしたな」


 道中を振り返ると、半年前と比べて、頻繁に遭遇したような気がする。アルも加わった事で完全無敵になった彼らは全く平気だったが、パーティによっては苦労するかもしれない。


 リディにも訊ねてみようとした時、慌ただしい足音が響いて、三人は足を止めた。


「…なんだ?」


 足音はこちらに向かってくる。一番近いのは一つで、軽いが遅い。少し離れて、重いが速い、幾つもの音を感じる。


 リディはすっとルイスの後ろに隠れ、フードを更に目深に被った。その行動の意味を問う間もなく、三人がいる少し開けた小さな広場に、フード付きのマントを着た細い人影がまろびでてくる。


「…女?」


 訝しげに呟いたアルの少し手前で、必死に走っていたその人影は、石畳の繋ぎ目に躓いた。


「!おいっ!」


 咄嗟にアルが飛び出して、その人影が石畳に倒れる前に抱き留める。ぱさりとフードが外れ、その下に在った顔に、アルは息を呑む。


 滑らかに波打つ薄い白金色の髪。日に当たった事などないのではないかと思わせる白磁の肌。すっと通った鼻梁の両側に収まる、夜明け前の空を切り取ってきたような薄紫の大きな瞳。愛らしい桜色の唇。今はその肌は上気し、瞳は潤みを帯びて、涙が浮かんでいる。


 その辺りを差し引いても、絶世の美少女だった。


「…っ、…っ」


 顔を赤く染め二の句が告げないアルの代わりに、ルイスが口笛を吹く。


「うわ、美人」


 ルイスの後ろで、リディは目を見開いていた。あの少女は、確か。


「、すみません!ありがとうございました、離して下さい!」


 アルの腕の中で少女はもがき、身を振り放そうとする。が、重い足音がそれを封じた。


「そこまでです、セレナエンデ様」


 鋲が打たれた靴底を響かせ、四人の前に現れたのは、兵士の一隊だった。少女は身を震わせ、その壮年の兵士を睨む。兵士は意に介せず、アル、ルイス、リディを睥睨する。


「そのような下賤の者達まで使って逃げようとなされたのか。愚かなお方だ」

「!違います!この方達はなんの関係もありません!」


 少女は顔を青ざめさせて叫び、アルから逃れて、しかしアルの前で両手を広げた。


「行って下さいませ!私に構わず!関係のない方を巻き込む訳には参りません!」

「そーいう訳にはいかねーだろ」


 ずい、とアルが剣を鞘ごと肩に担いで少女の前に出た。ルイスも頷いて足を踏み出す。緊迫しだした空気に、既に民衆は遠巻きに退いていた。


「女の子が泣きながら逃げてるってのに、放っとくなんて事したら、男が廃る」


 アルがちらと後ろを見、少女の肩を押しながら言った。


「頼むぜ」


 リディは無言で少女の腕を掴むと、横に引き寄せた。兵士達の気配が険悪になり、武器に手がかかる。隊長と見られる男が低く唸った。


「抗うか」


 少女が目を見開いて叫んだ。


「おやめ下さい!こんな事をしたら、あなた達まで…!」

「よく解らねーけど、か弱い女の子相手に武器を持った男十人なんて、気分悪ィにも程がある」


 アルが鞘を外して剣を兵士達向けて構えた。ルイスも倣い、戦いの気配を悟った民衆達が、ようやく散り散りに逃げ出す。


「我らに逆らった事、死んで後悔するが良い!殺せ!」


 隊長の命令の下、一斉に兵士達が剣を抜いて二人に斬りかかった。少女が悲鳴を上げ、やめて、と絶叫する。が、リディは低く呟いた。


「そんな腕であいつらが殺せるか」


 その言葉通りだった。


 五に及ぶ銀の輝きは、二本の剣が宙を一閃すると、呆気なく吹っ飛んだ。次いで、石畳に同数の重い体が打ちつけられる。隊長以下残りの兵士が唖然とした。


「な…!」

「死んで後悔するが良い…だったか?」


 ルイスが刃を軽く振り、ため息をつく。


「その言葉、そっくり返す…と言いたいが、駄目だな。殺す価値もない」

「なっ…舐めるなぁっ!」


 隊長の怒号と共に、隊長と数名の兵士達が再度斬りかかる。だが、結果は何も変わらなかった。


 アルがすっと身を沈め、振り抜き様身を翻す。剣を振り上げた状態だった兵士が、声もなく崩れ落ちる。その背後から突き出された剣をひょいと首を傾けてかわし、石畳に手を付いて、倒立の要領で足を突き上げる。顎を蹴り抜かれたその兵士は吹っ飛び、同僚二人を巻き込んで地に付した。アルは振り上げた足を前に回して跳ね起き、そして背後から気合いと共に斬りかかってきた二人の兵士の剣を、後転して避けると、そのままその懐に潜り込み、鳩尾を殴って沈めた。

 瞬く間に計六人が倒され、気付けば立っている兵士は隊長ただ一人だった。


「俺の出番ないな」


 ルイスは苦笑して剣を腰に戻し、アルは隊長に言う。


「安心しな。峰打ちだ」


 隊長は言葉が出ない様子だった。呆然と地に伏す部下達を見、アルを見る。次いで肩を震わせながら少女を睨めつけた。


「…そうか。貴女は覚悟がおありなのだな、セレナエンデ様」


 少女はぴくりと身を揺らしたが、瞳は揺らがなかった。ぎ、と視線がルイスら三人に向く。


「貴様ら、下らぬ義侠心で我らを邪魔した事を必ず悔いる事になるぞ。なんせ、お」


 隊長の言葉は不自然に途切れ、そしてその体は傾いで他の兵士達同様に石畳に受け止められる。


「…行くよ。人が集まってきてる」


 いつの間にか隊長の後ろに回り込んでいたリディは、隊長の首筋に落とした手刀で周りを示した。隊長の言葉の続きは気になったが、このままではまた兵士がやってくるのは時間の問題だったので、三人は少女を連れてその場を駆け出した。








 狭い路地に飛び込んで、外を窺いながらリディは言った。


「街の外に出よう。ここは危ない」


 リディの提案に、そこまでするか?と男二人は首を傾げたが、少女が頷いた。


「はい。このままではじきに見つかってしまいます」


 振り向いた三対の視線に、紫の瞳は一旦伏せられ、また上げられた時には確固たる意志が浮かんでいた。


「お詫びは幾らでも致します。けれど、このままではあなた達の命も危険に晒されてしまう。街の外ならば、安全な場所にご案内出来ます。今は、そこへ」

「…了解!いいな!?」

「異存なし」


 瞬時に従う事に決めたアルが二人を見ると、ルイスが応じ、リディは黙って肩を竦め、フードを被り直した。


「私が宿屋に入って荷物を取ってくるよ。君達はうまやから馬を引き出しといて」

「わかった。頼む」


 リディは頷くと、一足先に路地を出て行く。残されたルイス達も、人混みを窺い、大丈夫と判断するとそれに紛れて宿屋を目指した。







「よし、まだあいつらは嗅ぎ付けてないな」


 ルイス達が馬を引き出していると、リディが細い体に三人分の荷物を、しかし軽々と持ってやってきた。手早くそれをくくりつけながら、リディはアルに言う。


「君はその子を。荷物は私が持つから」

「わかった」


 準備を終えると、目立たないよう普通を装って通りに出る。馬を引いて歩く人間は別に珍しくなく、誰に見咎められることもなく四人は外壁に辿り着いた、が。


「ち、もういやがる…!」


 そこには先程の兵士達と同じ鎧を纏った兵達が既に門の前に張り付いていた。遠くから彼らに気付いたのだろう、何人かが彼ら目指して走ってくる。フードをかぶったリディはともかく、ルイスやアルは一度見たらなかなか忘れられない美貌を普通にさらしている。こんなことなら自分達もリデぃにならってフードでもかぶっておけばよかったな、とルイスは小さく舌打ちした。

 だがいまさら、何をしたところで遅い。

 

「仕方ないな、強行突破するか」


 ルイスはひらりと馬に飛び乗り、腹を蹴る。リディはアルが少女を馬上に引き揚げるのを助けてから、それに続いた。


「ウェーディ!」


 青年の凜とした声が空気を震わせ、同時に強い風が吹き荒れる。風の塊の直撃を受け、兵士達が一斉に吹っ飛ぶ。


「突っ切るぞ…!」


 風を操って道を切り開くルイスを先頭に、三頭は門を目指して駆ける。と、がらがらと音を立てて格子が降り始めた。


「ちっ…」


 下がっていく格子にほぞを噛み、リディが火を喚ぼうとした時、鈴のような声が飛んだ。


「構わず、走って下さいませ!」


 一瞬声の主の少女を見てから、リディもルイスもアルも速度を緩めず馬を駆けさせた。少女が命じる。


「止めてください、ブラスティア…!」


 ゆっくりと、軋んだ音を立てて格子が止まる。アルは驚いて腕の中の少女を見る。魔術が使えたのか。

 再度ルイスの風に兵士達が吹き飛ばされた。門ががら空きになったその瞬間を、三頭の馬が怒涛の勢いで駆け抜ける。

 兵士達が起き上がったその目の前で、魔力から解放された格子が、轟音を立てて石畳に降りた。




一ケタ内に更新できました…。テスト受かった。

第六話です。たぶん長い。無駄に長い。です。


拙作にお付き合い下さってる方、ほんとうにありがとうございます。


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