第四話 後日談
第四話 後日談
南の海に突如現れた、魔物クラーケン。それを葬ってから僅か一日後。彼女が言った通り、その集団はやってきた。
「失礼する」
バンと音を立てて狩人協会の入口から入ってきた三人組に、狩人達は敏感に注意を向けた。
いずれも若いが、見ただけで手練れとわかる。二人は男で、一人は女だ。長い外套の下には、鎖帷子と、使い込まれた剣が垣間見える。中央にいた、鋭い鷹の様な眼をした男が代表して口を開いた。
「昨日、この辺りでクラーケンが倒されたと聞いた。倒したのはどなたかお教え願えるか」
朗々とした声音にしかし皆、来たか、と一様に身を固め、視線を店長に向けた。グレイは流石というかなんというか、内心を微塵も見せずに言った。
「もうこの街にはいない。殺るだけ殺って、あっという間に消えてしまった。あなた方、彼らの知り合いか?」
「…『彼ら』?」
向かって左の女が訝しげに呟いた。
「複数?」
意外そうな調子で右の男が訊く。
「ああ。黒い髪の青年と、赤い髪の少女だったよ」
その瞬間の三人の顔は見物だった。一人は静かに拳を握り締め、一人はやっぱり…、と呟きうなだれ、一人は深々と溜め息をついた。
「…その赤い髪の少女は、金の瞳に、腰に二振りの剣を佩いた、馬鹿強い魔力を持ってる美しい少女か?」
一分も誤魔化す隙がない、と皆思った。あの少女は忘れがちだが実は目を疑う程の美少女だ。絶対あの性格が損をしている。
「ああ。あなた方、あれの知り合いか?謝礼も受け取らずに消えたから困ってたんだが」
「…寧ろ謝りたいのは此方だ。迷惑をかけた…。して、どこに行ったかご存知ないか」
「悪いが、知らない。…あなた達、皆魔術士だろう?」
不意なグレイの言葉に、三人組が目を瞬く。グレイは苦笑した。
「火属性を使える方はいるか?」
「私と彼が使えますけど」
女が中央の男を指して言う。成程とグレイは納得した。あの少女は自分の追っ手が誰かまでしっかり理解しているらしい。
「すまないが、海の温度を上げるのに協力願えないか。今この街に、火属性を使える人間が二人しかいなくてね、大変なんだ」
「海の温度?」
男が眉を潜める。右の男が訊ねた。
「何かあったのか?」
「赤髪と一緒にいた男が、私達を助ける為に海を凍らせてしまったんだ。赤髪が氷は溶かしてくれたんだが、何分温度は戻らなくてね…」
「海を凍らせたぁ!?」
右の男が素っ頓狂な声を上げ、他二人も驚愕して目を見開いた。
「ああ。あれはあなた方の知り合いではないのか?」
「…というより、あの人が男と旅してるって事から突っ込むべきですねぇ」
呆然と女が呟いて、中央の男が眼光鋭く問い質した。
「海を凍らせるとは…並ではありませんね」
「こっちも呆れたよ。なにしろそいつ、その前に海を割っていたんだから」
「わっ…」
今度こそ三人共絶句した。そんな、神がかった芸当が出来る人間は限られる。
「その男…何者ですか」
「さあ。ただ女顔負けの綺麗な顔立ちをした、黒髪の若い男だったよ」
左右の女と男が、若い男…、と渋面になった。
誰も気にも留めていなかったが、確かにあの年頃の若い男女が二人旅をするなど異常だ。やっていることもさておき。しかし間違ってもあの二人にそういう雰囲気はなかった。
そう伝えると、三人は微妙そうな顔つきになった。
「…情報をありがとう。約束通り海の温度は任せてくれ」
とりあえず男が礼を言って、三人は身を翻し、協会を出て行った。外から、「どこ行きやがったんだあの方は――!」「うるさい黙れっ!泣きたいのはこっちようっ!もうヤケ食いよっ!」とやり取りが聞こえ、遠ざかって行く。
泣き声混じりの喚き声が完全に消え去り、しばらくの沈黙のち、一人の狩人が遠慮がちに言う。
「にしても、何者なんすか?レリア。あれ、どーみても貴族の騎士でしょう。しかも騎士で魔術も使えるなんて、一般じゃねえっすよ」
「それは言えないよ。言った事がバレたら私が殺される」
にこやかに言って、グレイは手紙に目を落とした。
彼らのことを報せてくれたのはアリエルにいる、嘗てパーティを組んでいた剣士だ。くれぐれもこき使えという言葉が笑える。どれだけ苦労したのか。
狩人協会は、ざっくばらんに見えて秘密主義で、仲間への情に厚い。たとえあの三人が、協会に彼らの手配を頼んだとして、請ける事はない。狩人に過去は必要ない。野蛮と謗られようが、狩人達は互いの事情を暴くものを、受け入れはしないのだ。
だから彼らは直接捕まらない限り、旅が出来る。決して長い時間ではない。それは彼らも解っているだろう。だからこそ、手を貸してやりたいと思ったのだ。
「…国境近くは、エドラだったな」
街の名前を呟いて、グレイはおもむろにペンを取った。
人が出会い、重ねていく軌跡。その交差は、気付かぬ内に増えていき、かけがえのない絆となっていく。
リディとルイス。彼らが紡ぐ、旅という名の糸もまた、いずれは鮮やかな、記憶というタペストリーを編むのだ。
その果てに何が待つのか。それを知る者は、まだ誰もいない。
第四話終了です。リディを追ってる三人は、まあそのうち再登場するかと思います。いつになるかは未定ですが…